Ⅳ 収穫祭
収穫祭当日。
落ち着かない気持ちで少女は押し開けて外に出た。
収穫祭だからといって、町から人が来る気配はない。以前はここにも子供たちがお菓子をもらいに来たそうだが、最近はそんなこともなくなった。
だから、少女が町に行っても構わない、のだが。
「やあ、早いね」
悶々としているうちに、カミサマが歩いてくる。
その足取りは軽く弾むようで、いつもと違う黒い外套が、一歩進むたびに少しだけ舞い上がった。
「……本当に行くの?」
「勿論」
少女は自分を抱きしめるように片方の腕を掴む。
もしも、修道院の人に見つかったら——
「あ。はいこれ」
ばさり、と何か布のようなものを渡される。
「……外套?」
「収穫祭には仮装して行くのが基本でしょ?」
カミサマはにっ、と口角を上げる。
よく見れば、外套のフードには羊のような曲がった角が縫い付けられている。
少女は渡された外套をぎゅっと握ると、それを羽織る。
そして、カミサマに手を引かれて町へ向かった。
「わあ……!」
町の広場には、少女の想像を超えた光景が広がっていた。
辺りは色とりどりの布やドライフラワーで飾られ、道に沿って露店も出ている。広場の一番目立つところには、大きなカボチャの旗が掲げられ、皆楽しそうに笑っていた。
初めての町。初めての収穫祭。
一歩足を踏み入れてしまえば、それまでの不安は去ってしまった。代わりに、波打つ胸が、全身に熱を伝えていく。
「ふふっ。どう? 初めての町は」
カミサマが微笑んで少女に問いかける。少女はぽかんと口を開けていたけれど、何も言うことはできなかった。
二人は並んで町を歩く。多くの人が仮装しているおかげで、外套のフードを深く被っていても目立たないのが幸いだった。
「とりあえず露店でも回ろうか」
「うん」
露店では軽食の他に、秋らしい花や装飾品、住民が家から持ち寄った雑貨などが売られていた。どれも見慣れぬものばかりで、胸が躍る。
半周程したところで、広場の中央に人が群がり始めた。
「なんだろ、あれ」
「ああ、大道芸でもやるみたいだね」
「大道芸か。おもしろそう!」
「見てみようか」
人々の隙間をなんとか通って、芸が見える位置に移動する。
広場の中心では、華やかな衣装をまとった女性が二人、手を取り合いながらくるくると踊っていた。動くたびに衣装の裾がふんわり舞い上がる。
見入っていると、あっという間に彼女たちは踊るのを止め、胸の前で組んだ両手を思い切り空に上げる。
直後に降ってきたのは、色とりどりの花弁だった。受け止めようとすると、花弁は触れた瞬間、小さな光の粒になって、消える。
程なくして、広場は拍手と歓声に包まれた。
「凄い……」
上手く言い表せないものが込み上げてくる。気づけば少女も、子供のように夢中になって手を叩いていた。
やがて拍手が止むと、次の演目が始まる。
次の演目にも、その次の演目にも、少女は心を奪われた。
そして幾つかの演目が終わると、突然、広場の中央に、ボンッと小さく煙が放たれた。中には誰かの影がある。
煙が引いていく。中にいたのは、一人の老婦だった。
三角帽に黒のローブと、魔女のような恰好をした老婦だ。
「ああ、今年も収穫祭の日がやってきたね」
老婦はヒッ、ヒッ、ヒ、と笑いながら広場の中央へ歩く。
多くの人が静まって、老婦の様子を見ている。
「ゲームをしようじゃないか」
ゲームと聞いて、人々は歓喜する。
「やったあ! ゲームの時間だ!」
「今年は何をするのかな?」
老婦は盛り上がる彼らを制して、続ける。
「静かに。この町の何処かにカボチャを隠した。お前たちにはそれを探してもらおう」
ほら、これだよ、と老婦が小さなカボチャを取り出す。
手のひらに納まるくらいの大きさで、ヘタの部分を持ち上げると、くり抜かれた実の代わりにお菓子が詰まっている。
「見つけられたら、中の菓子はお前たちのものだ。これと同じものが、全部で百ある。全部見つけられたらお前たちの勝ちだ。ただし、」
声を低くして言う老婦に、人々は固唾を呑んだ。
「一つだけ、九十九番目に隠したカボチャには、別のものが入っている。そいつを見つけたら、〝願いの叶う花畑〟への道しるべをあげよう」
それを聞いて、広場は再びざわめく。
「〝願いの叶う花畑〟? なにそれ」
「あらあんたたち、知らないの?」
斜め前にいた、話好きそうな女性が振り返ってこちらを見る。
彼女曰く、それはずっと昔から言い伝えられているおとぎ話らしい。
何時かの何処か。とある双子の物語。
ある日、双子の姉は、母親から〝願いの叶う花畑〟の話を聞きました。
どうしても叶えたい願いのあった姉は、弟と共に、森へ花畑を探しに行くことに。
天真爛漫な姉に振り回されながら森の中を進んで行くと、木々の間から光が見えます。
その光の先には——
「それはそれは美しい花畑があったんだって」
「へえ」
ちなみに、先程の踊りはその話を題材にしたものだという。
「まあ本当かどうかは怪しいけどね」
「おもしろい話が聞けて良かったよ。ありがとう」
「いえいえ」
女性の話を軽く聞き流した後で、少女はあれ? と首をかしげる。
この話、前にも聞いたことがあるような……。
「おもしろそうだね。せっかくだし探してみようよ」
「そう簡単に見つかるかな」
「そこまで! いいかい、制限時間は午後三時の鐘までだ。それまでによく探すんだよ」
少しの沈黙。
町中に時を告げる鐘が響き渡った。
「カボチャ探し、始め‼」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます