誓約のジレンマ (3)

「ダリル様。私、呪いを解きたいと思います」

 翌日、二人きりになれる時を見計らってから、アシュレイはまっすぐにダリルの目を見て、口にした。

「その答えが聞けて嬉しいよ。一緒にライラさんのもとへ行こう」

 ダリルは、アシュレイと向き合うと、壊れ物を扱うかのように、両手でそっと彼女の腕に触れる。彼の声色は、普段よりも優しいものだった。

「やっぱり、あなたも一緒なのですね」

 アシュレイも、困ったように笑いながら、ダリルの両腕に触れてみた。

「そのためなら、執務だって早く終わらせるし、言ったよね? 僕にできることはやりたいって」

「仕方のない人ですね」

「それが僕っていう人間だよ」


 ライラの小屋へと、ダリルとアシュレイは向かう。

 ダリルは自身の愛馬の後ろにアシュレイを乗せて、森の中を駆けていった。

 アシュレイがしっかり捕まっていると背中で感じて、ダリルはほっとしていた。

 今回は一人じゃなくて二人で。それが、お互いに心強かった。

「やあ、お二人さん。心を決めたようだね」

「はい」

 ライラは変わらぬ様子で、二人に尋ねた。

「アシュレイちゃん。見せてみな、その呪いってやつを」

 二人の返事を聞くと、早速ライラはアシュレイの手を引いて、一室へと案内すると、その扉を閉じた。

「へえ……なるほどねえ……」

 閉じた扉の奥で、ライラはアシュレイと話をしているようだ。詳しくは聞こえないが、呪いの調査をしているのだろう。ややあって、扉が開いた。

「アシュレイちゃんの魔力の質と、呪いはわかった」

 自信ありげに、ライラは口にした。

「本当ですか!?」

 ダリルは思わず目を見開く。

「ああ。呪いを解くのは難しいだろうけど、対処はできそうだ」

 ライラは腕を組んで、明瞭な声で言った。

「それには、何が要るのです?」

 すかさず問うダリルに、アシュレイは「落ち着いて」と制する。

「ちょっと待ってな」

 ライラはびんが並ぶ棚に向かうと、ああでもないこうでもないとびんを取り出しては戻す。ややあって、彼女は「これだ」と決めたびんを、二人の目の前に置いた。

「あんたたちには、この魔物の枝を採ってきてもらいたい。こいつは、ガディフ山に住んでいる」

 ローザンは木の魔物のスケッチを渡し、ガディフ山への地図を指し示す。スケッチも地図も、大雑把ではあるものの特徴がはっきりしており、迷いが少なくなるよう工夫が凝らされていた。

「それでいいのですか……?」

 アシュレイは疑問を呈する。

「それだけじゃない、ここ、ガディフ山は守護者の魔物が住んでいる。守護者の名前が、山の名前だ。山の頂上まで登り、守護者ガディフに認めてもらって、宝石を一個もらうんだ」

「なるほど。これらは何に使うのですか?」

「ローザンの弟子にそう簡単に教えられるか。こいつらを採ってきてからのお楽しみだ」

「じゃあ、一緒に材料狩りをしよう」

 ダリルは魔物のスケッチとガディフ山への地図を見つめながら、アシュレイに提案する。

「ふふ、それは楽しみです。お供いたしましょう」

 アシュレイが笑って頷いてくれたことに、ダリルはほっとしていた。

「二人とも、ちょっと待て」

 二人が地図をじっと見ていたところに、ライラは声をかける。

「何でしょうか?」

「この地図はあたしが預かる。あんたらがガディフに認めてもらえるだけの力があるか、試させてもらうよ」

「そこまで守護者ガディフは強いというのですか?」

「そうだよ、王子様。ガディフ山はそんなに高い山じゃないが、ガディフは、山に害を為す者を排除しようとする。それに、あたしは呪いを解くだけの力がない者を助けることはできない。それに、ソルシア第二王子が山で遭難した、なんて言ったら一大事だろう」

「そうですね……」

「ちょっと、あたしについてきな」

 二人がライラに連れられた先は、森の中。

「時間内にあたしを見つけ出して、捕まえることだ。ただし」

 ライラがぱちんと指を鳴らすと、ダリルの腰の剣はひとりでに抜かれた。アシュレイの短剣も同様に、宙を漂った。

「武器を使ってはいけないよ」

 ライラが魔法陣を展開すると、剣は蔦でぐるぐる巻きになる。

「なるほど。魔法で勝負しろということですね」

「その通りさ。じゃあ、始めるとしようか!」

 ライラは風に乗り、兎のように、遠くへと飛び跳ねながら森の奥へと逃げてゆく。

 ダリルとアシュレイは森の中へと駆けて行ったが、魔法で加速する彼女には叶わなかった。

「なら、こうしましょうか」

 アシュレイは天に向けて、細かな魔法陣を描いてゆく。

 彼女が魔法陣を描き終えると、天から強く風が吹いた。

「さあダリル様、ライラさんを探しましょう!」

 風は天から地に向けて吹いているため、若干走りにくい所はあるものの、風に乗って跳躍するライラにとってみれば、なお動きにくいことだろう。

 ライラが逃げた方向へと二人は駆ける。森の木の葉は奥へと進むたび鬱蒼と茂ってゆき、追跡を困難なものとしていた。

「私は木の上を探します。ダリル様は、地上を!」

「了解!」

 アシュレイは自身に風の魔法をかけて跳躍し、木の枝から枝へと飛び回ってライラを探していた。

一方のダリルは周囲をぐるりと見渡しながら、ライラの追跡を続行した。

「見つけた!」

 少しばかり息が切れ切れになった所で、ダリルはライラの姿を見かけると、一目散に走ってゆき、魔法陣を描いた。

 やがてダリルが魔法陣を完成させ、光の矢が放たれたその時。

「追いついちまったか。でも甘いね、王子様」

 ダリルの魔法の発動速度と威力は、魔法士には及ばない。ライラはダリルの放った矢を手で掴んで投げ捨てると、風のように再び走り去っていった。

 アシュレイもダリルの声を聞いていたのか、魔法陣を描き、光の弾を連射しているが、逃げ足の速い彼女には当たっていない様子だった。

「なかなか厄介な相手ですね」

 木の上から降りて、ダリルの隣でライラを追うアシュレイは、余力を残しつつも、ライラの居場所を捉えることに悪戦苦闘している様子だ。

「アシュレイ、僕に考えがあるんだ」

 そんなアシュレイへと、ダリルは耳打ちする。彼女は一瞬驚いた様子であったものの、納得しているようだった。

 それから、ダリルとアシュレイは、二人そろって木の上からライラを追い始めた。

 高い場所から森全体を見渡して、ライラの姿を肉眼で捉えられるところまでは来た。彼女もまた、木の上を縦横無尽に飛び回っていた。けれども、彼女が飛ぶ方向は、無作為なものだった。

 跳躍は、ダリルが先行する。しばらく飛び回っているうち、森はだんだんと陽が差す量が増えていった。

 そして、ダリルたちが追いかけた先にあったのは森の中の広場だった。

 ここは、木の間隔もまばらだ。ライラが広場の中央にある、一本の大木に飛び移り、ダリルとアシュレイが大木の隣の木へと飛び移った瞬間。

「アシュレイ、今だよ!」

「ええ!」

 アシュレイは追い風の魔法で加速し、宙を舞いながら光球を二つ、ライラへと放った。

「なんだ、簡単なことじゃないか」

 ライラはアシュレイの追い風を脇へと受け流し、降下しながら二つの光球をひらりと躱そうとした。だが―彼女の頭上にもう一つ。ダリルは密かに本命の光球を用意していた。

 それがライラに当たると、光は彼女を捕らえ、ゆっくりと地に降ろしていった。

「捕まえましたよ、ライラさん」

 ダリルは地上で光の帯に縛られたライラの元へと向かうと、笑顔で勝利の宣言。

「ドジったね。けど、今度は手加減しないよ」

「それは勘弁してください」

 ライラは悔しそうにしつつも、頬を緩めていた。

「よくやりましたね、ダリル様」

「あなたがはじめて見せてくれた魔法だからね。僕なりに勉強してみたよ」

「そうか、アシュレイちゃんはダリル様の師匠ってことか?」

「いえ、師匠と呼べるほどのことは」

「そうですね、僕の魔法の師は他の人物です。けれど、彼女と初めて出会った時、光の魔法が印象に残ったので、魔法の師匠に頼み込んで、教えを受けたのです」

「へえ。可愛いもんだね」

「本当なら彼女に教えを請いたかった所もありますが、ちょっと事情がありまして。いっそ、これから彼女に魔法を教わりたいものです」

「上手く教授できるかはわかりませんが、その時はしっかり教えますからね?」

「ああ、よろしく頼むよ」

 アシュレイの笑顔が、どこか厳しい。そう感じながらも、ダリルは頷いた。

「まあまあ、山には二人で行くとすれば問題ないだろう。気を付けて行ってきな」

「ありがとうございました、ライラさん」

 ダリルはライラからガディフ山の地図を受け取る。二人は彼女に深々と礼をしてから馬を走らせ、宮殿への帰路をたどった。

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