山の守護者 (3)
二人が宿場町に戻ると、すでに日は暮れていたため、御者の紹介した宿に泊まることとした。
「アシュレイ、僕と同じ部屋で構わないのかい?」
宿に到着すると、ダリルは宛がわれた部屋について、疑問を呈していた。
「ダリルに何かある前に、出来ることはしておきたい。それに、私の呪いを解こうとしているあなたなら、今、私に手は出せないでしょう?」
唇に指をあてながら、アシュレイは強気で言う。
「それはそうだけど……!」
「なら、私は離れた所で寝ることにします。それでいいかしら?」
「いや、僕が床で」
「せっかく宿に泊まれるというのに、ダリルを床で眠らせる訳にはいきません」
「でも、そうするとアシュレイが」
アシュレイに、触れていたい。けれども、今の彼女の唇に、身体に触れたら、彼女の意義を奪ってしまう。ダリルは眠る支度をすると、布団に潜り込んだが、眠れる訳もなく、時折布団の中をごろごろ転がっていた。
「ダリル、眠れないの?」
そんなダリルを見かねたのか、アシュレイは心配そうな表情をする。
「うん、まあね……」
「なら、昔のように、昔話でも語ろうかしら?」
「子供じゃあるまいし……でも、アシュレイの声だったら、聞いていたい」
ダリルが言うと、アシュレイは澄んだ声で、物語を語り始めた。題目は王子と竜。十年前にも、彼女がこの話をしてくれたことを、ダリルは懐かしんでいた。
「ねえ。手だけ、握ってもらってもいいかな?」
デビット王子が邪竜と戦う場面になると、ダリルは縋るように、右手を伸ばす。
「はい」
アシュレイの手は変わらず冷たかったが、握っているうちに、温かくなっていた。
もしかして、あの守護者ガディフなら竜にも対抗できるのだろうか。そんなことを考えながら、ダリルは知らない間に眠っていた。
***
三日後、執務を早く終わらせたダリルとアシュレイは、ライラの小屋に向かった。
「ライラさん。魔法の籠を作るための素材は、これで間違いないですね?」
アシュレイはテーブルに、集めた魔物の木材と宝石を乗せる。
「ああ。これで合っているよ」
木材と宝石を見るなり、ライラはうんうんと頷いた。
「ライラさん、これで何をしようと?」
ダリルはテーブルの上に広がる品を眺めながら、ライラに問いかける。
「アシュレイちゃんの魔力を入れる、籠を作るんだよ」
「魔法の籠……そこで魔力を保護して、呪いの魔法が発動しても魔力を封じられないようにするのですね?」
「流石はアシュレイちゃんだね。その通りだ。出来上がりは、こんな感じかな」
ライラは籠の完成図のスケッチを見せた。
「じゃあ早速、作り方を教えるとしよう。あんたらが完成させるんだよ」
それから慣れない手作業に四苦八苦しつつ、ダリルとアシュレイは籠を作っていった。
ダリルは籠の格子にする枝を、均等に切ってゆく。
「あ、切り過ぎたかも!」
「なら、これに合わせましょうか」
アシュレイはダリルが切った枝に合わせて、慎重に他の枝を切っていった。
王室育ちのダリルは工作など滅多にしたことはなかったが、ライラとアシュレイの指示に従って板を切り、形を整えたりした。
そして出来た籠の板と格子を、ライラのもとへと持っていく。板や格子はわずかに大きさが違っていたり、形がゆがんでいたりしたことが、気がかりだった。
「うん、いい感じだ」
それゆえ、ライラの言葉に、二人はほっと胸をなでおろした。
切った枝と板を組み立てて、籠の形にする。最後に、ライラは宝石の形に整えた籠の上部に、宝石を取り付けた。
「これで、完成だ」
ダリルとアシュレイ、そしてライラが作った籠は、一見小さな鳥籠のように見える。ここに魔力を取り入れられるとは、にわかには信じがたい。
「試してみるかい?」
「はい」
アシュレイは、自らの魔力を籠に移す。籠は魔力で満たされ、煌々と光っていた。
「この時、あんた自身からあんたの魔力は奪えない。だから、魔力を奪う類の呪いは効かないはずだ」
「ありがとうございました、ライラさん」
「じゃあ、約束の魔力を、拝借しよう」
ライラは二つ、手のひらに収まるほどの小さな籠を用意すると、ダリルとアシュレイ、それぞれから魔力を取り出した。それらは、ろうそくの火のような、小さな光だった。
「これくらいで大丈夫だ。何かあったら、あたしに教えて欲しい」
「僕のわがままにお付き合いいただき、ありがとうございました」
魔法の籠を手に、ダリルとアシュレイはライラの小屋を後にした。
***
二人が宮殿に戻ると、夜になっていた。
「またデート?」
執務室で待ち構えていたパットは、揃って戻ってきたダリルとアシュレイの姿を見て、呆れ調子で尋ねる。
「そうとってもらっても構わないよ」
ダリルは平然と答えた。
「なんかお二人さん、俺に隠れてこそこそしてるみたいだし」
「これまで黙っていて、ごめん。パットには、後で経緯を伝えるよ」
「今じゃだめか?」
「うん、だめ。さあ、今日の仕事はおしまいだ!」
「ちょっと、ダリル様!」
ダリルはアシュレイの手を引いて、執務室を飛び出した。
「へえ、上手くいってるようで。さて、俺も大人しく退散しますか」
残されたパットはひとり呟くと、執務室に鍵をかけ、その場を後にした。
***
アシュレイはダリルに手を引かれ、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いてゆく。
恋する少女のように、心臓の高鳴りが止まらない。けれども、恋をしていることについては、否定できないかもしれない。
「ねえ、アシュレイ。部屋に来て。嫌なら、断ってくれても構わない」
ダリルは赤い扉の前で足を止めると、アシュレイにだけ聞こえるよう、耳元でささやいた。
「あなたでしたら、断る理由はありませんよ」
いつものように、冷静な笑顔を装う。けれども、内心は落ち着かない。この先引き返すことはできない、そう覚悟を決めて、アシュレイはダリルの部屋に足を踏み入れた。時折彼の私室に立ち入ったこともあったものの、ばくばくと脈打つ鼓動が、もう、出会ったばかりの二人ではないと証明していた。
「ここに座ってもらえるかな」
ダリルは、ソファにアシュレイを案内し、二人、横並びで座る。
それからアシュレイは魔法の籠に、魔力を込めた。籠の上部の宝石が光ると、籠の中は、淡い光で満たされた。
そして、ダリルはアシュレイの手を握る。
「アシュレイ、大好きだよ」
ダリルは瞳を閉じて、そっと、アシュレイに口付けた。
アシュレイははっとし、瞳を閉じようとした瞬間、彼は唇を離した。
ダリルの口付けは、柔らかなものだった。甘い口付け、という言葉を耳にしたことがあるが、あながち間違ったものでもないと、アシュレイは感じていた。
「魔力はどう?」
ダリルが尋ねると、アシュレイは籠の中身を見た。
魔力の光に、どこも変化はない。ライラと三人で作った魔法の籠は、効力を発揮したようだ。
そして、アシュレイは籠から自身に魔力を戻すと、魔法陣を描く。彼女の指先からは、淡い光がぼんやりと光った。
「大丈夫みたいです」
アシュレイは、頬を淡く染めて、微笑んだ。
「そっか。なら、本当に良かった。……また、魔力を籠に戻してもらってもいいかな」
「はい」
恐る恐る、アシュレイが魔力を籠に入れたことを確かめたダリルは、ぎゅっと強く、アシュレイを抱きしめた。それから抱擁を解くと、彼女の両腕に手を添えたまま、二度瞬きをして、彼女の紫の瞳を見つめた。
「アシュレイに、改めて尋ねたい。僕の恋人になってくれますか?」
「喜んで」
アシュレイが想いに応えると、もう一度、ダリルは口付けた。初めての口付けよりも、さらに深く。アシュレイも瞳を閉じて、長い口付けを受け入れていた。
唇を離してからダリルは、アシュレイの耳の上、一つにまとめた黒髪に手を伸ばし、優しく髪留めをほどく。彼女の黒髪はふわりと、穏やかな波のように腰にかかった。
「やっぱりアシュレイの、綺麗な黒髪が大好きだ」
「ふふ、ありがと、ダリル。あなたの、陽の光のような金の髪も大好きよ」
アシュレイも丁寧な手つきでダリルの髪飾りとリボンを外し、三つ編みをほどいた。
そして、彼のまっすぐに伸びた金髪をなぞり、背中が随分と広くなったと感じながら、求めるようにしがみついていた。
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