アフターコロナ ~若者よ、キミたちは搾取されている~
愛川あかり
第1話 こんなことじゃイカンだろ!?
「おーい、上村ぁ~」
「はぁ」
「コレ、どうしたらいいんだ?」
「はい?」
オレの名は上村高志。
三流貿易会社で電子部品のセールスを担当している。
当年とって30歳。
『まったり流し、中の上をベストとする』のがモットーだ。
こないだうっかりトップの成績をとったら、改善検討だの、なんちゃらプロジェクトチームだのと、どうでもいい仕事ばかり押しつけられてしまった。
こういうことは、それに見合う手当と権限をすでに得ていて、それに伴う責任を現に負っているものにやらせるべきだ。
そのための手当てと権限だろ?
やらないやつは給料泥棒だ!
金も払わず『若手に任せよう』とか、搾取以外の何物でもない。
んでもって『おーい』と言っているのはバブル世代の何にも出来ないアホ課長。
なんでこんなやつが就職出来たのか、氷河期世代を見て来たオレには永遠の謎だ。
コイツは手当ても権限も責任もあるのだが、それに見合った行動だけが出来ない。
就職ん時が我が国始まって以来の空前絶後の売り手市場だったことに感謝すべきだ。
どうやらSMS認証がわからないらしい。
こんなんばっかだ。
知るかっつーの。
オレはお前のお守りじゃない!
「おい、石川。お前こないだこれやってたよな?」
「は? はい・・・」
石川は去年ようやく配属されて来た新入社員だ。
「よし、やってみろ」
こんなことはコイツで十分だ。
オレは石川の背中をバンと叩くとサッサと自分の席に戻った。
石川と課長がワーワーやり始めたが知ったことではない。
『まったく。なんで会社へ来なきゃならんのだ』
コロナ騒ぎが始まってから、うちの会社でもテレワークが始まっていた。
初めは戸惑うこともあるにはあったが、そんなことにはすぐに慣れた。
そもそも電話とパソコンさえあれば、ほとんどの仕事は出来るのだ。
他人に邪魔をされない分、家でやったほうがずっといい。
コピー機?
んなもん、報告、報告と騒ぐばかりで、なんにも決めないジジイどもがいなければ必要ないだろっ!
報告の結果何かが変わったことなんて、入社してから一度もないぞ!
「おぉ、ありがとう石川クン。やっぱり仕事は会社に限るな!」
アホ課長がガハガハ笑っている。
『はあ!?』
なに言ってんだコイツ?
それはあんたの能力が足らねーだけだろ?
そもそもパソコンの設定は仕事じゃねーし!
オレは呆れた目を向けた。
うちの会社のテレワークは、表向きは週に2~3回の出社となっている。
だけど、テレワークが始まって1週間もたつと、どこの会社でも同じだと思うが、『出社しなきゃ仕事になんねぇ』とか言い出すバカが現れて堂々と出社し始めた。
なんなんだよ、この『台風が来ると朝一で出社してドヤ顔する』みたいな連中は!
そもそも、出勤して会社でやることに最適化されている業務を、そのまま家に持ち帰ったってうまく行くはずないじゃないか。
テレワークには洗練された高度な知性が必要なんだよ。
で、この知性のカケラもないバカどもは仕事がしたくて出社してるんじゃない。
『仕事のため万難を排して出社するオレ。う~ん、なんてカッコイイんだ!』
と自己陶酔に浸りたいだけ。
んでもって、会社や家族にアピールしたいだけ。
ついでに褒めてもらって承認欲求を満たしたいだけの精神的に未熟な連中なのだ。
体育会系を優遇するのはいい加減やめた方がいい。
採用側の無能を証明しているようなもんだ。
そしてなんと恐ろしいことに、こんなやつらが評価されちゃったりする・・・
『失われた40年』は約束されたようなもんだ。
こいつらのせいで周りの顔色を窺っていたやつらも出社して来るようになってしまった。
人の顔色を窺っているような奴に生きる資格はない。
迷惑なことこの上ないぜ!
まったくもってやり切れない。
『やっぱ、フェースツーフェースだよ』
アホ課長がこう言い始めるまでに1か月もかからなかった。
今でも、『対外的なアリバイ作り』なのか『やってる感を出すため』なのか、月ごとのテレワークの勤務表だけは作られている。
アリバイ作るくらいなら、罪悪感をいだくようなことは最初からやるなよ。
そもそも『やってる感』ってなんなんだ!?
はじめて聞いたときは目が点になったぜ。
そんなの出してる暇があるなら、目の前のことをちゃんとやろうよ!?
ああ、つまるところは、あんたの会社と一緒だよ。
テレワーク用の勤務表が作られているってだけ・・・
日本中が一緒だろ?
会社も社員も、今までのやり方をなに一つ変えるつもりはない。
今まで通りのことを自宅でやるのがテレワークだと思っている。
当然うまく行くはずがない。
オリンピックが始まってからは、もうぐちゃぐちゃだ。
勤務表通りにテレワークをしているオレが白い目で見られている。
おまけに8月は、その勤務表も週4日の出勤になった。
『夏休みを取りやすくするため』の幹部の方々の温情だそうだ。
バカ幹部、出て来いよ!
下々は開いた口が塞がらねーぜ。
だが、その下々だって、夕方になるとTVの前に集まって
『今日も感染者が5千人だって~』
『怖いねぇ~』
なんてやっている。
そう思うなら勤務表通りにテレワークしろよ!
どっちもどっち。
バカもここに極まれりってところだ。
確かに会社と同じように家で仕事をするにはそれなりに準備や工夫が必要だ。
1日ごとに何をするのか具体的な計画を立て、必要な資料やデータを準備して持ち帰らなければならない。
(あ、重いからやだとか言うバカは相手にしない。電子化しろよ!)
場合によっては、ある程度会社で仕込みをしておかなければならないこともある。
セキュリティーだとか、個人情報だとか、けっこうめんどくさいことだってある。
が、しかしだ。
そもそもこんなことすらクリア出来ないやつが会社に来たって何が出来る?
どうでもいいようなことに一日費やし、なんの成果もないことにすら思い至らないまま、仕事した気になって帰るのがオチだろ?
なんにも解決していないし、全然前に進んでいない。
会社にいることそれ自体には、何の価値もないのだ。
それにもかかわらず、会社に来ること、会社にいることこそが重要なのだと思っている人間が掃いて捨てるほどいる!
これこそが『失われた30年』の正体なんじゃないのかい?
こんなやつらに付き合わされるのはうんざりだ。
しかも、家にいればはかどる仕事も、仕事の準備すら一人で出来ないアホ課長に邪魔される・・・
そもそもだ、テレワークをやれって言うだけでなんの方針も示さないのか?
自分の課の業務内容を把握し、個々の社員の責任範囲を明確にし、テレワークでも課としての成果が出るように仕事を分配して実行させるのが管理職たる課長の職責なんじゃないのかい?
そのために高い給料もらってるんじゃないのかよッ!
テレワークじゃダメな理由を並べ立てるんじゃなくて、どうすればうまくいくのか考えろよ!
まったく。
そもそも『管理職』という呼び方がふさわしくないよな。
だってこのアホ課長は、サボっているやつがいないか見張ることこそが管理職の仕事だと思っていやがる。
だから部下を出社させて目の届くところに置いておかないと安心出来んのだ。
ま、『管理』=『監視』と勘違いするバカが出て来るのはわからんでもないがな。
今後は『管理職』ではなく『監視職』と呼べばいいんだ。
手当もいらん、給料下げていいぞ。
だがこのアホ課長は、それすら出来ていない。
なんにも仕事が進んでいないのに、打合せと称して一日駄弁って帰るだけの連中をヘラヘラ笑って見送っているだけなのだ。
どうして打ち合わせの結果を報告させないんだ?
駄弁っていただけの連中にしても、1日無駄にしたなんて微塵も思っていない。
主観的には『今日も充実した一日だった』と、なぞの充実感に浸っているのだ。
結果が伴わない打合せなんて、駄弁っているのと同じだろっ!?
まったくもって話しにならん。
『やってらんねぇ・・・』
オレはパソコンを閉じると立ち上がった。
「客先行って来ま~す」
ホワイトボードに『出張』の磁石を張り付けた。
その横に『直帰』とつけるのも忘れなかった。
『さてどうするかな?』
会社の外に出た。
日はまだ高い。
外は暑くてしょうがない。
『いつもの店にでも行くか』
オレは入口でアイスエスプレッソを受け取ると窓際の席に向った。
大きなガラス窓の前にカウンターが作られている。
コロナ対策のパーテーションでひとり一人のスペースが区切られているが、平日午後のオフィス街には、ほかの客などいやしない。
程よいところに座り、窓の下の大通りを見下ろした。
「誰もいないなぁ」
オフィス街のアスファルトに強い日差しが照りつけていた。
真夏のこんな時間帯に外を出歩くようなやつは誰もいない。
オレだっていやだよ。
オレはパソコンを開くと必要なメールを2つ、3つ打った。
今週はお盆だから、国内のお得意さまは、ほとんどの工場がお休みだ。
注文を受けた品はすべて『オンザウェイ』
休み明けの生産にバッチリ間に合う。
なんの問題もなかった。
あとは海外に工場を持つ顧客がいくつかあるが、距離がある分『すぐに何万個用意してくれ!』みたいな無茶振りは滅多にない。
それはそれで、燃えるのだがな。
ま、そんな簡単じゃないことはお互いわかっているからね。
とは言え、全くないわけではないのが困ったことではあるのだが。
・・・お願い、気軽にロットチェンジしないでっ!
で、メールを打ち終わったオレは、ネットサーフィンを始めた。
ついつい求人情報を見てしまう。
「電子部品、営業職っと」
それなりにヒットする。
商売敵だったり、取引先だったり・・・
『どこも似たようなもんなんだろうなぁ』
惨状が目に浮かぶ。
暗澹たる思いに沈んだ。
ん?
『求む。正義のある人』
「なんだこれ?」
それが出会いだった。
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