第7話 夜中の練習

「うん」とは答えたが、どうしたら良いのか、よくわからない。手を繋がれた事は確かにドキドキしたが、付き合うとは別の話だ。あまり会話のないまま駅について別れた。


 自分の頭の中で整理がつかなくて、友達の菜乃花に相談するために呼び出した。

 とりあえず全部、今までの経緯を話したところで、オレンジジュースを一気に飲み干した。

 笑いながら「それは凄いね。色々ありすぎて柚がパニックになるのもわかる。経験なし子だしね。」

「菜乃花は彼氏いたりさ、モテるから余裕かもしれないけど私はキスもしたことないんだから。あんなことされると、どうしていいか…河村さんどうしたらいいと思う?」

「別に何もしなくてもいいんじゃない。柚が自然に好きになるかもしれないし、ならないかもしれないし、気持ちはどうしようもないんだからさ。」

「でもさ、サラッとなんかしてくるから、とまどうんだよね。」

「柚がこの先、好きになりそうもなかったら、言えば良いんじゃないの。もうしないでって。」

「言いずらいよー。だって同じバンドだよ。やりずらくなるじゃん。」

「だってそもそも始まってないでしょ。」

「まあ。そうだけど。」

「気軽に考えなよ。ただ好かれてるだけってさ。相手が暴走しそうなら嫌って言えば。」

「うん、そうだね。そうする。ありがと。」


 河村さんからのメールに添付ファイルがあり曲が入っていた。

『この曲に歌詞つけて。次会う時に歌ってもらうから』

 本気で言ってる?

 曲を流してみた…アップテンポな曲だが、なんか歌詞が付けずらそうなメロディーラインだ。

 これは困った…とりあえず一通り歌詞を入れてみた。良くわからない所は英語を無理やり付けたが人に響くような歌詞になっていないと思う。どうしよう完全にやっつけ状態…。初心者の分際でこちらからメロディーラインを変えてとも言いづらい。もうしょうがないから出来上がった歌詞を河村さんに送ってみた…返信は…まさかの一発OK。えっこんなんでいいの?

『次の練習は3週間後、徳長が忙しいから。ちょっと間空くから徹夜スタジオやるから。プチ合宿。4連休だろ。泊まるって家の人に言っておいて』

 徹夜でスタジオ!そんなことするの。スタジオって夜中あいてるの?私寝ないとだめなんだけど…そもそも家は泊まるの禁止なんだけど…。

 昔、父親が会社を経営していて倒産と同時に借金を家族に被せないために協議離婚した。父親は離婚後、他の女の人と暮らしている。元々父親は仕事はできる人であっという間に借金は返し、今の仕事で成功を収めている。でも結局母とは元に戻ることはなかった。家に生活費だけは入れてくれている。始めは母と姉と私で、結構うまくやっていたが、姉は海外へ留学してしまったので、私に対しての干渉がすごいので出かけるのも結構うるさい。でも今はバンドが楽しい、今回は絶対に泊まりたい。

 『わかった。親に言っとく』

 その日の夜パチンコから母親が帰って来て勝ったと喜んでいたので、今がチャンス!とりあえず話してみた。

「ママあのさ、次の4連休なんだけど、友達のところに泊まりに行ってもいいかな?」

「誰の家?」

「高校の時の友達、菜乃花の家。4連休だから泊まりにこないって言われて…行きたいなって思って。」

「菜乃花ちゃん?知らないけど、まあ良いわ。高校の友達ね。」あまり良い顔はされなかったけど、とりあえずOKだった。やったー…よかった。

 母は突然ヒステリックになったりする。何回もキレられて嫌な思いをしているから、なるべく当たり障りのないように話しかける。本当はもっと恋愛話とか母親としてみたいけど、一生無理だろう。ママが電話する事はないと思うけど、とりあえず菜乃花に一応言っておこう。誰かのうちに泊まるわけではないから持ち物は普通でいいんだよね。

 

 また横浜…電車賃高いんだけど…迎えに来てくれないかな。今回は私が作詞した歌も含め全部で5曲。結構練習したけど、夜中も歌えるかな…絶対眠くなるだろうな。 

 もしそうなったら少し仮眠させてもらおう。いつもより料金が高いせいかスタジオの中が結構広い。ソファーもある。これならいざとなったら寝られる…私眠くなると使い物にならないんだけど。

「いつもみたいに最初から全力出すと疲れてもたなくなるから休憩いれつつ丁寧に演奏しよう」児島さんが言った。

「おうよ」「オッケー」みんなやる気十分だ。コピーの曲が一通り終わったところで

「オリジナル曲行くか」河村さんが言った。

「おお!いいねぇ。俺、まだ歌詞しらないんだよね」麻生さんが言った。

「みんな知らないよ。俺がメールでみただけだから。いい感じだよ。」

 うわハードル上げないで。私的にはそうでもないんだけど。歌い終わると、みんながいいって褒めてくれた。なんとなく嬉しかった。オリジナルが終わったところで、河村さんが

「もう一つオリジナル曲あるんだけど、これは前回のボーカルの時にやった曲で録音したCDあるからかけるから聞いてみて。理恵と柚は初めて聞くから覚えて。」

 デッキから曲が流れた…バラードだ。声を聞いてショックだった…私なんかより全然上手だ。高い声も伸ばすところも全て負けてる。少しいい気になっていたのが無性に恥ずかしくなった。その後の練習は気持ちが沈んだままでよく覚えていない。

 朝の6時に練習が終わり解散することになった。とりあえず私は河村さんが運転する車に乗って横浜駅まで連れて行ってもらう事になった。車に乗るとドッと疲れが出たのか頭がものすごく痛いし気持ちが悪い…この後電車に乗るのに大丈夫だろうか。


 バックミラーを見ると柚が苦しそうな顔をしている。徹夜は苦手って言っていたからな。食事もろくに食べていなかったし。

「柚、大丈夫か。うちで少し休んでから帰るか?少し寝れば治るんじゃないか?」

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