第2話 男の正体(1)

 インガーシティは港町だ。ここは海の向こうにあるゴルドの国とを結ぶフェリーが行き交い、それが発着する港に隣接して大陸横断特急の終点がある。駅は山と海のわずかな平地に建てられている。その駅は街の中心部と離れていて、中心部とは路面電車で結ばれている。


 このインガーシティには水の神殿があり、そこにはウンディーネのオーブがあるという。200年ぐらい前にサラがやって来た時には水の神殿が姿を現し、サラがその中からウンディーネのオーブを手に入れ、世界を救う力にしたという。水の神殿は再び海の中に没し、人々の記憶から消し去られている。


 インガー港にゴルドの国からやって来たカーフェリーがやって来た。カーフェリーには多くの人が乗っている。また、多くの車がフェリーに載せられている。


 今日のインガーシティは雲1つない快晴。絶好の行楽日和だ。夏休みのこの時期、家族連れの姿も多くみられる。彼らはここからインガーシティへ、あるいは鉄道で東へ向かう。


 その中に、鎌を持った少年がいる。太一だ。村を焼き討ちにした奴を追ってここまでやって来た。殺された村の人のためにも、敵を討たなければ。


 カーフェリーは港に着いた。それと共に多くの客が降りてきた。太一も降りた。ここから路面電車に乗って中心部に行こう。中心部に行けば多くの情報が見つかるはずだ。


 太一はホームにやって来た。ホームには多くの人がいる。その中には家族連れもいる。彼らは旅行でここに来ていると思われる。彼らも街の中心部に行くんだろう。


 すぐに路面電車がやって来た。路面電車は連接車で、多くの乗客が乗っている。彼らはここからカーフェリーか鉄道に乗り換えると思われる。


 路面電車がホームに着くと、まず反対側のホームのドアが開き、乗客が降りた。このホームは降車専用のようだ。


 乗客が全員降りると、ドアが閉まり、こちら側のドアが開いた。ホームで待っていた人は路面電車に乗った。太一も路面電車に乗った。出入口は低いホームに併せて低くなっていて、出入り口の先にはステップがある。


 太一は車内に入った。車内は半鋼製で、床が木目調だ。車内には家族連れが多い。彼らは楽しそうな表情だ。太一はそれを見て、焼き討ちで失った家族の事を思い出した。あの頃は楽しかったのに、焼き討ちで何もかも失ってしまった。とても許せない。必ず敵を討たなければ。


 発車のベルが鳴り、路面電車は駅を後にした。ここからはしばらく海沿いを走る。右手には民家が、左手には山が見える。民家の先には海がある。ここからしばらくはこのような風景の中を走る。その先に街の中心部がある。


 太一は車窓に見とれていた。太一は海外に行ったことがない。何もかもが新鮮だ。だが、今はそれで喜んでいる状況ではない。村を焼き討ちにした奴らを見つけ出し、倒さねば。


 しばらく走ると、視界が広がり、街の中心部に入った。街は今日も賑わっている。まるで世界の危機を知らないようだ。


 太一は街の中心部の入口にある停留所で降りた。太一の他に降りる人はいない。停留所は道路の真ん中の安全地帯にある。端には押しボタン式の歩行者信号があり、それで道路の端に向かう。


 インガーシティはいつものように賑わっている。この街は決して広くはないし、中心駅とは少し離れた所にある。だが、美しい砂浜で多くの観光客を引き付けている。


 太一は辺りを見渡した。こんなに賑やかな都会は見た事がない。故郷とは比べ物にならない。リプコットシティはどれだけ賑やかなんだろう。


 歩行者信号が青になった。それを確認して、太一は横断歩道を渡って道路の端に渡った。道路の端には何人かの人がいる。夏休みという事もあってか、いつもの平日以上に賑わっている。


 太一はこの辺りの人々に焼き討ちにした人やその人が乗っていた車について聞く事にした。


「すいません、この車、見たことありませんか?」


 太一はそのワンボックスカーの運転手の写真を見せた。カーフェリーに乗った港の職員が知っていて、ワンボックスカーとその運転手の写真を撮っていた。太一が聞いた男は大柄で、色黒で白いランニングシャツを着ている。


「いや」


 男は首を振った。そんな車を見た事がない。というよりか、覚えていない。車なんてあんまり気にしていない。


 太一は肩を落とさなかった。まだ始まったばかりだ。直にわかるはずだ。諦めずに調べよう。


 その隣の家には、美しい女性がいる。20代後半だろうか?


「すいません、この男、見た事ありませんか?」


 太一はまたもやその男の写真を見せた。


「見た事ないわね」


 女な首を振った。その女は、あんまり外に出ていないようだ。まだ見つからない。だが、太一は焦っていない。まだ2人目だ。これから徐々にわかっていくだろう。


 太一はしばらく離れた所で情報を集める事にした。また別の場所に行けば、有力な情報が見つかるかもしれない。


 歩いて10分、太一は別の場所にやって来た。そこは、街のメインストリートらしく、多くの人が行き交っている。ここなら人が多いので、多くの情報が得られそうだ。


 太一は街を歩いている若者に聞く事にした。その男は派手なTシャツを着ていて、サングラスをかけている。


「すいません、この男、知りませんか?」


 太一は男の写真を見せた。今度こそ知っている事を願いながら。


「知らないなー」


 だが、この人も知らない。ここにも有力な情報を知る人はいないんだろうか?


「ここ最近、変な事ないですか?」


 太一は質問を変えてみた。悪い事をした人が来ていたら、何か変な事が起こるかもしれないと思った。


「最近、海に潜る人がいるんだ。普段は見ないのに」


 この辺りは海水浴場があって、多くの観光客が訪れる。ところが、それは市街地から離れた所で、市街地に隣接した海に潜る人はいないという。


「この街の海の底には水の神殿があるらしいんだ。サラが世界を救うためにやって来た時には浮上したんだが、すぐに再び沈んでそのままさ」


 この男たちは海水浴が趣味で、この近くの海水浴場で毎年泳いでいるという。だが、彼ら同様、この辺を泳ぐ事はないという。あの辺りの海には、水の神殿が沈んでいて、近づこうとする者には精霊の呪いがかけられると言われているそうだ。


 太一は考えた。インガーシティには水の神殿が海に沈んでいるという伝説がある。呪われるというのに、どうしてそのあたりを潜るんだろうか? ひょっとして、水の神殿に何かあるんだろうか?


 太一は下を向いて街を歩いていた。その後も人々に聞いたが、男や車に関する有力な情報が見つからない。本当に有力な情報が見つかるんだろうか? 太一は少し不安になってきた。


 太一が途方に暮れて狭い路地に入った。その路地は車1台がやっと通れるぐらいの場所だ。人通りは少ない。高いビルの間にあり、陽が全く当たらない。


 太一はため息をついた。なかなか見つからない。早く見つけなければ夏休みが終わってしまう。それまでに見つけて敵を討たなければ。


「この車・・・」


 ふと太一が横を向くと、そこにはワンボックスカーがある。太一はワンボックスをよく見た。ひょっとしたら、これが探していたワンボックスカーだろうか?


 一通り見て、太一は驚いた。これはまさに、あの時のワンボックスカーだ。あいつらはこの辺りに潜伏してるに違いない。


「どうしたんですか?」


 太一は横を向いた。この辺りに住んでいると思われる若い男だ。


「この車、知ってるんですか?」

「はい、数日前からここで見かけるんですよー」


 その男はこの車の事を知っていた。こんな狭い路地に車が来る上に、路上に停めている。


「へぇ」


 太一は路地裏から再び広い通りに出た。太一は確信した。奴らはここに潜んでいる。必ず捕まえて、敵を討つんだ。


 男はその様子を怪しげに見ていた。その男の眼は赤く光っている。どうやら神龍教の信者のようだ。


 男は感じた。世界を救う英雄がやって来たんじゃないか? もしそうなら、早く司祭に知らせねば。


 太一が通りに出ると、車をジロジロ見ている1人の男を見つけた。その車か、その車の持ち主の秘密を知っているようだ。


「どうしたんですか?」


 太一はその男が気になった。その車の秘密を知っているようだ。


「この車の運転手があの裏山によく行くんだよなー」


 太一は裏山を見た。裏山は市街地のはずれにあり、なぜかここだけ開発が進んでいない。


「裏山・・・、何があるんですか?」

「水の神殿の描かれた壁画さ。この石板を壁画の欠けた所にはめると、水の神殿が海の底から現れるんだ」


 太一は驚いた。インガーシティの海底にこんなのがあるなんて。まさか、赤竜伝説にかかわる建物だろうか?


「本当にあるんですか?」

「ああ。宝物を盗まれないように俺がこうして守っているんだ」


 この水の神殿には、数多くの秘宝が眠っていて、それが取られて悪用されないようにするために、海の底に沈んでいるという。男は、その封印を守っている一家の血を引く男だという。


「そうなんですか」

「世界を救う英雄が現れるまでね」


 男は真剣な表情だ。赤竜伝説の事をよく知っているようだ。


「世界を救う英雄?」

「赤竜伝説って知ってるかい?」


 太一は世界を救った英雄の話、赤竜伝説を絵本で知った事がある。だが、本当にあるとは知らなかった。


「うん。あれって、本当なの?」

「ああ。本当にあったんだ」


 男は考えていた。今年はそれで200年。王神龍が蘇る年。その時、世界を救う英雄が現れ、再び王神龍を封印するだろう。


 太一は驚いた。またその伝説が繰り返そうとしているとは。だとすると、自分はその目撃者となろうとしているのか。


「その、世界を救う英雄って、誰?」


 太一は興奮している。誰が世界を救おうとしているんだろう。誰が歴史に名を刻もうとしているんだろう。


「ジーダ・デルガド、藪原太一、シンシア、アイソープ、那須野豊、ダミアン・クレイマーだ。女神竜サラ様のお告げだ」


 開いた口が塞がらない。まさか、自分が世界を救おうとしている英雄の1人なんて。そして、どこで仲間と出会うんだろう。


「えっ、俺、藪原太一」

「まさか、あんたが世界を救う英雄だなんて」


 男は驚いた。まさか、目の前に英雄がいるなんて。


「自分がそうだなんて。信じられない」


 その時、太一は思った。自分が追っているのは、神龍教じゃないかな? だとすると、あのワンボックスカーの運転手は神龍教の信者では?


「じゃあ、この石板を使って水の神殿に行って、ウンディーネのオーブを取って来てくれ。この世界を救ってくれ」


 男は1枚の石板を渡した。その石板を裏山の祠にはめれば、水の神殿が現れる。そしてそこから、ウンディーネのオーブを取ってくる。女神竜サラとその仲間はここからウンディーネのオーブを手にして、世界を救ったに違いない。


「わ、わかりました」


 太一は戸惑いながらも裏山に行く事にした。自分は世界を救うためにここに来たんだ。その使命を果たさなければ。

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