Ⅵ   冬支度

「ねえ、何してるの?」

後ろから声がして、少女は作業の手を止める。

小屋の入り口を振り返ると、案の定、カミサマの姿があった。

「ああ。貴方来てたの」

「さっき来たところ。で、君は何を?」

「そろそろ冬支度でもしようと思って」

この教会は三つの建物から成っている。聖堂と、その北側に少女の自室がある別棟。そして、二つの裏手にあるのが、今いる物置小屋だ。

この物置小屋には、昔の管理人が使っていたものもあり、生活に必要なものはだいたい揃っているらしい。その中から、冬に使うものを探している、というわけだ。

「でも、なかなか見つからないんだよね」

はあ、と少女はため息をつく。

「大変そうだね。僕も手伝おうか?」

「えっ。いいの⁉」

思ってもいない申し出に目を丸くして、少女はカミサマの方を見る。

「どうせ暇だし。何か面白いものが出てくるかも」

「成程。貴方らしいね」

こうして、教会の冬支度が始まった。

だが、それは二人でも手に余る作業だった。

それもその筈。小屋の中にはたくさんのものが乱雑に押し入れられていた。高い棚が左右に二つ、奥にはテーブルが置かれていて、その上も中もものであふれている。

春にここに来てから、少しずつ中のものを整理してみてはいるが、奥の方には、まだうっすら埃をかぶっている物も多い。

二人はお互いに背中を向けて、おもむろに探し物を続けた。

しかし、一向に目当てのものは見つからない。

この調子では、冬支度が終わる前に冬が来てしまうのではないか、とさえ思う。

……冬は、嫌いだ。

「そういえばさ、」

不意に、カミサマが沈黙を破る。

「あの髪飾り、つけてないんだね」

少女は胸元にしまった、白い花の髪飾りに触れる。

これは収穫祭の時、カミサマが「初めて来た記念に」と贈ってくれたものだ。

照れくさくてそっけなく受け取ってしまったが、少女はこれをとても気に入っていた。

でも、

「……なんだか、私には綺麗すぎて、つけるのが勿体ないよ」

「そう? 僕は、君にぴったりだと思うけど」

「はっ⁉ ……そういうことをさらっと言わないでよ」

火照った顔を誤魔化すように、少女は止まっていた手を慌てて動かし始める。

「だって……やっと本物をつけてあげられたから」

「え? 何か——」

「あっ、ねえ見て見て」

振り向くと、変な面が——正確には、それをかぶったカミサマの顔が近くにあった。

不気味な顔な筈なのに、どうしてかおかしくて、吹き出してしまう。

「ふっ、あはは! 何それ!」

「ふふっ、吃驚した?」

悪戯っぽく、にやりとするカミサマがまた面白く思えて、少女は声を出して笑いだした。

「君って、本当にいい反応するよね」

口元を手で押さえて、カミサマも小さく笑う。

「もう、真面目に探してよね」

「ごめんって。でも、良さそうなものも見つけたよ」

ほら、とカミサマが示す場所を見ると、確かにそこには衣類が入った木箱が置いてあり、奥には雪かきに使うシャベルが立てかけられていた。

「こんなところにあったんだ。全然気づかなかった」

「でしょ。感謝してよね」

得意げになるカミサマに呆れつつ、少女は木箱を引き寄せる。

中に入っているのは冬用の外套や手袋だった。多少年季は入っているものの、手を加えれば使えるようになるだろう。

ざっと中身を確認して、今度は壁際のシャベルに手を伸ばそうとする。

「あれ?」

少女はその手前に、蓋つきの木箱があるのに気づいた。

衣類の箱で隠れていたらしいそれは、他の箱と比べて小さく、誰かに見つけられるのを恐れているかのようにひっそりと佇んでいる。

「なんだろう、この箱」

手に取って見てみる。薄汚れてしまってはいるが、元は真っ白な箱らしい。側面や上部にはコバルトセージの花が描かれている。重みは感じないが、何か入っているようだ。

蓋を持ち上げると、箱は難なく開いた。中に入っていたのは——

「……?」

中には、陶器でできた小さな天使の人形や、短い蝋燭と燭台が幾つか。その他にも、きらきらと輝く丸や星の形の飾りなど、細々としたものが詰め込まれていた。

どれも古いものではあるようだが、他のものと比べて綺麗だ。とても大切にされていたことが分かる。

「綺麗。……でも、何に使うんだろ」

少女はカミサマの方を見る。だが、カミサマもこれが何か分からないようで、眉間に皺を寄せて、考え込んでいた。

不思議とは思いながら、深く考えずに、少女は箱に視線を戻す。

暗い物置小屋の中で、ひっそりと眠っていたそれは、何故だか、静かに輝いているように見えた。

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