03話.[座っているだけ]
「宗二、起きなさい」
体を起こしてからそういえば伊織がいたと思い出した。
挨拶をしてベッドから下りる。
「あ、そういえば布団を敷いていかないで悪かったな」
「自分で勝手に出したわ」
「おう、それならいいんだけどさ」
熱を出している様子もないから朝から微妙な気分になることはなさそうだ。
部屋から出てもらっている間に制服に着替えて一階に移動。
「お、作ってくれたのか」
「うん、昨日はなにもしなかったから……」
「ありがとな」
どうせならできたての方がいいから食べさせてもらうことにした。
「おお、美味しいな」
「一応、よく手伝っているから」
「史にも教えてやってくれ、伊織は教えるのが上手だからな」
「あの子が求めてきたらね」
食べ終えたら洗い物をやって、それから洗濯を干すために外に出る。
冬はとにかくこの時間が一番辛い。
意外と登下校時はそんなに気にならないというのが現実で。
「ねえ」
「冷えるから中にいろよ」
話したいことができたら我慢できない存在なのかもしれなかった。
それかもしくは、寒いのが好きなのかもしれない。
そういうことでテンションが下がっているところを見たことがないからまあ、そういうものなんだろう。
「史が放課後は一緒に過ごしたいって」
「そうなのか?」
「うん、昨日電話でそう言ってた」
いやでも、放課後だからこそあの男子も一緒に過ごしたがるのでは? という疑問。
ただ、史がそう言ってそう行動するのであれば強気には出られないだろうから我慢するしかないか。
これから関係を長期化及びそういう関係を目指すのであればここで焦るのはよくないから。
「終わったから戻ろう」
「うん」
とはいえ、時間も時間だからそんなにゆっくりしてはいられない。
だからある程度のところで家を出た。
実はこうやって彼女と登校することはあまりしないからこれも新鮮だったりする。
そう考えるとやっぱり友達の友達レベルかなと。
「伊織、宗二、おはよ」
「おう」
「おはよ」
こうして三人で集まると自然とふたりを追っていく形になる。
ここから仮に静かに消えたとしても多分ふたりは全く気にしない。
そんなことをする必要はないからしないけどな。
「昨日、伊織は嘘ついた、部屋にいないのに部屋にいるって言った」
「うっ」
ということは珍しく隠そうとしたということだろうか?
史にだけは絶対になんでも言う彼女としては珍しい行為だと言える。
「史」
「ん?」
「ひとりだとあれだったから俺が誘ったんだ、だから責めないでやってくれ」
なかなか異性の家に泊まっているとは言いづらいだろう。
本当のことを吐かないで過ごせるのであれば俺だってそうする。
もっとも、史相手であればそれもできないで終わるわけだが。
「そうなの? あ、確かに伊織もひとりにしておくと不安だから~的なことを言ってた」
「ああ、昨日は寝不足だったんだよ」
「だから寝てたの?」
「ああ、もうあんな風にはならないようにするけどな」
もう寝不足になることもないから絶対に同じようにはならない。
まあ別に俺が寝ていようと起きていようと周りへの影響力は皆無だ。
授業さえ真面目に受けていればふたりしか友達がいない俺にはなにも言ってこない。
頑張っていようが悪く言ってくるやつはもう仕方がないと片付けることができる。
いちいちそういう雑音に耳を傾けていても意味ないしな。
なんて考えた三時間後のこと。
頬杖をついて前を見ていたら見られてるだなんだと自由に言い始める女子が現れた。
仕方がないだろ、目があって視力もあるんだからどうしたって視界には入る。
俺だって見なくて済むなら、聞かなくて済むならどれだけいいか。
仮に異性を見るとしてもそれは史か伊織だけでいい。
正直に言ってしまえばそれ以外には興味がないんだ。
「ちょっと、宗二は別に見てないでしょ」
「仮にそうでも見られている気がしてやだ」
「伊織はよく一緒にいられるよね」
おぅ、なんで俺はこんなに評価が悪いんだろうか?
そう考えると史はよく俺に話しかけてきたなと褒めるしかなくなる。
「大丈夫だよ」
「橋本さん……?」
「宗二は私か伊織しか見てないから」
そうだそうだ……っておい。
そんなこと言ったら余計に伊織の友は暴れ始めるだろうに。
事実、最低とかなんとか言われ始めたという……。
「あのさっ――」
言い争いをしているところを見たくないし、それで嫌われても嫌だから止めた。
別に自分が嫌われる分には何故だか昔からそうだからどうでもいい。
卒業してしまえば二度と会うことはないんだからな。
が、いいことをしたはずなのに伊織からは睨まれることになった。
廊下に出てみたら付いてきて「あんた本当に馬鹿っ」とぶつけてくれる。
彼女は結構感情的になることがあるからそれで慣れてしまったのかもしれない。
「いつものことだろ? 小学生の頃からこうだろ」
「だからって自由に言わせていたら駄目じゃないっ」
「別にいいよ、伊織と史から言われなければノーダメージだ」
史を連れてきて興奮気味の彼女を落ち着かせる。
こういう点はやっぱり俺らより史の方が上だった。
「宗二ー」
「いるぞー」
寒いのに公園で史は遊んでいた。
ちなみに伊織は未だに不機嫌だから今日はここに来ていない。
ブランコに乗ったり、違う方を見つめたり、鉄棒に挑戦してみたりと、よくも悪くも対照的に元気なのが彼女だった。
「宗二も来てよ」
「おう、それはいいけど」
それこそ今日の俺はペットみたいだった。
「喧嘩しちゃったの?」
「伊織とか? そういうのじゃないから安心しろ」
「私は三人で仲良くしたい」
「俺だってずっと仲良くできればいいと思ってるよ」
少なくとも六年になる一月までは続けたい。
でも、もうすっかり三人ではなくなってしまっているんだよなあと。
大切な存在なんてどんどんと変わっていくもんだ。
最初に変わるかもしれない存在は彼女だった、ということになるのかね。
「悪く言われるのは嫌?」
「伊織にも言ったけど、史や伊織に悪く言われなければノーダメージだ」
ただ、雑音に耳を傾けなければいいと考えていても実行できていないのが気になっているところだった。
もう少しぐらい強ければふたりに味方をしてもらわなくてもいいんだが。
あと、史も伊織もその度に動いてくれるが、それが逆効果になっているというのも……。
ありがたいことなのに素直に喜べるようなことじゃない。
「なんか言われちゃうよね」
「ああ、別に睨んだりとかしていないんだけどな」
「でも、私も伊織も分かってるから」
「はは、ありがとな」
いつものように頭に触れようとして既のところで止めた。
伊織にはできなくても史にはできていたわけだが、十二月以前までとは違うから気をつけなければならない。
つか、俺からのそれなんてされても嬉しくないだろうと今更気づいた。
これまではそういうことを意識せずに気軽に触れていたが……キモいな。
「悪かった、確かにあいつらの言う通りなのかもしれない」
「なんで?」
「いや、とにかく悪かった」
救いなのは伊織には触れたことがないということだろう。
史なら謝れば許してくれると考えてしまっている時点で屑ではあるが、それでも謝罪をしないよりはいいと判断してもらいたい。
「くちゅ……ちょっと冷えてきた」
「そろそろ帰ろう、こういうことにならいつでも付き合ってやるから」
「うん、宗二と帰る」
少し前を歩く小さな背中を見つめつつまあでも気づけてよかったかなと思った。
これからも無自覚でそういう問題行為をし続けるよりはよっぽどいい。
伊織が不機嫌で近づいてこないのも好都合かもしれなかった。
だってそうすれば変に味方をしようと動いたりはしないから。
つまり俺が貫けば貫くほど、結果的に伊織や史を守れるわけだ。
少なくとも俺のせいで友達から反感を買うことはなくなる。
「あれ? なんか用でもあるのか?」
「宗二が作ったご飯を食べたい」
「はは、分かったよ」
もういつだってこれが最後って考えでいなければならない。
泊まるとか言い出さなければそれぐらい別に構わなかった。
マイナス思考をしまくっているが、俺は史とだっていたいんだ。
「できたぞー」
「宗二、伊織と仲良くしてね」
「ああ、約束だ」
それでもいまはこの温かい料理達を食していくことが優先されることだ。
史は小さいのにどんどん食べてくれるからそういうところも好きだった。
伊織は太っちゃうからなどといった理由でやめるときがあるからなんだよとなる。
十分細いのに、あれ以上痩せたらそれはもう健康的ではないだろうに。
「やっぱり宗二が作ったご飯の方が美味しい」
「他の誰かと食べているからだと思うぞ、史が作ってくれたやつだって十分美味しいし」
「……ひとりは寂しい」
「でも、史の父さんも母さんも帰ってくるしな」
が、それでも家に帰ったらひとりというのは寂しいらしい。
うーむ、だからって俺が行くのも違うからここはやはり、
「それなら伊織を呼びまくればいい」
これ、これしかない。
一緒に過ごすことで仲だって深まるだろうし、伊織的にも史との時間が勝手に増えていくわけだから満足できるだろう。
両親――家族がすぐに帰ってこない環境はそういう点ではいいと言える。
「そういえばそうだ」
「だろ?」
「うん、伊織が大丈夫そうならいっぱい呼ぶ」
「おう」
これからはなるべく家に入れたりするのはやめようと決めた。
そもそもこっちは誰も帰ってこないしな。
どこに行ったのかもわからない。
普通に生きられているのはそれでも生活費なんかが振り込まれるからだ。
「ごちそうさまでした、もう帰るね」
「送るから待ってろ」
「ううん、ひとりで大丈夫だから」
ひとり、ひとりねえ。
まあ本人がそう言っているなら変に動こうとしないでいいか。
鍵を閉めて洗い物なんかをしていく。
「明日買い物に行くかな」
実はふたりがよく来るからと食材を多く買ったりもしていたが、今回のでそれもする必要がなくなりそうだった。
あと、一緒にいる時間も減りそうだからそういうことで時間をつぶそうと決めた。
「人参も忘れないようにしないとな」
あまり好きではないものの、栄養を摂取しなければならないから好き嫌いはしていられない。
「ありがとうございました」
自分だけの量というのがいまいち分からなくて結局、いつも通りの量を購入してしまった。
冬だからいいが、夏までには直しておかなければならない。
まあでも、幸いまだ一月というわけじゃないからゆっくりやっていけばいいだろう。
「「あ」」
帰っている途中で史のことが気になっている男子、青木と出会った。
「へえ、今度出かけるのか」
俺が考えている以上に順調に仲良くやれているのかもしれない。
恥ずかしがり屋とかじゃないから特に違和感もなかった。
そもそもそんな感じだったら俺に話しかけることだってできなかっただろうし。
「うん、橋本さんがいいって言ってくれたから」
「そうか、楽しめるといいな」
「ありがとう」
……こうして話しているのはいいが自然に別れるって難しいな。
それこそ史や伊織ならじゃあなで終えられるからこういう問題にぶつかるのも久しぶりだ。
そう考えなくても、俺こそ他者と関わらないようにしてきたんだなとなんとなく思った。
「でも、ちょっと悩みがあって」
「悩み?」
「橋本さんは井手君といたがっているんじゃないかって」
そりゃまあ約六年の関係だから仕方がない話だ。
一緒にいられなくてもいいと考えて行動される方が嫌だった。
やっぱりあのふたりとはこれからもいたいから。
「青木とだっていたいと言っていたぞ、マイナス思考をする必要はない」
「井手君……」
「史が来てくれるなら真っ直ぐに向き合っておくだけでいいんだよ、そんなことを考えていたらなんにも楽しめなくなるだけだからな」
結局、食材をしまいたいからと残して別れることにした。
俺に言えることはいまので全てだ。
これもなんか気持ちが悪いからこれからは言わないようにしようと決めた。
「おいおい、風邪を引くだろ」
そんなに外にいるのが好きなら自宅前でずっといればいいと思う。
それなら変なのが来ても逃げられるし、飽きたらすぐに戻れるし。
「入れて」
「駄目だ、入れないって決めたんだよ」
「入れてくれなかったら史に好きだって言う」
「別に言えばいいだろ?」
「違う、あんたが好きだと言ってたって言う」
質が悪い存在には勝つことができず、数分後には家に上げている俺がいた。
食材をしまったり制服から着替えたりして時間をつぶす。
飽きて帰ってくれることを期待しているわけだが、彼女は帰ってくれるのか……?
ソファに座ってぶすっとした顔のままの彼女が動くようにはとてもとても……。
「で?」
「お?」
「……なんで急に入れないって決めたの」
「ああ、それはあれだよ。俺によく文句を言ってくるやつらがいるだろ? それが実際は正しいことを言っていたんだと気づいてさ」
無自覚でやべーことをしていたわけだから言われる謂われがある。
持ち上げたり、頭を撫でたり、求められたら手を繋いだりとかそういうことをな。
「正しくなんかないでしょ、ただ存在しているだけで文句を言ってくるのよ?」
「まあそれは確かにそうだな。でも、無自覚で気持ち悪いことをしていたんだよ俺も」
「気持ち悪いことってなにを?」
「それは触れたりしていたことだな、伊織だって史に触らせるなって言っていただろ?」
史が文句を言ってくることはないからと片付けてしまっていたことだった。
あ、もちろん過剰にべたべた触れていたわけではないぞ。
それでも一ヶ月に二回……三回ぐらいはそういうことがあったからそれがよくなかった。
「史はそれで文句を言ってきた?」
「言ってこなかったな。ただ、言えなかっただけなのかもしれないだろ?」
「あの子はそんな子じゃないわよ、よくも悪くも正直なことはあんたも知っているでしょ?」
確かに伊織に注意されても俺ならいいとかそういうことを……って、いかんいかん。
せっかくいい方に直そうとしているんだからこの点に関してはこれでいいんだ。
別に関わるのをやめようとしているわけじゃないんだから。
「……そういうところは嫌いよ、あんたは周りのそれを気にしすぎなのよ」
「俺はふたりが友達から余計なことで嫌われないように動いているだけだ」
実は似たようなことを中学時代にも行ったことがある。
が、残念ながらそのときは全く続かなかった。
一週間後ぐらいにはいつも通り家に入れたりしていた。
だからどうなるのかなんて分かりきっていることだ。
「勘違いしてくれるなよ、俺はふたりといたいと思っているからな」
それだからこそ自分が決めたことも守れなくなるんだ。
いまだって頑なに拒んでしまえば帰らせることだってできたのにそれはしなかった。
周りからいくらでも嫌われてもいいから、悪口を言われてもいいから、とにかくふたりからは嫌われたくないって本能がそう動いてしまっているんだ。
「本当に?」
「ああ」
「じゃなくて、史だけじゃないの?」
「当たり前だろ。あ、ただやっぱり俺らはまだ友達の友達レベルだと思うんだよな」
史といるときだけは結構厳しくなったりする。
まあ大好きな史を変な奴に渡さないように守っているとも見える。
つまり、彼女はまだ完全には信用してくれていないんだ。
「はあ? これで友達の友達レベルだったら延々に友達になれないじゃない」
「じゃあ友達扱いしてもいいのか?」
「当たり前でしょうが。つか、友達じゃないと思われている方が嫌よ」
「でも、教室ではあんまり話さないようにしよう、特に伊織の友達は厳しいからな」
あー、この時期に教室以外で過ごすの嫌だなあ。
でも、座っているだけで、前を見ているだけで文句を言われるのもあれだ。
だったら寒い方がまだマシだと言える。
ふたりだって洗脳されているのかのように変に擁護しなくて済むんだからいいんだろう。
「……嫌、意味分かんない」
「伊織のためだ」
「私のためにならないって言ってんのっ、あんたが廊下に逃げるつもりなら追うから覚悟してなさいよ!」
で、言うだけ言って出ていくと。
俺も含めて随分と自分勝手な人間だった。
ま……嫌われるよりはいいかと片付けて夜ご飯作りを開始したのだった。
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