07話.[謝罪をしておく]
「おはよ」
伊織もそうだが外で待たさなければならないルールでもあるのか?
これならまだ中にいてくれた方が精神的にマシだった。
こんなことで青木に敵視されたら青木を殴る自信がある。
「宗二……?」
「あ、行くか」
「うん」
今日は途中で伊織が加わることもなくふたりでの登校だった。
こんなことかなり久しぶりだからなんとも言えない気持ちが出てくる。
ま、意味のないことだから口にしたりはしないけども。
「宗二、伊織とお付き合いを始めたの?」
「え? なんでそんな風に思ったんだ?」
「なんか距離が近い気がするから」
「それはあれだよ、史が青木といることで俺といてくれるのは伊織だけだからだよ」
史が離脱してから変わったこともあるからあんまり間違ってはいない気がする。
少し前までなら冗談でもあんなことをしてきたりはしなかったし、前にも言ったように求めてくることもなかったから。
勘違いじゃなければ俺と史が離れたから動きやすくなった、のかもしれない。
「史はどうなんだ? そろそろ名前で呼んでやってるのか?」
「……恥ずかしいからまだ呼べてない」
「焦るなよ、焦ってもなにもいいことはないからな」
「うん、ずっと一緒にいるわけじゃないから緊張するけど……」
伊織にではなく史にこんなことを言うときがくるとは。
あと、未経験者が言うのはださいからやめようと思った。
あと、史といると青木の奴が来る可能性があるから離れようと思った。
なので、学校に着いたら別の場所で過ごしていた。
「はぁ」
これだったらまだ伊織が他の男子のことを好きになってくれた方が調子も狂わなかったな。
相手が史というだけでこんなにも変わってくるなんて思わなかった。
まあでも、女子なんだからいつかはこうなると思っていたけども。
「うわ」
自販機のところで過ごしていたらふたりの話し声が聞こえてきたから慌てて逃げる。
こうなってしまえば逆に教室はフリーだから反対側から戻ることにした。
で、教室に着いてから気づいたけど伊織は鞄を置いてどこかに行っているようだった。
友達もいないからトイレとか他のところで盛り上がっているだけか?
「あ、井手君、ちょっといいかな」
「おう、どうした?」
「廣瀬さんのことなんだけど」
付いていってみたらどうやら友に絡まれているようだった――っておい。
教えてくれた女子に礼を言ってとりあえず観察をする。
「つまり、離れろって?」
「うん、井手といるとかありえないし」
「そうだよ、男の子といるにしても敢えてそんな趣味の悪い選択をしなくてもいいでしょ?」
趣味悪いとか言われ放題だなおい。
あいつらも馬鹿だ、一緒にいる存在を馬鹿にされたら嫌だろうに。
誰だって爆発する、俺だって伊織や史が馬鹿にされたら怒るし。
ま、あのふたりがそんなことを言われる機会というのがないんだけどな。
「そんなこといったらあんたがよく一緒にいる男だってアレじゃない」
「なっ! 井手と違って格好良くていいんだけど!」
「違う女子にも可愛いとか言ってたけどね」
何気にその場面は俺も見たことがある。
自分のことを棚に上げて馬鹿にするつもりはないものの、不特定多数の異性に対して可愛いとか言いまくっているのはどうかと思う。
「ま、まあでも、井手と比べたら遥かにいい存在だからね」
つかなんの勝負だこれ、そこで勝ったところでどうするんだ。
見た目がよくても中身があれなら問題だし、大して仲良くできていなかったら意味がない。
ただ、これが今度は年収自慢に繋がっていくのかと学ぶことができた。
それはまあ結婚してからの話だが。
「じゃあそれでいいんじゃない?」
「は?」
「別にそれで勝負しているわけじゃないし、あんたがその人間を気に入っているならそれでいいじゃない」
淡々としていた方が意外とスムーズに終わるということを学んだのかもしれなかった。
事実、余裕がありますよ~という態度でいられる方がどうしようもなくなるもんだ。
それかもしくは、逆にその内側は滅茶苦茶怒っているか、というところ。
「でも、さっきは余計なこと言ってごめん」
「え、あ……」
「気になっている人のことを悪く言われたら嫌よね、私だって嫌なのに余計なことを言っちゃったからさ」
大人だな、こういうところは史にも伊織にも勝てないな。
彼女は「これで終わりね」と口にしてこっちにやって来た。
「よ、よう」
「きゃあああ!?」
これのせいで余計に自由に言われるようになったのはまあ置いておくとして。
あの女子達が彼女の味方をしていたのがいいことだった。
表面上だけでもそれで十分なんだ。
少なくとも彼女まで悪く言われることはなくなるんだから。
悪口を言いたくなったとしてもそれは裏でやってほしい。
「ぐぇ……」
「……あんたまさか全部聞いてたわけ?」
その通りだから頷いてから謝罪をしておく。
もし酷くなるようだったら突っ込んでいた。
殴るとかは所詮口先だけのことではあるが、少なくとも悪口ばかりを言っているお前よりいい存在だとかは言っていたと思う。
友達を馬鹿にされて許せないのは俺も同じなんだ。
「クラスの女子が教えてくれたんだ、一応観察してからじゃないと動けなかったからさ」
「はぁ。まあいいわ、なんか平和に終わったし」
「それは伊織が大人な対応をできたからだよ」
「その点あんたはストーカーみたいなことをしていたわよね」
「戻ろう」
二度目の謝罪をしたりはしなかった。
何度も謝ると言葉の価値が低くなるし、謝ったんだからそれでいい。
「はぁ、新年になってから初めての登校日にこれとか……」
「驚きすぎじゃね?」
「……見られたくないことだってあるわよ」
そりゃまあそうか。
別にからかいたいわけでもないからこれで終わりにしておいた。
「宗二、お昼ご飯食べよ」
「青木はいいのか?」
「うん、お友達と食べるみたいだから」
それでも警戒されないように教室で食べることにした。
伊織を誘おうとしたらあんなことがあった後でも友達と食べるみたいだったから邪魔することはせず。
というか、いま近づいたりしたら言葉でぼこぼこにされるだけだから近づきたくない。
「まさか変わるとは思わなかった」
「恋の話か」
「こ、恋……?」
「そうだろ、俺もこうなるとは思ってなかったよ」
なんだかんだでずっと史がいてくれて、ずっと求めてくれるものだと思っていた。
自惚れでもなんでもなく甘えてくれていたし、甘えられて嬉しかったから。
でも、実際はそう上手くいかないと分かっているのになんで期待してしまうのかねえ。
一緒にいる時間が長いというのは勘違いする可能性も高まるから完全にいいことだとは言えないのかもしれなかった。
「なんの話をしてん――」
「私が誰かとお付き合いをするとしてもそれは宗二だと思ってた」
つまり、一方的な気持ち悪い思考ではなかったということか。
俺と史の丁度中央ぐらいの場所で固まっている伊織がいなければ聞けてよかった。
「でも、違うんだろ?」
「……うん」
「悪いことじゃないんだから堂々としておけばいい」
とりあえずそこで食べ終えたから固まったままの伊織の顔の前で手を振る。
「はっ、なんか固まってたわ」
「安心して、宗二は取ったりしないから」
「それに関してはノーコメントでお願いします」
史はまだ食べていたが、気にせずに青木を連れてきてから別れた。
いつもの自販機のところまで移動したら飲み物を買って渡しておく。
「やっぱり史の中でもそうだったのね」
「俺は自惚れってだけじゃなくてよかったぞ」
「でも、私は嫌だから」
彼女はこっちの上着の袖を掴んで「あんたと仲良くしたいとか言わなくてよかった」と。
やはりこちらも勘違いというわけではないらしい。
俺への気持ちもそうだし、史がいたからこそ動きづらかったのもそうだし。
最初のあの反応はよく分からないものの、青木の存在が助かっている……んだよな?
「というわけではい、お金返すわ」
「はは、律儀だな」
「親しくてもお金に関してだけはしっかりしなければならないのよ」
「なるほど、確かにそれはそうだな」
結局現金で返すか後でなにかを買って返すかの違いでしかない。
奢ってもらって当然、という思考の人間はいない。
「ちょっと歩こ、いちゃいちゃしている史は見たくないのよ」
「了解」
俺は敵視されないために避けなければならないからありがたい提案だった。
必要最低限のやり取りだけすれば史は青木に夢中になっているから大丈夫だろう。
それでできた時間で伊織と過ごしたり、たまには新しい料理に挑戦してもいいかもしれない。
史はもう来ないとしても彼女は来る可能性があるから色々な料理を作れるようになっていた方がきっといい方に繋がる。
「どんなことがあろうとお年玉は絶対に一万円なんだけどさ、実はお菓子とか食べ物に使っちゃってもう終わりそうなのよね」
「え、まだ一月の十五日だぞ?」
余所と比べれば少ないのかもしれないが、それでもほぼ十日でそれを使ってしまうのは少しだけ不安になることだった。
ちなみに俺はそういうのはない、物欲もほとんどない。
遊びに行く際には余りに余っている金をちょ~っと貰っていくだけ。
だから特に困ってはいなかった。
「い、いいじゃない、どんなことに使用しようと自由だわ」
「後から貯めておけばよかったと後悔するような物が現れるんだよな」
「うっ、な、ないわよ、あんたと同じで物欲もあまりないもの」
ま、確かに彼女の言うようになにに使おうと金を貰った人間の自由だ。
後で悔やむことになろうと、きっとそのときに幸せならどうでもいいんだろう。
「それにいまは……」
「歩いているときに横からきたら危ないだろ」
「じゃあ止まりなさいよ、察しなさいよ」
それは無理だ、何故なら自惚れとか妄想上手ということになってしまうから。
相手がそうやって言って近づいて来なければそういうつもりでは動けない。
これもまた男だからこその難しさだと思う。
女子なら「勘違いだったかー」で済ませられるだろうがな。
「……そうやってこそこそされるのは嫌だな」
「「うわ!?」」
声が聞こえてきた方を見てみたら悲しそうな顔で史が立っていた。
横に青木がいるというわけでもなく、あくまでひとりのよう。
「仲良くするにしても放課後にすればいいと思う、さっきは私が宗二を誘っていたんだから合わせてくれてもよかったよね?」
俺に言っているような、伊織に言っているような、なんというか中途半端だった。
とにかく分かっているのは納得がいっていないということだ。
せっかく青木を連れてきてやったんだけどな、無駄に終わってしまったようだ。
で、そんなことをしたばかりに青木から敵視されると。
「あ、あんた、青木はどうしたの?」
「教室に戻ってもらった」
「なんでよ、気になっているのなら一緒にいるべきじゃない」
「伊織みたいに?」
「そうよ?」
あら、今度は認めるみたいだった。
史の勢いを止めるには真っ直ぐに戦うしかないと考え直したのかもしれない。
言い争いみたいなことをしてほしくないからできれば平和にやってほしいが、ぶつからないと前に進めないということならときにはそういうことも必要なのかもしれない。
「私はずっともやもやしながら過ごしていたわ、だって宗二とあんたの距離が近かったから」
「もしいなかったら早くからアピールしてた?」
「はぁ、史がいなかったら私達は関われないままだったじゃない」
それはそうだと思う。
自力で友達を作れたことが残念ながらあるとは言えないから。
史とのそれだって奇跡みたいなものだから出会っていなかったときのことを考えると正直怖いぐらいだった。
「勘違いしないでほしいけど、史のことを邪魔だとかそういう風に思ったことはないわ」
「そうだぞ史、史が青木と仲良くするようになって一番荒れていたのは伊織だったからな」
「荒れてたの?」
「ああ、ありえないって連呼してたぞ。あと、俺もダメージを受けたからな……」
結局あれはなんだかんだで史はいてくれてる、という気持ちが悪い思考からくるもので。
細かいことまでは言わないでおくが、とにかく気をつけないと今後の自分と、その相手に迷惑をかけてしまう。
なんて、そこに自分も含めているから非モテなんだろうなあ……。
伊織のそれだってそれでもなんだかんだで時間を重ねているからでしかないし。
「そうだったの?」
「ああ、それで寝られなかったぐらいだからな」
違うことでは迷惑をかけまくってしまっているのは問題でしかない。
対するふたりは全然だから余計に俺の酷さが目立ってしまう。
が、そういう風に自覚しておきながら学ばずに同じように生きてしまうから救いようがないというか、なんというか……。
「ほら、それがあれよ」
「あ、ひとりにさせるとってときのことか」
「そうそう」
「宗二らしくないね」
「おいおい、六年も一緒にいた相手が急に他の人間と過ごし始めたんだぞ? 普通はそうやってショックを受けるだろ」
史は違う、伊織は違うということなら俺は泣く。
そりゃまあ確かに、いま言ったみたいに迷惑ばっかりかけているから分からないでもないが。
なにもなかったとか考えた俺だけど、そ、それでも、六年も一緒にいたんだから多少はなにかがあるはずなんだ。
けど、違うということなら結局ふたりにとってはたかが友達の内のひとり程度でしかないということになるからやっぱり泣く。
「伊織がそうしていても同じように感じてた?」
「当たり前だ、ふたりはそうじゃなくても俺にはふたりしかいないんだからな」
女友達しかいないという現実は贅沢に見える。
が、実際のところはどちらも離れていくだけということが多いから意味がないと言える。
いやもう本当に伊織が物好きな人間じゃなかったら実際そうだし……。
俺と違ってモテるからいつだってひとりになる可能性は高かったわけで。
「ならよかった」
「お、おう」
「伊織だけを贔屓しているというわけじゃないことが分かったから戻るね」
「おう、また後でな」
意外と俺も女の顔をしている史を見たくなかったから一緒に戻ったりはしなかった。
というか、腕を掴まれてて戻るとは言いづらかったからそもそも意味がない。
「なにもない……わよね?」
「あるのは青木に対する気持ちだけだよ、まだまだ歩こうぜ」
「うん……」
あれでいてこっちにもそういう気持ちがあったら史という存在が分からなくなってしまうからこれでいい。
それに俺はモテまくりたいわけじゃなくて、誰かひとりから好かれればそれでいいんだ。
なので、実は告白されるまでは不安だったりもする。
陽キャラだったら、イケメンだったら伊織相手にぐいぐいいくんだけどな……。
「実は一番最初に変わったのは私だった、というね」
「あ、そうなのか?」
話を聞いていたから分かっていたものの、わざと分かっていないふりをしてみせた。
彼女が別の異性を気になっているのならともかくとして、自分関連だと発言も考えてしなければならないから難しい。
下手をすれば自意識過剰になってしまうし、相手からすればいい気にはならないだろうし。
「うん、だってずっと前からそうだったし」
「そういうのってぶつけたいと思わないのか?」
「そこそこ一緒にいる時間が長くなると関係を壊したくなくて進めなくなるものなのよ」
「そういうものなのか」
俺がそっちの立場の場合を簡単に想像できてしまったから謝罪をしておく。
にしても、人をそういう意味で好きになるってすごいな。
昔の人はそれが恋だと分かっていたんだろうか?
「煽りじゃないんだけどさ、そういう感情を抱えているときってどんな感じなんだ?」
「んー、特に変わらないわね。別に宗二が違う異性と話していてもむかついたりとかはなかったわけだし」
「そうなのか」
……それってやっぱり好きなんじゃなくて、気になっているわけじゃなくて、ただ単に友達として気に入ってくれているだけだと思う。
想像したらうへぇという気持ちになったからこの話も自分から振っておきながら終わらせておいたのだった。
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