4
ニンゲン野郎が東屋に来てみますと、そこにクマの姿はありませんでした。いったい何処に行かれたのでしょうか? おそらく、お手洗いにでも行かれたのでしょう。茶というものは利尿作用がありますから、これは仕方のないことであります。誰も自らの生理に
ニンゲン野郎は
ニンゲン野郎は、何やら無い頭でもって考え事をしているようであります。
どうやら、剥製作成後に残るクマの内臓をどうするか、ということを考えている模様です。彼は、もつ鍋にして食ってしまうのか、それとも、ホルマリン漬けにして調度品にしてしまうのがいいのか、などという些末事をあれこれとひねくり回しながら、そのさして貴重でもない時間を潰すのでした。
後ろから聞こえたものと思われる足音に、ニンゲン野郎は『ああ、クマが
「紅茶のおかわりはいかがです? それにしてもどちらに行かれていたのです?」と抜かしました。
「ぜひ、頂きます。お待たせして、申し訳ない。いえですねぇ、付け合わせの、
と返る声は確かにクマのものでありましたが、無知のためなのか、ニンゲン野郎にはその言葉の意味がよく分かりません。
「ん? なんですって? 付け合わせ? 鮭?」
そう抜かした瞬間ニンゲン野郎は、自身の、無駄毛の丁寧に処理されたうなじに、凄まじいまでの衝撃を覚え、ついですぐさま耐え難い激痛を感じました。ニンゲン野郎は急のことに驚きつつも、自身の置かれた状況を理解するべく、そのお
ニンゲン野郎の
「クマ子爵……! い……いったい、なにを!?」
「ご休憩中、失礼いたします」
「……聞いて、いたんですか?」
ニンゲン野郎は、先程かけた電話を、クマに聞かれたに違いないと思ったのであります。
「聞いていた? なにをですか?」
クマはきょとんとしたご様子。
ニンゲン野郎は訳が分からず、
「ならばなぜこんな真似をするのですか!」と怒鳴りました。それをクマは、先程までと変わらぬ感じの良い笑顔で、
「まあまあ、落ち着いて下さい」と優しくなだめました。
平然としたままのクマ
気のせいだろうとは思われますが、ゴミ屑野郎は自らの肩の骨が砕ける音を聞いたように思われ、全身の力でもって抵抗をし始めました。
「どうか落ち着いてください。紅茶、飲まれますか?」
そう言いながらクマ公は、ゴミ屑野郎に紅茶のカップを差し出しました。しかし、ゴミ屑野郎は、失礼極まりないことに、それを払いのけやがったんだよ。
紅茶はその拍子にゴミ屑野郎のズボンに零れてしまい、立ちどころに優雅な香りが辺りに漂い始めます。
クマ公は少々はしたなく鼻をすんすんと鳴らしてみせると、
「うーん、ふぅ。やはり良い香りだ。これは、グレイ伯爵に感謝しなければなりませんねぇ」と呑気な語調でゴミ屑野郎に語り掛けました。
「や、約束が違う! 放してくれ!」
何故だか分かりませんが、ゴミ屑野郎はクマ公の言葉を黙殺し、そのような世迷い言を言い放ちました。がしかし、クマ公は気に
「人間の皆さま方は、約束などというものを大事にされているのですね」と言った。
「当たり前だ! 人間が一番大切にしていることだ! 約束を守らない者は
ゴミ屑野郎は、殊更大きくそう叫びを上げました。
すると少し間を置いて、
――……当たり前だ……人間が一番大切にしていることだ……約束を守らない者は然るべき報いを受けるんだぞ……――
と山びこが返ってまいりました。
何か気に
ゴミ屑野郎はクマ公の
クマ公は、右手を可愛らしくいっぱいに広げ、
その瞬間ゴミ屑野郎は、打てば響くように
肺をおかしくしたのか、はたまた大袈裟が過ぎるのか、ゴミ屑野郎はしばしの間、まるで、息のできないかのように顔を赤らめつつ、頭を千切られて狂ったミミズのように地面にのた打ち回っておりました。するうち人心地付いたとみえ、その腹に
するとクマ公は、ひとつニッコリと笑い、
「約束とはどんな味がするのです?」と質問した。
「……しいて言うならな、……
「なぜ、飴細工なのです?」
「約束ほどデリケートで壊れやすいものはないからだ! 作るのに苦労するわりに、じつに簡単に壊れる!」
それを聞いた
「なるほど、それは興味深い。ますます貴方を召し上がりたくなりました」と、まるで好きな異性に告白でもするように言ったのであります。
「や、やめろ! 分かった! ありとあらゆる美食の数々を振る舞うと約束しよう! だからやめてくれ! 後生だ、命だけは、命だけは取らんでくれぇ!」
「ありとあらゆるですか?」
畜生はぴたと動きを止め、少し興味を持ったご様子。
ゴミ屑は、これはしめたぞ、とでも思ったのか、ここぞとばかりに、
「ああ! それで足りないというのなら、調度品や宝石の秘蔵のコレクションも差し上げよう! それらは今だけでなく、死ぬまでずっと楽しめるものだ! どれも素晴らしいものばかりだ! きっとクマ子爵殿も気に入るはずだ!」と
「なるほど、人間の皆さま方は色々なものを食べ、色々なものを大切にされているのですね」と
畜生にようやく言葉が通じたと思ったようで、ゴミ屑は安堵しながら、
「ああ! そうだ! おっしゃる通りだ!」と言いました。そしてその場に起き上がり、両膝を地面に付け、胸の前で両手を組むと、ありがとうありがとうというように、何度も頭を頷かせました。
それを見た瞬間、畜生は真顔になり、まるで世界の真理を読み上げるかのように、
「しかし、腹に収めてしまえば、全て同じこと」
と発音した。そして言うが早いか、こいつはさっきから何を言っているんだ、というような心底不思議そうな表情で、ゴミ屑のことを
「なにを言っているんだ! わたくしを殺さなければ、ほかの食い物をあとからたらふく食えるんだぞ! すこし考えれば、どちらが得か分かるだろうがあ!」
「申し訳ありません。僕には『今』しか見えないのです」と言う畜生の表情は、ゴミ屑の話は難しくて何ひとつ理解できない、とでもいうように、どこか悲しげ。しかし、気丈にもそれをすぐに爽やかな笑顔に変え、言葉を続けました。「何事も、大袈裟に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます