最終話 未来をこの手に


「なるほど・・・」

オレの長い話を聞いて、党首はぽつりと声を漏らした。

後悔はしていない。

すべてホントのことだ。

『そうじゃない! オレは頑張ったんだ!』

中にはそういうやつもいるだろう。

でもね、大きな流れはこうなんだ。

誰もあんたを責めはしないよ・・・


「わかった。テレワークのことは心に留めよう」

そう言うと、走水党首は薄く笑った。

おいおい、ホントに分かったのか?

ここで選びそこなったら、日本はみるみる途上国に転落するんだぞ?

だが、党首は妖艶な微笑みをたたえるばかりで・・・

狐狸の類か?


「時にタカよ、国会改革についてはどう思う?」

タカ?

オレのことかい!?

反射的に党首を睨んだ。

が、勝子さんはニコニコと笑うばかりで・・・

OK。

オレは上村高志、タカでいい。

次はユージも紹介するぜ!


「国会改革と言いますと?」

「ふっ、キミなら見通しているんだろ? なぜオリンピックが止まらなかったか」

まいったな。

オレは軽々しく不満を口にするタイプじゃないんだよ。

ふぃ~、しかたない、ならば聞かせてしんぜやしょう。

「オリンピックが止まらなかったのは当然です」

ため息交じりにオレは言った。


 オリンピックをやるのやらないのともめていたころ、東京の感染者数は五百人を超えるか超えないかってところだった。

そして地方では、百人はおろか十人の桁に乗るか乗らないかのレベルだったのだ。

国会議員は全国の選挙区から選出された代表だ。

彼らが真剣に国の未来だけを考える国士だったなら、もしかしたらオリンピックは中止になっていたかも知れない。

だけど、もしも彼らが自分のことしか考えていない職業議員だったら・・・

そんな連中を集めて多数決を取ったら、自分の選挙区には大した数の感染者がいないのだから、おいしい利権がいっぱいのオリンピックが止まるわけがないだろ?


 みんなが『GOTOトラブル』と言っている『GOTOトラベル』だって、おんなじ力学で決定されているんだ。

このところワクチン接種率が上がり、接種者は重症化しずらいなんてマスコミで言ってるから、またぞろやろうと言い出すヤツがそろそろ出て来るころだろう。

こいつらはまだ、街から選挙区へ金を流すことが自分の仕事だと思っているのだ。


 いつまで『昭和』のつもりでいやがる!

その金は、行く当てのない貧しい若者たちから集めた金だぞ!

地域のことなら地方議会でやってくれ。


 でもね、こんなやつらを選んでいるのは、その選挙区の有権者たちなんだ。

彼らは若い頃から、街から地方へお金が流れるシステムの恩恵を受けて来た。

今更止まるわけがない。

と言うか、ほかのシステムを知らないし、思いつきもしないのだ。

だって楽だし得だから。

だから『ふるさと納税』なんてふざけた制度を思いつくんだ。


 そんなに街からお金が欲しいか?

この道はもう行き止まりなんだよ!

こいつらも『昭和』と『高度成長』から抜け出せないんだ。


 既得権益をガッチリ握って離さない連中が地元の発展を阻害しておきながら、都会へ追いやった若者たちからその補填のためのお金を巻き上げるという『昭和の搾取モデル』は、バブルの崩壊とともに機能しなくなったのだ。

なのに、まだこれを続けようとしている。

地方創生と称して・・・

これが『滅びの道』でなくて何なのか?

オレはうんざりしてそっぽを向いた。



「アハハ、面白いヤツよのぅ」

あのなぁ・・・

党首さまは口元を押さえて艶やかに笑った。

「ならば何とする?」

チロッと流し目を向けられた。

こ、このぉ・・・

そこまで言うなら言ってやろう。

あんたが不利になっても知らんからな!

「候補者と選挙区を切り離すのです」

言ってやったぞ!

さぁ、どうする!?

「ふむ、面白いではないか」

こ、このぉ~

意味わかってんのか!?


 現在はその選挙区で力をつけ、それなりの知名度を得たものが立候補する。

だから当選した暁には自分を支持した『選挙区の』有権者の意向を無視できない。

たとえそれが、明らかな地域エゴだったとしてもだ。

当選回数が増えれば増えるほど選挙区の特定の有権者との結びつきが強くなって、世襲議員ともなれば、癒着と言ってもいいくらいの強い結びつきになる。

地域住民の代弁者ではあるが、国民の代弁者にはなり得ないのだ。

つまり、個々の国会議員にとって、国全体のことなどどうでもいいのだ。

自分の選挙区の、自分に投票してくれる限られた有権者の意向がもっとも重要で、国民全体の幸せよりも、国の行く末なんかよりも、自分に投票してくれるごくごく一部の親しいお友だちの都合の方がずーっと大事なのだ。


 だから、彼らと選挙区を切り離す。

例えば、『同じ選挙区から再度立候補することを禁ずる』こういう決まりを作る。

国の行く末を論じる国会議員なのだ、ホントに国を思う立派な人物だと評価されているのであれば、日本中どこの選挙区から立候補しても当選するのが当然だろ?

そういう活動をしていなければいけないハズだ。

「おぉ、確かにそうだ」

悪の組織の大幹部さまが、大向こうから声援をくれた。

ふっ、オレに惚れるなよ。


「だがの、それでは大衆に迎合するものが当選して来るのではないか?」

おっと、党首さまからはじめてのご意見をいただいたぞ。

ふむ・・・

ならばこうすれば良いではないか。

政策は党に集中させるのだ。

公認候補に共通する政策目標を党の方で発表する。

個々の議員は、実績に裏打ちされた実行力、突破力といった人物で選んでもらう。

この実績には、議員になる前の実績ももちろん入る。

逆に現職の議員であっても、特定の団体への利益誘導しかして来なかった人物や、反対のための反対しかしていなかったようなゴミは落選することになる。

本当の国士だけが残るだろ?

「なるほど。やはりキミは面白いな」

お褒めの言葉として聞いておきますよ。



「もう少し聞いてみたい。キミの理想を言ってみよ。何かあるのであろう?」

む・・・


 ふと、ずっと昔の光景がよみがえった。

小さいころ、家の近くに大きなお屋敷があった。

木がいっぱい生えていて、それは季節ごとに剪定するような庭木ではなく、子どもの目には大きな森に見えていた。

が、ある日その森は消えた。

あんなにあった木々が跡形もなく切り払われて、マッチ箱のようなみじめな家が6軒も建った。

『なんでこんなことするんだよ・・・』

とても悲しかった。

そこには地方から来た若夫婦が嬉々として入居した。


 大人になってからも、時々その光景を思い出した。

そして思った。

『これが豊かさなのかよ!?』

オレは、なすすべもなく汚されていく東京がキライになった・・・


 理想か・・・

「みんなが大きな家に住める国にしたい」

しばらく考えて、オレはぽつりと口にした。

「うん、それいい!」

「はい♥」

意外なことに、大幹部さまと相原さんが思いっきり食いついて来た。

「ね、ね、どうするの?」

入れ食いだ。

「テレワークが普及すれば住むところに縛られない。地価の安いところなら大きな家が建つだろ?」

オレにとってはこれで十分。

東京なんてたまにのぞきに行けばそれでいいのだ。


「えー、東京に住めないじゃん」

悪の組織の大幹部さまが言った。

お、意外にミーハーなのか?

「うーん、東京に住む人は特別だ。大きな家は諦めるしかないかな」

「えー」

「東京は観光都市にする。奈良みたいにあちこちにシカが歩いてて、環状道路の間にはグリーンベルトを作って、緑豊かな広大な公園地帯にするんだ」

「あ、リスとかいるとうれしいですぅ」

うんうん、相原さんはいい子だね。

「グリーンベルトにはおしゃれなレストランやバー、ホテルなんかを配置する。可愛らしいスイーツのお店だってある。うっそうとした森があったり、美しい庭園があったり、清らかなせせらぎがあってホタルが飛び交っていたりするんだ」

「うんうん、いいねぇ~」

「普段テレワークをしているひとたちは、定期的に近くのサテライトオフィスへ行ったり、時々東京に来て何日か滞在したりする。そんな働き方をするんだ」

「ステキですぅ」

「でも、会社がそんなこと許してくれるの?」

「通勤手当と時間外手当がほとんどゼロになる上に、大きな社屋を維持しなくてよくなる。ものすごい固定費削減になるはずだ」


 そして、固まってどうにもならなかった地方には、新しいひとたちが徐々に浸透して行くんだ。

各地にサテライトオフィスの集積地が出来るだろう。

会社ごとじゃなくて職種ごとの。

総務系、経理系、法務系、違う会社のひとたちの間に横のつながりが出来る。

技術系だってシリコンバレーみたいなものがあちこちに出来るんだ。

会社同士が競い合い、社員同士が競い合い、新しいアイディアが生まれて来るに違いない。

ひとつの会社に一生勤めるという『昭和の考え』が消えて行き、同じ職種で会社を代わることが盛んになる。

社内で昇進するだけじゃなく、会社を代わって昇進するのもアリなんだ。

もちろん元の会社に戻ることだって出来る。

これが、会社にとっても社員にとっても、生産性向上のエンジンになる。

会社側も、一括採用で若者を囲い込み、内部で育てる『昭和のやり方』が、『高度成長』とセットでなければ意味がないということに、いい加減気づくべきだ。

役人だって『高度成長』を前提に作られたいろんな制度を作り変えなければいけないことはわかっている。

ただ方向性がわからないだけなのだ。

会社は変わる。

地方は変わる。

国だって変わる。

きっとよくなる!


「タカ、やはりキミは面白い。しばらくここに通うのだ」

「は?」

党首が機嫌よくこう言っていた。



 あれから一か月以上、オレはあのお寺に通い詰めていた。

走水党首は、毎日何人もの来客を精力的にこなしている。

大幹部さまや相原さん、それに爺とは、時間が合わずに会えない日もあったが、大体毎日顔を合わせた。


 いろんなことを話し合った。

意識改革の検討では、テレワークの実現に努力せず、安易に出社を命じる部課長レベルに殺人未遂罪/殺人罪を適用しようという意見まで出た。

ま、誰の意見かはすぐにわかるけどね。

もちろん却下なんかしない。

テレビでこれを報道しておいて、どこにでもいそうなショボい課長をひとり二人逮捕・投獄すれば、意識改革なんて一瞬で実現出来る。

素晴らしい意見だ。


 年金については、二つの点で白熱した。

ひとつは、3号被保険者の取り扱い。

これだけ共働き世帯が増えているんだ、3号は廃止。

あるいは、名前だけは残して専業主婦の掛け金は旦那に負担してもらう。

ま、やむを得ないだろうね。


 もう一つは、年金の支給開始年齢。

今は65歳からだ。

が、年金制度が出来たのは1961年。

当時の支給開始年齢は55歳。

が、60年代当時の平均寿命は男が65歳、女が70歳くらいだった。

今はいずれも80歳を超えている。

となると、75歳くらいで支給開始するのが妥当なのではないか・・・


 さらに、大規模農業法人・・・

『先祖伝来の土地』

『水呑百姓への転落』

こんな心理的抵抗があるんだと思う。

ま、これを言ったらサラリーマンなんかみんな水吞百姓なんだけどね。

どこかに特区を作ってパイロットケースを運用することにした。


 どれも、既得権を持った人が大量にいてかなりの抵抗が予想される。

「どうしますかね」

オレは党首に相談した。

「我が党は公正を掲げている。それが正しい事ならば、必ずわかってもらえる」

ふむ・・・

オレはこの党首が好きになっていた。

真っすぐで、裏表がなく、常に公正たらんと努力し続けている。

『一生仕え続けたい』

ついそんな気になってしまう。

ふっ、まさかな・・・



 そしてとうとう、衆議院議員選挙が告示された。

「ありがとう。いい政策が出来た。選挙結果が出るまではここへは帰らない」

そう言ってあの人は、秋晴れの空の下、まっすぐに歩き始めた。

勝って帰って来るのか、武運拙く負けるのか、それは誰にもわからない。

が、勝って帰って来てほしい。

必ず帰って来てほしい。

オレは、かつて信長公を送り出した居城の門番のように、その背中をいつまでも見詰めていた。



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アフターコロナ ~若者よ、キミたちは搾取されている~ 愛川あかり @aikawa_akari

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