Ⅲ 旅物語
朝の祈りを終え、少女は静かに立ち上がる。
最近、すっかり寒くなった。特に、自室は粗末な造りなので、余計冷える。
近いうちに冬支度を始めなければ。また嫌な季節がやってくる。
はあ、と息を吐き出して、少女は扉を押し開けた。
今日もカミサマは来ているだろうか。
そう思って周りを確認すると、扉の近くに、麻袋が一つ、置いてあった。
教会で暮らすのにあたって、修道院から定期的に生活費としてお金と、食料を受け取っている。と言っても、申し訳程度の銅貨と硬いパンだけなのだが。
自室に置いておこうと持ち上げると、はらり、と何か白いものが落ちる。
拾ってみると、それは真っ白な封筒だった。中央に封蝋がしてある。
封蝋の印からして、修道院のものだろう。
今まで、修道院から手紙なんて、一度ももらったことはない。少女は怪訝そうに眉をひそめた。
一体、なんの用だろうか。
深く息を吸い込むと、封筒を開けて、中の手紙を読んだ。
紙面に並ぶ丁寧な文字が、視界をさらさらと流れていく。
「え……?」
読み進めるにつれて、手紙を持つ手に力が加わっていく。
なんで……
「おはよ」
「わっ」
後ろから声を掛けられる。驚いて、とっさに手紙をスカートのポケットに滑り込ませた。
「ああ、貴方だったの。おはよう」
「どうかしたの? 何か見ていたみたいだけど」
「ううん。なんでもない」
「そう?」
カミサマは不思議そうにしていたが、すぐに、あっそうだ、と話を変える。
「町の人たちに聞いたんだけど、もうすぐ収穫祭なんだって?」
「うん。収穫祭がどうかしたの?」
「この町の収穫祭は、どんなことするのかなって。僕、今までいろんな場所の収穫祭を見てきたけど、この辺りのは初めてで」
「別に普通だよ。町の作物を集めて、夜通し大きな宴を開くの。露店や余興もたくさんあるみたい」
「みたい、って」
「実は、ほとんど行ったことないんだよね、収穫祭」
確か最後に収穫祭に行ったのは、修道院に来て最初の年だ。
その頃は修道院でも優しくしてもらっていて、他の孤児たちともよく遊んでいた。収穫祭も楽しみで、浮かれていたのを覚えている。
「ねえ、貴方が見た収穫祭って、どんな感じだったの?」
何気なく聞いてみた。するとカミサマはうーん、と考え込んで、語り出した。
曰く。
とある町を訪れていた時のこと。
その町では、毎年収穫祭になると、必ず魔女が現れて、何か悪さをするらしい。人々の話しぶりからして、相当恐れられているようだ。
これはおもしろそうだと考えたカミサマは、収穫祭を待つことにした。
親しくなった宿の従業員に聞くと、どうやら魔女対策として、収穫祭当日には魔女やモンスターの姿に化けたり、たくさんお菓子を用意したりするらしい。
そこでカミサマも、同じ宿に泊まっていた旅人たちと一緒に、宿のキッチンを借りてたくさんお菓子を作った。
さてこれで準備万端、と迎えた収穫祭当日。
カミサマは黒い外套に身を包んで、魔女を待ち構えていた。
大通りは既に人であふれかえっていた。至る所飾り付けられていて、多くはないが露店も出ている。
風船片手にパンプキンパイを頬張りながら、カミサマは露店を回った。
辺りでは子供たちが駆け回り、お菓子集めや林檎取りにいそしんでいる。反対側の広場では、家の不用品や雑貨を持ち寄って市場が開かれていた。
もう少ししたら、巨大カボチャの大きさを競う大会もあるみたい。
いろいろな催しがあるんだなあ、とソーダの瓶を傾けると、ゴーン、ゴーン、と教会の鐘がなった。
同時に、
『ようお前ら! 今年も来てやったぞ‼』
通りの真ん中で高らかに叫ぶ女。転がしてきたのであろう巨大カボチャに足を乗せ、はち切れんばかりに膨らんだ袋を背負っている。
彼女を見て街の人々はざわめいた。
『魔女だ。魔女が来たぞ』『くっ、やはり現れよったか』『収穫祭の魔女よ』『一体今年は何をするのかしら』『今年こそは負けないぞ……』
ただならぬ空気が強まっていく。
『まっ、魔女‼』
人混みの中から、黒ずくめの老人が飛び出してきた。
『おお町長か。久しいな。会えて嬉しいぞ』
『ま、待ってくれ魔女。今年は万全に準備した。だから貴女が何かする必要は——』
『そんな訳にはいかねえよ。あたしも今日を心待ちにしてたんだからなあ‼』
魔女が袋を開けて、中のものをばら撒く。老人が『やめろー!』と止めようとするも、手遅れだった。
『収穫祭の本当の楽しみ方を教えてやる‼』
カミサマは外套の端をつまみ上げて、魔女がばら撒いたものを受け止める。ボトボトと落ちてきたのは、綺麗に包装された小分けのクッキーやキャンディー。
ふんわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。おいしそうだ。食べずにはいられない。
袋から一つ取り出して、カミサマは魔女のお菓子を口にする——
「そのクッキーが、すっごくおいしかったんだ……」
「へえ」
味を思い出したのか、うっとりとした眼差しでカミサマが言う。
「でも、分からないな。どうして魔女は恐れられていたの?」
「それはね、魔女が遊びの達人で、あまりに収穫祭を盛り上げるせいで、次の日の後片付けが大変だからだよ」
しかも魔女は、真夜中まで騒いだ挙句、みんなが疲れて眠っている間に帰ってしまうんだ。と、カミサマ。
「なるほどね。それは迷惑だわ」
「ふふっ。だけど、楽しい人だったよ」
少女は何処かの町の収穫祭に思いを馳せる。
瞼を閉じれば、鮮明に描けそうな町の光景に。
どんなに楽しいのかは、カミサマの表情を見れば分かる。
私も行ってみたいなあ……。
「じゃあ、行ってみようよ」
「……へっ⁉」
思いがけない提案に、調子はずれな声が出る。
「行くって、どこに?」
「収穫祭に決まってるでしょ。他にどこがあるのさ」
「え。で、でもっ」
「平気だよ。僕に任せて」
あー楽しみだなー、とカミサマは仰向く。もう何も聞く気はないらしい。
少女は唇をぎゅっと結ぶ。
そして、退屈そうに頷いて、赤らめた頬を隠した。
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