04話.[いい匂いのせい]
遠くまで移動するのは少し面倒になるからあの自販機のとこまで来ていた。
十分休みにここまで来る人間は少ないからここでも十分休むことができる。
気をつけなければならないのは温かい飲み物を買おうとする欲だ。
ヘビースモーカー患者みたいに数分に一度買って飲みかねない。
それぐらいには寒く、そして、少しだけ寂しい場所だった。
「来ないな」
逃げても追うと叫んで出ていった伊織はもう存在していなかった。
あれからもう一週間が経過しているものの、ここで過ごすことにしたこと以外には特に変化もいという状態で。
まあ、なにかができるというわけではないからひとりでもいいんだけども……。
でも、もうクリスマスが目の前まできているからできればどちらかとは過ごしたいなと。
いやほらやっぱりひとりは嫌だし、異性と過ごせた方がいいし、贅沢にも異性の仲がいい友達しかいないから仕方がないんだ。
「はぁ……ここにいたのね」
「伊織」
「なによ?」
「クリスマス、一緒に過ごそうぜ」
よくも悪くも正直なのは俺も同じだ。
だから類は友を呼ぶというのは本当のことなのかもしれなかった。
というか、自分と似ていないと相性がよくなくて続かない、という感じか?
「別にいいけど」
「なんてな、女友達と過ごしたいだろうし無理するなよ」
去年はそうやって過ごしたから嘘は言っていない。
今年もどうせ誘われるだろうし、結局ひとりで過ごすことになりました~なんてことになるぐらいなら最初からひとりの方がいいんだ。
ちなみにその点は史も同じで、対する俺は去年はぼっちだったからなあ……。
「いいんだけど」
「ぐえ……」
「あんたね、誘ったからにはやっぱりなしとか言うのやめなさいよ?」
得意の降参ポーズをしたらこっちの首から手を離してにこりと笑った。
冷たいわけではなく優しい存在だとは知っているが、俺のことを好いているのかどうかがよく分からない存在だった。
史と一緒になると絶対にちくちくと言葉で刺してくるから。
「……いいのかよ、女友達を優先しなくて」
「たまにはいいのよ」
彼女はよくても女友達はそれを是としないかもしれない。
そうしたら年明けからまた悪く言われる生活の始まりとなってしまう。
「あ、史を誘っても別にいいからね?」
「青木が誘ったりしていなかったらな」
「うん、あの子があんた以外の人間に自ら近づくことはなかなかないからね」
また笑いつつ「なんか新鮮で逆にいい感じなのよ」と。
俺以上に荒れていた彼女も前に進めたということだろう。
友達として、親友として、あれはいいことだと片付けることができたんだ。
「ま、あんたとふたりだけというつもりで動いておくわ」
「ああ、今年は変わりそうだよな」
「うん、だけどまさか史が一番最初に変わるとはねー」
「伊織だと思っていたわ」
「まさか、私に近づいて来る男子なんてあんたしかいないわよ」
そんなことあるわけがない。
史の周りに異性同性問わず集まるように、彼女の周りにも同じ結果となるからだ。
誰も興味を抱かないなんてことはそれこそありえないことだ。
だからそういうきっかけが転がっているのに彼女が拒んでいるだけだと想像した。
残念ながら史と違ってそういう話を絶対にしてくれないから友達の友達レベルだと考えてしまう理由を作っているというわけで。
「もったいないな」
「なにが?」
「いやほら、そういう感じならもっと男子が寄ってきても――」
彼女はぐいと距離を縮めてきて「そういう感じって?」と聞いてきた。
ふっ、ここで動じると思っているならそれは判断ミスというもんだ。
「可愛いし優しいからもっと寄ってきてもおかしくないだろ?」
たまに攻撃してくるところは可愛くないが、優しいというだけで本来は十分だった。
何故なら存在しているだけで悪く言ってくる存在が多いから。
「ふーん、あんたそういうことも言えるんだ」
「言えるぞ」
真顔でそういう反応をされるのが結構きつかった。
やっぱり俺に対しては意地が悪いとしか言いようがない。
つか、いまのは確実にそういう言葉を聞きたかっただけだよなと、真顔で再度「ふーん」とか言っている彼女を見てそう思った。
実は照れているとか……ないか。
「とにかく約束ね、私は絶対に破らないからあんたも絶対に破らないこと」
「ご飯とかはどうする? 俺も一応それなりに作れるけど」
「うーん、あんたの腕は疑っていないけどそれに集中されて疲れられても嫌だから出来合いの物を買いましょ」
「分かった、確かになにか買った方がクリスマスらしくていいわ」
無理をすると翌日に燃え尽きそうだからありがたい提案だった。
買い物なんかにも一緒に行けば楽しく過ごせるだろう。
あとは……あ、クリスマスプレゼントをどうするか、か。
よし、よく外にいる存在だからマフラーでも買ってやろう。
史にも同じでいいな、違うと文句を言われそうだし。
別に俺は史と彼女で態度を変えているわけではないんだからな。
「結局、あたしとあんただけになったわね」
「だな」
確かにそういうことになった。
一応形だけでもと誘ってみたものの、やはり史は青木と過ごすようだったから。
でも、俺からすれば彼女がいてくれるだけで十分だった。
だからそのことをちゃんと言っておく。
「本当に?」
「当たり前だろ、これでも滅茶苦茶感謝しているんだぜ?」
あ、もちろん史が悪いわけではない。
史は自分のいたい相手といようとしているんだから寧ろいいことだ。
「史が来てくれていたら同じようには思ってくれていなかったわよね」
「そんなことはない、伊織だって同じぐらい大切な存在なんだからな」
「どうだか、友達の友達レベルとか言ってきたくせに」
俺の言葉じゃ軽すぎるか。
まあいい、こうして過ごしてくれている時点で天使みたいなものだから。
それに暖かい家の中であとはご飯を食べるだけ、というのもいいことだった。
「なら証明してよ、本当にそう思っているなら手を握ることぐらいできるわよね?」
「俺はできるけどいいのか?」
「いいわよ、あんたができるな――……最後まで言わせなさいよ」
「本当に感謝している、それだけは分かってほしい」
これをすることで分かってくれるなら普通にする。
ただ、こういう風に求められないと彼女に対してできないのは事実だった。
史とほぼ同じぐらいの年数の時間を重ねてきているのになんか……な。
「ご、ご飯、早く食べたい」
「ああ、早く帰ろう」
もう今日は細かいことを絶対に言ったりしない。
少なくとも日付が変わるまでは楽しく自由にやりたいから。
言い合いになっても嫌だから折れておけばいいんだ。
「温めた方がいいよな?」
「そりゃまあね」
「あいよ」
今日は自由だから食事中に炭酸ジュースなんかも飲む予定でいる。
一年に一度ぐらいはそういう日があってもいいだろう。
「じゃ、乾杯」
「おう、乾杯だ」
氷を入れているのもあってよく冷えていて美味しかった。
常備したりすると確実に中毒になるからたまに買ってくるぐらいが丁度いいけども。
ピザとかサラダとかどんどんと食べていく。
「あ、ちょっと食べててくれ」
「うん、うん? どこかに行くの?」
「部屋に物を取りにな」
食事が終わってからだとなんか気恥ずかしいからいまこの勢いで渡してしまうことにした。
柄とかも一応俺なりに可愛いやつを選んできたから気に入ってくれればいいんだが……。
残念ながらセンスがないとかよく言われるから結果が見えているような、見えていないようなというところだった。
「これ、貰ってくれ」
「え、なに?」
「これから寒くなるし伊織はよく外にいるからマフラーを買ってきたんだ、風邪を引くんじゃないかって不安になるからそれをしていてくれれば多少は……」
なんで史のときとは違って早口になってしまうのか。
だから同じぐらい時間を重ねてきている伊織だってのになんでだ……。
「あ、プレゼントってこと? 私、なにも用意してないけど」
「いいんだよ、相手をしてくれているお礼だ」
そこから先はなにも言わせずに食べることに専念した。
結構買ってきたからゆっくりしていると二十二時とかになってしまう。
なんて、まだ十九時にもなっていないんだから焦る必要はないんだ。
「史にはないの?」
「ある、史にもマフラーを買ってきた」
冬はよくくしゃみをすることがあるから防寒してほしいと思っている。
……青木からなにかしらの物を貰うだろうからそれ次第では渡さない可能性もあり得る。
その場合は彼女に貰ってもらおうと決めていた。
ふたつあっても特に困ったりはしないだろう。
「ふふ、あんたらしいわね。あ、これありがと」
「おう、別に嫌なら使わなくていいからな」
「嫌じゃないわよ、寧ろこういうのは自分のお金で買いたくなかったから普通に助かるわ」
なんとなく分かってしまうのは似た者同士だからだろうか?
まあでも、こんなことを言えば確実に怒られるから言ったりはしない。
というか、今日する話じゃないし。
「じゃあ私もあんたになんかお礼しないとね、このご飯とかだってあんたのお金で買った物なんだし」
「いらないって、いてくれてるだけで十分だよ」
まだケーキが残っていたから食べさせておく。
結構な量を買ってきたつもりだったのに想像より早く終わってしまったため、やる気が出なくなる前に洗い物も済ませておいた。
「ここに座りなさい」
「おう、風呂が溜まるまで時間もあるからな」
横に座ると彼女は寄りかかってきた。
まさかこれがお礼か? と聞いてみたら「違うわよ」と言われてしまったが。
「……まさか本当に史と別々に過ごすなんて思わなかったの」
「でも、去年はそれぞれ過ごしたんだろ?」
「だからこそ今年はって考えていたのよ、あの子だって私達といたいと言ってくれていたわけなんだからおかしくはないわよね?」
「ああ、おかしくはないな」
青木が大胆だったのと、史がそれを受け入れるぐらいには仲良くなっていたということと。
最低な話だが、実はすぐに終わるんじゃないかって考える自分もいたんだ。
でも、そうじゃなかったということになる。
「その話とは関係ないけど、何時までいるんだ?」
「……空気が読めないわね」
「いやほら、あんまり遅い時間になると危ないからさ、あと寒い」
それと、やっぱり自分が決めたことを守れてないなと。
今回だって当たり前のようにこうして彼女を家に上げているわけだし。
まあ、不特定多数の人間に対してこうしているわけではないからまだいいのかもしれない。
これぐらいの付き合いになれば異性とか同性とか関係なく家に上げることだってあるだろうと正当化しようとしている自分もいるんだ。
「泊まるからあんたの服貸して」
「下着はどうするんだ?」
「……よくそんなこと真顔で聞けるわね」
これは同性が泊まろうと同じことを聞くけどな。
やっぱりいつだって同じ物を履くというのは嫌だろう。
「泊まるなら取りに行こう、冬だって同じのは嫌だろ?」
「まあ……そうね、じゃあいまから……」
クリスマスや正月を迎えられるのはいいが、どんどんと寒くなっていくのは微妙だった。
それでも救いはあって、それは明日から学校が休みだということだ。
早起きする必要もないし、家事をゆっくりできるのはいいことだと思う。
伊織が荷物を取りに行っている間は家の外で待っていた。
「宗二君」
「あ、こんばんは」
出てきたかと動いたらそれは娘ではなく母の方だった。
正直、史の両親と違ってあまり話したことがないからぶわっと焦り始める。
今日がクリスマスだというのも影響していた。
「いつもありがとう」
「いえ、俺の方が世話になっていますから」
「そうなの?」
「はい、伊織さんがいてくれて本当に助かっています」
ちなみにその伊織さんは扉に体を隠しているわけだが。
もしかしたら母になにかを言われたのかもしれないし、やっぱりなしになったのかもしれないし……というところか?
まあでも、クリスマスに一緒に過ごせたというだけで十分だからそれでもいい。
「ところで、今日はどっちから誘ったの?」
「俺ですね、一緒に過ごしたかったので」
「史ちゃんはどうしたの?」
「史は別の男子から誘われていまして」
「そうなのね」
いつまで続くんだこれ、あとなにが言いたいのか分からない。
もしかしたら自分から帰るときを待っているのか?
「あ、ごめんなさい、もう行かないと体が冷えてしまうわよね」
「あの、別に変なことはしないので安心してください」
「別にそういうことを気にしていたわけではないのよ?」
「そうですか。でも、とにかく大丈夫ですから」
隠れていた伊織の手を掴んで歩いていく。
で、数メートル歩いてからはあとため息をついて足を止めた。
「あれ、大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、私のお母さんは鬼というわけではないし」
「そうか」
年が変わったら関われなくなった、とかにならなければいいが。
それに史がいないことを知ってしまったわけだから状況は変わってくるわけで。
「うん。というか、ふふ、伊織さんって」
「史の両親の前では史さんって呼ぶぞ?」
「あははっ、なんかあんたらしくないわねっ」
娘の方は一切気にせずに楽しそうで羨ましかった。
帰ったら母からなにかを言われるかもしれないとか考えないのだろうか?
隠れていたぐらいだったんだからこれも装っているだけなのかもしれないが。
「娘の方はよく分かってないけどな」
「分かっているわよ。つか、クリスマスに泊まるってだけの話じゃない」
「いやそれ、相手が同性ならっていう限定的な話だろ」
「だって変なことをしてこないんでしょ? それならいいじゃない」
「今年に限って違うかもしれないだろ」
俺だってその気になればがばっといく可能性がある。
手に触れさせるぐらいだから嫌われているということもないだろう。
「ないわね、仮に手を出すとしても史にでしょ」
「できるわけがないだろ、青木と積極的に過ごそうとしているのに」
「じゃあフリーな私にならできるってわけ?」
「……他に気になっている男子がいたりしないならできるんじゃないか?」
って、なんだよさっきからこの会話は。
寒いからさっさと帰りたいのに俺らはずっと足を止めたままだ。
あと、先程からずっと手を握ったままだからどうしてもそこを意識してしまう。
こういうところは非モテ故の情けなさだった。
「あ、なんで私達はこんなところで話しているの?」
「帰ろう、風邪を引いたら馬鹿らしいからな」
「そうね、早くお風呂に入りたい」
家に着いたらさっさと風呂に入らせて俺はリビングでゆっくりしていた。
やっぱり家にいられるのが一番だ。
あと、食後というブーストもかかっているからどんどん眠たくなってくる。
「宗二、今日は寝させないわよ」
「……近いぞ」
残念だ、風呂上がり特有のいい匂いのせいですぐに目が覚めた。
気持ち悪い、でも、相手が伊織でよかったと思う。
だって史相手にこういう感情を抱いていたらやべーし。
「あんたの服はやっぱり大きいわね。見てこれ、履いてないように見えるでしょ?」
「長ズボンを履いておけよ……、見てるだけで寒いぞ」
「大丈夫よ。ほら、ちゃんと履いてるから」
「そうじゃなくて、足から冷えるだろ」
「待っているから早くお風呂に入ってきなさい」
寒い寒いとは言っていても敢えてそういう格好をする女子はなんだろう。
まあ、気になる異性にだけ見てほしい姿なんだろうが、それをたまたま視界に入れてしまっただけでも寒いだろ……と言いたくなるのが常のことだった。
仮に俺が冬に短パンを履くとしたら暖房が効いている場所のみでやる。
とにかく、そんな罰ゲームみたいなことはなるべくない方がいいけどな。
「ふぅ」
……つかこれもなんだかんだで問題だよなと。
気持ちが悪くてあれだから湯船には少しだけつかってすぐに出たのだった。
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