終 章 最良の采配
第二十話 導かれし心
~ 2004年11月3日、水曜日 ~
午後9時48分三戸駅レクサスビル前。ある女性に呼びだされ、そこへ来ていた。
「あハァ、ひんひぃふぅん、ふはへひふへはもへぇ
(アハッ、慎治君迎えに来てくれたのね)」
彼女、相当酔っている。潰れて寝ちまう一歩手前か?彼女を気遣い、肩を貸した。
「おイッ!大丈夫か、隼瀬?」
「はぁ~~~にいへへんよの!わはには、はいじじょ~~ふよっ!
(なぁ~~~に言ってんのよ!私は大丈夫よ!)」
何を言ってんだか、彼女は・・・、全然大丈夫にみえない。宏之の事で自棄酒でもしたんだろう。彼女はいつの間にか俺の胸に顔を埋め泣き始めた。
〈ハァ~~~、公衆の面前で女を泣かすとは俺もまだまだ紳士とは言えないな〉
心の中で思い、周りの奴等など気にも止めず、彼女が泣き止むまで待った。
どれ位の時間が経ったのだろうか?やがて、彼女の泣く声が聞こえなくなっていた。
「どうだぁ、気分よくなったかぁ?隼瀬」
「抱いて・・・、慎治、私を抱いて!」
「何言ってんだよ、ほら抱いているじゃないか」
お子様の様な返答を彼女に返してやった。それは彼女の意味している、望んでいるモノではない。
「御願いよっ、宏之を、宏之の事を忘れさせてぇっ」
「あせるな!そう自棄になるな!彼奴が完全に涼崎に振り向いた訳じゃないダロッ!」
「イヤッ、いや、もう嫌なの、だから御願い慎治、私を抱いて!彼を忘れさせてよ!御願いよっ!シンジィーーーっ」
隼瀬は懇願するような目で見詰めてくる。情に流されて彼女を抱いて良いものか?
俺の内なる本質に問いかける。
〈俺はどうすれば良い?〉と。
内なる本質は俺に返してくる。
《情には流されるな!しかし自分の本心を押さえるな》と。
俺はまた内なる本質に問いかける。
〈俺の本心とは何だ〉と。
それは・・・、彼女、隼瀬が好きだと言う事。
彼女を心底、愛している事。
今まで俺は友情と言う言葉でそれを押さえてきた。
六年間も。しかし、今はどうだ!そう思っていた事が裏目に出てしまったではないか?記憶喪失の時の貴斗はこうなる事が判っていたからヤツ自身の事を許せなかったのか?記憶喪失でも本能的に隼瀬の事を心配して・・・。
内なる〝本質〟が強要する。
《正直になれ》と。
俺に決断が迫られた。どの様な答えを口にするべきか・・・、だが、答えなんて、最初から決まっているはずだった。だってよ、俺はこいつの事が・・・、
「いいんだな」
心の中で自己完結して、そう聞き返してから優しい目ではなく、どちらかというと厳しく諭すような目で彼女を見つめていた。
彼女は言葉に出さず目でそれを訴え返している様だった。
「分かった、移動しよう」
そう言って隼瀬に肩を貸し、自分の車を止めてあった場所へと移動し彼女を車に乗せる。
車を走らせアミューズメントホテル街へと向かった。
恋人もちではないがそれなりに経験が・・・、貴斗の数倍は・・・・・・、あるからどうすればよいか判っている。
見るからにそうですという所を避け、余り派手でない外装の所を選び、車を無人駐車場へ停め、ホテル内へと入って行った。
中も最近は無人で機械任せの所が多い。
ここもそうだった。部屋を選び指定通りの金を入札口に入れた。
カードキーを取りその部屋へと向かう。
内装を確認、そこら辺の普通のホテルよりこの手のホテルの方が内装はしっかりとしている。
最近、安いからって普通のホテルの代わりに使うやつ等だって少なくは無い・・・、と言うのを耳にした事がある。
なんだか不条理なものだな。
こんな場所はよく盗聴器や隠しカメラが設置されているから気を付けろと貴斗に聞かされた事があったなぁ~~~。本当だろうか?
ここに着いた時、隼瀬の酔いも大分醒めていた様だ。彼女がそんな気分なくなったと言っても気にしない。彼女の自由にさせてやる。
「シャワー、浴びてくる」
一言告げて彼女は浴室に向かって行った。ベッドに仰向けになり天井を眺め、隼瀬が出てくるのを待った。
* * *
暫くし、大きな欠伸をした時、隼瀬はバスタオル一枚巻いた状態で俺の前に現れる。
彼女の表情、辛そうなその表情、切羽詰っているようなその顔・・・、そん彼女を抱くのは・・・、辛い。これから本当にすることの最終確認のために言葉にせず、彼女に視線で確認を取ってみた。
〈後悔しないな〉と。
隼瀬はそれに答えてくるように彼女自ら俺にキスをして来た。
そんな隼瀬を強く抱き締め彼女のそのキスに答えてやった。後は流れに乗るままに彼女の悲しみを消すように、自分の気持ちを確かめる様に彼女を何回も狂おしく抱きしめてやった。
~ 2004年11月7日、日曜日 ~
隼瀬はいまだ宏之の事を忘れ切れていない事を知った。とある深夜の繁華街路上で今日も毎度のごとく彼女はベロンベロンに酔った状態で俺の方に凭れ掛かっていた。
「いい加減、自分を虐めるような事するなよ」
「へへぇ、しぃんひゃん、やひゃひひのへ(ヘェ~、シンちゃん優しいのね)」
「ッタクぅ、隼瀬ぇ!」
「はによぉ~~~、もっほ、はやひくひへよ、ひんひゃん(なによぉ~~~、シンちゃんもっと優しくしてよ)」
「ハァ~~~」
苦笑交じりの溜息をつき前方を見やると今一番会いたくない奴の姿を発見してしまった。
「ヘェ~、慎治、良いご身分だな。俺の彼女と一緒にいるなんて」
どうしてだか奴も幾分酔っている?かなりかな?だが、酔っていることは間違いないようだ。
「何でぇ、あんたがぁ~、ここにいんのよっ!このぉ、バカぁ~宏之ぃ~~~っ!シンちゃんはねぇとぉ~~~ってもぉ優しいのよ。何回もぉ、何回も私を強く抱いてくれたのよぉ、あんたと違って、やさしくねぇ~」
隼瀬は酔った据わった目で奴を逆撫でる様な事を俺に抱きつきながら口走っていた。
「てめぇ、俺の女を抱いたのか?」
「それがどうした!てめぇ、が確りしてネェからこんな風になっちまうんだ!てめぇが優柔不断だからこんなになっちまったんだ、何か答えてみろよ!」
「てめぇ見たいな奴に、中立者気取りのやつの俺の何が判ってるってんだ!」
「はなぁん?てめぇヨカ、よっぽど周りの事、分かってるよ」
「周りだけだろっ!俺の事、知った風にしやがって俺の事なんかちっとも判ってないくせに!」
宏之の言う事は正しいのかもしれない。
奴がいう様に知っていると思い込んでいたのだけかもしれない・・・。
宏之の事だけじゃなく、貴斗の事でさえも。
親友ってなんだろうな・・・。
そんな事を思いながら奴に言い返してやる。
奴の感情を煽るようにそんな言葉を言い放ってやる。
「アァ、それがどうした!オウヨッ、何回も抱いてやった隼瀬を貪ってやった。テメェの事なんか忘れさせる位なっ!」
宏之の目が怒りに満ちてくるのを感じた。こいつの偽らない表情、感情で、ああ、やっぱり、宏之はちゃんと隼瀬のことを好きなんだな・・・、って思ったよ。
「てぇめぇぇぇえええぇえぇっ!」
相当酔っていながらも奴はそう言いながら一気に間合いをつめ殴りかかってこ様とした。
距離にして約12m、結構ある。
隼瀬を俺の背に回すように隠し庇い、奴の攻撃を受け止めようとした。だが、しかし、喧嘩慣れしている訳では無かった俺は目を瞑ってしまった。そして、その瞬間・・・。
・
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『ガシュッ!』と宏之の拳が何かに打ち付ける音がした。
しかし、俺の体には何の衝撃もなかった。痛みはなかった・・・。
ゆっくりと自分の目を開く。
眼前には俺より十数センチも背の高い男が片手で宏之の鉄拳を受け止めていた。
「貴斗、何でお前がここに?」
「ぇッ?貴斗?」
「ぶらっと、散歩」
その声は、懐かしいあの飄々としてぶっきら棒な言い方をする貴斗がそこにいた。
「貴斗、はなせよっ!」
流石の奴も驚きながら、宏之がそう言うと貴斗は奴を押し返すように握っていた拳を突き放した。
貴斗、ヤツは左腕のギブスが取れていない姿をしていた。
「そうじゃないダロッ、オマエ入院してたはずじゃないぁっ?」
心底心配した表情でコイツにそう問いただした。
「今朝、強引に退院させてもらった、退屈だからな、病院」
そう言葉にするとヤツはにやりと笑った、昔と変らないぎこちない笑い方で。
「バカなこと言ってんな、お前全治五ヵ月って聞いてたぞ!」
さっきまで俺に向けていた怒りの表情が消え、宏之の奴も心配した表情でヤツを見ていた。
「アンタ、何やってんのよ、貴斗、アンタに何かあったらしおりン凄く心配すんのよ」
隼瀬は貴斗と涼崎の関係を知っていなかったのかそんな風な言葉をヤツに向けていた。
彼女の幼馴染、藤宮はその事を言ってはいなかっただろうか?
「心配ない・・・、・・・、香澄・・・」
『香澄』?今コイツ確かに、〝香澄〟って隼瀬の事をそうハッキリと呼んだ。
この前病院で聞いた時とは違う優しそうな声でだ。
ヤツは俺達の方から宏之の方へ振り返り、
「宏之。色々と迷惑を掛けたな・・・・・・」
貴斗はいつもの淡々とした口調で奴に謝罪していたが急に声色をかえた。
「だが、これ以上俺の幼馴染みを傷つけるナッ!」
ヤツは更に言葉を続けここにいる俺達三人に更なる事実をつける。
「すべてを思い出した。俺が記憶喪失じゃなかったら、絶対、絶対にどんなことが起き様とも宏之、お前に香澄を預けたりはしなかったんだ!」
コイツの激情交じりの声に宏之は再び目の色を変えヤツに襲い掛かろうとしていた。
「タカトォーーーっ、貴様ぁあぁぁああっぁぁっ!」
「慎治、俺は此奴と話がある。香澄を連れて俺の家で待っていろ。それと若し・・・・・・、若しも、詩織がいたら追い返してくれると有り難い・・・」
貴斗は隼瀬と俺に背を向けたままそう指示して来た。それと同時に俺の方に何かを投げてきた。そして、それをキャッチできず地面に落とす。
『チャリィ~~~ンっ』
地面とそれがぶつかり合い金属音を鳴らした。ヤツの家の鍵のようだな。
「貴斗、お前はどうスンだよ!」
「いいから行けッ!本当にどいつもコイツも意固地になりやがって」
コイツの感情の篭もった言葉に半ば強制的にこの場を隼瀬と共に後にした。
貴斗が最後に言った言葉、どう言う意味なのだろうか?やつ等二人の遣り取りが心配なわけじゃない。だが、今はヤツを信じて貴斗のマンションへと向かった。
さっきの貴斗の言動でヤツはすべての記憶を取り戻した事をなんとなく勘付いた。
宏之と何らかの決着をつけるのであろう。
一体何をするのかすごく気になる。
親友としてその場に居合わすことが出来ない事を何故かすごく悲しく感じてしまうな。
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