第3話 どうすればいいのか


  いろいろな立場のひとたちの話を聞いた。

いろんなところで、いろんなことが起こっていた。

自分の想像力の貧困さにめまいがするほどだった。

それはみんなが感じたみたいだ。


『立場が異なるひとの苦しみを想像し、共感することが出来る力』


  そんな力が必要なんじゃないんだろうか?

・・・いや、それは違うな。

意識を向けさえすれば誰にだって出来るんだ。

問題なのは意識を向けようとして来なかったことなんだ・・・



  誰も口を開かなくなっていた。

今日はここまでかな・・・

ひどく疲れた。


「じゃあ、みなさんはどうすればいいと思うんですかぁーっ!?」

さっきの女の子、相原さんが画面の中で叫んでいた。

自分の不満を怒りを込めてぶつけてみたら、誰もが似たり寄ったりだった。

そんな悔しさがにじんでいた。

いやいや、ちょっと休ませてくれ。

気持ちはわかるが、おじさんはもうお腹いっぱいだよ・・・


「このままじゃダメでしょう? あたしたちはなんにも出来ないんですかぁ!?」

涙ぐんでいる。

いや、泣いている。

でも、その目はまっすぐにカメラを見つめていた。

この子、なんとかしなきゃって本気で思いつめているんだ・・・

一番の犠牲者で、今も踏みつけられたままだと言うのに。


  バキッ!

オレの中で何かが変わった。

『きっと誰かがなんとかするし、誰がやってもなるようにしかならん・・・』

オレは自分の中のこんな思いを力いっぱい握りつぶした。

この子の目が、オレの中の何かを変えた。

ここは本気を出さねばなるまい。

おじさんが必ずなんとかしてあげるよ!

オレの頭はモーレツに回転し始めた。



「あー、順番に考えていきましょう」

まずはじめに、オレは相原さんに答えるふりをして、さりげなくイニシアチブを取りに行った。

「初めにですねぇ・・・」

「ですからっ!」

うへっ、最後まで言わせてもらえなかった。

「この忌々しい病気を一片のカケラも残さずこの世から完全に抹殺するのよっ!」

看護師さんが悪の組織の大幹部のようにビシッとこちらを指さしていた。

うーん、さすが恨み骨髄の医療従事者、黒いオーラが立ち昇っている・・・

「その通りだ。この病気がある限り、安心して店を開らけん!」

はい、飲食店の皆さんも当然ですよね~


 が、この場合の正解はそうではない。

「まあ、最終的にはそうなるんでしょうが、例えばですねぇ・・・」

こんな話はしたくはないが、避けて通る訳にもいかない。

「このまま『非常事態宣言』の発令と解除をダラダラ繰返したとします・・・」

オレはそんな話をし始めた。

一番可能性の高いシナリオだ。

感染者数は高止まりし、死亡する人も確実に増えて行くだろう。

だが、ワクチンの接種率は急速に上がるだろうし、軽症者だって免疫を獲得する。

遅かれ早かれ治療薬も開発されるに違いない。

と、なるとだ、ほおっておいても必ずどこかでこの感染は止まるのだ。

そしてインフルエンザのように、時々感染者数が急増して騒ぎになるが、すぐになりを潜めて忘れ去られる。

この繰り返し。

そのうちみんな慣れっこになって騒がなくなる・・・

そんな状態に落ち着くはずだ。

もちろんそうなるまでには、それなりの年月がかかるだろうし、それなりの数の死者が出るだろう。

だが、インフルエンザだって毎年多くの死者が出ている。

あとは、その死者の数を社会として許容するかしないかだけの問題なのだ。


「ちょっと待って下さい!」

うん、やっぱり来るよね。

悪の組織の大幹部、看護師さんだった。

「確かにいつかは落ち着くでしょう。でも、それまでの間、患者さんはどうなるんですかっ!?」

「今とおんなじです。軽症で済んだひとは元気になるし、重症化すれば死ぬかもしれない。もっとも、重症化したり死んだりするひとはどんどん減っていくとは思いますけどね」

「そんなっ! なにもしないってこと!?」

げっ、すっごい顔で睨まれた。

「いやいや、あくまで例えばの話です。最悪でもここで止まるっていう・・・」

オレは慌てて両手を振った。

ヤバい、オレがひどい人間だと思われる。

「当たり前です! 在宅のまま十分な医療を受けられずに苦しんでいる人がどれだけいると思っているんですかッ!?」

うへっ、こっえー!


「も、もちろん別のアプローチも存在します。例えばですね、1人でも感染者が出たらビシッとロックダウン! いかなる理由があろうとも、なんぴとたりとも外へ出さない!」

「うんうん♥」

お、悪の組織の大幹部の表情が和らいだ。

でもね、残念だけどこの案の実現可能性は極めて低い。

だって、閉じ込めただけじゃ、飢え死にしちゃうでしょ?

規模も、期間も、回数だってわからないのに、繰返し莫大な予算を投入し続ける、そんな決断が出来るひとがいるのだろうか?

上手くいかなきゃマスゴミがこぞって批判するだろうしね。

そもそも、総額がいくらになるのかもわからないこのお金をどこから持って来る?

金額のめどが立たなきゃ、予算化だって出来ないんだよ?

それに、ある日突然『外出禁止』って閉じ込めちゃったら、受験や就職、結婚や昇進、さまざまな勝負所に直面しているひとたちの中には、人生狂っちゃう人だっていっぱい出て来るんじゃないの?


 ・・・無理っしょ?

ロックダウンを実施したほとんどの国だって、結局はなし崩し。

感染を抑え込むことに成功していない。

しかも国外からひとりでも感染者がやって来れば元の木阿弥・・・

21世紀の世の中で、鎖国をするわけにはいかないでしょ?



「じゃ、どうすればいいんですかぁ~!」

相原さんがべそをかいていた。

オレは女の子の泣き顔に弱い。

無視出来るようなやつは、きっとなにかが足りないんだ!


「いや、だからね・・・」

到達点を決めればいいんだよ。

放置プレイはダメ、ロックダウンもダメ、だけど、この二つの間のどこかに目指すべき目的地があるのは明らかだ。


 ハッキリ言って、こっから先は科学じゃない。

『我々はここを目指します!』

そう宣言すればいいだけの『決めごと』だ。

もちろんそれなりの数のひとたちに納得してもらい、同意してもらえるに足る説得力が必要だが・・・

て言うか、それがすべてだ。

オレは言葉を尽くして説明した。


「わかりました。では、こうしましょう」

お、おう・・・

看護師さんがとっても怖い。

「まず、インフルエンザに対するタミフルのように、劇的に効く薬が開発されるまでは、感染の拡大をコントロールする必要があると思います」

なるほど。

確かにタミフルは効く。

普段健康なひとなら、インフルエンザで高熱が続いていても、タミフルさえ飲めば翌日にはウソのように熱が退く。

「高齢者や持病のある人はともかく、普段健康な人が死なない薬が出来るまでは、感染者数を監視、抑制する、そういうことですね?」

もちろん薬が出来ても、感染者数の継続的な監視が必要になると思うけどね。


「ちょっと待て。わしらを見捨てるってことかッ!?」

おいおい、そんなことは言ってないだろ?

80代のじいさんが暴れ始めた。

「高齢者と持病がある人を除外したのは、別途検討するためです。見捨てるわけではありません」

そもそも、そんなことをしたら相原さんが悲しむじゃないか。

「ならばよい」

おーい、誰かこのじいさんなんとかしてくれ~!

オレは盛大にため息をついた。


「では、自由公正党の新型コロナ対策は『有効な治療薬が出来るまでは、継続して感染者数を監視、抑制する』これをひとつ目の方針といたします」

『えっ?』

オレが宣言すると、みんな一斉にキョトンとした顔をした。

いいんだよこの方針なら。

みんな納得できるだろ?


 次はどこまで抑制するかだ。

「医療資源のキャパにもよるけど、最大でも東京での新規感染者数が一日あたり千人以下、全国で五千人以下くらいが限界だと思うわ。出来れば五百人、いいえ、ホントはゼロにしたいんですけどねッ」

いやいや、五百人以下はちょっと・・・

それに、助けられる十分な環境を整えた上で、みんなには少しずつ感染してもらって免疫を得てもらわないと。

でないと、いつまでもワクチンを打ち続けなければならない。

OK。

最大で千人、平均五百人くらいまでに抑えれば、心理的な不安もそれほど大きくはならないだろう。

東京で一日の感染者数を最大で千人以下に抑える対策が打てれば、一都六県と言われる周りの県でも同じ方法で感染者数を下げられる。

同様に仙台、名古屋、大阪、福岡といった大都市圏に展開していけば、全国の感染者数を五千人以下にまで抑え込むことが出来るはずだ。

あとはこれを維持して、治療薬の完成を待てばいい。


 よし。

スペックは出来た。

あとはどうやって実現するかだ。



「では、この方針を実現するための手段を考えていきましょう」

ほかの連中を気にしたって仕方がない。

相原さんがうれしそうな顔をしている。

オレにはそれで十分だった。

サクサク進めることにしよう。


「ちょっと待って下さい!」

ぬおっ、また悪の組織の大幹部に遮られた。

「今も自宅で困っている患者さんたちをどうするんですかっ!?」

どうするったって・・・

「死んじゃうかもしれないんですよ? 最優先ですっ!」

おぉ、それはそうだ、オレは決して悪の組織の構成員じゃない!

「まずはこのひとたちをしかるべき施設に収容するのが第一です!」

なるほど。

でも、既存の医療機関に入り切れないから自宅で待たされてるんだよね?

ならば、医療機関のキャパを増やすしかないのだが・・・

「仮設病院を開設すべきです!」

うへっ、さすがは悪の組織の大幹部。

さらっと言ってくれるじゃない。


 うん。

でもこれは、必要なことなんだよね。

悪の組織の大幹部が言うんだから間違いない。

ならば、なんとかするしかない。

お金のことは後回しだ。


「それでは仮設病院を設置しましょう。設置場所はオリンピック跡地!」

国立競技場やなんとか体育館、なんとかアリーナ、それに関連施設など・・・

屋根があるならすぐに出来るだろう。

日本の土建屋をナメてはいけない。

そもそもこのオリンピックだって、あんだけデタラメな組織委員会を相手に、こんだけ立派な施設を期限までに作り上げたじゃないか!

(わかるひとにはわかるよね?)


 問題なのは、お医者さんと看護師さんだ。

どっからつれて来たらいいんだ!?


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