第4話 ユーラシア(後編)
ローズは更に西へ向かう。奴らの姿は見えない。だが、いつ出てくるかわからない。ローズは時々後ろを見つつ進んでいた。
誰もいないことを確認して、ローズはホバーライダーを降りた。ここで一休みしよう。逃げるためにここまで突っ走ってきた。とても疲れていた。ローズは背伸びをして、高台からその向こうの風景を見た。
その向こうには森が広がっている。まるでどこまでも続いているようだ。その中には、高い塔の残骸がある。その塔は赤錆びていて、いつ倒れてもおかしくないようだ。
「ここはどこだ?」
ローズは首をかしげた。昔の世界の事をいろいろ知っているローズだが、ここの事は知らなかった。一体ここには、どんな人々の営みがあったんだろう。どんな街並だったんだろう。
その時、誰かがやって来た。その男は服がボロボロだ。もう何日もこの服を着ているようだ。男はここがどこだったか知っているようだ。
「エッフェル塔だったところだ」
その男の先祖は、そこに住んでいた。だが、戦争で焼け野原になり、この街を出て行った。これまで何代にもわたって守ってきた家を手放した。これほど悲しい事はない。いつか新しい家を建てるんだと決意していた。だが、その夢はかなう事はなく、この世を去った。男は生涯、家に住んだことがない。
「フランスか」
ローズは呆然となった。これがエッフェル塔なのか。名前だけは知っていた。だが、どんな建物だったのかは知らない。ものすごく高かった塔だとは知っていた。
「信じられん」
男は森を見つめていた。ここには街があった。とても信じられないが、本当の事だ。
「戦争でこうなってしまうなんて」
男は泣き出した。先祖はどんな生活を送っていたんだろう。自分も体験したかった。外で過ごすより、家で過ごす方が断然いいに決まっている。
「戦争は恐ろしいもんだ」
ローズは戦争のひどさを嫌と言うほど聞いてきた。
「戦争は悪い事だと思ってる。国を1つにすることができるが、それによって多くの物を失う。人だったり建物だったり、そして国も」
男は泣き崩れた。戦争によって何もかも失われた。戦争を知らないが、こうなったのは戦争のせいだ。戦争ななんてなければ幸せな生活を送っていたのに。
「ひどい事だよね」
「わかる」
ローズは男の頭を撫でた。悲しい事があったけど、立ち直ってほしい。
「賑やかな街だったのに。芸術の都と言われた街なのに」
街はとても賑やかだった。なのに、戦争でこうなってしまった。毎年7月14日になると革命記念日のお祭りが行われた。
「結局、戦争って、何も残さないんですね。あるのは破壊と苦しみだけ」
「私もそう思います」
2人はただ塔だけが見える森を見つめながら、戦争がどれだけ恐ろしいものか考えていた。戦争は苦しみを生むだけだ。やってはならない。でもどうして人間は戦争をしてしまうんだろう。
その頃、戦艦はバタバタしていた。早くローズを捕まえなければ。銀龍王を目覚めさせてはならない。再び封印される。
「全く、銀龍王はどこなんだ!」
アルスは焦っていた。早く銀龍王の開放を止めなければ。自分たちの未来はない。また封印されてしまう。せっかく目覚めたのに、また封印されるのは御免だ。
「そういえば、銀龍王は、銀龍王が命を落とした所にあると聞きましたね」
アルスは後ろを振り向いた。そこにはデュランがいる。デュランは真剣な表情だ。
「だとすると、あの大陸かな?」
10万年の間に、どこにあったかは忘れてしまった。だが、広大な砂漠だという事は覚えている。
「そうか・・・、どこだろう。覚えてないな」
結局、どこかわからなかった。だが、ローズを追いかけて行けばたどり着けるはずだ。必ず捕まえてみせる。我らの世界のために。
戦艦はローズを探すためにさらに西に向かった。見てろよローズ、絶対に捕まえて殺してやる。
その夜、ローズはただの森となったフランスで一夜を過ごす事にした。今はもうここには誰も住んでいない。どれだけの人が暮らしたんだろう。今はただの森が広がるだけだが、昔はどれだけの家があったんだろう。
ローズはかろうじて残る廃墟を見つけた。ここにはどんな人々の営みがあったんだろう。自分もこんな時代に生まれたかった。きっと平和な日々だっただろう。
ローズはその時思った。もしもその時に戻れたら。戻すことができたら、どんなに幸せだろう。これから生まれてくる、未来の子供たちのために、生きる希望と美しい自然を残すことができれば、どんなに素晴らしい事だろう。
ローズは廃墟の中に入った。廃墟には様々な写真が飾られていた。その中には家族の集合写真もある。どんな幸せな生活があったんだろう。どんな平和な日々があったんだろう。あの頃に戻ることができたら、どんなに幸せな事だろう。
ローズはすすけた床に体育座りした。中は暗い。部屋の明かりはもうつかない。いつからついてないんだろうか。跡は残っているが、ほとんど原形をとどめていない。
ローズは目を閉じた。ローズは夢を見た。先日までの幸せな日々だ。あの頃は幸せだった。なのに、宇宙からやって来た戦艦によってめちゃくちゃにされた。どうしてこんな事になったんだろう。あんな事がなければ平和な日々が続いていたのに。あいつらさえいなければ。でもそんなこと言っていられない。これからあいつらをやっつけるために銀龍王を目覚めさせに行く。必ず世界を救って再びあの町に帰るんだ。
翌日、ローズは目を覚ました。大丈夫だ。奴らは来てない。ローズは警戒していた。眠っている間に奴らに捕まってしまうかもしれない。不安で不安であまり眠れなかった。
ローズは外に出た。ローズは辺りを見渡した。誰もいない。鳥のさえずりが聞こえるだけだ。ローズはほっとした。
ローズは外に停めてあったホバーライダーのエンジンをかけた。風で草が動く。ローズは森の中を走りだした。森から出たら奴らに見つかってしまう。気を付けなければ。
ローズは西ではなく南に向かった。ピラミッドは南の海峡の向こうだ。その先には銀龍王が待っているだろう。絶対に世界を救って故郷に帰るんだ。ローズは決意を新たに先に進んだ。
6時間ぐらい進んだ。もう海峡はすぐそこだ。海峡の向こうはピラミッドのある砂漠だ。人気は全くない。あるのは森と廃墟だけだ。ここには昔、どんな光景が広がっていたんだろう。多くの建物が並んでいたんだろうか? どれぐらいの人が住んでいたんだろうか? 全く想像できない。再び賑やかな日々が戻る日は来るんだろうか? 自分はそのために大きな敵に立ち向かう。そのためには銀龍王を目覚めさせなければ。
ローズはある場所に着いた。それはまるで古代の城のような場所だ。いくつかの塔が立ち並んでいる。塔にはツタが巻き付き、誰も来なくなって何年も経った事を示している。
「これがサグラダファミリアか」
ローズはその建物が何かを知っていた。サグラダファミリアだ。ここはスペインのバルセロナだった所だ。ここも美しい街だった。でも、スペインはもうなくなった。あるのは、ただっ広い森だけだ。戦争で何もかも失い、そこには森しかない。どれだけの人の営みがあったんだろう。そう思うと、ローズは悲しくなった。
「もうこれだけしか残ってないとは」
当時はもっと多くの建物があったと思われる。なのに、これ以外何もない。戦争って恐ろしいものだ。力を得られるだけで、何の得もない。あるのは、悲しみだけだ。どうして人は戦争を起こすんだろう。戦争なんてなくなれば、平和な世界が待っているはずなのに。
「戦争で全部壊されてしまったのかな?」
ローズは廃墟の前に立ち、どんな風景だったんだろうと考えた。だが、思いつかない。できれば、あの頃に戻って、その風景を見たい。そして、その時代に行きたい。でも、それは叶わない。
「そうみたいだな」
ローズは横を振り向いた。男がいる。男はボロボロの服を着て、口ひげを長くはやしている。もう何年も剃っていないようだ。
「せっかく作ったのに」
「もったいないな」
ローズは戦争の恐ろしさをひしひしと感じた。戦争は何もかも壊す。なのにどうしてやってしまうんだろうか?
「戦争って、どうしてするんだろうか?」
「わからないな」
男は答えられなかった。どうして人は戦争を起こしてしまうんだろうか? 力のためか? 平和のためか? そんな事をして何を得るんだろうか? 苦しみしか生まないのでは?
「やってはいけない事なのに」
男は泣き出した。戦争によって何もかも失った。どうして戦争を起こさなければならなかったんだろう。
「その気持ち、わかるよ」
ローズは泣く男の肩を叩いた。何とかして泣き止んでほしい。前向きに生きてほしい。
「どうしてここに来たんだい?」
「ピラミッドを目指しているんです。そこに世界を救うための秘宝があるらしいんです」
ローズは海の向こうを見た。その海の先にはピラミッドがある。そして、そのピラミッドの中に、銀龍王がいる。世界を救うために、何としても目覚めさせなければ。
「そうなのか? って、世界を救うつもりなのか?」
男は驚いた。こんなにも世界が危機にさらされているとは。
「うん。先日、この世界に侵略者がやってきまして。そいつらから世界を救うための力がピラミッドにあるらしいので、」
ローズは真剣な表情だ。必ず世界を救ってここに戻ってくる。そして、世界を救った時、みんなで喜びを分かち合いたいな。
「そうなのか。それは大変だな。捕まえられないように気を付けないと」
世界がこんなにも危ないことになっているとは。何としても世界を救ってほしい。
「もう行かなくては」
ローズはホバーライダーに乗った。早く行かなければ先回りされるかもしれない。先回りされて銀龍王を殺されたら、この世界の終わりだ。何としても早く行かなければ。
「そうか。元気でな。必ず世界を救ってくれると信じているぞ」
ローズはサグラダファミリアの跡を後にした。男はじっとローズを見ている。必ず世界を救ってくれると信じて。そして、世界を救ったら再びここで会おう。
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