第6話 党首『走水勝子』
あれからしばらくして、オレは自由公正党からメールをもらった。
党首『走水勝子』から直々にだ。
都内某所で待つ、と一方的に書いて来た。
なんだか関わっちゃいけないものに関わってしまったような気がして非常に落ち着かない。
が、乗り掛かった舟だ、どこに行きつくのか最後まで見届けたい、そんな気持ちがオレを会合の場所へと向かわせたのだった。
そこは、中央線をだいぶ行った、武蔵野の佇まいを色濃く残す郊外に建つ、大きなお寺の離れであった。
本堂とは違い、離れには宗教的なニオイは全くない。
むしろ、何かの武術の道場のような雰囲気だった。
大きな座敷に通された。
『うぎっ、じいさん!』
オレが覗き込むと、真ん中にあのじいさん『80代・年金受給者』がじっとこっちを睨んでいた。
「ど、どーも」
愛想笑いを浮かべながらさらにのぞき込むと・・・
わぉ、あれは相原さんではないか!
可憐な少女が座っていた。
そしてその横には・・・
「あら、あんたじゃない」
『やっべ、悪の組織の大幹部さまだ!』
オレはひょこッと頭を下げると、隅っこの方にそーっと座った
しばらくして、和服を着た若い女性が入って来た。
いや、和服は和服なんだが、一般的にこれを和服とは呼ばんだろう。
その女性は、弓道や合気道で着るような、白い刺子に濃紺の袴をまとっていた。
意表を突く服装の上を見れば、切れ上がった鋭い目が爛々と光っていた。
色白で端正な顔の真ん中には、スッと鼻筋が通っている。
固く引き結んだ薄い唇は、意思の強さを表していた。
『これが党首だッ!』
わかった、と言うより、オレは素肌で感じ取った。
にしても、この顔、どっかで見たような・・・
走水党首は、ずかずかと大股に座敷に入って来ると、程よいところにぴたりと座り、グッとオレたちを睥睨した。
「私が自由公正党党首、走水勝子だ」
みな一様に、畳に手をついて頭を下げた。
なぜかそうせずにはいられなかった。
なんだよこれ?
殿様と家臣みたいじゃないか?
『げっ、織田信長だ!』
急に思い出した。
その顔、教科書に出てくる織田信長の肖像にそっくりだった。
いやいや、男と女の違いがあるし、よく見ればそっくりということはない。
が、感じと言うか、雰囲気と言うか、身にまとうオーラが、『きっと信長さまはこういうひとだったに違いない』と思わせた。
ハッキリ言って、コワイ。
そーっと横を見ると、あのじいさんがひれ伏していた。
「選挙が近い。我が党の政策についてみなの意見が聞きたい」
走水党首はこう言ってオレたちを見渡した。
「われらでよろしいのですか?」
おぉ、さすがじいさん!
頼りにしてまっせ。
声も出せなかったオレは、ほっと胸をなでおろした。
「構わん。私が呼んだのだ」
ビシッと声が帰って来た。
うへっ、マジで殿様と家老の会話だぜ。
「では。これ!」
げげっ、オレかよ!?
ポンポンと畳を叩いたじいさんを見ると、オレのことをじっと見ていた。
『ちょっと待たんかい!』
「うむ。忌憚なき意見を頼む」
うぎゃっ、終わった・・・
お殿さまに言われてしまった。
いや、お姫さまか?
となると、コイツは『爺』だな、決定!
オレは自由公正党のサイトで見た内容を必死で思い浮かべた。
まずは、『コロナ対策』だ。
とにもかくにも、自宅療養者をなんとかせねばなるまい。
今のような放置プレイは絶対にダメだ。
それから・・・
『このコロナ禍を日本の構造改革につなげる』
ここがほかの政党との差別化を図る上で最も大切なトコロだろう。
となると・・・
「仮設病院の開設、それから、テレワークの流れを止めないことが肝要かと」
オレは恐る恐る進言した。
「やはり仮設病院は必要か?」
「はい。ワクチンを接種すれば例えブレイクスルー感染を起こしたとしても、軽症で済んだり、短期間で治ったりするようだと言われ始めてはいます。儲けたいひとたちが『もう大丈夫だ』と騒ぎ始めることでしょう。ですがそれは、感染してもきちんとした医療が受けられるということが前提であるべきです。今のように、入院が必要な患者の搬送先が見つからないというような状態では・・・。たとえそれが少数であったとしても、切り捨てるべきではありません」
「その通りですわ。数も症状も関係ありません。『誰もが必要な時に、必要な医療を受けられること』これが大前提です。それが確立されないうちは、経済活動も大事でしょうが、このひとたちを放置することなど、ひととして許されません!」
悪の組織の大幹部さまが援護射撃をしてくれた。
「ふむ。この前のコロナ対策だな」
「はい」
あの対策なら、感染者が増えれば自動的に人出が減るような力が働く。
大きな波を減衰させ、やがては収束させることが出来るはずだ。
これで爆発的な感染を押さえておいて、自宅で苦しんでいる感染者を仮設病院に収容・隔離すれば、薬が出来るまでの時間稼ぎが出来るだろう。
「効くと思うか?」
「おそらく。ただ、例外は断固排除することです」
「例外?」
「はい。『通勤は別』とか『オリンピックは別』とか、こういった例外です」
「なるほど」
悪の組織の大幹部と相原さんが、うんうんと頷いていた。
「では、テレワークは?」
「はい・・・」
失われた30年をここで終わらせ、バラ色の未来を掴み取るか、それとも、失われた40年に突入し、更なる停滞を続けて途上国に追い抜かれ、高齢化により地方の自治体を消滅に追い込むことになるのか、今が最も重要な分かれ道だ。
「テレワークを軌道に乗せるには、今までのやり方を変えねばなりません」
技術屋は、距離にかかわりなく人と人とを繋ぐ技術を確立し、普及させた。
私生活においては多くの人がこの技術を受け入れ、そのその恩恵に浴している。
しかるに、会社や役所はこの技術を本気で使おうとはしていない。
なぜか?
それは、ルールが対応していないからだ。
印鑑や紙文書の保存・提出を求める古いルールが生きていたりする。
それは、組織や仕事のやり方が対応していないからだ。
フラットな組織の導入をかたくなに拒み、業務内容が不明確なポストを増やしたがために、『コンセンサスを取る』と称しては、無駄な会議を繰り返す。
それは肩書に見合う責任を負わない、いや、そもそもあいまいなままだからだ。
『担当者を呼べ!』問題が出れば、そう言って末端の担当者に責任を押し付ける。
そんなことがまかり通っている。
だから、ぐにょぐにょとアメーバのようにしか前進出来ない・・・
すべて事務屋の怠慢だ。
だから我が国のホワイトカラーの労働生産性は低いままなのだ。
デジタル庁が出来るらしいが、技術屋の尻を叩いてハードやソフトをいくらいじくり回しても、何も改善しやない。
すべてが事務屋の問題なのだ。
好きな場所に暮らし、やりがいのある仕事に挑戦し、それに見合う収入を得ることが出来るはずの技術を持ちながら、旧態依然としたルールを変える手間を惜しんだがために、30年が失われたのである。
30年とは時間が失われたのではない。
失われたのは、この間に成人を迎えたすべての若者の未来なのだ!
「このコロナ禍が収束すれば、すべて元通り、今まで通りの日常に戻れる。ほとんどのひとはこう考えているでしょう。ですが今までと同じことを続けるということは、それはすなわち、今までと同じ『滅びの道』を歩む、ということなのです」
党首の眉がぴくっと動いた。
構うものか!
「コロナに関わりなく、テレワークは必ず定着させねばなりません!」
オレは一息に言いきった。
「ふむ・・・」
やっべ、少し強引だったか?
党首は腕を組んで目を閉じている。
オレはそっとほかの連中を見た
爺はじっと目を閉じている。
悪の組織の大幹部さまは、オレと目が合うとニッと笑って親指をグイッと立てた。
相原さんは胸の前で両手を組んで、キラキラした目をオレに向けていた。
OK。
オレは間違ってないッ!
「今までと同じ『滅びの道』とは何か?」
やがて眼を見開いた党首は、まっすぐにオレを見つめた。
いやいや、それ、睨んでるようにしか見えないから・・・
ちょっとビビった。
「あー、私はですねぇ・・・」
気は進まんが、オレは自分の認識を説明した。
戦争が終わって、日本人は荒れ果てた祖国に直面した。
だが、彼らは決して絶望しなかった。
未来のために子どもを産んだのだ。
が、もともと自分の娘すら売るほどに貧しかった農村。
農地改革で土地が手に入ったからとて、農業で暮らしていける数は限られていた。
だから子どもたちを街へと送り出した。
幸いなことに、街は彼らを吸収して発展していった。
農村から街へ人が流れ、街から農村へ金が流れる、そんな循環が出来上がった。
だが、永遠に発展し続ける街など存在しない。
ここで立ち止まるべきだったのだ。
が、街の密度をさらに上げ、強引に物価を引き上げて行った。
バブルが発生し、崩壊した。
だが、農村の連中は決して既得権益を手離そうとはしなかった。
自営農家に分散した猫の額のような農地を統合し、大規模農業法人を設立して生産性を向上させることが出来たなら、国内消費どころか輸出に振り向けることだって出来たハズなのにだ。
もしもそれが出来たのなら、そこには新たな雇用と収入が生まれたハズなのだ。
が、彼らがやり続けたことは、減反・・・
一方、流れ込む若者を吸収しきれなくなった街がやった事は非正規雇用の拡大。
ひとり一人の大人は『何を言っているんだ、オレだって苦労したんだ!』そう言って怒るだろう。
だが、総体として見れば『あんたが若いもんを食い物にしたんだよ!』ってこと。
だから・・・
だからテレワークを定着させるんだ!
そうすれば、街の呪縛から解放された連中が再び地方へと浸透していく。
今は農家しか選択肢がない地方は、何も変わらないし、変わりようがない。
農地の売買には富士山より高い参入障壁がそびえていて、農作物の販売ルートやノウハウなども既得権益を持った連中がガッツリ押さえて放さない。
地方とは、すべてが固定され、あらゆる変化を拒んでいる場所なのだ。
若者が故郷を捨てて街へ出て行ったわけじゃない。
故郷の老人が若者たちを追い出し続けているのだ・・・
だけど、ITによって街とつながった、新しい生き方をする人々が、地方に新しい風を吹き込めば・・・
急激に変える必要なんてないんだ。
だってそんなことをしたら、食って行けなくなる人が必ず出て来る。
少しずつ、でも確実に、目指すべき方向に進んで行けば、それでいいんだ・・・
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