或る黒犬の一生 🐾

上月くるを

第1話 プロローグ

 


 春とはいえども、高原都市の4月はまだまだ肌寒い。

 散りかけた桜並木の下を老いた黒犬が行く。🌸🍃🐕

 

 ほこりっぽい旧街道の商店街にある、間口の狭い、古びた雑貨店。

 石油ストーブの上で、年代物の薬缶がシューシューと鳴っている。

 分厚い半纏はんてんを着こんだ老女が、向かい合ってお茶を飲んでいる。

 

「おや、ごらんな、クロだよ。またクロがああして歩いて行くよ」

「夕方になると、せっせとな……いじらしいもんじゃあねえかい」

 

 折りからの強風にあおられた黒い小さな背が、よろっと車道側に傾きかける。

 

「あっ、あぶない。もう歳だからねえ。ええっと、あれから何年になるかいね」

「うちの孫が中学生だったからね……あれ、たまげた、かれこれ3年になるよ」


「そうかね、そんねになるかね。雨の日も風の日も雪の日も、えらいもんだねえ」

「ふんとだよう、おまえたちも見習いなって、あたしゃ家族に言ってるとこさね」

 

 ひときわ冷たい風が吹いて来て、梢の花びらを惜しげもなく舞い散らせた。

 ふたりの老女がふたたび目をやったとき、黒犬はもうどこにもいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る