Ⅶ 訪問者
ふと立ち止まり、少女は鏡に向き直る。
曇りかかった鏡には当然、いつも通り修道服姿の自分が映っている。
『僕は、君にぴったりだと思うけど』
胸元から髪飾りを取り出すと、カミサマの声が脳裏を過った。
綺麗な、真っ白な花の髪飾り。
酷く荒んだ心には、眩しすぎるくらいの、白。
『だって……やっと——』
「…………」
少女は徐に、自らの黒い前髪に、髪飾りを挿す。
やっぱり、似合わないや。
けれど。
開けた扉の隙間から、外の冷たい空気が突き刺さる。
向こうには、林檎の木にもたれかかって立つ、カミサマの姿。
最早当たり前になりつつある光景に苦笑し、少女は歩み出した。
「————」
「おはようございます」
声を掛けようとして、動きを止めた。
この声は、まさか。
振り返った先にいたのは、初老の女性だった。黒いドレスのような修道服を着て、チェーンのついた眼鏡をしている。いかにも貴婦人といった感じだ。
「い、院ちょっ」
なんで。いつもは来ないのに。
「お、おはようございます、院長先生」
「おはようございます。上手くやっているようですね」
「え、ええ。おかげさまで」
体を強張らせながら、少女は精一杯、綺麗な笑みを浮かべる。
「珍しいですね。院長がこんなところに来るなんて」
「たまには、様子を見に来なければいけませんから。これも院長としての務めです」
「……そうですか」
表情が歪みそうになるのに必死に堪えながら、少女は修道服を握りしめた。
「ところで、」
院長がこちらを向く。少女はびくりと体を弾ませた。
「例の件、考えてくれましたか」
「えっ」
一瞬、言葉に詰まる。
でもすぐに、あることに思い当たった。
「修道院に、戻れるというお話ですか?」
「ええ。手紙で伝えた通り、もし貴女が戻りたいというのなら、戻しても良いと思っています」
「本当、なんですね。でもどうして」
「……神の思し召しです。勿論、戻るのなら、神への永遠の忠誠を誓って、正式な修道女見習いになってもらいます」
答えは急ぎませんが、そうですね……
院長は少し考えた後
「冬が来る前には決めた方がいいかもしれませんね」
と、釘を刺して言った。
訳が分からない。あれだけ追い出したがっていたのに、なんで。
つい口許や手に力が入る。
思案しては行き詰ってを繰り返しているうちに、院長はいなくなっていた。
麻袋に入った、いつもよりも多い金貨だけ置いて。
「ねえ、出てきていいよ。いるんでしょ」
縋るような心持ちで、少女はカミサマを呼ぶ。すると、木の陰から——人の隠れられる広さもないのに、どうやって隠れていたのか——カミサマが現れた。
「今の、って」
少女は一つ、大きく呼吸して、林檎の木の下に腰を下ろした。
* * *
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