08話.[頑張るしかない]

「ここ、よさそうじゃない?」

「お、それなら史を誘って行ってきたらどうだ?」

「はぁ」


 明らかに女子向けの店だからそう言わせてもらったんだ。

 伊織がいてくれているからってそういうところに気軽に行けるわけがない。

 店にいる間ずっとそわそわ落ち着かなさそうにしていてもいいなら別だけどな。


「史は青木に集中させてあげなければならないでしょうが」

「いやでも、たまに出かけるぐらいなら親友なんだからいいだろ?」

「む、確かに最近はゆっくり過ごせてないわね」

「だろ? だからふたりでゆっくり行ってきた方がいいと思うんだよ」


 彼女のことも、そして、史のことも考えた発言だから強気には出られない……はず。

 いや別にどうしても嫌だということではないが、そのときのことを想像するだけで微妙な気分になってくるからできるだけ避けたかった。

 男が行く場所ではない、少なくとも俺みたいな人間なら尚更なことだ。


「分かった、ここには史と行ってくるわ」

「おう、楽しんでこい」


 なんてやり取りをしたのが一日前のこと。

 で、何故か俺の方は……。


「これ、美味しいね」


 なんて言って飲み物を飲んでいる青木の野郎が目の前にいた。

 教室から出ていこうとしたタイミングでやって来て、嫌だ無理だと言った俺を強制的に伊織が言っていた店とは別の店に連れて行った野郎が目の前にいる。


「井手君も飲んでよ、代金は僕が払うからさ」

「……どういうつもりだ?」

「特にないよ。ただ、君のことも知りたくなっただけ」


 野郎のことを知ろうとするぐらいならその時間を史に使った方がいい。

 とはいえ、ずっと史のことばかりに意識を向けているわけにはいかないということなら、他のことにもしっかり意識を向ければいい。

 少なくともこんなことをしているぐらいならそれの方が有意義な時間を過ごせるはずだ。


「あと、羨ましいから」

「羨ましい? あ、一緒にいた時間が長いからか?」

「うん、もっと早く出会いたかった」


 もっと早く出会っていたらこうはなっていなかったかもしれない。

 それこそ幼馴染とかそういう風に一番近い異性だが一番遠いみたいな感じになっていたかもしれないから言っても意味がないことで。

 逆にいま出会ったからこそこうなれたんだと考えておけばいいんだ。

 前は変えられなくてもいまからは変えられるんだから。


「卒業したらこの県を出ることになるからさ」

「え、そうしたら遠距離恋愛ということか?」

「ま、まだ、史ちゃんが好いてくれているのかは分からないけどね」


 俺の中で勝手にそういうのは続かないという偏見が出来上がってしまっている。

 物凄く一途で愛しあっているという場合であっても、会えない時間が続けばどんどんと両者の間には距離ができていくわけで。

 仮に伊織が県外の大学や会社などのために出ていくなら、そのときもし付き合っていたら別れることを選ぶ。

 好きな存在に会えないというのは辛いだろうからな。


「卒業したら別れるのか?」

「えっ、いや……」

「悪い、そんな先のことなんて分からないよな」


 付き合っていないからそんなことを言えるんだと思う。

 付き合っていたら絶対に醜く待ってくれと言い続けるはずだ。

 相手も相手で、自分の彼氏彼女のために切り出すだろうから難しい。

 

「お、これ美味しいな」

「うん、結構前に知ったんだけど誰かに教える機会がなくてね。だから、今日井手君に知ってもらうことができてよかったよ」

「はは、史に教えてやってくれ」

「あ、もう来たんだよね……」

「あ、そうか……」


 って、当たり前だろう。

 知ってもらいたいのに隠しておくわけがない。

 興味を持って仲良くしたい相手であるのなら尚更なことだ。


「今日史ちゃんは廣瀬さんと行動しているんだよね?」

「ああ、ネットで調べて出てきた店にな」

「ここら辺でなにかあったっけ?」

「地元だろうと知らない場所の方が多いからな」


 少しでも違う方へ行ってみたらそこはもう自分にとって未開の地だ。

 だからこそ見知っている道や店を発見するとほっとする。

 だから海外旅行とかよりも先に自分の国の色々なところに行ってみるべきだと思う。

 少なくとも会話もスムーズにできるわけだし、危険な旅というわけではないから楽しめる。


「青木」

「うん?」

「史のこと頼むぞ」

「うん」


 これは別にそういう意味で、ではなかった。

 俺はただ、友達としてでもいいからちゃんと見てやってほしかった。

 よくも悪くも真っ直ぐな少女だから誰かが見ていないと不安になる。

 でも、当然のように近くにいられた日々はもうこないから。

 だったら新しく史の近くにいるようになった人間に頼るしかない。


「よし、帰るかな」

「え、まだいいでしょ?」

「一杯で粘るのも申し訳ないだろ、払って帰ろう」


 もちろん払わせたりはしないで会計を済ませた。

 わざわざ別行動をする意味はないから途中まで一緒に帰ることにする。

 で、その途中のところでふたりと合流することができたからほっとした。


「ね、青木とどこに行ってたの?」

「あれは多分……喫茶店だな」

「おお、喫茶店なんて珍しいね」

「静かな場所だったから俺的には微妙だな」


 店内は賑やかなぐらいがいいんだ。

 静かだと話すときにも大丈夫なのかと不安になるから。

 もちろん騒がしくしたら駄目だが、そういう常識は備わっているから問題ない。


「そっちはどうだったんだ?」

「あ、思ったより女子向け! って感じのお店じゃなかったわよ」

「そうなのか?」

「うん、結構がっつり食べちゃった」


 これは肉とかではなくデザートを食べてきた、というところか。

 俺の中では女子=甘い物好きという偏見があるから当然こういう思考になる。

 というか、そんな遠い人物達のことじゃなくて近くにいてくれている伊織達のことなんだからおかしくはないだろう。


「今度は宗二と行くって決めたのよ」

「へえ、じゃあ頑張って誘わないとな」

「そうね」


 そのタイミングで史が下がってきて「家に行くからまた明日ね」と言ってきた。

 邪魔をするつもりはないから普通に返して、俺らは俺らで歩いていく。


「今日も来るつもりか?」

「うん、だって別に禁止にされてないし」

「ならたまには伊織がご飯を作ってくれ、たまには食べたい」

「分かったわ」


 俺が不特定多数の人間に対してこういう態度でいるわけではないから伊織母も怒ったりはしない……よな?

 相変わらず家まで送ると玄関先まで来て圧をかけてくる(そう見えるだけ)から心配になるときがある。


「なあ、本当になにも言ってきてないのか?」 

「うん、仲がいいのねとかしか言わないわよ?」

「それ、皮肉じゃないか……?」

「え、違うでしょ。娘が他人と仲良くできているんだから普通に喜んでいると思うけど」


 彼女はそういうことに関してだけは悪く考えない性格なのかもしれない。

 俺の方は……家族が家にいないから分からないな。

 でも、これまで非モテを続けてきたわけだからそんな存在が現れたら喜んでくれそうな気が。

 家族仲というのも悪くはなかったからなあと。


「青木を悪く言うつもりはないけどそっちと違って出会ってから一ヶ月とかそこらの人間じゃないのよ? お母さんだって宗二のことはちゃんと知っているんだから大丈夫よ」

「……つかさ、伊織が大丈夫なのか?」

「当たり前じゃない、あんたの勘違いというわけではないから安心して存在していなさい、あ」


 おい、そこで意味深に固まったりするなよ。

 なにを言われるか怖くなってくる。


「……あんたこそ大丈夫なわけ?」

「は? 当たり前だろ」

「あ、当たり前……なのね」

「選ぶ側なのは伊織だよ」


 調理に集中するということだったからソファに座ってゆっくりしていた。

 それこそ出会ってから一ヶ月とかの関係ではないんだから当たり前だろと再度内で呟いた。




「あんたって就職するんだっけ?」

「ああ、そうだな」


 紙から意識を目の前にやると頬杖をついた伊織がいた。

 正直進路希望調査を何回もされたところで結果は変わらない。


「大学に行かないの?」

「伊織みたいに学びたいこともないからな」


 結局のところは自分は自分、他人は他人だ。

 親が関わってくることはあっても他者が関わってくることはない。

 高校ぐらいなら近いからとか友達がいるからとかで志望することはあるかもしれないが、流石に大学とかになってくるとかなり理由が限られてくるからありえないよなと。


「ちょっと遊んでばっかりだったけどそろそろ変えていかなきゃなって」

「保育園の先生になりたいんだよな?」

「うん、保小中高の中で一番格好良くて優しい先生がいたから」

「史から小さい頃は先生ごっこをしていたって聞いたことがあるぞ」

「うん、誰かのお嫁さんになるとかよりもそっちの方がよかったから」


 その頃はふたりとまだいられていなかったし、その頃はまだ家族がいてくれていたからなんだか懐かしい気持ちになる。

 だけどやっぱり家に帰れば誰かが迎えてくれるという環境があるのは羨ましいと言えた。

 

「史も一緒にやってたのか?」

「うん、園児役でね」

「はは、まんまだな」

「あと、強力なライバルがいたから先生の立場でいられるよう戦ったわ」

「はは……、小さい頃からあんまり変わらないな」


 こうと決めたら変わらないところはずっと変わらないらしい。

 あ、でも、意外と柔軟に対応できるタイプだから悪くはないか。

 最近で言えば、下手をすれば悪口祭りに発展しそうだった女友達の相手も冷静にできていたわけだから素晴らしい。


「じゃあ、来る頻度も低くなるのか」


 それは正直寂しいことだった。

 単純に伊織といられることと、あの家に誰かがいてくれるということが大きかったのに。

 男だってな、どれだけ大きくなろうと寂しいときは寂しいんだ。

 情けないと言われてもいいから誰かにいてほしかった。

 それが伊織か史ならどれだけいいことか、というところで。


「は? なに言ってんの?」

「え、切り替えていくんじゃないのか?」

「ないわよ、ゆっくりやっていくだけでいいの」

「そうか、それならよかった」


 これで寝不足が続くとかそういうことにもならなくていい。

 本当ならもっとどっしり堂々と過ごすことができるような人間の方がよかったけどな。

 傍から見たら女子ふたりに依存しているやべー奴だから余計にそう思う。


「ふっ、あんたも結構私に染められているわよね」

「俺には本当にふたりしかいないからな」

「ま、その点は安心できるけど……なんか複雑」

「安心しろ、史は青木が気になっているんだからな」


 青木の方は好きだとすら言ってきたわけだからもうすぐ関係も変わるだろう。


「じゃなくて、その、やっぱりそういう枠からは出られないんだなって」

「そんなことないだろ」

「……史が求めてきても断って私を見てくれた?」

「あー」

「でしょ? 私のこれは史がいたら無理なことだから……」


 いやでも、青木がいなくても求めてきていたのかは分からないわけで。

 あ、だけどそうなると今度は伊織が動いていたのかは分からないということだ。

 仮に俺と史が仲良くない状態だったのなら一緒にいることもなかっただろうから難しい。

 だから本当に奇跡みたいなものだった。


「まあいいや、寒くなるだけだから早く帰ろ」

「だな」


 なんとなく家までの距離が近いのが寂しいところではあった。

 毎回来ているようなものだが、やっぱりある程度は距離があってほしいと思う。


「……さっきのあれは見てたって即答してほしかったけどね」

「悪い」

「あ、謝らないでよ」


 確かにこの謝罪は卑怯な気がする。

 それでも何度も謝罪してもやはり価値がなくなるだけだから、


「それでもいまは伊織だけを見てるからな」


 と、言わせてもらった。

 伊織は足を止めてしまったからこちらも足を止めるといきなり後ろから攻撃を仕掛けてきた。


「……あんたの気持ちは分からないけど、私はあんたのことが好きなのよ」

「そうか、ありがとう」

「うん」


 今回は珍しくこちらからも抱きしめておいた。

 史にもしたことがない行為だからなんかよく分からないやつがぶわっときた。

 こういうことを日常的にしている人間達がこれを味わっているとは思えない。

 ……経験値不足というのは悪い方にしか考えられないな。


「身長が高いところもいいわよね」

「中身が伴っていないけどな」

「そんなことないわよ、それに完璧な人間なんてこの世にはいないわ」


 理想はそうなれないこそ理想というやつか。

 自分は自分だから死ぬまで付き合っていくしかない。

 他者に嫉妬したところでなにかが変わるというわけじゃないから意味がない。

 まあでもいい人間の真似をするのはいいことだが、だからといって、自分を見失ってしまったら駄目なんだ。


「伊織の好きなところは面倒見がいいところだな」

「んー、史相手にしかできてないけど……」

「俺にもしてくれているだろ、悪口を言われる人間相手にも愛想を尽かさずにいてくれているだけで十分だ」

「当たり前じゃない、だってそれって理不尽じゃない。それに私はあんたに自由に言う人間達よりあんたのことを知っているもの、なんでその人間達に合わせて離れなければならないわけ?」

「でも、多数の方を優先したくなるものじゃないのか?」


 誰だって嫌われたくないから周りに合わせていくしかないんだ。

 最初は強気でいられてもエスカレートしていけばそんな余裕もなくなってしまう。

 あと、味方をしておけば敵視される可能性は下がるから楽なんだ。


「あんたがやられていても、史がやられていても絶対に引かないわ」

「強いな」

「それぐらいじゃないと生きていけないわよ」

「そうか、俺も真似しないとな」


 感情的にならず淡々と対応できる力が欲しい。

 ただ、一朝一夕で身につくことじゃないから日々頑張るしかないか。

 まあでも、急いだところで変わるわけじゃないからゆっくりやっていこうと決めた。


「……で、いつまで抱きしめてるわけ?」

「このままずっとかな」


 伊織がいてくれればできないということもないだろう。

 風邪を引かれたくないからある程度のところでやめて再度帰路についたのだった。

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