06話.[それでよかった]
「よう」
「うん」
流石に数日が経過したから今日は元気のようだった。
というか、これは誘われたから出てきたんだから当然で。
「お、使ってくれているのか」
「うん、これ暖かくていいのよ」
「じゃあ行くか」
これから向かう場所は近所の神社だ。
テレビなどで出てくる場所とは違って全く人が来ない場所ではあるが、年内最後の日に人混みに紛れたくはないからこれでいい。
それよりもだ、あれから当たり前のように伊織といるがこれはどういうことなんだろうか?
「あんたは約束を守ってくれたわよね」
「俺が悪かったからな」
「あと、初めて頭も撫でてくれたわよね」
「史には触れられたけど伊織には触れられなかったんだよな」
「なんでよ? 五年以上は一緒にいるんだから余裕じゃない」
いや勝手に触ったりなんかしたらちくりと言葉で刺してくるくせになにを言っているのか。
それに他の異性であれば触ろうともしないが、仮に触れてしまったら叩かれるだけでは済まないかもしれない。
すぐに社会死することができてしまうわけなんだから男は特に気をつけなければならない。
「じゃあほらはい、ちゃんと来られて偉いなって言って頭を撫でて」
「ちゃんと来られて偉いな」
「ありがと、正直寒すぎて出る気がなくなっていたのよね」
自分から誘ったくせにドタキャンはやめよう。
まあ実際はこうして出てきてくれたわけだから感謝しかない。
だって彼女の家の前まで行って帰ってと言われたら泣く自信があるぞ。
「ここは相変わらず人がいないわね」
「だな。あと、俺らは何気に毎年大晦日だけは集まっているよな」
「そうね、今年はあんたのせいで史がいないけど」
「それは違う、文句があるなら青木に言ってくれ」
青木は青木で敵視してきているからもう二度と話さないと決めている。
どうせ煽られるだけだからな。
「そこに座りましょ」
「ああ」
人がいなさすぎるというのはそれはそれで寂しかった。
少しぐらいは賑やかであっても悪くはないと気づく。
「で、なにが悪かったって?」
「今更かよ……」
つか、聞いてくれるなよ……。
あれは弱っている状態だからこそ、寝ている状態だからこそ吐けたことなんだ。
こうなれば答えるまで諦めてくれないから吐かされる未来しか想像できないぞ。
「しょうがないじゃない。翌日も翌々日も調子悪かったし、今日までやり取りをしていなかったんだから」
「伊織しかいないって言ったのに酷いよな」
「あんたが極端なことをしたのが悪い」
あれも一応史のことを考えてしたんだけどな。
でも、あれを拒絶だと捉えなければあんな発言はしない。
結局、どこかでは切りたいと考えていたんだろう。
「で?」
「……風邪を引いたのは俺のせいだし、普段だって俺のところに無理やり自分を納得させて来ていると思ったからだよ」
「無理やり来てる? え、私が?」
「だって俺のところに来なければ史といられるし、友達とだっていられるんだぞ? あと、俺のせいで悪く言われるかもしれないという不安と戦うことになるだろうが」
伊織にそういう存在が現れれば同じように言わせてもらうつもりだった。
五年いようが六年いようが関係なく切られるときは切られる。
そもそも高校を卒業したら会うことだってなくなるだろうからな。
「あのさあ、もしそうなら何回も耐えられるわけがないじゃない。何度も言うけど、一ヶ月とかそこらの関係じゃないのよ?」
「でもほら、ほっといたら俺はひとりになるから放っておけないみたいな義務感とかも――」
「ないわよ、私が不満を感じていたら史より早く一緒にいるのをやめていたわ」
……まあいい、新しい年が始まる~というところでする話じゃない。
「伊織、今年も世話になったな」
「それは私も同じじゃない」
いやもう本当によくいてくれているもんだよなと。
自分の友達から嫌われることを恐れて大体の人間なら離れるところだろう。
それに味方をしておけば結束力だって高まるから普通はそうするはずなんだ。
「だから、だから今年もよろしく頼む」
「なに格好つけてるのよ、だからは一回でいいのよ」
「いやほら、丁度変わったからさ」
「なら変わってから言いなさいよ……」
というわけで目的も果たしたから帰ることにしたのだが、
「公園で少し話しましょ」
と、お外が大好き少女に言われて寒い環境から逃げることができなかった。
ただ、流石に家に行くのは不味いと分かったのか公園にしてくれてよかった。
伊織母に敵視されないためにも適度な距離感でいなければならない。
まあ……できているのかどうかは傍から見て判断してもらうしかないが。
「私のところにも史が来ていないの」
「悪い、俺といるからだよな」
「まあ、……それはあるでしょうね」
親友がどうでもよくなるということもないだろうし、史にとって悪い展開にならないように避けている可能性がある。
それかもしくは、親友がどうでもよくなってしまうぐらいには青木の存在がでかいのか。
俺のことはいくらでも嫌っていいから普通に相手をしてやってほしかった。
「でも、あんたを拒絶する意味が分からないからこのままいるわ。仮にこれで史が嫌ってきたとしても言うことを聞いたりはしないから安心しなさい」
嫌だが、本当に嫌だが、ふたりが不仲になるぐらいなら俺が消えるのが一番だ。
ふたりといられなくなってしまえば正直、ダメージを受けようがないから。
家でも結局ひとりだし、寧ろこれまでが贅沢すぎたんだと片付けることができてしまう。
「伊織は橋本と仲良くしていてほしい」
「そりゃもちろん私だってそのつもりで動いているわよ。けどね、私の友達みたいに文句を言うようなら許さないわ」
こんなの所詮、口先だけだ。
許さないはずの相手と毎日一緒にいるんだから説得力がない。
厳しいことを言っていても優しいから選べないのが彼女なんだよ。
「立って、ちょっとじっとしてて」
「おう――……風邪のときだけの行為じゃなかったのか?」
橋本が青木と過ごし始めてからこういうことが増えた。
手を握るように言ってきたり、彼女からしてくるようになった。
そう考えると露骨というか、いままでは橋本がいたからできなかったみたいに見える。
もっとも、経験不足故の気持ち悪い思考だけの可能性もあるから難しい。
「あんたがまた不安になっていたようだったからさ、こうすれば大丈夫って伝わるでしょ?」
「安心よりも勘違いしそうになるんだけど」
童貞野郎じゃなくたってこれで揺れない人間はいない。
相手が親しいのであれば尚更なことだ。
こういう全く意識されていなさそうな存在から不意打ちでこんなことをされればグッときてしまうものなんだよ。
「勘違い?」
「……伊織がほら、俺のことをさ……」
「ぷっ、あははっ」
そこで笑ってくれるな、経験値がないから仕方がないことなんだ。
彼女はこちらを抱きしめるのをやめてベンチに座った。
ぽんぽんと叩いて誘ってきたから隣に座り直す。
「一年に一回しかこういうことはしないから新鮮な感じよ」
「夜遊びばかりしている人間じゃなくてよかったよ」
容姿がよくたって、中身がよくたって、結局裏でそういうことをしていたら一緒にはいられなくなる。
もちろんそんなの自由だからなにかを言うことはできないが、馬鹿にはしないから巻き込まないでくれと願い続けることだろう。
「あんたってさ、私のこと軽い人間だと思っているわよね。どうせああいうことを誰にでもするとかそんな風に思っているんでしょ?」
「もし他の男子にもしているということなら俺にはやめてくれ」
「最低ね、私なんてほとんどあんたとしかいないじゃない」
「夜は分からないからなー」
「夜の行動まで縛ろうとするなんてあんたは私の彼氏なの?」
彼氏になったとしてもそんな人間はいないような気がする。
人はだれだって自分の時間が欲しいだろうからだ。
あ、そりゃもちろん、他の野郎にこそこそと会っていたら怒る自信があるが。
「降参だ、それに伊織がそんなことしてないってよく考えてみなくても分かるしな」
「あんたにしかしてないから」
「はは、大胆な発言だ」
「事実そうなんだから仕方がないじゃない」
いい感じの雰囲気だったものの、伊織母から電話がかかってきて解散することになった。
家まで送り届けたら玄関の前まで立っていて「ありがとう」と。
相変わらず調子に乗ってんじゃねえぞと言われている気分になるから逃げるように去るしかないのが現実だった。
俺が単純に悪く捉えすぎているだけなんだろうな……。
「伊織ー、起きなさい」
「……あとちょっと」
「駄目よ、もうすぐに学校に通うことになるんだから」
目を開けて体を起こすといつもの母らしい顔をしている母がいた。
それから夜中のことを思い出してそういえば新しい年になったなと内で呟く。
「お母さん、今年もよろしくね」
「ふふ、こちらこそ」
「じゃ、顔を洗ったりしたら宗二の家に、ぐえ」
母の方を見てみたら「待ちなさい」と。
最初から物理的手段に出るのではなくそうやって止めてほしかった。
幸いすぐに離してくれたけど、……普段私がしていることはよくなかったんだなと気づく。
……というか、そうしないと近づけないみたいに思われても嫌だからやめよう。
「あなたと宗二君はどういう関係なの?」
「んー、親友?」
「だから最近はよくお泊まりするの?」
「まあ、宗二のことは信用してるし」
大胆なときはとことん大胆だからその気があればできると思うんだ。
それなのに一切してこないから少し残――信用できる。
最初は本当に友達の友達だったのに長く一緒にいれば変わるんだなとこれでよく分かった。
言動や行動で振り回してくるような相手ではないから安心できるんだ。
「クリスマスだってまさかふたりきりだとは思わなかったわ」
「史に気になる人ができたのよ」
「それは宗二君から聞いたわ、それでもこれまでの史ちゃんならあなた達と過ごすと……」
「これまでは別に嫌だから宗二と過ごしていなかった、というわけじゃないからね」
過ごしたり過ごさなかったりという感じだった。
ただ、一緒に過ごすときは史もいたんだから母の言いたいことも普通に分かる。
一年目とか二年目とかにふたりきりでと誘われていたら断っていた可能性もあるし。
あ、宗二は別にふたりきりにこだわっていたわけではないんだけど。
「お母さんがどういう心配をしているのかは分からないけど、宗二なら大丈夫よ」
「……あなたがいいならなにも言うつもりはないわ」
「じゃあもう行ってもいい? ちゃんとお昼ぐらいには帰ってくるから」
「分かったわ、気をつけて」
「うん、ありがと」
必要なことを済ませてから外へ。
寒いからあのマフラーも忘れずに着用して宗二の家へ向かう。
「史?」
遠くからでも見慣れた長髪と小さい体で普通に分かった。
宗二の家の前でずっと立っているのは正直不気味としか言いようがない。
もう行かないと口にした彼女はそこでなにをしているのか。
なんとなく気になって近づいたりはしなかった。
が、数分が経過した頃に諦めたのかこっちに歩いてきたから普通に近づく。
「おはよ」
「おはよう」
こうしてゆっくり彼女と話すのも久しぶりな感じがした。
これまでだったらありえないことだからなんか少し慣れない。
「あっちの方から来たけど宗二の家に行ってたの?」
「……インターホンを鳴らそうかと思ったけどできなかった」
「じゃあいまから行こ」
手を掴んで逃げられないようにした。
なにかを変えたいなら勇気を出して動くしかない。
それにいまの宗二ならそう極端なことも言わないだろうし。
だってあれは青木との時間を優先してほしくて言っただけだ。
「おはよ」
「おう、上がれよ」
これも彼の家族が家にいたなら正直できないことだった。
「はい」
「ありがと」
「橋本も」
史はなにも言わずに受け取ってちびちびと飲んでいた。
微妙な状態とはいえ、お礼を言えなくなってしまったら終わりだ。
今日はなにをしに来たのか、また自由に言いたいだけなのか。
青木も彼のことを微妙に警戒しているみたいだから後者かな……。
「伊織は眠くないのか?」
「意外といまは眠くないわ。でも、夕方頃になったら一気にくるでしょうね」
毎年無理して起きているから分かる、下手をすればお昼にくることもある。
でも、それで夜ご飯ができるまでぐっすり爆睡するのが気持ちよかった。
やっぱり食事や入浴に負けないぐらい寝ることも幸せな行為だと分かる。
「ははっ、俺もそうだな」
「あんたは普段夜ふかししないもんね」
「ああ、あんなのは一年に一回ぐらいだけだな」
って、こんなことを話している場合じゃない。
温かいホットミルクをちびちび飲んでいる史のことが気になるのよっ。
「あー……史はどうしてここに来たの? もう行かないんじゃなかったの?」
伊織が聞いてくれたものの、橋本が答えることはなかった。
もうとっくになくなっているのにカップに視線を注いでいるだけだ。
「もう一緒にいたくないんだろ? それなのにどうしてここに来た」
嫌なんだよ、青木から理不尽に敵視されるのは。
自由にやってくれていいから巻き込まないでほしかった。
結局どんな感情を抱えていようとこっちを向いてもらえなければ意味がない。
「……嫌い」
「それでいいだろ、それで片付けられることだろ」
六年も世話になってきてこんな終わりにしてしまうのはクソだが、それでも自分を守るために行動しなければならないんだ。
いつもみたいに他の関わりのない人間から言われる悪口とは違うから。
あと、嫌いという言葉がシンプルなのに高ダメージすぎるのが悪かった。
「……来てくれると思ってた」
「えぇ、嫌いと言われて行けるわけがないだろ……」
仮に行っていたとしてもそれは勇気とは言えないと思う。
相手側からしたら滅茶苦茶迷惑な行為だろう。
俺はそういうことに気づかず無遠慮に近づく人間にはなりたくないので、この選択は間違っていないと言い続ける。
「なにそれ」
「「伊織?」」
とても親友を見るときの顔ではなかった。
明らかに怒っていることが分かるためそれ以上はなにも言えず。
「結局試してたってこと?」
「ち、ちが……」
「あんたは青木に夢中になっているんでしょ? だったらそれでいいじゃない」
声を荒げたりしないからこそ逆に効果があった。
橋本はなにも言えずにうつむいてしまって、嫌な空気がここを満たしていく。
なにかを言おうものなら爆発しそうだったから俺もやはりなにも言えないままだ。
「帰って」
「……うん」
でも、やっぱりこれは駄目だろう。
ふたりが仲良くできていないのは駄目なんだ。
「橋本――史、悪かった」
「宗二……?」
「一応あれは史のために言ったことなんだ、青木と過ごしたいならそっちを優先してほしかったんだよ。あと、前にも言ったように俺は伊織だけじゃなくて史ともいたいんだ」
で、最後はふたりに仲良くしてほしいと言っておく。
伊織が怒るかと思ったがそうとはならず、違う方を見ながら「ごめん」と謝っていた。
「あのね、私は史が許せないわ」
「わ、私?」
「当たり前でしょうが! なんで全く来ないのよ!」
「そ、それは……宗二がいたから――」
「宗二は関係ないでしょうが! うんと小さい頃から一緒にいる親友なんだから来なさい!」
おお、史の頬はぷにぷにしているから引っ張りたくなる気持ちは分かるぞ。
嫌いとか言われた身としてはしたくなるが、触れたら不味いから黙って見ておく。
「宗二……、伸びてない?」
「はははっ、大丈夫だ」
表面上だけのものかもしれないがそれでよかった。
ふたりがこれからも仲がいいという状態ならどうとでもなる。
少し変わってしまったことはあるものの、変わらないこともやっぱりあるということだ。
「いい? 学校が始まったらちゃんと来なさいよ?」
「うん、仲良くしているところを邪魔する」
「それでいいから来なさい、宗二だって待っているんだから」
こっちを見てきたから頷いておいた。
そうしたら珍しく笑った史を見られて少しだけ新鮮だった。
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