第11話奈落の底③

出口は案外近かった。歩いたのはおよそ10分で、それほどの距離はない。

外に出て、改めて自身の予測がある意味正しかったことを知る。

陽を浴びた建造物を見上げる。


それは、大墳墓だった。墓、と形容して良いのかは判断がつかないが、それを想起させる威容がある。外観は灰色の石造りで、ピラミッドから頂点の三角形をなくした形をしている、と形容すれば分かりやすいだろうか。

古墳とは異なり、明らかに洋式の建造物だ。とすれば、ここは日本国外ということになるのだが……。


「坊主、保護者はいるのか?」


「あ、ええと……。いますけど、少なくともこの近くにはいない……はずです」


返答すると同時に、日本語が通じていることを再確認する。

と、なると。ここは日本語が通じる国で、何らかのアトラクションに参加させられている。それでもって、迷子とでも思われた、というところだろうか。

日本国内に新設されるレジャー施設の被験者にでもされたのか……? いずれにしろ、僕をここへ放り込んだ者の意図は掴めない。


「重ねて聞くが、武装は……」


「してないです」


食い気味に答える。

していたとしても、武術や武器の心得などないので無意味だ。

不審物のチェックだろうか。

長い石造りの階段を下りていく。


「……っ!」


夕焼けがやけに眩しい。闇から一転、光に晒された視界が明滅を繰り返している。

少しして、視界が慣れた頃。僕はまた別の情景に息をのむ。


「これは……」


眼下に映る光景はあまりにも非現実的だった。鬱蒼と茂る森が視界の大半を占め、墳墓の足元には路駐していると思しき馬車が群れのように散見される。顔を上げると、森の先に街らしき影が見えた。全くの未開の地というわけではないようだが、しかし……。


どこか、違和感を拭えない。


およそ21世紀らしい文明の面影が全く見られない。ここがアトラクションなら、目に映る光景はレジャー施設である筈だし、どこかの部族だとしたら日本語が通じる理由や骨の怪物が消失したことに説明がつかない。

と、すると……。


僕は真横を歩く探索者を名乗る男を一瞥する。

この男を信用してよいものか、怪しい。アトラクションという線が消えた今、男は僕にとって恩人であると同時に不審者でもある。警戒すべきか、信用すべきか、判断を迷う。

しかし、理由なく助けてくれたことは事実だ。暫く様子を見よう。


「取り敢えず、近場の町まで送ってくれる馬車と話をつけてくる。そこで待ってろ」


麓につくなり、男が告げた。僕の様相から金がないことを察したのだろう。自ら一台の幌馬車まで歩み寄り、御者と思しき男に話しかける。値段交渉だろうか。

何か話し込んでいるようだが、何故か時折こちらを見遣る。暫くして、話し合いが終わったのか両者が手を組み頷いた。


そして、何故か男が御者から小袋を受け取った。不可解な出来事に疑問を禁じ得ない。場面にそぐわない展開に頭が真っ白になる。

男が小袋から金貨らしきものを取り出し、検分する。やはり、中に詰まっているのは金だった。状況が理解できない。何故、金を支払うべき場面で金を受け取っているのか。

男が満面の笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りでやってくる。


「よう、待たせたな。話はつけてきたぜ」


「ちょっと待ってください……。やはり、世話になりっぱなしというのも情けないですし、ここから先は自分でなんとかします」


嫌な予感がしてならない。そして、往々にしてそういった予感は的中する。


「まあ、そんなこと言うなよ」


言って、男の片腕が僕の肩を掴む。振りほどこうと身を捩るが、力の差は歴然だった。まるで肩に手が固定されたかのように微動だにしない。

先の怪物とは異なる恐怖が身の内から湧き出てくる。未知と生命の危機とは打って変わった、人間の底なしの悪意。

僕はそれを知っている。


「は、離してくださいっ!」


「もう遅いぜ坊主」


首に、金色の何かが嵌められる。カチ、と軽い音がした後に男が手を離す。

何が起きたかは分からない。だが、ひとつだけ確かなことがある。


「騙したな……!」


僕が、嵌められたということだ。

男は悪びれもせずに笑った。


「騙してなんかいねーさ。きちんと街までは行ける」


ただし、と男が続ける。


「『奴隷』として、だがな」


呵々大笑。品のない哄笑が森に響き渡る。

首元に触れると、金属質な感触があった。形状からして首輪で間違いはないだろう。

一陣の風が吹く。煽られるようにして、馬車の幌が一瞬剥がれた。


目に映ったのは、みすぼらしい襤褸を纏った痩身の男女たち。皆一様に生気がなく、首元に鉄製の首輪をしている。大人だけかと思いきや、中には子供の姿がある。

先の光景が脳裏に蘇る。金銭の授受。あれはつまり、御者と思しき男は奴隷商で、探索者の男は僕を奴隷と偽り売り払ったのだ。


どういうことなんだ……? 人身売買なんて、禁じられている筈だ。内紛のある地域ならありうるかもしれないが、こんなに表立ってやることではないだろう。それに、未だに男の恰好や骨の怪物について理解が及ばない。内紛地域なら背負っているものは鉄槌ではなく銃であるべきだし、恰好も革鎧なんかじゃなくて防弾服とかだろう。

なにもかもが、ちぐはぐでわけがわからない。

ただ、自分が騙されて危地に追いやられたことだけは理解できる。


「なん、なんだよ……。わけがわからない」


そうして僕は、状況の整理のつかないまま。この世界の底辺として生きることになった。

失敗らしいものはなにひとつとしてない。

ただ、運が悪かった。

いつものように。

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