第5話 お願いしよ?


 ふむ、暫定対策は後で検討するつもりだったんだが、何とかなりそうな所まではまとまって来た。

暫定対策を打ってでも解決しなければならない目下最大の問題は、自宅療養者を医療機関に収容することである。

死ぬかもしれない病人を、このまま放置は、ひととして許されない。

それに、これから軽症の若者がどんどん増えるはずだ。

今軽症者用の病院を作っておかなければ、彼らはまた後回しにされるだろう。

この解決のため、仮設病院を建て、町の開業医に交代で見てもらう。

これがオレたちの暫定対策だった。

町の病院に通う患者さんたちだって、10日に一度くらいの休みならなんとか我慢してくれるだろう。

あのおばあさんもおとなしくなったし・・・


「では、本来のコロナ対策の検討に戻りたいと思います」

オレは先ほどの続きに話を戻した。

スペックは出来ていた。

薬が出来るまでは感染者数を監視、抑制すること。

そして、感染者数を東京で1日最大千人、全国で五千人以下に抑えること。

で、こっからは、どうやってこれを実現するかってことだ。


「では、薬が出来るまでの間、積極的にロックダウンを!」

看護師さんがすかさず叫んだ。

「ですから、ロックダウンは問題があると先ほど・・・」

オレの話、ちゃんと聞いてた?

「わかっています!」

ビシッと遮られた。

「ですから、ロックダウンに変わる何かを・・・。とにかく人流を押さえることが必要なんです!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃぁ、うちはやっていけない・・・」

泣きそうな声を出したのは飲食店経営のおじさんだった。

そりゃそうだよね・・・

でもね、お店がやっていけないことと病気の流行を押さえることとは全く別の問題なんだ。

これをごっちゃにしたら解決なんか出来やしない。


「このウイルスは人から人へ感染することで増えて行くんです。人出を押さえる以外に感染を止める方法はありません!」

看護師さんがぴしゃりと言った。


 おお~!

身も蓋もない。


 子どものころ、注射を嫌るオレに注射器を突きつけた看護師さんがこういう顔をしていたのを思い出した。

「それはわかるんだが・・・」

飲食店経営のおじさんは苦しい顔で黙り込んだ。


  ふむ・・・

密を避けるとか人出を押さえるとか、今言われていることは伝染病の対策としては決して間違ってはいないのだ。

間違ってはいないのだが、人出を押さえれば客商売は成り立たない・・・

やっぱ、補償するしかないよな~

だが、いつまで? 財源は?

それにどうやって人出を押さえりゃいいんだ?

ロックダウンはダメだって自分で言っちまったぞ・・・

ペナルティか、インセンティブか・・・

なんかしないとダメだよなぁ~



「お願いしよ?」

ん?

「もう一度みんなにお願いするんだよ」

相原さんが訴えていた。

え~と、『乙女の祈り』って、どんな曲だったっけ・・・


「お願いするって言っても・・・」

さすがの大幹部さまも剣が鈍っていた。

「一番初め、去年の春休みの少し前。突然学校に行っちゃダメってなった。みんな忘れてるかもだけど、卒業式も入学式もみんななくなった。あたしは部活に行きたかったけど、お年寄りが死んじゃうかもしれないからって言われて我慢した。だけどお父さんは、今まで通り毎日会社に行っていた。別に病気にならなかった。お年寄りがたくさん死ぬようなこともなかった。あたしたちは、みんなスマホを持っている。段々『遊びに行こう』っていう連絡が来るようになった・・・」


  なんてこった!

『卒業式も入学式もなくなった』だと!?

オレはきれいに忘れていた。

本人は、いたってさらっと言ったけど、オレにはズシッと来た。

何も感じないなら、人間やめた方がいい!


「今年はオリンピック。毎日毎日、何千人も感染したってニュースになった。だから不要不急の外出はしないようにって。あたしは大変だと思ってちゃんと守った。なのに世界中から何万人も集まるオリンピックは、あれだけ反対するひとがいたのに開催された。集まっちゃいけないんじゃなかったの? あたしたちはまだ部活も制限されてるし、修学旅行だって禁止なんだよ? アスリートファーストって何? あたしたちとアスリートは何が違うの? お願いしている人たちは、人の気持ちがわからないんだ。だから誰も言うことを聞かないんだよ。こんなうそばっかり言ってちゃダメなんだ。もう一度、ちゃんと、うそをつかないで、きちんとお願いすれば、きっとみんなわかってくれるよ。あたしはそう信じてる!」


 ・・・言葉がなかった。

純粋なものの目には、この一年半はこう映っていたのだ。

それに引き換えオレたち大人は・・・

自分たちの都合だけを優先して、通勤電車では感染は起こらないだとか、バブル方式だから大丈夫だとか、ワクチンさえ打てば解決するだとか、怪しげな理論だけを信奉して、拡大解釈、曲解、ゴリ押し、何でもありでダブルスタンダードを展開して、自分たちの身勝手を若い世代だけに押し付けて来ただけではなかったか・・・

オリンピックに向けたアスリートの努力は大変なものなのだろう。

だがそれは、一生に一度の入学式や卒業式をすべての子どもたちから奪うことと本当に釣り合うのだろうか?


「すまんかった・・・」

うおっ、あのじいさんが頭を下げた!

OK。

長老がその歪みを認め、反省してると言うのなら、誰に遠慮がいるものか。

ペナルティで行く!

ひとの痛みがわからん奴は、月に代わってお仕置きだ!



「ありがとう、相原さん」

オレは、自分に出来る最大限の慈愛を込めてこう言った。

「いえ・・・」

相原さんは黙ってしまった。

だがいい。

よしよし、よく頑張ったね。

こっから先はオトナの仕事だ。


「ではもう一度、不要不急の外出の自粛を呼びかけましょう」

オレは高らかに宣言した。

「いいえ、それではまるで不十分です!」

うへっ、オレには手加減なしなのかよ!?

看護師さんが射殺さんばかりのまなざしでオレを睨んでいた。

愛がないよなぁ~

でもね・・・

「もちろんこれで終わりにするつもりはありません」

心配しなさんなって。

「外出の自粛を呼び掛けた上で、それでもなお外出する人には『コロナ負担金』を支払ってもらいます」

オレはニンマリとこう結んだ。

「コロナ負担金!?」

画面の中のみんなが一斉に声をあげた。


「ええ。外出するなと言っても外出する人は外出します。こういう人たちに負担金を出してもらうのです」

もちろん人出は押さえたい。

でもそれでは、客商売が成り立たない。

だったら外出する人からお金を集め、客商売に配ればいいんだ。

負担金は感染者数に比例して増減させることにする。

フィードバックがかかるだろ?


「でも、外出する人がいなくなったら・・・?」

飲食店経営のおじさんが恐る恐る聞いて来た。

「はい、大丈夫です。幸いなことにテレワークが出来るのにテレワークに移行する気が全くない企業が多数存在しています。これらの企業から搾り取れるだけ搾り取るのです! あ、いやいや、献身的な協力を要請するのです」

おっとっと、ちょっと力が入ってしまった。


「あんた・・・、クロいね・・・」

悪の組織の大幹部さまがニヤリと笑った。

ふっ、あんたにだけは言われたくねーぜ。

オレはニヤッと微笑み返した。


「仕事のほかにも、着飾って繁華街に出かけたり、外食をしたり、買い物を楽しんだりといったことだって、ひととして大切なことなのです。だから外出は禁止しない。だけど、負担金は出してもらう。こうすることで『ズルい』だとか『けしからん』といった外出するひとへの不当な批判も下火になると思います」

学割や子ども料金を設定するつもりはない。

大人だろうが子どもだろうがウイルスを運ぶ器としては何ら変わりはないからね。

エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちには、補助金を出してもいい。

このお金に税金をのっけて、飲食店に補助金を出したり、仮設病院を作ったりするんだ。



「いいねぇ~! で、負担金はいくらにする? 1万円くらいドカーンとかけちゃう?」

うわっ、アカン人や・・・

看護師さんがウキウキしている。

でも、笑顔は可愛い。

あれ、このひと始めて笑った?


「あー、それは今後の調整ですね。ただ、最初はそれなりの金額になるかと。だって、多くのひとに外出する気をなくしてもらわなければならないですからね」

「そうだよね、そうだよね、ポッキリと心が折れる金額にしようね♥」

お、おう・・・

悪の組織の大幹部さまがこんなに喜んでおられる。

が、たぶん新しい法律が必要だよね。

そのためには、それなりの議席数が必要になるが・・・

ま、そこは党首にお任せだな。


「で、そのお金はどうやって集めるのかね?」

げっ、長老が会社の偉いひとみたいになってる!

ずーっと引退してて欲しいんですけどねぇ・・・

「自動改札機を利用して電車賃に上乗せします」

「あ、なるほど!」

40代の教師がポンと膝を打った。


「金額の目途は?」

だからぁ、長老は縁側でネコでも抱いてて下さいって。

「首都圏の主な駅の一日の利用者数は・・・」

新宿駅、47万人。

池袋駅、37万人。

横浜駅、29万人。

ベスト3だけで100万人を超える。

ベスト10なら250万人。

ベスト20なら360万人だ。

例えば、ひとり500円負担してもらうと18億円。

往復で36億円になる。

負担する側は、一日千円で20日出勤したとすれば、月に2万円。

3割出勤なら、月に6日で6千円になる。

「わぉ、毎日毎日36億円~♥」

だ、大幹部さま、落ち着いて。

「足りると思うか?」

長老が眉を寄せる。

「う~ん・・・」

政府の言う通り各企業が7割のテレワークを実施すると10億円まで下がって来る。

だが、ベスト20圏外の駅だって、それぞれ10万人近い利用者がある。

それなりの金額にはなるはずだ。

それに、いつまで続くかわからないんだ、いくらかかるかなんて誰にも分らない。

「ないよりマシかと」

この負担金の目的は人出を押さえることにあるのだ。

感染者数を見ながら増減させることで人出をコントロールする。

それこそ、一時的には1万円を超えたっていいではないか?

それに、各企業にもテレワークの実施率に応じて負担金を課せばいい。


 去年の春には7割のテレワークが出来たんだ。

1年以上あって、今さら出来ないとか、これ以上は無理だとか、それって、飲食店を犠牲にしながら自分は何もして来なかったってことだよね?

やっぱり、どう考えても草刈り場はここしかない!

「よし。いいだろう」

お、おう・・・

って、なんでじいさんが仕切ってるんだぁ~!



 長い会合がやっと終わった。

それなりの対策が出来たと思う。

が、もっと長期で考えた時・・・

つまり、このコロナ禍を克服した後・・・

ホントにこのままで、今まで通りでいいんだろうか?


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