第10話 河村さんの家へ

 河村は車で今日の事を思い返していた。思っている以上に柚の事が好きみたいだ。結構恋愛に関してはいつも冷めていた所があって、昔の彼女にはつまんないと言われ、1ヶ月ぐらいで振られた。向こうから告白して付き合ったのにつまんないって言われてショックだった。

 確かにあんまり気持ちを言葉にするのは苦手だからあまり素直な気持ちを言えなかった気がする…でも楽しかったんだけどな。でも柚の場合は気持ちが漏れてる気がする。名前で呼んで欲しいとかそんな事を言うなんて、昔の自分からは考えられない。  

 付き合う前に奪ってしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。本当に大事にしようと思ってる。彼女の望むことはなるべく叶えてあげたい。柚が自分を好きになるまで手は出さない。でもキスぐらいはいいよな…。


 柚なんとなく河村さんの事が段々好きになりかけている自分がいる。優しいよね。ちょっと服装変だけど…顔が少し良いだけにあの服のセンスはもったいない。始まりは最悪だったけど、こんな感じで出掛けたりするのはいいな。


 聖香からメールがきた『久しぶりだね。元気だった?バンドやりたいんだけど、これから試験じゃない。勉強しなくちゃいけないから終わったらバンドやろうね。』

 聖香は大学生だもんね。私は専門学校で音響の勉強をしている。音響だけでなくシナリオ関係も勉強している。試験はあるけど出席もしてるし、レポートも出してるし、多分そんなに頑張らなくても大丈夫だろう。

『そうだね。聖香が落ち着いたら連絡ちょうだい』とメールをした。聖香は頭がいいから大丈夫だろうけど。

 

 今日はバンドの練習日だ。バンドは大体、週1で土曜日やっていた。河村さんとは2週間に1度ぐらいで遊んでいる。河村さんはバイトが忙しいらしく、会えても3時間ぐらい。もっと一緒にいたいと言う気持ちには相変わらずならなくて、自分の気持ちが寂しかった。もっと恋愛って感情的なものだと思っていた。

 どうせならもっと好きになりたい『今日練習終わったら家に遊びに来る?』って誘われたけど、なんとなく家に行くのは…またそういう事するんだよねと思うと勇気を出さないと行けない…そもそも勇気を出さないと行けないっておかしいよね。   

 それに反してバンドの練習は順調だ。ライブがあともう迫っているのでみんなの気合も凄く入っている。

 

 チューニングが終わると「今日はライブの感じでやろうぜ。本番近いし」と麻生さんが言った。

「いいねー」みんなも同調した。

「柚、MCもやれ」児島さんが言う。

「MC!ここではできないよ。恥ずかしいよ…本番までに考えておくよ。」

「なんだよ。リハーサルだぞ。」

「絶対ヤダ!」

「わかったよ。じゃあ曲の初めにワン・ツー・スリーとかは入れろよ」児島さんが笑った。

 練習が終わった後、いつものコースでファミレスに入ってみんなでご飯を食べた。さりげなくトイレに行き河村さんにメールをした。『今日、お家に遊びに行くよ。遠いから早く帰るけど。』少し間があって『了解!帰りは送って行くよ。』と返事が来た。

 いつも現地解散なのでみんなと別れた後、違う場所で待ち合わせをして河村さんと車で横浜に向かった。

「いつも練習の後は理恵を横浜まで車に乗せて行くから、今日乗せられないって言ったらむくれてたよ。」

「ごめん。突然だったからね。悪いことしちゃったな。」

「いいよ。別に。あいつの運転手じゃないし」と笑った。

 途中のコンビニでお菓子やジュースを買って家に行った。

「お邪魔します。」あの日以来の河村さん家だ。

「どうぞ。」

 突然来たのに家の中が片付いてる。綺麗好きなんだな…私なんていきなり家に人なんか呼べる状態じゃない。親にはよく誰に似たんだ?と言われる…父も母も綺麗好きだ。

「適当に座って。コーヒー入れて来る。」

「うん」とりあえずソファーに座りまわりを見渡すとギターがあったので持って来て弾いてみた。

「あれ、ギター弾けるの」河村さんがコーヒーを両手に持って不思議そうな顔をした。

「弾けないよ。本当は高校生の時にバンドやろうって話になって、やり始めたんだけど結局家で練習しただけでスタジオも何も入らないママで終わっちゃったんだよね。だから練習したところだけ弾ける。」

「教えてあげようか?ボーカルでギターまで弾けたらカッコいいんじゃない。」

「確かに!でもどうしても手が小さいからFをおさえられないんだよね。」

「コツがあるから教えてあげるよ。」

「やった!じゃあコーヒーとお菓子食べてから教えて。」

「あいよ。やっぱりお菓子が先なんだね。」

「あたりまえじゃん。食べ盛り。」

「太るよ。」

「うるさいな!」と言って笑った。

 お菓子を一通り食べ終えたところで

「じゃあギター教えて。」

「いいよ。」

 河村さんがギターを持って来てくれた。一番苦手なFの押し方を教えてもらった。確かにこの方が弾きやすいけど、手が小さいのでやっぱりきつい。でも練習してるうちに出来るようになるかもしれない。ギター弾いてボーカル…想像しただけでもカッコいい!結構夢中になってギターをいじっていたら、河村さんにパッと取り上げられた。

「えっ!どうしたの?」

「夢中になりすぎ!今日はギターの練習しにきたの?」

「そう言う訳ではないけど、楽しくなっちゃって。」

「ふーん。」

「俺、柚としたい。」

「あっ…あの…。」はっきり言われてしまうと返事をどうしていいのか。

「前はいきなりだったから、今回は柚が嫌だったらいいよ。無理強いしたくないし。」

 …どうしよう。したいかと言われればしたくない、でもなんか断るのも悪いし。この前は考えている余裕がなかったから訳が分からなかったけど、分かっていれば何か違うのかな…よく雑誌に載ってるみたいな幸せな気持ちになれるのだろうか。

「いいよ」うつむいて返事をした。河村さんが目の前に座り、こちらを覗き込み、そっと顔を上げられキスをした。そして立ち上がりベットルームに連れて行かれた。

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