プロローグ『ベタなやつをやりたかったんだ』



 ――その日、俺はとにかく気分が良かった。



 何だか知らんが、とんでもなく――こう何つーか、万能感?のようなものを感じていた。


 今の俺ならば、何でもできる。俺に出来ないことなど無い。そんな気分。


 大学の試験だって、勉強せずに運だけで満点取れそうな気分だ。……気分だけな。

 自販機で飲み物を買えば、絶対当たり出るし、ソシャゲのガチャを引けばSSRしか出ないし、事故で死んだとしても三回は生き返る……という気分だった。


 あれだな。神にでも感謝しておくか。サンキュー神! まあ、俺はお前のこと信じてねぇけど。

 空を見上げれば、晴れ渡る早朝の晴天(二重表現)で、俺の心も空も爽やか晴れやか(三重目)だ。


 そう、今の俺は無敵なのである。


 無敵なので俺はついつい、いつもよりも遅い時間に家を出てしまった。一限目の講義は遅刻確定だが、無敵な俺にそんなことは関係ない。

 もうこの時間になると道に学生たちの姿も無く、平日の朝とは思えないのんびりとした空気が流れるだけだった。


 やがて、俺はいつもの交差点までやって来る。

 なんの変哲もない交差点であろうと、今の妙なテンションの俺にかかれば、そこは運命の分かれ道。


 真っ直ぐ進めば俺の大嫌いな大学へ。

 そして右に曲がれば、素敵なサボタージュ。ちなみに左と後ろもサボタージュだ。


 当然、俺は無敵なので真っ直ぐ前に進む。

 いくら無敵の俺とはいえ、出席日数の残数はノンフィクションの恐ろしさなので、たとえ遅刻だとしても出席だけはしないといけない。つまり、俺は無敵じゃない。


「――っ、ふー……」


 素になりかけた自分のテンションに、深呼吸をしながら鞭を打つ。

 まだだ。まだ現実を見る時じゃない。

 か、考えろ。この変なテンションを保つ方法を……!


 よし、じゃあこうしよう。

 そこの交差点で、俺は食パンを咥えた女子高生とぶつかる。これは決まりだ。

 『遅刻、遅刻~!』からの、『ドン☆』

 んで、『どこ見て歩いてんのよ!』からの、『い、今パンツ見たでしょ!』だ。

 よしよし、これでいこう。


 朝のホームルームで、その美少女が転入生だったことを知り、隣の席になって青春ラブコメの始まりを感じさせるのだ。


 実際には、大学にホームルームとか無いし、そもそも俺は遅刻してるからホームルームがあっても間に合ってないし、しかも女子高生が大学に転入してくるとか意味不明過ぎる。


 だが、その頭のおかしい感じが今は必要なのだ。俺に現実など要らん。

 まあ最悪、トラックにドーンぶつかって異世界に雑転生とかでもいい。

 このクソみたいな、つまらん日常が変われば何でもいいんだ。


 つーわけで、俺は走る! あの交差点で、人生を変える為に!

 来たれ、遅刻寸前の女子高生!

 うおおおおおおおおっ!!!!



「――――ふぇ?」

「んぁ?」



 結論を話そう。

 俺は食パンを咥えた女子高生と曲がり角でぶつかることが出来た。やったぜ。


 まあ、強いて誤算を上げるとするなら、相手の女子高生が爆走する自転車に乗っていたことくらいか。


 『ドン☆』というよりは、『キキー! ドンッ!』って感じだったわ。

 衝撃が身体を走り、視界が大きくぶれやがる。


 宙を舞っているという自覚はあったが、それもどこか現実ではないような感覚。

 意味も無く神に感謝した、さっきの自分を殴りたい。ファッキンゴッド。


 つーか、これ。

 相手はチャリ乗ってたわけだけど、青春ラブコメに繋がるのだろうか。

 もしかしたら、このまま死んで異世界転生判定を喰らうのかもしれない。


 遠のく意識の中、最後まで俺はくだらないことに思考を費やしていた。

 いやいや! ここで意識を経ったら、マジで死ぬんじゃないか?

 戻れ! 俺の意識!

 そう念じると、視界が少しだけはっきりとした。やるじゃん、俺。



 バゴンッ!!!!



 耳元で鈍い音が聞こえた。

 ……どうやら、車道に吹っ飛ばされた俺は、ついでに車にも衝突したらしい。

 痛みを感じる前に、更に強い衝撃が、俺の身体を意識もろとも吹っ飛ばす。

 今度こそ、俺の意識は急激に沈みだしたのだった。


 どうやら、犬丸一斗いぬまるいちとの人生はここで終わりを迎えるらしい。

 ああ。今更だけど、これが俺の名前ね。

 もう必要ないだろうけど――――


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