第4話 ユーラシア(前編)

 その先は砂漠だ。ローズは驚いた。どこまで続くんだろう。あとどれぐらいでエジプトにたどり着けるんだろう。


「広大な砂漠だな」


 ローズはため息をつき、全速力で進み始めた。自分の姿がよく見える砂漠では、戦艦に見つかりやすい。見つかったら全速力でやってきて、簡単に追いつかれてしまうだろう。ローズは捕まるのを恐れていた。捕まれば世界が終わり。自分は世界の最後の希望なんだ。


 しばらく走っていると、砂漠を歩いている老人を見つけた。老人の服はボロボロで、痩せこけていた。もう何日も食べていないようだ。


 ローズはホバーライダーを降り、老人の横に立った。老人は歩き方がぎこちない。今にも倒れそうだ。ローズは老人に肩をかけた。


「大丈夫ですか?」

「何日も水を飲んでいない」


 老人は元気がない。下を向いている。脱水症状を起こしそうだ。


「どうぞ」


 ローズは持っていた水筒の水の一部を差し出した。老人はその水をおいしそうに飲んだ。老人は少し元気になった。


「ああ、助かった。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 老人は広がる砂漠を見た。何かに思いをはせているようだ。


「ここはかつて都会だった。今はただの砂漠なんだが」


 ここは大都会だった。だが、戦争で負けて、建物は何もかも壊され、その後に残ったのは砂漠だけ。ここが都会だったなんて信じられない。ローズは開いた口がふさがらなかった。


「そうなんですか?」

「ああ。私の先祖はここに住んでいた。でも、戦争で何もかも失い、残ったのは砂漠だ。今の人々はここが大都会だったといっても信じないようだが、確かにここには大都会があった」


 老人の先祖は古くからここに住んでいた。とても栄えた大都会だった。でも、戦争に負け、何もかも失った。住んでいた人々は世界中に散らばり、大都会は何もない砂漠となった。


「とても信じられない」

「またあの頃に戻りたい。でももう戻れない」


 老人は泣き崩れた。平和だったあの頃が懐かしい。どうして世界を1つにするために戦争をしたんだろう。結局残ったのは世界の崩壊だけではないか? 戦争は本当にしてよかったのか? 絶対にしてはいけないに決まってる!


「大丈夫。また蘇るさ」


 ローズは泣き崩れる老人の頭を撫でた。どうにか立ち直ってほしい。希望を失わないでほしい。必ず世界は蘇る。


「本当?」


 老人は顔を上げた。老人はまだ泣いている。


「うん。だから、諦めないでね」

「ああ。そうだといいけど」


 老人はまた下を向いた。砂漠が蘇るなんて、ありえない。もう元の大都会には戻れない。どうしたらいいんだろう。このまま、寂しいまま死んでしまうんじゃないか?


「どうして?」

「砂漠が生き返るなんて、ありえないよ!」


 老人は悲しそうな表情だ。あの頃は平和だった。でも、戦争で何もかも失った。


「大丈夫。信じていれば、夢はかなうさ! 希望を捨てないで!」

「そ、そうするよ・・・」


 だが、老人は下を向いた。ローズはそう言っているけれど、戻ることはない。そんなこと信じられない。


 ローズは再びホバーライダーに乗り、さらに西へ向かった。老人はその様子を見ていた。彼の言っていることは本当だろうか? この世界は元通りになるんだろうか?




 その頃、デュランは宇宙戦艦に戻っていた。宇宙戦艦には捕まえた人間のほかに、多くの兵士もいた。


 デュランはアルスに何が起こったのか報告した。アルスは逃げられたことで憤りを感じていた。


「何? 向こうの大陸に向かってるだと?」

「はい」


 デュランは冷や汗をかいていた。アルスにどんなことを言われるだろう。


「あそこには何があるんだ?」


 アルスは焦っていた。捕まえた人間を逃がされた。


「銀龍王がいるんじゃないですか?」

「まさか。放っておけない! 絶対に捕まえろ! 宇宙戦艦をその大陸へ移動させるぞ!」


 アルスは更に焦った。銀龍王を目覚めさせたら、また封印される。今度こそ宇宙を征服して、世界を闇に閉ざそう。


「はい、かしこまりました」


 デュランはアルスに敬礼した。


「皆の者、西に向かうぞ! 銀龍王を復活させてはならぬ! 奴を捕まえろ! 何としても阻止しろ!」


 宇宙戦艦はユーラシア大陸に向かった。絶対に捕まえてやる! 何が何でも銀龍王を目覚めさせるな!




 ローズは荒れ果てた荒野にやってきた。その荒野には船の残骸が所々にあった。まるでここは船の墓場のようだ。


 ローズは驚いた。こんな所があるのか。船が動いていた時はどんな風景だったんだろう。どんなのが獲れたんだろうか? どれだけの人が漁に出たんだろうか?


 ローズは辺りを見渡した。戦艦は来ていない。大丈夫みたいだ。


「ここは、どこだ?」


 砂嵐が吹き荒れる。ローズは目と口をふさいだ。一体ここはどこだろう。


「だ、大丈夫ですか?」


 後ろから男が声をかけた。男の服はボロボロだ。何日も洗っていないようだ。


「ここはどこだったんですか?」

「ここは昔、塩湖だったんだ。でも、水が干上がって、湖がなくなって。ご先祖さんの頃はよく獲れたのに。あの頃が懐かしいよ。あの頃に戻りたいよ」


 男は下を向いた。あの頃が懐かしい。あの頃に戻りたい。でももう戻れない。水はなくなった。


「そうですか」


 ローズは男の気持ちがわかった。あの頃が恋しいんだな。


「大昔は豊かな自然だった。色んな野生動物がいて、空気もきれいだったんだろうな。今はこんなんだけど」


 男は大きく息を吸った。砂が体に入る。男は咳をした。これを吸い込むと体に悪影響が出る。でもそんな中で生きなければならない。どうしてこんな世界になったんだ。


「じゃあ、あの船は?」

「その時に使っていた船なんだよ」


 男は船をじっと見つめていた。自分の先祖が乗っていた船。でも、もう動かない。朽ち果てて、もう海を走れない。湖もない。


「そんな・・・」

「3000年以上前は、広い塩湖だった。でも、政治が塩湖を干からびさせた。そして、塩湖は小さくなり、消えてしまった。塩湖があった頃は賑やかだったな。でも、今では・・・」


 男は涙を流した。湖をなくしたのは政治のせいだ。今も湖があればどんなに豊かな生活があったんだろう。


「何て言う湖だったんですか?」

「アラル海さ。世界屈指の広さで知られたんだ。もう跡形もないけど」


 アラル海は世界第4位の広さで知られた湖だった。自然が豊かで、様々な魚が獲れた。だが、ソ連の『自然改造計画』により、アラル海には水が流れなくなり、アラル海は小さくなった。環境破壊が問題になり、一時期は持ち直したが、戦争によりアラル海は消滅した。


「政治や戦争がこんなことするなんて」

「美しく死ぬべきだって言ってたけど、それは正しくなかったんだ。一時は回復したんだけど、戦争でこのありさまだよ」


 3000年ぐらい前の思想は間違っていた。戦争なんて間違っていた。いくら嘆いても、アラル海は戻らない。ただの荒野が広がるだけだ。


「戦争って、やってはならないことなんだと改めて知った」


 ローズはこれまでにいくつも戦争の爪痕を見てきた。その中で、戦争はしてはならないと感じてきた。今回もそうだ。戦争は人々だけでなく、環境も破壊する。


「どこに行くんですか?」

「エジプトだった所です」


 ローズの声は途切れ途切れだ。戦艦から逃げるためにここまで走ってきて疲れていた。


「そうか。でも、どうしてだ?」

「世界が今、危機なんです」


 ローズはやらなければならないことがあると強く感じていた。世界を闇に閉ざさないためにも、彼らを救うためにも。銀龍王を目覚めさせなければ。


「そうなのか」

「それを救うためには、エジプトのある宝物が必要なんです」

「そうか・・・。気を付けてな」


 ローズがあとにしようとしたその時、獣人団の戦艦がやって来た。彼らもピラミッドを狙っているようだ。


「な、何だありゃ・・・」


 男は空を見上げた。戦艦なんて生まれて初めて見た。戦争が終わったのに、どうして戦艦が来たんだろう。男は首をかしげた。


「ヤバい、あいつらだ! 逃げないと!」


 ローズは急いで逃げた。捕まったらこの世界の終わりだろう。何としても彼らの未来を救うために、捕まってたまるか。


「えっ!?」


 男は何のことかわからずに呆然としていた。その間にも戦艦は近づいてくる。その近くにいる人々も呆然としている。


「あいつらが世界を危機に落としてるんだ!」


 ホバーライダーで逃げながらローズは警告した。だが、人々は呆然としているだけだ。


「そんな・・・」


 ようやくそれに気づいて逃げる人々が出始めた。だが、あまりにも遅すぎた。あっという間に迫ってきた。


 ある人は家に隠れ、その地下壕に逃げた。


「早く逃げろ!」


 戦艦から兵士が降りてきて、人々を捕まえ始めた。人々は抵抗することができなかった。


「何とか逃げることができた」


 ローズは何とか逃げ切ることができた。だが、彼らは逃げられなかった。彼らの事を思うと、涙が出てくる。彼らのためにも、銀龍王を目覚めさせて、世界を救わねば。


「いたぞ!」

「捕獲しろ!」

「はい!」


 喜びもつかの間だった。すぐに兵士に見つかり、捕まった。人々は兵士に引っ張られ、地上に戻ってきた。


「お前ら、誰だ?」


 長老は怒っていた。ひどい事をする奴が許せない。


「世界を闇に落とす、獣人団さ」

「そんな・・・」


 男はローズの事を思い出した。世界を闇に落とす奴って、こいつらの事か。


「まさか、あいつが言っていた奴らって・・・」


 デュランがたまたま聞いていた。あの逃げたローズがここまで来ていたかもしれない。


「奴らとは誰だ? 答えろ!」


 デュランは男のむなぐらをつかんだ。何としても真実を知りたかった。もしローズが来たというなら、追わなければ。


「まさか、あいつが来てたって事か?」

「あ、ああ。来てた」


 デュランは手を放し、突き飛ばした。男はデュランを見て呆然としていた。


「追うぞ!」


 兵士は人々を戦艦に収容した。戦艦の中の牢屋はますますすし詰め状態になる。だが、そんなの気にしない。彼らはいずれ死ぬのだから。


 全ての兵士が戦艦に乗ると、戦艦は更に西へ向かった。絶対にローズを捕まえてやる! 世界を闇に戻すためにも。

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