第1話 ミラクル種(4)

 リプコットシティは今日も賑わっている。200年と変わりないようだ。彼らはひしひしと迫っている神龍教の影など、全く感じていなかった。世界が危機に陥った時、女神竜サラが世界を救ってくれると思っていた。


 シンシアはサイレス港からリプコットシティまで船でやって来た。シンシアは黒い魔法服を着て、方からはショルダーバッグを下げている。目指すはサイカシティだ。そこには世界を救う英雄のリーダー、ジーダ・デルガドがいる。まずはそこを目指そう。そして、ジーダに会って、共に世界を救う旅に出るんだ。


 シンシアは人工島に建てられた巨大な女神竜サラの銅像を見ていた。女神竜サラは5人をどう見ているんだろうか?


 夕方、シンシアはフェリーからリプコットシティに降り立った。シンシアだけではなく、多くの人が乗り降りした。シンシアはリプコットシティに行ったことがなかった。サイレスシティよりずっと賑やかで、まさに大都会だ。


「ここがリプコットシティか」


 シンシアはフェリー乗り場に隣接したリプコット・セントラル駅に入った。この駅は世界で最も大きな駅で、数多くの番線がある。サイカシティへ向かう列車は1階から出る。本数はそんなに多くなくて、そこまで行くには断然夜行特急や夜行急行だ。


 シンシアは路線図を見た。だが、サイカ駅は載っていない。特急の停車駅を表した案内にはサイカ駅がある。シンシアは決めていた。夜行特急で行こう。もし、部屋や席が取れなかったら、夜行急行の自由席を使おう。


「サイカシティはここからずっと北か」


 時刻表を見ると、その夜行急行は夜に出るようだ。シンシアは夜行急行でサイカシティに向かう事にした。まだ時間がある。シンシアは待合室でサイカシティに着いてからの事を考えた。着いたらクラウドという神父にジーダがどこにいるか調べないと。彼は世界を救う5人の英雄のリーダーだ。


 待合室の前にはいろんな人々が行き交っている。彼らはこれから起こるとんでもない事を知らないようだ。彼らは神龍教が世界を作り直し、人間を絶滅させようとしているのを知っているんだろうか? 女神竜サラの伝説を知っているんだろうか?


 待合室の屋根からは、電車の走る音が聞こえてくる。電車はひっきりなしに発着している。一体どれだけの人が利用しているんだろう。サイレスシティと比べ物にならない。


 発車の30分前、シンシアは1階にあるサイカシティへ向かう列車の発着するホームに向かった。もう外は暗い。夕方のラッシュが終わり、駅は少し静かになっている。2階のホームに向かう人は多いが、1階に向かう人はそれほど多くない。すでに夜行急行はホームに停まっている。だが、清掃中で、まだ入れない。手動扉の入口はチェーンでふさがれている。


 ホームでは旅行をする人々が何人かいる。彼らの多くはキャリーケースを持っている。リプコットシティは暑いのに、彼らは厚着を持っている。この時期でもサイカシティは寒い。サイカシティは1年中寒い地域だ。


 サイカシティには世界一の魔法学校と言われる『聖クライド魔法学校』がある。その魔法学校は、世界で唯一、聖魔導が生まれる学校として知られ、戴帽式には多くの人が訪れる。また、それと並行して聖魔導祭りが行われ、この世界を救った聖魔導バズをほめたたえる。そのような事から、サイカシティは『北の聖都』とも言われる。


 しばらく待っていると、向かい側からディーゼル特急がやって来た。特急には多くの人が乗っている。普段は空席がちらほらあるのに。この時期は戴帽式と聖魔導祭りがあるため、多くの人がサイカシティに訪れていると思われる。


 シンシアは昔、聖魔導に憧れた事がある。だが、費用が足りない上に、さほど成績が良くないので夢をあきらめた。こんな所に入るの、夢のまた夢だと思っている。


 発車20分ほど前になって、車内清掃が終わり、中に入る事ができた。乗客は中に入った。シンシアも中に入った。中は木目調で、何十年も前に作られたようだ。乗客はけっこう乗っているが、座れない程ではない。


 シンシアはボックスシートに座った。車窓には多くの人がいる。だが、乗ろうとしない。この後の電車を待っているんだろうか?


 定刻通りに夜行急行は発車した。乗客はそこそこいる。寝台や指定席は満席だという。自由席の人はそんなにいない。シンシアの座っている席とその向かいの席には誰も座っていない。


 シンシアは足を伸ばして流れる車窓を見ていた。しばらくは街の中を走っていたが、次第に非電化になり、山林の中を走るようになった。自由席の車内はとても静かだ。みんな疲れているんだろうか?


 客室は乗客の声がよく聞こえる。旅を楽しんでいるんだろうか? 今、世界が危機だというのに、こんなに楽しそうにしていていいんだろうか? 今の世界の現状を考えると、シンシアはその輪の中に入れなかった。今は世界の危機。楽しんでいられない。


 夜行急行は次第に山岳区間に入った。辺りには無人の山林が広がる。誰も住んでいないと思われる。この頃になると、車内は静かになった。中には、寝ている人もいる。疲れているんだろうか?

 山岳区間をしばらく走っていると、大きな構内の駅に着いた。だが、ホームは島式の1つだけで、側線がいくつもある。側線には何両も連なった石炭車が停まっている。


 この駅から丘を越えた所には、アフール鉱山がある。アフール鉱山は、かつて神龍教が管理していて、捕まえた人間に過酷な強制労働をさせていた事で悪名高い。現在は過酷な労働ではなくなり、豊かな鉱山の町になった。


 シンシアは、アフール鉱山で起きた出来事について、閃光神ルーネから聞いた事がある。人間にこんな仕打ちをしていたなんて。自分だったら逃げていただろうな。


 夜も遅くなってきた。自由席の車内の人はみんな寝ている。客室の照明は眠りの妨げにならないようにある程度暗くなっている。シンシアは静かに車窓を見ている。辺りは無人の山林のようで、明かりが全く見えない。


 シンシアはつまらなくなり、自然と眠たくなってきた。そして、いつの間にか眠ってしまった。明日、ジーダに会える事を願いながら。




 翌朝、シンシアは目覚めた。車内は静かだ。まだ誰も起きていない。外は雪景色だ。徐々にサイカシティが近づいてきたんだろうか? シンシアは寒気を感じ、持ってきたマントを着た。


 シンシアはデッキにやって来た。最後尾からは外が見える。連結面の扉は開いていて、チェーン1本だけでふさがれているだけだ。シンシアは息を飲んだ。見渡す限り美しい雪景色だ。雪国にやって来たとシンシアは実感した。


 シンシアはワクワクしていた。もうすぐ世界を救う英雄の1人に会える。どんな人だろう。かっこいいんだろうか?


 早朝、夜行急行は駅に停まった。早朝の駅は静まり返っている。その中で、駅員と弁当を売る人の声が聞こえる。弁当を売る人の声を聞いて、何人かの乗客がやって来た。シンシアもその声を聞いて、弁当を買う事にした。


 サイカシティの中心駅、サイカ駅へは正午頃に着く。弁当を買ったシンシアは外から駅の構内を見つつ、買ってきたサンドイッチをほおばった。自由席の車内には何人か乗客がいる。彼らはすでに起きていて、朝食を食べている。


 数十分停車して、夜行急行はサイカ駅に向かって出発した。夜行急行が出て行くと、駅は再び静けさを取り戻した。次の列車は1時間後だ。その時まで静かなままだ。


 夜行急行は雪景色の中を走る。この辺りは無人の山林で、その向こうには山が見える。その山にはかつて炭鉱があったそうだが、すでに閉山した。そのまた奥には辺境の村があったそうだが、ある日焼き討ちに遭い、ただの荒野になった。


 サイカシティはまだ先だ。車窓からは全く見えていない。まだまだ先は長そうだ。シンシアは再び眠った。フェリーと夜行急行の長旅で疲れていた。だが、これから長くつらい冒険が待ち構えている。その冒険は、世界を救う冒険だ。疲れたとは言っていられない。世界の命運がかかっている。


 夢の中で、シンシアはレイラと過ごした日々を思い出した。小学校、中学校を共に過ごし、高校も一緒だ。とても仲が良かったのに、突然いなくなってしまった。神龍教に連れ去られたレイラは今頃、どうしているんだろう。一刻も早く救い出さなければ。そして何より、世界を救わねば。


 目を覚ますと、そこは住宅地だ。夜行急行はすでにサイカシティの中だ。終点のサイカ駅まではあと10分ほどだ。乗客はあわただしく降りる支度をしている。自由席だけでなく、指定席、寝台車の乗客もだ。


 正午近くなって、夜行急行はサイカ駅に着いた。多くの乗客が降りた。ここは厳しい寒さで知られる。そんなサイカシティは魔獣の英雄の1人、バズ・ライ・クライドが発展させた事で知られる。そんなバズは、このサイカシティにある世界一の魔法学校、聖クライド魔法学校の創立者だ。毎年この頃になると新しい聖魔導の任命式があり、聖魔導祭りが行われる。


 シンシアは白い息を吐いた。外はとても寒い。リプコットシティとは正反対だ。果たしてジーダに会えるんだろうか? シンシアは楽しみにしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る