Ⅸ 花畑
麻袋の中身が、微弱だった光を少しだけ強くする。
少女はその光に息を呑んで、ぽかんとカミサマを見上げた。
「その光が一番強く輝く場所に、花畑はある。それを頼りに探せばいい」
「本当に、花畑が……」
「見つけられるかは、君次第だよ」
さあ、どうする?
答えるまでもなかった。
少女は森の中に飛び込むと、木々の隙間を縫って、奥深くへと進んでいく。
梢が引っかかって服が破れても、頬に傷をつけても構わずに駆け抜ける。
冬を迎えようとしている森は酷く静かで、寂しい。動物たちは皆眠り、植物も枯れたように佇んでいる。少女が落ちた枝を踏んで折り、——その音に気づいたらしい——狼の鳴き声が聞こえた。
でも、少女は怯むことなく走り続ける。
やがて、白濁した空から、冷たいものが降ってくる。
それさえ気づかずに進んだ。
口からは白い息が漏れ、髪も衣服もすっかり乱れている。
けれども光は、ある地点を過ぎた時を境に、変化するのを止めてしまった。
「え……?」
どれだけ進んでも、光はそれ以上反応しない。
「なんでっ、どうして⁉」
それどころか、たじろいでいるうちに、どんどん微弱になっていく。
雪は、立ち止まった少女の足元に降り積もる。
サー、と血の気が引いていくのが分かった。
そこにもう一度、狼が鳴き声を上げる。
少女はびくりと体を震わせて、うっかり落としそうになった麻袋をしっかりと握り直す。
すっかり忘れていた。森に行くことの危険を。
教会に戻る道なんて覚えていない。光を頼りに無我夢中で走ってきた。
後には引けない。でもこのままでは、腹を空かせた狼に見つかるのも時間の問題だ。
「嫌……嫌だ‼」
少女は我を忘れて駆け出す。
ここで喰われるわけにはいかない。
せっかく手に入れた機会を、一縷の望みを、無駄になんてしたくない。
絶対に生きて、生きて花畑に辿り着いて、そして——
「……ぎゃっ⁉」
一心不乱に森を進んでいると、何かにつまずく。
体が前に倒れると同時に、袋の中から光の粒が飛び出して、舞い散り——
瞬間、少女の目の前に、見事な花畑が広がった。
一面鮮やかな花々が咲き誇り、ざああ、と吹く風に花弁を乗せる。
辺りはいつの間にか陽を落とし、暗くなっているが、花畑に咲く花だけが、まるで切り取られたかのように、美しい色を映し出している。
森の中の、別世界。
「……!」
少女は起き上がることも忘れて、花畑に息を呑む。
花畑全体が、幻想的な光を放って、少女の視界いっぱいに広がった。
「凄い……」
ようやく思い出したように、緩慢な動きで体を起こすと、再び風が吹く。
花弁が宙を舞い、まるで星のように煌めいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます