第2話 みんなの思い


『求む。正義のある人』

「なんだこれ?」

オレは、カチカチと何度かクリックした挙句に偶然たどり着いた怪しいサイトに目を凝らした。

上の文字が巨大なフォントで書いてある。

「自由公正党・・・?」

聞いたことがない。

「怪しい秘密結社か泡沫政党かぁ?」


 ん?


党首は女だ。

『走水勝子』

強そう・・・


 お、若い!

オレより二つ年上なだけだ。

党首のあいさつが書いてある。

なになにぃ・・・


 一回目はさらっと流した。

が、二度目はガッツリ熟読した。

意外なことに、まともなことが書いてある。


 この党首は、コロナ禍に対して自粛要請を繰返すばかりで有効な対策がなんら打たれていないことを嘆いていた。

うむ、まったくもってその通りだ。

それに、オリンピックの開催について執拗に責任を追及して政権交代だのと出来もしないのに政局に持ち込もうとするような卑劣なことを言っていないところに好感が持てる。

どっかの政党とは大違いだ。


 確かに、オリンピックはやめときゃよかったとオレも思うが、やっちまったことをグダグダ言っても仕方がない。

大切なのは、今起こっている目の前の問題をどう解決するかということだ。

責任を追及するのはあとでいい。

だいたい、そんな悠長なことを言っている場合ではないだろ?


 この党首はこう言っている。

まずはコロナ対策に全力を挙げる。

それから、このコロナ禍を日本の構造改革につなげると・・・


 ほほぅ?


意識改革。

働き方改革。

一極集中の是正。

農政改革。

年金改革。

国会改革。

・・・


 出来るのか出来ないのかわからないが、いろんなことが書いてある。

お、こんなことも言っているぞ。

『職務の明確化による生産性の向上』

面白い。

オレが常々不満に思っていることだ。

『働き方改革』の中に書いてある。

俄然興味を持った。

職務の明確化がなされてないと、知らん顔して様子見するのが得だって考えるやつが出て来るからな。

こんなやつばかりじゃ国がつぶれる!


 サイト内すべて目を通した。

記載されているのは大まかな方向性だけだが、賛成だ。

ぜひこういう日本になって欲しい!


 一番すみに『モニター募集』と記載があった。

『日本国民として意見を表明してほしい』とある。

表明しようではないか!

オレは迷わずクリックした。



 それから何日かたった。

まもなく21時になる。

オレは、自由公正党からのメールに記載されているURLをクリックした。

Zoomが立ち上がりパソコンの画面の中に8人の顔が映し出された。


 今日は自由公正党モニター員の初会合だった。

オレの顔の下には『30代・会社員』と書かれている。

30になったばかりなんですけどね。

ちょっとムッとした。

まあ、怒っても仕方あるまい。

誰も発言しないので、とりあえずマイクロフォンをミュートにした。


 あの日、モニター募集をクリックした後、自由公正党からメールが来た。

ありきたりのお礼のあとに初会合の日時とZoomのURLが記されていた。

お題は『コロナ対策について』だそうだ。

フリートーキングだって書いてあった。


 知らねーぞー、まとまんなくても・・・

どんなやつが集まって来るのか見当もつかない。

なんせ初会合だ。

ぐちゃぐちゃになりそうな予感しかしない・・・


 とりあえず、ほかの参加者の様子を見守ることにした。

オレのあとに何人か入って来て、参加者は総勢14名になっていた。

高校生の女の子から80代のジジイまで性別も年代も見事なまでにバラけている。

職業も学生、会社員、経営者、主婦、年金受給者とまんべんなく散らしてあった。

もっとも、どんな業種に属しているかで180度意見が変わると思うんだが。

それはまあ、別の業種の意見を別途聴取すればいいだけのことか。


 そんなことより、こういうことを思いついて、実際に実行に移したことは賞賛に値するとオレは思う。

ここは素直に、党首『走水勝子』に敬意を表したい。



「あー、あー、みなさん聞こえますかぁ~?」

と、高校生の女の子が声をあげた。

画面の中のみんなが一斉に手を振る。

オレもつられて手を振った。


「えっとぉ、時間すぎてますしぃ、そろそろ始めません? 今日はよろしくお願いしま~す」

うんうん、かわいいすぎて力が抜ける。

「あたしは、相原恵子。18歳で~す♥」

おいおい、匿名のモニター員なんだろ?

本名言ったらマズイじゃん!

とっさにそう思ったのだが、画面からはヤンヤの喝采が聞こえて来た。

いやいや、ホントはなんにも聴こえてない。

聴こえていないが、みんな笑顔で手を振っていた。

これって、絶対拍手喝采してるだろ?


 なんとなくの流れで、ひと通り自己紹介し合った。

「えーとぉ、今日はフリートーキングってことでぇ、あたしが一番年下みたいなんでぇ、あたしからいききまーす!」

再びさっきの子が口を開いた。

うむ、なかなか活発な女の子だ。

度胸もいい。


「あたしが一番ムカついてるのはぁ、部活や修学旅行が禁止になってるのにぃ、オリパラだけが特別扱いなことです! おかしくありません?」

そう言うとその女の子、相原さんはカメラをグッと睨みつけた。


 お、いきなり『オトナの事情』に切り込んで来たか!

若いっていいよなぁ・・・


 だが、考えてみれば、この子たちが一番の犠牲者だ。

3年間の高校生活のうち2年が無為に過ぎようとしている。

高校3年間と言えば、よくも悪しくも人生最良の時だろ?

彼らの犠牲の上にオリンピックが行われたと言っても過言ではない。


「その通り!」

お? なんだこのおっさん。

『50代・経営者』となっている。

「私は飲食店を経営しています。感染防止策もきちんとしていて、うちの店から感染者を出したことはない! 時短営業だとか、酒類の提供禁止だとか、納得のいく根拠を示してほしい」

一気にまくし立てると、鼻の穴をフンと膨らませてカメラを睨んだ。


 気持ちはわかる。

生活かかってるもんなぁ。

この年だと子どもは大学生くらいか?

一番お金がかかる時だ。


「そうは言っても感染を押さえなければどうにもならんだろう。最近では50代以下の感染者がほとんどじゃないか?」

『80代・年金受給者』と書いてある。

悪気はないんだろうが、どこかひとを見下しているような感じがするじいさんだ。


「そうですよぉ、もっと気をつけてもらわないとねぇ。あたしたちは感染したらリスクが高いんだから・・・」

こっちは『70代・年金受給者』の女性。

いかにもやりたい放題やって来た団塊の女性って感じだ。

実に気分が悪い。

二人ともどうしてこう、重ねた年にふさわしい、もう少し含蓄のある言い回しが出来ないんだろうね?


「それは、あんたたち高齢者が先にワクチンを打ったからでしょ!?」

おっ、正論!

がんばれ、あんちゃん!

『20代・学生』ってことは大学生か。

彼らもまた犠牲者だ。

遊び歩いていると散々叩かれ、最近では感染するなと叩かれている。

ようやくワクチンを与え始めたんだ、無茶だろ?

しかも予約が取れなくて、いつ打ってもらえるのかもわからない状態だ。

マスコミも政治家もどうしてここまでこいつらを叩くんだ?

こいつらの置かれた状況がわかってないなら大問題だし、わかってやってるならひととして許されることじゃない。


 年寄りを優先するために『若者は重症化しずらい』とキャンペーンを張ったマスゴミのやつらは、こいつらに土下座して詫びるべきだ。

その上、リモート授業なのに授業料は通常通り・・・

愛がないよなぁ。


 ホントは外出の必要性が低い高齢者にこそ家でおとなしくしててもらって、経済活動を続けなければならない現役世代からワクチンを接種すべきだったとオレは思う。

それに『お年寄りの国会議員』にワクチンを『お預け』にしとけば、もっと真剣に取り組んだハズだろ?

彼らは自分がワクチン接種を受けるために高齢者を優先したんだ。

与党も野党も関係ない。

彼ら自身の利益のために団結したんだ・・・

三度目からは高齢者は後回しでもいいんじゃないか?

ま、なにが正解かなんて確かめるすべがないんだけどね。


「あたしは初産なの! やっと出来た赤ちゃんなのよ! 産気づいたらちゃんと病院で診てもらえるの? 感染したらどうすればいいのよ!?」

『30代・主婦』が泣き出しそうな顔で叫んだ。

その通りだ。

不安だよね。

一番守ってあげなきゃいけないひとだ。

「ワクチン打とうにも、コールセンターもネットもつながらない。予約が出来ないのよ。予約開始からアクセス出来ないまますぐに『受付けは終了しました』『次回予約開始は未定です』って出るのよ!?」

うむ、オレの時もそうだった。

幸いオレは職域接種で打ってもらえたが、妊婦じゃそれも無理だろう。

このひとと年寄りと、どっちが優先されるべきなんだろうか?



 その後もいろんな意見が出た。

20代の看護師は、医療現場の実情と自宅療養者への自責の念に唇を噛み、40代の教師は2学期からの授業をどうするか、子どもたちへの教育と校内感染の蓋然性との間で板挟みになっていた。


 60代の経営者の話は切なかった。

彼の会社は10人規模の町工場だ。

ひとりかけても製品が出来上がらない。

しかも、従業員は親の代から勤める年老いた熟練工。

絶対に感染させたくはなかった。

だからしばらく工場を閉めた。

だが、引き続き給料を支払うためには操業を再開するしかない・・・


 みんな絶望的に矛盾する理想と現実の中で、迷いながらも、自分自身が生き抜くため、背中にかばうものを守り通すため、ギャンブルに等しいギリギリの選択を繰返していたのだった。

オレは自分の会社の実情を話せなかった。



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