05話.[空気が読めない]
日付が変わってしまえばもうなんにも変わらない一日となる。
あれだけ盛り上がっていたのに一気に次は正月のことに変わっていくわけだ。
風呂から出たら爆睡していた伊織を客間まで運んで部屋に戻ってきたわけだが、なんかベッドに転んでも眠気がこなかったからずっと起きている形になる。
「宗二、起きてる?」
「おう」
「入るわよ」
ぐーすか寝ていたからこそだろうか? 伊織はなんにも眠そうではなかった。
電気を点ける気はないらしく、この前みたいに床に静かに座る。
「……寝るなとか言っておきながら私が寝ちゃってたわ」
「まあやりたいこともやり終えたわけだしいいんじゃないか? 冬休みなんだから夜ふかししなくたって十分ゆっくりできるぞ」
課題はあるが、夏休みのときほどあるわけではないから焦らなくても大丈夫だ。
五日までは休めるから毎日三十分でも机と向き合えば十分間に合う。
もしひとりだとやる気が出なさそうだということなら集まればいいわけだしな。
「やり終えられてないわ」
「ケーキも食べただろ?」
「……あんたと話したかったのよ」
「話してただろ、外でも中でもさ」
それこそ急がなくたって俺の友達は彼女と史だけなんだから余裕だ。
来てくれれば確実に相手をするし、そもそも俺の方から行くぐらいだし。
クリスマスの夜だからってなにかが変わるというわけじゃない。
それに俺は彼女の母親に変なことはしないと言ってあるからどうしようもない。
つか、彼女がそういうことを求めてはこないだろうから意味がない。
「下で一緒に寝よ」
「ここじゃ駄目なのか?」
勢いだけでこういう選択をするから質が悪かった。
一番問題があるとすれば、俺からすれば断る必要がないということで。
いやだって、仲のいい異性から誘われたらやっぱり……なあ?
イケメン陽キャ男子だったらここでいちいち聞いたりせずに付いていくんだろうが、残念ながらそれでも俺にはできそうになかった。
「布団を持ってくるのが面倒くさいから」
「それをしたら母さんに怒られないか?」
最強カードを切ったのに「大丈夫よ、それにお母さんは止めようとなんてしてないわ」と返されてしまったという……。
娘に嫌われたくないから口にはしていないというだけだろう。
「いいのか? 後悔しないか?」
「別にイヤらしいことをしようとしているわけじゃないじゃない」
「いやほら、ただの同級生で友達というだけなのに――ひ、引っ張るな!」
変に拒むとやべーことを言い出すから寝ることにした。
離して寝れば一切問題ない。
彼女も寝るまでの間、少しだけでも話せば満足してくれるはず。
「よいしょっと」
「何時まで寝てたんだ?」
「さっきまで寝ていたわ、リビングは真っ暗だったからあんたの部屋に行ったの。あんたこそ起きているなんて意外じゃない」
「ああ、なんか眠気がやってきてくれなくてさ」
もうクリスマスが終わるとか一年が終わるとか考えていたのが悪いが。
なんで寝なければいけないときに限って考えごとが捗ってしまうんだろう。
俺でもそういうことがあるから繊細とか臆病な存在だったら毎日寝不足になりそうだった。
逆に史みたいなタイプはいつだってなにがあろうと朝までぐっすりだけど。
「実は寂しかったんじゃない?」
「でも、昨日は本当に楽しかったぞ? ひとりぼっちじゃなかったというだけで大満足だ」
「相手が史でも言っていたわよね」
「そりゃまあ俺の相手をしてくれる優しくて貴重な存在だからな」
が、それももう終わる、というところでまできている。
だから史頼りの選択をしてはいけない。
もちろん、伊織にだってそうだ。
縛ってはいけないし、これでも自由にやってほしいと考えている。
「史が悪いわけじゃないけど一緒に過ごしてくれたのは伊織だからな、本当に感謝してるぞ」
「……そういうの気恥ずかしくないの?」
「まあ、ちょっとはそういうのもあるな」
この前は動揺させるつもりで冗談ではなくても言ったのに、ノーダメージでこちらの方がダメージを受けたぐらいだった。
彼女の照れるパターンと照れないパターンの違いが分からない。
「……電気が点いてなかったら言ってくれてないわよね」
「いや、点いてても別に言うぞ」
紐じゃなくて何気にリモコンで点けられるから点けてから再度吐いておいた。
そうしたら「眩しい!」と怒られてしまったうえに、反対を向かれてしまったが。
んー、まあでもこういうのを見ると友達の友達レベルではないなと。
友達の友達とこうして同じ部屋で寝ていたらそれはもうやべー関係としか言いようがない。
正直、俺からしても視力破壊装置に思えてきたから消して目を閉じる。
「お礼、してなかった」
「だからい――」
いや……上に乗られても反応に困るだけだぞ。
「ま、待て――っと、誰だこんな時間に」
出るか出ないか数秒迷ったものの、伊織にどいてもらって出ることにした。
一応高性能装置があるので中から来訪者を確認できるというのも大きく影響している。
「って、史か」
急いで玄関に行って扉を開けると「寒かった」と無表情娘が答えてくれたが……。
「こら、夜中に出歩くなよ」
「痛い痛い……」
「まあほら、上がれ」
今日は眠気が吹き飛んでばかりだった。
ただ、少しだけテンションが上っている自分がいるから少し調子に乗ってコーヒーを飲むことにした。
ちなみに史はホットミルクで、伊織には紅茶をやっておくことにする。
「はははっ、苦いなっ」
「……史、なんか気持ち悪い宗二がいるわ」
「いつものことだよ?」
静かにカップを置いて床に座る。
いまのは痛いクリスマスプレゼントだった。
まあ、どうせ来たのならと買ってあったマフラーを渡しておいた。
「くれるの? ありがとう」
「おう。あ、そういえば青木からはなにか貰ったのか?」
「うん、ゲームソフトを買ってくれた」
「よかったな、史はゲーム好きだもんな」
家には最新のハードがあったり、ソフトが棚にぎっしり並べられていたりもする。
当然ながら戦うゲームでは全く歯が立たない。
史のいい点は勝ちまくっていても煽ってきたりはしないところだった。
「でも、宗二のお家に行くと当たり前のように伊織がいる」
「俺が誘ったんだ、今年は史と過ごすのは絶対に無理だって分かっていたしな」
ふたりしか友達がいない状態で片方とは過ごせないならもうひとりを誘うしかない。
それにしたって他を優先したいということだったら特になにも言わずにひとりで過ごすつもりだった。
だけど今回はそうじゃなかったから楽しく過ごせたことになる――って、何回同じことを考えるんだ俺は。
「楽しかった?」
「ああ、食べて話をしただけだけどな」
「私達は外に食べに行ったよ、その後は公園で話してた」
「家で話せよ……」
「……家に来てもらうのは恥ずかしかったし、青木君の家も無理らしかったから……」
おーいおい、これが本当にあの史か!?
なるほど、つまり俺の家に来られるのも、史が普通に招いてくれるのもそういうことか。
一緒にいた時間の長さとか全く無意味なんだなと虚しくなった。
「で? なんで俺の家に来たんだ?」
「全く一緒に過ごせてなかったから」
「朝に来いよ、別に逃げたりしないからさ」
寧ろそういうつもりではなくても離れているのは史の方だ。
長く一緒にいるからこういうことになるのか。
「史、伊織のとこにならともかくとして、俺のところには別に来なくていいぞ」
自分が本当にしたいことだけに時間を使ってほしい。
青木と過ごしたいならどんどん一緒にいるべきだ。
何故なら四月になったらもう三年だし、三年になったらそうゆっくりもしていられないことになるから。
「なんでそんなこと言うの?」
「あ、来てほしくないわけじゃないぞ? ただ、一緒にいる時間が長いから切り捨てられずに来ているだけならもういいってことだ」
ちょっと前までとは違うんだ。
寂しくないと言えば嘘になるが、だからっていてくれなんて頼めるわけがない。
「そういうことを言う宗二は嫌い」
「そうか」
「帰る」
「送るぞ」
「嫌っ、一緒にいたくないっ」
絶対にそんなことはできないから不機嫌娘を送って帰ってきた。
玄関のところで固まっていた伊織に声をかけて寝ることにする。
「……あんたって極端よね」
「いいんだよ。それより伊織、史のこと頼んだぞ」
「うんと小さい頃から一緒にいる親友だからね、あんたに言われなくても一緒にいるわよ」
「ははは。そうか、それなら安心できるな」
今度こそ朝まで寝て、洗濯物などを干していた。
こういうのは後に回せば回すほど面倒くさくなるからしょうがない。
学校が始まれば早起きをしつつやらなければならないんだから癖みたいにしておかなければならないんだ。
「……おはよ」
「おう、いま作るから」
「それよりも……さ」
「っと、どうした? なんでそんな不安そうな顔をしているんだ?」
遅刻したわけでもないし、史と喧嘩をしたわけでもない。
ご飯だってもう少し待ってくれれば食べられるし、まだまだ眠たいということなら食べてからゆっくり寝ればいい。
史を取られたくない病がまた再発してしまったのだろうか?
「熱いぞ、もしかして風邪か?」
「……昨日マフラーをして行けばよかった」
「客間に行こう、寝ないと駄目だ」
ほとんど俺のせいみたいなものだから申し訳なかった。
とりあえずは布団に寝かせて、ジェルシートとかを引っ張り出してきて貼っておく。
「腹は空いてないか?」
「……ちょっと」
「それならうどんを買ってくるわ、ちょっと待っててくれ」
七時からやってくれているスーパーというのはかなりありがたかった。
ついでに他の買い物も済ませていこうと考える自分もいたが、早く作ってやりたかったからうどんひとつだけを購入して帰路に着いた。
「ただいま」
「……なんで行っちゃうのよ」
「食べなければ駄目だからな、なんか粥は消化によくないとか聞いたことがあるからさ」
もうぱぱっとささっと作って客間まで持っていく。
「熱いから気をつけろよ」
「うん、……いだたきます」
食べているところを見つつ、自分が全く熱を出していないことを思い出して馬鹿は風邪を引かないんだなと内で呟く。
まあでも、熱を出して辛い思いを味わうぐらいなら馬鹿でいいのかもしれない。
別にそれでもとことん人生を歩むのが大変になるというわけでもないしな。
「ごちそうさま」
「洗ってくるわ」
「……それが終わったら今日はずっといて」
「分かった、トイレとかは行かせてもらうけどな」
……最低な話だが、なんか弱々モードの伊織も悪くないとか考えてしまった。
もちろんそんなのは客間に戻るまでに捨てておいた。
最低だし気持ちが悪いしで、いいところがあるのか? と聞きたくなるぐらいだった。
「手」
「おう」
熱いな、とにかくいまは寝てもらうしかない。
で、彼女はすぐにすーすーと寝息を立て始めた。
特に荒いとかそういうこともないからそこまで酷くはないのかもしれない。
「って、おい……」
来たりするなよ、このタイミングで。
できるだけ一緒にいてやりたいのに邪魔をしやがる。
しかも等間隔で鳴らしてきて、諦める気はないようだった。
仕方がないからゆっくり手を離して玄関に向かった。
「あ、井手君」
「青木? なんで俺の家を知っているんだ?」
もう煽りみたいなことをしなくていいから史と仲良くしておけばいい。
はあ、これで怒られたら今度絶対に青木に八つ当たりしようと決めた。
「史ちゃんから聞いたんだよ。いま、大丈夫かな?」
「いや、いまは忙しくて無理なんだ、明日でいいか?」
「分かった、じゃあ明日の十時にまた行くから」
「おう、じゃあな」
急いで戻った結果、起きていなかったからほっとした。
先程みたいにゆっくりを手を握って同じ場所に存在しておく。
転んでしまえば正直いくらでも寝られるからそれでもいいかもしれない。
が、水分補給とかもさせないといけないから起きていなければならない。
……なかなか辛いが、普段は彼女が我慢している側だからなと。
やっぱり俺といるときは色々と折れている部分もあると思うんだ。
あと、友達に嫌われてしまうかもしれないという不安にも襲われるかもしれない。
だというのに俺はひとりだと寂しいからという理由で、彼女の方から来てくれるということで甘えてしまっていた。
「悪かったな」
……まあこういうときぐらいは別にいいだろう。
頭を、というか、髪を撫でていく。
自分が小さい頃、こうして姉が撫でてくれて落ち着けたからそういう狙いもある。
「早く元気になってくれよ」
独り言を言いまくる人間になってしまうから相手をしておくれよと願いを込めつつそんなことを続けたのだった。
「あ、おはよう」
「おう」
結局今日になっても回復しなかったから廣瀬家に娘を返してきた。
で、自宅に帰ったはいいがまた出なければならなかったから外で待っていたことになる。
俺に移せばよかったのにそうはしなかった――なんてな。
意識的に他者に移せるなら嫌な奴は移しまくっているだろうし。
「外で待っていてくれたんだ」
「まあな。それで、言いたいことがあるんだろ?」
「僕は史ちゃんが好きなんだ」
「お、おう、それを俺にじゃなくて史に言ってやれよ」
俺は兄とかそういう人間じゃないぞ。
興味があるということもいちいち言ってきたわけだし、俺はもしかしなくてもライバル視されているのか?
実際のところは、積み重ねてきたものが無意味とまではいかなくてもほとんど影響しないということが分かっただけだ。
「怒っていたから聞いてみたらさ」
「ああ、そういうことか」
「長く一緒にいる友達だから無理もないかもしれないけど、正直、井手君のところに行ってほしくないと思ってる」
おいおい、そこまでいくともう煽っているようにしか聞こえないぞ。
ま、なにかを言ったところで史の心は離れているわけだからなにも言わなかった――と言うよりも、なにも言えなかったというのが一番正しい。
言いたいことを言えたからなのか彼はここから去った。
「馬鹿っ」
「おいおい、ちゃんと寝てくれよ」
「それどころじゃないわよ、うっ……」
「ほら、運んでやるから大人しくしていろ」
朝もこうして運ぶことになったんだから。
そのときも彼女の母が出てくれて気まずくて仕方がなかった。
クリスマスにいなかったうえに娘は熱を出した状態で帰ってきたんだからな。
「……なに自由に言わせてんの」
「いやだって俺は史のことをそういう意味で好きなわけじゃないからな」
それなら邪魔なんてするべきじゃないだろう。
俺が史のことを心から好きならあそこで勝負を仕掛けていた可能性もあるが、やはりどう考えたところでないんだから仕方がない。
「これで俺の相手をしてくれる存在は伊織だけになったな、だから早く治してくれよ」
「……あんたは約束通りずっと一緒にいてくれたのに空気が読めないわよね」
「でも、熱を出した理由だってほとんど俺だからな」
「それは違うから安心しなさい」
「そう言ってほしくて口にしているわけではないからな?」
そこまで屑な人間というわけではない。
とにかくいまは治してもらいたいから大人しく家で休んでもらうことにした。
その際に伊織母が謝罪をしてくれたものの、もう仕草なんかから来るなと言われている気がして慌てて帰路に就いた。
伊織と仲良くする際には伊織母との関係もどうにかしなければならない。
とはいえ、仲良くしようと意識して動くのもそれはそれで気持ちが悪い。
言ってしまえばそういう関係にでもならない限りは必要のないことだからな。
「宗二」
「よう」
「私はもう宗二のところには行かないから」
って、そうかぐらい言わせてくれよ……。
これじゃあ俺がなにも言えなくなったみたいじゃねえかよなどと呟きつつ、ずっといても寒いだけだから家の中に入ったのだった。
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