第4話 医療従事者の確保
オリンピック跡地に仮設病院を設置しようということになった。
これが出来れば現在自宅療養になっている軽症のひとたちを集中的に管理出来る。
そうすれば、初動の遅れから重症者を増やして、それが医療資源を圧迫するという悪循環から抜け出せる。
自宅療養者の重症化を防げれば、救急搬送もグッと減るだろうし『病院に入れてもらえずにそのままお亡くなりになる』などという先進国にあるまじき恥ずかしい事態も回避できる。
さらに、感染者を隔離することで、感染拡大、特に家庭内感染を減らすことが出来るのではないだろうか?
だがしかし、当然ながら問題はある。
こればっかりで恐縮だが、まずはお金・・・
ま、死人が出ている非常事態ということで、とりあえずは置いておくしかないが。
ん?
そういう認識でいいんだよな?
経済を重視する人たちから『大したことない。風邪みたいなもんだ』って、散々聞かされたもんだから、みんな、ひとが死んでもどうってことないって思ってる?
確かにひとは必ず死ぬ。
インフルエンザでだって人は死んでる。
オレにはこれがヤバい病気なのか、大したことない病気なのかはわからない。
でもね、もしもこの病気がなかったなら、死なずに済んだひとがいっぱいいたんだ。
大したことない、風邪みたいな病気だからって、死んでもいいひとなんてひとりもいない。
オレはそう思うぜ。
で、最大の問題は、医療従事者の確保だ。
そもそも、お医者さんや看護師さんは、コロナがなければブラブラしているのか?
いやいや、決してそんなことはない。
普段の状態でも忙しく働いているのだ。
そこに大量のコロナ患者が割り込んでいる。
今はそういう状態なのだ。
この大量のコロナ患者を捌くには、増員するか、長時間労働で対応するか、コロナ患者以外のひとに待ってもらうかの3通りしかない。
増員には6年間の教育が必要だ。
どう考えても間に合わんだろ?
間に合うようなら逆にコワイ!
今も頑張っている医療従事者に、更なる長時間労働を求めるのは・・・
鬼だよねぇ~
となると、コロナ以外の患者に遠慮してもらうしかないのだが・・・
「えーと、どのくらいの頻度で病院に行ってるんですか?」
オレはまだまだ元気で健康そうな『70代・年金受給者』に恐る恐る声をかけた。
いつお迎えが来てもおかしくないじいさんには、怖くてとても聞けなかったのだ。
「あたし? そうねぇ、3、4回ってところかしらねぇ」
げっ、マジか!?
ほとんど週1じゃん!
オレなんかここ何年も医者になんか行ったことねーぞ!
「あ、歯医者さんも入れれば週4回ね」
「えっ!?」
・・・・・・はい?
週4・・・だと・・・?
き、貴様ぁ~、オレはたった今から悪の組織の構成員になるぞ!
週4ってなんだよ、週4てぇ!
お前、ずっと旦那の扶養で健康保険料なんか自分で払ったことねーだろがッ!
ついでに年金だって3号あつかいで、自分で払ったことねーだろッ!
ちったぁ遠慮しろよッ!!
「なによ。若い人にはわからないでしょうけどね、年を取るとあっちこっちにガタが来るものなのよ。月曜は整形外科の先生に膝の具合を見てもらわないとねぇ~。だってまだまだいろんなことがしたいもの。火曜日は眼科に行って目薬もらわないと。それにあたしはとてもデリケートなアレルギー体質だから、木曜日には耳鼻咽喉科でお薬をもらわないと花粉症がつらいのよ。忙しくて大変だわぁ。土曜日は差し歯の具合を見てもらいに歯医者さんにもいかなきゃならないし・・・」
こ、このババァ。
大概にせーよっ!
「ちょっと、そんなに病院行ってるんですか?」
おぉ、大幹部さま!
ガツンと言ってやってくださいよぉ!
「当たり前じゃない。それにね、お友だちには病院でしか会えないもの。この前なんか、ちょっと行かなかったら死んだことにされてたんだから!」
うぎゃぁーっ、誰か助けてくれぇ~!
「もしかして、おじいさんもそうなんですか?」
大幹部がおじいさんに問いかけた。
「い、いや、わしは月に2回くらいじゃよ・・・」
おいジジイ、目が泳いでんぞッ!
まったくもう!
なんてやつらだ。
よーし、そういうことなら遠慮はいらねー。
町医者に、まっ赤な召集令状だぁーっ!
「町の小さな病院や診療所でもコロナ患者を診てもらうことにしましょう。そうすれば仮設病院はいらない」
うわっ、オレの声ってこんなに冷たかったっけ?
「ダメよ! あたしたちにうつったらどうすんのッ!」
ばあさんが血相変えて叫んだ。
・・・お前、とても週4回の通院が必要な病人には見えないぞ。
「じゃあ、いま自宅療養中のひとをどうするんですか?」
オレは冷たく言い返した。
「そんなの、遊び歩いて病気になる方がいけないのよ!」
あのなぁ・・・
「えぇと、あたしも無理だと思う・・・」
うへっ! このタイミングで裏切りですかい、大幹部さま!?
それはないんじゃないの?
オレは、チローっと看護師さんを睨んだ。
「そんな顔しないでよ」
大幹部さまに困った顔をされてしまった・・・
「この病気はね、今現在『新型インフルエンザ等感染症』っていうのに分類されているの。この病気の患者さんを診られるのは『感染症指定医療機関』に指定された限られた病院だけなのよ。だから、町の小さな病院や診療所では診察できないの。たとえ診察出来るようにしても、入院が必要ってなったら入院設備がない診療所やクリニックでは、結局専門の病院に移さなきゃならなくなるわ」
うむ、それは確かに二度手間だ。
感染症指定医療機関だって、受け入れ時にはもう一度診察するだろうしな。
「それにね、医者や看護師だって感染するのよ。必要になるマスクや手袋、防護服やゴーグルは誰が揃えるの? 必要な機材や薬は? みんな小さな病院や診療所の先生たちよ。無駄になるかもしれないし、二の足を踏むのは人情だわ。といって、補助金を出せば不正をする人が出て来るし。それに、一般患者に感染したら大変なことになるわ。こんなことは考えたくはないけれど、巧妙にコロナ患者を回避する病院が出るかもしれない・・・。分けておいた方がいいと思うわ」
なるほど・・・
「その通りよ! あたしの行きつけの病院でコロナ患者が出たら、病院が穢れちゃうじゃないのッ!」
このぉーっ!
穢れってなんだよ!
オレ、このばあさんキライだ。
あー、でも、そういう感覚、大なり小なりみんなあるんだろうなぁ・・・
「では、仮設病院を作ることにします」
今解決すべき最大の課題は、大量の自宅療養者をどこに収容するかということだ。
たとえ法令が何とかなっても、小さな病院では診察が出来ても入院は難しい。
利用している主にお年寄りの患者さんたちだって、コロナ患者と一緒の待合室には抵抗があるだろう。
だったら、開業医に自分の病院を休みにさせて、看護師を引き連れて仮設病院で当直に立ってもらった方がずっといい。
収入面だって、年寄り相手に安い薬をチマチマ処方するよりも、PCR検査だとか、抗体カクテル療法だとか、単価の高い治療をバンバン行って国に請求した方が全然いいに決まってる。
東京都には一般診療所と呼ばれる小さな病院が一万件以上ある。
10日に一回当直に立ってもらえば、1日千人のお医者さんが集められる。
仮設病院を10個作ったって、一か所あたり毎日百人だ。
専門外の先生もいるだろうから、大病院とオンラインでつないで、軽症者の見守りを中心に、ヤバいとなったら大病院に送ればいい・・・
やってやれないことはないんじゃないか?
「そんなの困るわ!」
げっ!
あのおばあさんが立ち上がっていた。
おいおい、なにを興奮しているんだ。
10日に一度だぞ?
「年寄りのささやかな楽しみを奪わないでっ!」
ばあさんの顔がドアップになっていた。
ほー、大した病気でもないのに病院をサロン代わりにして、現役世代の金を巻き上げるのが楽しみだっつーことかい?
おうおうおうおう、そいつぁーいってーどういう料簡でぃ!
「おばあちゃん・・・」
大幹部さまも当惑気味だ。
さすがにオレも我慢の限界だった。
「いい加減にしてください。今はですねぇ・・・」
「まあ、待て」
あぁッ!?
ムカッとしたオレは、キッとじじいをにらみつけた。
「わしは東京で生まれた」
そんなこたぁ関係ねーだろッ!
睨みつけるオレにじいさんが頷いた。
『こ、このじじいッ!』
そんな仕草が、なお更オレをイラッとさせる。
なにを関係ない話をし始めるんだ、このじいさんは。
死ぬほど腹が立つが、喧嘩をしてもしょうがない。
オレは大人だからな。
「尋常小学校に上がると、すぐに戦争が激しくなって、子どもはみんな疎開した。ふっ、田舎のガキどもにはずいぶん悔しい思いをさせられたぞ」
けっ、なにを遠い目をしていやがる。
「戦争が終わって戻って来たら、なんにもなくなっていた。わしの家があった場所から富士山が見えた。一面の焼け野原だったからの。あの富士山は忘れられん」
む、家の前から富士山が・・・?
一体どんな景色をじいさんが見たのか、オレには想像も出来なかった。
が、戻って来ていきなり、破壊の限りを尽くされた東京を見せられた少年の気持ちはなんとなくわかった。
「あの時代、わしらの親の世代はなにを考えていたんじゃろうのう。食い物だってろくになかった。わしの親は、自分が何も食わんでも、子どもにだけは食わせてくれた。どこの親もそうだったんじゃないのかのう」
ここでじいさんは言葉を切った。
「わしらはもう少し考えなきゃならん。違うかの?」
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