山の守護者 (2)
それから二人が、山の頂上まであと少しという所までたどり着くと、ガディフ山の守護者が佇む姿が見えた。
守護者ガディフは、アシュレイの背丈の二倍近くある、巨大な魔物だった。岩のようなごつごつとした身体に、木の葉の羽。足は二本で、鳥類にも似ているがくちばしはなく、爬虫類に似た顔立ちをしていた。
「あなたがガディフだね?」
ダリルが守護者ガディフに尋ねると、ガディフは、頷いたような仕草をした。
「まず初めに、この山の魔物たちの枝を頂いて、申し訳ない。そして訳あって一つ、この山にあるという宝石が欲しいんだ。そのためには、どうすればいい?」
「きぃ、ききっ」
「洞窟に行きたいなら、宝石を得るに相応しいか試してやるってことかな」
「ぎしゃあ!」
ダリルがガディフの意を読み取ると、彼は二人に近付き、羽を広げて威嚇した。
「戦え……ってこと?」
ダリルは少し後ずさりしたものの、震えながら尋ねる。
「ぎぃ」
ガディフは大人しく頷いたが、闘争心は抜けていないようだった。
「ならば、立ち向かいましょう」
ダリルとアシュレイは、剣と短剣を手に、巨大な守護者の姿を見据える。
ガディフは木の葉の羽を広げると、天へとゆっくり舞い上がった。
対するアシュレイが魔法陣を描くと、ダリルの背丈よりも高い槍が大地からせり出した。そしてアシュレイは、ダリルの手を取って、槍の間をかいくぐって駆けてゆく。
ガディフは二人に向けて急降下したと思いきや、槍のすれすれの所を通り、二人を追っていった。アシュレイとダリルは全速力で駆けるが、ガディフの速さにはかなわない。
「どうしてあんな岩のような体で、こんな速度が出るんだ!」
「それが魔物というものです。ダリル様、目を!」
「ああ!」
ダリルが目を閉じると、アシュレイはガディフの目に向けて、強い光を放った。
目は眩んだものの、それでも、二人を追う速度にほとんど変わりはなかった。
アシュレイは時折光線を放ちながら、ダリルを守るように駆けてゆく。
対するガディフは、ばさりばさりと風を起こし、二人を追っていった。
「ダリル様! 遠くへ!」
アシュレイが叫ぶとともに、ダリルは無心で駆けだした。
彼女の考えは読めない。けれども、何かしらの魔法を使うつもりだろう。
アシュレイに怪我はさせたくないけれど、これまでも、ずっと彼女の魔法に守られてきたのだ。だから、彼女を信じたい。ダリルはそう思いながら、遠くへと向かった。
「これで決めます!」
アシュレイが魔法陣を完成させると、氷が、守護者の足下の槍から生成する。
そこから氷はガディフの足へと広がり、彼を捕らえた。
けれども、氷は、ガディフがもがいたことによって、容易に割れてしまった。
ガディフは、まだまだ体力が残っている様子だ。変わらぬ速度で、アシュレイを追っていた。
アシュレイは大地の槍を伸ばし、ガディフに対抗する。
ガディフは槍をかわし、アシュレイへと突進。
アシュレイはガディフの追撃をかわしながら、徐々にダリルに近付いていった。
大規模な魔法を行使する魔法士とはいえ、じりじりと距離を詰められる彼女は大丈夫なのか。ダリルが心配になってきた矢先。
「ならば、これで!」
アシュレイは、両手で十本の投げナイフを構えると、それらに向けて、魔力を込めた。風の魔力が、ナイフの威力を高める仕組みだ。
そして、ガディフに向けて順々に投げつけた。
ナイフ一本一本の攻撃力は小さいが、避けるにも、当てるにも、確実にガディフの体力を消耗させるものだった。
アシュレイの攻撃を受けたガディフは、唐突に身体を震わせる。
対峙しているのは山の守護者。体力はまだ残っているだろうし、大技に向けて力を溜めているのだろうと、ダリルは解釈した。
「これはまずい!」
それゆえ、ダリルは叫ぶ。
「いちかばちかで!」
一方アシュレイは再び、守護者を取り巻く氷を作り始めた。
「だめだ、壊されるよ!」
「ダリル様、あの魔法を!」
アシュレイの叫びに、ダリルはとっさにある魔法陣を描いた。
光の檻が、ガディフを包む。
動きを縛られ、大技を妨害されたガディフは、光と氷から放たれるべくもがいていた。けれども、氷にはひびが入っただけで、守護者が氷を砕くことはできなかった。
「やった……のか?」
「そうみたいですね」
二人は、恐る恐る捕らわれたガディフに近づいた。
「きぅ、ぎぎっ」
ガディフは、潰されたような鳴き声をあげる。
「これで終わりにしてやる……だって。僕たちのこと、認めてくれたんじゃないかな」
「なら、氷を解きましょうか?」
アシュレイの問いに、ガディフは頷いた。言葉を話すことは出来ずとも、人間の言葉は理解できるらしい。
アシュレイは魔法を解いて、ガディフを閉じこめていた氷をばらばらに壊した。
「きーぃ、きいっ」
「ありがとう、かな?」
「ぎぃ!」
再び、ガディフは頷く。
「わっ!」
ガディフは、自らの羽で、そっとダリルたちを包み込んだ。彼なりの愛情表現のようだ。葉の羽がこそばゆかったが、悪い気はしなかった。
それから、ダリルたちに向けて、ガディフは広い背中を見せた。
「乗ってもいいのかい?」
ダリルが尋ねると、ガディフはおとなしくする。無言の肯定らしい。
「じゃあ、失礼するよ」
ダリルとアシュレイが背に乗ったことを確かめると、ガディフは山の裏に向けて、飛び始めた。
そして降り立った地の周囲は断崖絶壁。空を飛ぶ手段がないとたどり着けない場所に、洞窟の入り口はあった。守護者ガディフに認めてもらわないと宝石は入手できない、というライラの忠言は、物理的な形でもあったらしい。
「ありがとう、ガディフ」
「ぎぃ、ぎぎぃ」
ガディフは鳴き声をあげると、懐から、一枚の葉を取り出した。
「これは……?」
「ぎぎ」
「こいつを持って行け、だってさ」
二人は、ガディフが渡した葉を手に、洞窟の中へと足を踏み入れる。
洞窟は真っ暗というわけではなく、間隔を空けて、ぼんやりと地や壁面の石たちが光っていた。まるで、夢の世界にいるようだ。
「これが、ライラさんの言っていた石?」
「違うようです。これは光るために魔力を使っていますから。それに、宝物は奥にあるものでしょう?」
アシュレイの言葉をもとに、二人は奥へと、ゆっくり歩みを進めて行った。
途中で道は、三方向に分かれていた。
「どこに進めばいいんだろう」
「様子を見てみましょうか」
「待って、アシュレイ」
ダリルが手にした葉が、左の方向を向いた。
「こっちに進めと言っているのでしょうか?」
「たぶん。……行ってみよう」
二人が指し示した方向へと向かい、ややあってから、再び分かれ道が見えた。すると、葉は目指すべき方向を指し示す。葉が示した方角に向けて、二人は洞窟の奥へと進んでいった。
こうして到着したのは、開けた空間だった。そこには、宝石が生る、樹木のような石たちが点在していた。
「こんな景色、見たことないよ」
「これは、ガディフさんも守ることでしょう」
「あのガディフが本気を出したら、怖そうだな……」
ダリルは一般市民に比べてみれば、宝石は見慣れている。
それでも、石の樹木に宝石の実が生る光景は、息を呑むものだった。
「たくさん持っていったら、この葉っぱはきっと、僕たちを洞窟に閉じ込めるよ」
ダリルはガディフの葉を眺め、不安に駆られる。
「ライラさんは一つと言っていますし、一つでいいのでしょう」
アシュレイが諭すと、ダリルは一つ、一番色が綺麗な宝石を手にした。
宝石の実は、ダリルの手に触れると、自然と石の枝から離れて、ころんと手のひらに収まった。
それから、葉が示す方向に向けて、二人は来た道を戻っていった。
「アシュレイは、この宝石を持って行って、お金儲けしたいとか、思わないのかい?」
帰路の途中、ダリルは宝石をちらりと眺めながらアシュレイに尋ねる。
「魔力を閉じこめるために、あるだけ十分です。それに、これ以上贅沢をするわけにはいきません」
「アシュレイ、贅沢かなあ」
「あなたの隣にいることが、最大の贅沢だと思いますよ?」
「まあ、僕の立場はそうかもだけど……僕も贅沢は好きじゃないし、アシュレイの側にいられればそれでいい」
「ふふ、嬉しいわ」
アシュレイは楽しそうに、ダリルと手を繋いでいた。
「アシュレイ、言葉……?」
驚きのあまり、ダリルは瞬きをする。
「ええ、今は二人きりだもの。景色を眺めながら帰りましょう、ダリル」
アシュレイは変わらず楽しそうに語っていた。ダリルは、繋がれた手を離れぬように握って、帰路についた。
「これを、持って行ってもいいかい?」
ダリルは洞窟から持ち帰った宝石を入り口で待っていたガディフに見せた。
「ききぃ!」
ガディフは高い声で鳴き、羽をかすかに動かした。
「ありがとうございます。石と枝は、大切に使いますからね」
「ぎぃ、ぎぃ」
ガディフは羽をぱたぱたとはためかせ、了承している様子だった。
それからガディフは、二人に背を見せる。
「また、乗せてくれるのかい?」
「そうでもしないと、帰れないのではなくて?」
ダリルたちを背に乗せると、ガディフは頂上へと戻る……と思いきや、そのまま山を降下していった。
ガディフが加速していくなかで、周囲の景色へと目を向けると、通った山道が一瞬見える。重力と風を諸に受けているおかげでゆっくり景色を眺める余裕もなかったが、二人は緑が広がるガディフ山の姿を目に焼き付けていた。
高速で山をぐるりと一周してから、二人と一匹は地上へと降り立った。
たどり着いた場所は、ダリルとアシュレイが入山した場所そのものだった。
「ありがとう」
ガディフの背から降りて、ダリルは羽を撫でる。
「ゆっくり休んでくださいね」
ダリルとアシュレイは、山の宝石や魔物たちを守り続けるため飛び立ったガディフの姿を、頂上まで見送っていた。
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