第4話悪い人ではない②

「おっ、宗一! 今帰りか?」


廊下を早足で歩いていると、クラスメイトに声を掛けられた。

振り向くと、無邪気な笑みと目が合った。


「なあ、これからクラスの女子とカラオケ行くんだけど、お前どう?」


一切の邪気がない、気さくな言葉。表も裏もない発言に、少し眩しさを覚える。

損得勘定なんてないのだろう。僕とは真逆だ。


「ごめん、これからバイトなんだ。みんなにはよろしく言っておいて」


「なんだ、またバイトかよ」


「悪いね」


角が立たないように、やんわりと断りを入れる。

学校内にいるときは遊びに付き合ったりするが、基本的に放課後は遊びの予定を入れることはない。

バイトに充てられる時間があるのなら、可能な限り働いていたいからだ。


「そんなに金が必要なのかよ~。世の中金が全てじゃないと思うぜ。学生でいられる時間は限られてるんだから、今できることしようぜ」


それは所謂、共に汗を流し切磋琢磨しあうような部活だったり、ひと夏の思い出になるような恋だったり、共に遊び友情を確かめるといった……総じて、青春と呼ぶものを指しているのだろう。テンプレートというか、レトロな価値観だが間違っていはいない筈だ。

彼の言うことにも一理あるだろう。今、学生であるこの瞬間は何事にも代えがたい黄金のようなひと時であるに違いない。僕はそれを金に換えてしまっているわけだ。


「……いや、世の中金だよ」


言葉が漏れる。幸いにも、眼前のクラスメイトに気取られた様子はない。

現在が金に代え難いというのは、理屈としては理解できる。

だが、それは金に困ったことのない者の台詞だ。

物事を行うには先立つものが必要だ。青春だってそうだろう。先に挙げた部活なら活動費や備品代が必要だし、恋にしても遊びにしたって金がなければ大したことなんてできやしない。

そも、僕の場合はそれ以前に生活費の問題だ。

前提としての意識が違う。

僕にとってバイトとは、単なる小遣い稼ぎではなく日々の糧を得るための仕事なのだ。


「……そうだね。確かにその通りかもしれない。また、機会があったら参加させてもらうよ」


否定はしない。きっと、彼の言うことの方が世間一般では正しいのだ。ズレているのは、僕だ。


「おう、今度こそ参加してくれよ!」


「うん、じゃあまたね」


遠くで彼を呼ぶ声が聞こえた。僕は手を振って別れる。

彼と僕は一応友人と呼べる間柄……の筈だ。

でも、本当にそうなのだろうか。友人なんていないんじゃないだろうか。

親しいのは上辺だけで、本当に親密な関係なんて……。

彼我の距離はそう遠くはないのに、どこか隔絶されたような距離を感じてしまう。

これ以上は何も考えたくなくて、取ってつけたような笑みを浮かべた。

笑って、ヘラヘラと下らない冗談でも考えていれば嫌なことから目を背けられる。心の平安を保っていられる。

不安を置き去るように、その場を立ち去った。

友人たちと談笑する彼の後ろ姿が、やたらと眩しく見えた。

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