第1話 ミラクル種(5)
牢屋の中で、ジーダはうずくまっていた。牢屋は暑い。だが、冷房はない。寒気もよくない。ジーダは汗をだらだらかいていた。
昨日もまた1人、人間が王神龍の生贄に捧げられた。その様子はのぞき窓から見る事ができる。捕まった人々はその様子を怯えながら見ている。いつか自分もそうなるに違いない。そう思うと、震えが止まらなくなる。
ジーダは考えていた。俺は、何か悪い事したんだろうか? 牢屋に入れられる人は、何か悪い事をした人だ。僕は何も悪い事をしていない。なのにどうして閉じ込められるんだろう。ジーダはいつの間にか涙を流していた。
「大丈夫か?」
突然、誰かが声をかけた。ぼさぼさの長髪で、ボロボロの服を着ている。もう何ヶ月もこの中にいるようだ。
「うん。何とか」
ジーダは元気そうな表情を見せた。だが、本当は元気じゃない。いつ来るかわからない死に怯えている。
「あんた、何て名前だ?」
男は優しそうな表情だ。まるで死んだ父のようだ。
「俺? ジーダ。ジーダ・デルガド」
「ふーん。おいら、アレックス。アレックス・ホランド。よろしくな」
2人は握手をした。とてもフレンドリーな性格のようだ。
「よろしく」
「あんた、不思議なオーラを放ってるな」
ジーダを見て、アレックスは何かを感じた。ジーダを見ていると、何か心が安らぐ。どうしてかわからない。まるで、リプコットシティにある女神竜サラに抱かれているような感じだ。どうしてだろう。
「えっ!?」
「君といると、なぜか優しい気持ちになれる。何だろう」
アレックスは首をかしげた。初めて会ったのに、この感覚は何だろう。不思議だな。この子は何かを持っているんだろうか?
「そんな・・・、どうして?」
ジーダは呆然としていた。ただ、女神竜サラと話ができるぐらいで、自分は普通の黒いドラゴンだ。何も特別な力はないに違いない。
「俺たち、どうなっちゃうんだろう」
ジーダは不安になっていた。自分はいつ、王神龍の生贄に捧げられるんだろう。いつまでこの世にいられるんだろう。
「王神龍の生贄に捧げられるんだ。ここにいる奴らはみんなそうさ。悪い事をしたからさ。それで憎んだ奴らが王神龍に心を奪われて、俺達を捕まえた。あんな事さえしていなければ、今も元気にしていたのに」
アレックスも運命を感じていた。ここにとらえられた人々は王神龍の生贄に捧げられる。果たしてそれはいつなんだろうか? アレックスも、いつ来るかわからない死に怯えていた。
「僕は何も悪い事していないのに」
「わかるわかる」
泣き崩れるジーダを、アレックスは慰めた。アレックスは悪い事をしてしまった。だが、ジーダは悪い事をしていない。どうしてこんな事になるんだろう。ただ世界を救おうとしているだけなのに。
突然、何かの声が聞こえた。すると、とらえられた人々はその様子を見始めた。礼拝室では、儀式が行われようとしている。アレックスはおびえている。それこそ、神炎の儀だ。
「ぎ、儀式が始まるぞ!」
アレックスの口は震えていた。想像するだけでもびくびくする。
「えっ、何?」
ジーダは神炎の儀の事を全く知らなかった。
「神炎の儀だよ。僕らを神の炎で焼き殺すんだよ。王神龍は憎い人間の魂を糧とするんだ」
アレックスはその様子を何度も見ていて、よく知っていた。自分もいつはそんな事をされるんだと思うと、なかなか眠れない。
「そんな・・・」
「俺たちもこんな目に遭うんだろうな」
2人はその様子をじっと見ていた。礼拝室では不気味な祈りが聞こえる。彼らは神龍教の信者だ。彼らは目を赤く光らせている。彼らは神龍教に心を奪われている。そして、王神龍に仕えている。
「大丈夫大丈夫。きっと救世主が現れるよ」
「そんなの来ないさ。サラはもういない」
アレックスは絶望した。あの時世界を救ったサラはもういない。ミラクル種のドラゴンなんて、生まれるわけがない。
やがて、司祭と思われる男がやって来た。その男の顔を見た時、ジーダは驚いた。10年前にテッドを殺した男だ。彼は神龍教の司祭だった。ジーダは拳を握り締めた。絶対に許さない。自分の手で敵を討ってみせる!だが、牢屋の中では何もできない。
「我らの唯一神よ、父なる創造神王神龍様よ、我らをお守りください。我らは魔獣の子。新たなエデンの到来を祈り、父なる創造神王神龍様への忠誠を誓い、愚かな人間の魂を捧ぐ。我らの光を、堪えぬ安らぎを!」
信者は赤い目を光らせて祈りを捧げている。彼らの声も不気味だ。明らかに洗脳されているようだ。
やがて、ボロボロの服を着た女がやって来た。レイラだ。あのシンシアの友達のレイラだ。今日、王神龍の生贄に捧げられるのはレイラのようだ。
「やめて! 離して!」
レイラは泣き叫んだ。だが、親友のシンシアは助けに来ない。自分はどうして王神龍の生贄に捧げられなければならないんだろう。もっと生きたいのに。
レイラは祭壇に寝かされた。レイラは抵抗したが、何もできない。抑えている彼らが強い。
そこに、司祭がやって来た。司祭は真剣な表情だ。これからこの女を王神龍の生贄に捧げる。間違いのないように呪文を唱えなければ。
「我らは魔獣の子。我らは父なる創造神王神龍様の子。我らは創造神王神龍様の再来を願い、ここに愚かな人間の肉体を捧げる」
司祭がレイラの頭を撫でた。すると、司祭の手はレイラの頭の中に入り、レイラの頭の中を抜き取った。レイラは泣き叫んだ。自分の頭が目の前にある。こんな事、あるんだろうか? 夢であってほしい。
「愚かな人間に神罰を! 我ら魔族に光あれ!」
司祭が脳を掲げると、信者は歓声を上げた。彼らは愚かな人間の頭がさらけ出されるのを嬉しく思っているようだ。
突然、司祭の目が赤く光った。すると、レイラの脳は見る見るうちに解けて、跡形もなくなった。ジーダは呆然としていた。いずれ、自分もこんな事になるんだろうか? こんな事で人生を終えたくない。
「父なる創造神王神龍様、我ら魔獣の子を讃えよ。今ここに愚かな人間の肉体と言霊を捧げる。今こそその素晴らしき姿を現し、神罰を与え、この世界の愚か者を消し去りくださいませ」
信者は不気味な声で祈りを捧げている。牢屋の人々はおびえながらその様子を見ている。信者はまるで誰かに操られているような表情だ。
「父なる創造神王神龍様、ここに生贄をを捧げます。どうか蘇りください」
司祭の声とともに、3つ目の白い龍が現れた。王神龍だ。ジーダは驚いた。あの祠の壁画で見つけたあの龍だ。あれは、王神龍だったのか。そして、あの壁画は、神炎の儀を描いたものだったのか。
それと共に、レイラの体は宙に浮いた。レイラは辺りを見渡した。自分の体が宙に上がっていく。何が起きているんだろう。レイラは開いた口が塞がらない。
王神龍が現れると、信者は歓声を上げた。我々が神とあがめている王神龍が目の前に現れた。彼らは王神龍を、世界を作り直し、我らを理想の世界へと導く神だと思っている。
「父なる創造神王神龍様、我らは魔獣の子。新たなエデンまで、愚かな人間を生贄として捧げる」
すると、王神龍の目が光った。王神龍は目の前にあるレイラを見つめ、不気味な笑みを浮かべた。王神龍は大きく息を吸い込み、炎を吐いた。その炎は、ジーダが吐く炎とは比べ物にならない程大きく、熱い。
レイラは神炎を浴びた。熱い。とてつもなく熱い。だが、すぐに熱くなくなった。あっという間に体がなくなり、息絶えたからだ。魂の姿になったレイラは呆然となり、王神龍を見つめた。
王神龍は大きな口でレイラの魂を飲み込んだ。すると、信者は歓声を上げた。これでまた1つ、王神龍が新たな世界を迎える力を蓄えた。
「おお我が神よ、父なる創造神王神龍様、我らは魔獣の子。我らに力を与えたまえ。世界に平和をもたらしたまえ。大いなる力で我らをお守りください」
信者はひざまずき、王神龍に祈りを捧げた。すると、王神龍は消えた。王神龍はまだこの地上ではまだ幻のような存在で、長い時間いられない。だが、生贄を捧げる事によってその力を蓄え、その力が十分に達した時、地上に降り立ち、世界を作り直すと言われている。その世界では、人間は存在せず、魔族の世界になるという。
牢屋の人々はじっとその様子を見ていた。自分もこうなるんだろうか? もっと生きたいのに。どうしてこんな目に遭わなければならないんだろう。
ジーダは拳を握り締めた。こんなの絶対に許せない。こんな事で生贄に捧げられ、殺されるなんて、絶対に許せない。
「くそーっ、許せない! 絶対に許せない!」
その時、ジーダの体から光が発せられた。発せられた光によって、牢屋の人以外、何も見えない。ジーダは何が起こったのかわからず、茫然となった。
ジーダは発せられた光に包まれ、金色の巨大なドラゴンとなった。だが、ジーダにはわからない。ただただ茫然としているだけだ。
「な、何だこの光は?」
一緒にいた捕まえられた人々は何が起こったのかわからず、立ちすくしていた。その金色の巨大なドラゴンは何だろう。
金色の巨大なドラゴンは捕まえられた人々をつかみ、背中に乗せた。人々は何が起こったのかわからないまま、背中でじっとしていた。
金色の巨大なドラゴンは彼らを全員背中に乗せると、どこかへ飛び立っていった。
「何だ? 何が起こったんだ?」
大きな物音に気付き、信者がやって来た。礼拝が終わった直後、牢屋で何か大きな音がした。ひょっとして、捕まえられた人々が何かしたんだろうと思い、やって来た。だが、彼らは1人もいない。金色の巨大なドラゴンがさらって行ったようだ。
「あれっ、あいつらどこに行った」
信者は首をかしげた。彼らはどこに行ったんだろう。あの物音とともに消えたんだろうか?
そこに、司祭がやって来た。司祭も物音に気付いて、ここにやって来たようだ。
司祭はあの時発せられた光を思い出した。その光は、王神龍から聞いた事がある。ひょっとして、ミラクル種のドラゴンが放つ『奇跡の光』だろうか?
「あの光・・・、まさか・・・」
突然、誰かの声が聞こえた。今は空の上のアカザ城にいる王神龍だ。その光について何かを知っているようだ。
「父なる創造神王神龍様、どうかなさいました?」
司祭は驚いた。王神龍だ。一体何が起こったんだろう。普通、礼拝の時しか現れないのに。
「いや、サラのようで」
王神龍は、200年前に封印したサラの事を思い出した。サラの母、マーロスを生贄に捧げ、これからサラも生贄に捧げようとした時、まばゆい光が発せられ、サラと友達のマルコスがいなくなった。まさにその時のようだ。
「サラ・・・、どなたですか?」
司祭はサラの事を知らなかった。司祭はリプコットシティに行った事も、女神竜の昔話も知らなかった。
「かつて私を封印した5人の英雄のリーダーだよ。女神竜サラの事だ」
その時、司祭は何かを感じた。ひょっとして、あのジーダは英雄だろうか? あの時、殺しておけばよかった。司祭はジーダを殺せなかったのを悔やんだ。
「まさか、あいつが世界を救う英雄・・・」
「かもしれない。絶対にあいつを殺せ!」
王神龍は真剣な表情だ。必ず今度こそ世界を作り直してみせる。信者のために。そして、自分のために。
「かしこまりました」
司祭は牢屋を去っていった。司祭は肩を落としていた。生贄が全部いなくなった。明日からはまた生贄を集めなければならない。集めないと、王神龍が世界を作り直す日が遅れてしまう。何としても王神龍のために頑張らねば。
「まさかあいつが・・・」
司祭は頭を抱えた。世界を作り直そうとしている時に、それに抵抗する英雄が現れると聞いたが、本当に表れるとは。何としても殺さねば。
「どうしたんですか?」
横で歩いていた信者は気になった。何を悩んでいるんだろうか?
「あの時、殺していれば」
司祭は悩んでいた。その英雄はやがて、4つの精霊と7匹の最高神の力を手に入れ、王神龍を再び封印するだろう。
ジーダは意識を取り戻した。ジーダは空を飛んでいる。だが、誰にも見られていないようだ。
ふと、ジーダはかぎ爪を見た。ジーダは驚いた。黒いはずの体が、金色だ。その時、ジーダは気づいた。あの光によって、自分の体に変が起こった。そして、自分の体の色が変わった。でも、どうしてだろう。ひょっとして、これも自分に秘められた特別な力の1つだろうか?
「ジーダ・・・」
背中に乗せた人々の声に、ジーダは反応した。人々は次第に、その金色のドラゴンがジーダだという事に気付き始めた。
「何が起こったのか、僕にもわからないよ。とりあえず、僕はサイカシティに戻るよ」
とりあえず、ジーダはサイカシティに向かう事にした。何かわからないけど、詳しい事はクラウドに聞こう。
1時間飛んで、ジーダはサイカシティに戻ってきた。サイカシティは今日も雪が降っている。世界が危機だというのに、いつもと変わらない賑わいだ。
「こ、ここは?」
ジーダの背中から降り立った男は辺りを見渡した。雪国のようだ。聖クライドの銅像を見て、ここはサイカシティだと確信した。牢屋から逃げだす事ができたと実感すると、男はほっとした。
「サイカシティだ」
ジーダの背中に乗っていた人々は降りて、牢屋から逃げられた事を実感し、ともに喜びを分かち合った。
「ここは、どこ?」
「サイカシティだ」
人間の姿に戻ったジーダは冷静な表情だ。何事もなかったかのようだ。
「俺たち、どうしてここに」
「僕たち、助かったのかな?」
その中には、今の状況が理解できない人もいる。突然、金色の巨大なドラゴンが現れ、牢屋の人々を助けに来た。あのドラゴンは一体、誰なんだろう。
「寒っ!」
「ハクション!」
その中には、凍えている人もいる。暑い牢屋から寒いサイカシティへ、気温の変化に驚いた。
「牢屋から脱出できたのかな?」
「きっとそうだろう」
人々は笑顔を見せた。死の恐怖から逃れる事ができた。これからも生きる事ができる。もっと人生を楽しめる。人々は嬉しくなった。
「ジーダさん、ありがとう!」
「あんたは命の恩人だ」
「ありがとう!」
人々はジーダに握手した。ジーダはようやく理解してきた。自分はこうやって神龍教の魔の手から人々を救っていくんだ。そして、世界を作り直そうという王神龍に立ち向かい、封印するんだ。彼らのためにも、必ず世界を救わねば。
そこに、クラウドがやって来た。ジーダが戻ってきたのを、クラウドは知っているようだ。クラウドは何かを考えているようだ。
何かの気配を感じ、ジーダは後ろを振り向いた。そこにはクラウドがいる。
「牧師さん」
「やはりそうか」
クラウドは真剣そうな表情だ。クラウドは何かを知っているようだ。
「な、何ですか?」
「寒いから教会で話そう」
ジーダは教会に入った。牢屋から逃げた人々も教会に入った。しばらくここで保護する事になると思う。でも、話って、何だろう。ジーダは首をかしげた。
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