第2話 消えた人々(4)

 2人は辺りを見渡した。だが、誰もいない。頂上も静かだ。昨日の賑やかさは何だったんだろう。まるで嘘のようだ。


「誰も登る人いないな」


 太一は拳を握り締めた。連れ去った奴らが許せない。どこに行ったんだろうか? 今すぐ連れ戻したい。


「どこに行っちゃったんだろう」


 その時、2人の後ろから男がやって来た。捕り逃したと思われる。男の足はよぼよぼだ。疲れていると思われる。


「あっ、誰かいる!」


 太一が後ろを振り向くと、男がいる。まだ残っている人がいるとは。太一は驚いた。


「本当だ!」


 それに気づいて、真由美も後ろを振り向いた。人がいる!


「大きな飛行船がやってきて、みんなさらっていった」


 男は泣いていた。一緒に山を登った妻と子供たちがさらわれた。どうしてこんなことにならなければならないんだろう。こんなの悪夢だ。夢から覚めろ! 心の中で願っていた。だが、これが現実だ。


「そんな・・・」


 真由美は呆然とした。今さっき戦ったドラゴンはその飛行船の乗組員だろうか?


「戻ろう」


 その時、緑の龍がやって来た。それを見て、太一は驚いた。海斗だ。実家にいるはずの海斗がどうして来たんだろう。太一は首をかしげた。


「海斗!」


 その声に反応して、真由美も海斗を見た。


「ど、どうしたの?」


 真由美も驚いた。どうして海斗が来たんだろう。


「村が襲われた。焼き討ちでまるで火の海だ」


 山に降り立った海斗は汗をかいている。全速力で焼き討ちから逃げてきた。道の駅にいるスエを除いて、海斗しか生き残っていない。


「そ、そんな!」


 太一は呆然となった。こんなことが起こるなんて。今さっきまで元気だった家族がみんな死んじゃったなんて。信じられない。夢だと信じたい。でもこれは現実だ。


「早く行こう!」


 太一と真由美は海斗の背中に乗って集落に戻ろうと思った。スエはどうなったんだろう。太一は心配だ。家族はどうなったんだろう。真由美は心配だ。


「おじさんも乗って!」


 3人は考えた。疲れ果てた男も海斗の背中に乗って下山させよう。


「ありがとう」


 3人は海斗の背中に乗った。海斗は宙に浮き、一気に山を下りた。目指すは焼き討ちに遭った集落だ。スエは無事だろうか? 家族は無事だろうか?2人は気がかりだ。


 4人は集落にやって来た。4人は空から集落を見下ろした。海斗の言うとおり、集落は焼き討ちに遭っていた。4人は呆然としていた。とても現実じゃない。これは地獄だ。


「町が破壊されてる!」

「信じられない! これは夢じゃないの?」


 真由美は泣きそうになった。太一は真由美の肩に左手をかけた。泣かないで。僕が幸せにするから。


「いや、これが現実なんだ」


 太一は右手を強く握りしめた。誰がこんなことをやったんだ。まさか、登山客を連れ去った奴らだろうか?


 海斗は廃墟と化した集落で1人の老婆を見つけた。スエだ。この日は道の駅で体験指導をするために朝早くに出かけたはずだ。だが、集落が焼き討ちに遭ったと聞いて、急遽やって来た。


 スエは肩を落としている。早朝までの光景がまるで嘘のようだ。とても信じられない。どうしてこんな目にあわなければならないんだ。


「お、おばあちゃん!」


 スエに気付くと、海斗は急降下した。太一と真由美も驚いた。


 海斗は廃墟と化した集落に舞い降りた。3人は海斗の背中から降りた。太一はスエに抱き着いた。スエが無事でよかった。


「たっちゃん、大丈夫だったか?」


 スエは太一を心配していた。ひょっとしたら、山で殺されたんじゃないかと思った。


「うん」


 太一は悲しそうな表情だ。スエ以外、家族みんな失った。これから登龍門はどうなってしまうんだろう。


「町がみんな破壊されてもうた。わしと海斗とたっちゃんを残して家族はみんな死んじゃった」


 スエは泣き崩れた。あれだけたくさん家族がいたのに、生き残ったのは海斗と太一だけだ。こんなことがあっていいのか? とても現実を受け入れられない。


「だ、誰が破壊したの?」


 太一は泣き崩れるスエを慰めた。太一はより力強く拳を握り締めた。集落を焼き討ちにした奴、絶対に許せない。自分の手で叩き潰してやる!


「よくわからんが、ワンボックスカーがこの集落からものすごい速さで出てきたのぉ。ひょっとしたら、そいつわじゃないかな?」


 通報を受けて車で家に帰る途中、スエは集落の入口で不審な男を見ていた。スエは素通りしたが、後で思ったら、ひょっとして、こいつらが燃やしたんじゃないかなと思った。


「そんな・・・」


 海斗も肩を落とした。家族があっという間に失われるなんて。こんなの夢だと教えてくれ!


「店も?」


 太一は店の事が気になった。店のある駅前も焼き討ちに遭っていないだろうか?


「ああ・・・」


 スエは集落に戻って、駅前の様子を見た。すると、駅前からも火が上がっているのが見えた。おそらく駅前も焼き討ちに遭ったと思われる。


「家族をみんな殺しやがって、許せない!」


 太一は怒っていた。家族が守ってきた店が一瞬にしてなくなってしまった。許せない。自分の手で懲らしめてやる!


「その気持ち、わかるわ」


 真由美は太一の気持ちがわかった。一瞬にして家族も店も失った。


「おばあちゃん、家族の仇、俺が討つから」


 太一は決意した。この村で焼き討ちをした奴ら、絶対に許さない。自分の力で懲らしめてやる!


「そうかい。気をつけてな!」

「たっちゃん、気をつけてね!」

「ああ」


 3人は太一と男を見送った。太一は元気に手を振り、3人の声援に応えた。必ず奴らを懲らしめて戻ってくる。そして、この村を復興させるんだ。




 10分後、2人は駅前にやって来た。駅前も焼け野原になっている。登龍門も、土産物屋も、駅舎も何もかもなくなっていた。だが、レールはそのままだ。何事もなかったかのように列車が駅を出て行った。


 太一は立ち止まり、茫然とした。昨日まであんなに賑やかだった駅前がこんなことになるなんて。とても信じられない。だが、これは現実だ。彼らが焼け野原にしたんだ。絶対に許せない。自分の手で懲らしめてやる!


 男は泣きそうになった。昨日訪れた駅前がこんなことになるなんて。登龍門でそばを食べた昨日がまるで嘘のようだ。


「た、たっちゃんか?」


 2人は後ろを振り向いた。ボロボロの服を着た男がいる。太一は驚いた。その男を知っている。登龍門の従業員の中で一番のベテラン、滝越さんだ。滝越は服はボロボロだが、けがはしていない。何とか逃げることができたようだ。


「うん」


 太一は首を縦に振った。滝越はほっとした。将来、この店をしょって立つ太一と海斗が生きていた。それだけでも嬉しかった。従業員はみんな焼き討ちで死に、生き残ったのは滝越だけだ。


「滝越さん! よかった、生きてたんだ!」


 太一は嬉しかった。誰も生き残っていないんじゃないかと思っていた。これから登龍門はどうなるんだろう。


「ああ。神龍教だ。神龍教の奴らがやった」


 滝越は神龍教の事を知っていた。200年前、世界を作り直し、人間を絶滅させようとした。彼らの神、王神龍が封印され、その宗教も忘れ去られたという。だが、今年は王神龍が蘇る年。徐々に神龍教も蘇ってきた。


「神龍教・・・」

「そうだ」


 太一は拳を握り締めた。神龍教の事は知っていたが、また現れるとは。


「絶対に許さない」

「その気持ち、わかる」


 滝越は太一の肩を叩いた。滝越は太一の気持ちがわかった。自分たちの店が一瞬にして奪われた。これほど悔しい事はない。悲しい事はない。あいつらが許せない。自分の手で懲らしめてやる!


「俺、あいつらをやっつけに行くから」

「そうかい。気を付けてな」


 滝越は止めようとしなかった。今、最後の希望は太一しかいない。この村の、登龍門の命運は太一にかかっている。必ず帰ってきて、この村を、登龍門を復興させるはずだ。


「行ってくるからね」


 太一は駅で切符を買い、ホームに立った。駅は駅舎を失い、生き残った係員が手で切符を売りさばいている。2人は太一をじっと見ていた。必ず帰ってこい。そして、この村を、登竜門を復興させてくれ。


「頑張ってきてぇな!」

「うん」


 しばらくすると、2両編成の気動車がやって来た。気動車には何人かの人が乗っている。彼らは変わり果てた町を見て驚いている。


 構内に入ると、気動車は汽笛を上げた。気動車はゆっくりとホームに入った。この駅のホームは多客時に備えて長くなっている。2両編成の気動車では持て余してしまう。


 気動車の扉が開いた。誰も降りない。みんな車窓を見ているだけだ。


 太一は気動車の中に入った。車内の床は木目調で、緑のモケットのボックスシートが並んでいる。中は冷房がかかっていて、涼しい。


 気動車はなかなか発車しない。行き違い待ちと思われる。腕木式信号機は赤だ。


「じゃあ、行ってくるね」


 太一は窓を開け、2人に手を振った。2人は笑顔で答えた。


 その直後、反対側から気動車がやって来た。3両編成で、ある程度客が乗っている。気動車は向かい側のホームに停まった。だが、誰も乗り降りする人はいない。


 腕木式信号機が青に変わった。2本の気動車はほぼ同時に駅を発車した。2人は手を振って太一を見送っている。太一はその様子をじっと見ている。必ずあいつらを懲らしめて、帰ってくる。それまで元気でいてくれ。


 太一は後ろの気動車のデッキから村を見ていた。がれきしか見えない。昨日まではあんなに建物があったのに。何もかもなくなってしまった。


 気動車は構内を出るとすぐに、鉄橋で深い谷を越えた。その下には誰もいない。いつもだったら遊んでいる人がいるのに。あれもこれも、神龍教のせいだ。彼らを呼び戻すためにも、懲らしめなければ。


 鉄橋を超えるとすぐに、トンネルに入った。入口はレンガ積みで、年季が入っている。気動車はトンネルの中に消えていった。そして、気動車から村が見えなくなった。


 太一は後ろの気動車のデッキからその様子を見ていた。村は徐々に小さくなり、やがて見えなくなった。自分が帰ってくる頃には、この村はどうなっているんだろう。


 太一は客室に戻り、持ってきた家族の写真を見た。今朝だけでスエと海斗を残してみんないなくなった。どうしてこんなことにならなければならないんだろう。全部あいつらのせいだ。自分が何倍にして懲らしめてやる! そしてこの町を復興させるんだ。


 気動車が長いトンネルを抜けると、そこは深い渓谷だ。気動車は渓谷沿いを急カーブで走っていく。その下では水遊びをする家族連れがいる。だが、いつもより少ない。こんなことがあって、みんなおののいているんだろうか?


 しばらく渓谷沿いを走ると、駅に着いた。だが、誰も乗り降りしない。閑散としている。いつもだったらどれだけの人が来るんだろうか?


 気動車が駅を出ると、再びトンネルに入った。その先は真っ暗で、何も見えない。太一にはその暗闇が今のむらの状況に見えてきた。焼き討ちで何もかも失い、今は暗闇のようだ。だが、必ず自分が賑わいを取り戻す! そば屋を再建させる! そのためには神龍教を懲らしめないと!


 トンネルを抜けると、気動車は左に大きなカーブを描き、大きな築堤を一気に下った。青空が見え、車窓が明るくなる。神龍教を懲らしめて、復興した村の未来は、この青空のように明るく輝いていてほしい。そう思いつつ、太一は流れる車窓を見ていた。


 目指すはクラの港。次の駅で特急等を乗り継いで、クラ駅を目指そう。そこからフェリーに乗り換え、そこからインガーシティを目指そう。インガーシティの辺りにあるアカザ島がかつて神龍教の居城だったと聞く。そこに行けば何かがわかるかもしれない。必ず神龍教の本部を探し出して、懲らしめないと!

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