第十九話 混迷、残酷なまでな現実

 貴斗が甦り、昔の記憶を取り戻してから幾度となく、ヤツの恋人の涙を見せられていた。

 ヤツを取り巻く人物関係でまた新たな事実を知ってしまった。

 それは・・・、涼崎妹のヤツに対する想い。あの時は場を収集させるのが大変だった。だが、今はそんな事を考えていても仕方がない。


~ 2004年10月10日、日曜日夜 ~

 藤宮が住む近所の公園、彼女にそこに呼びだされていた。

 告白のムードには持って来いな、そんな感じがする夜だった。しかし、そんな事ありえるはずがないな。

 藤宮と顔を合わせた時、彼女は挨拶をする事もなく急に泣き始めてしまった。

「八神くぅん、ゥグスッ、ウグッ、フムッ、ファ~~~~~~~ン」

 俺は紳士な慎治!泣く女性を前に胸を貸せないほど肝の小さい男ではない。

 彼女を優しく抱き止める。そして、彼女は嫌がりもせず俺の胸の中で泣いていた。

〈こんなにも可愛い子を泣かすなんて貴斗、お前は本当にクソッタレだ!〉

 心がヤツを弾劾していた。暫くして藤宮の嗚咽が止まり、やっとのことで話しかけてくれた。

「八神君、優しいのですね」

「姉貴に、女性の扱い方と言うものをすり込まれたからね」

 そうクサイ台詞を口にしながら抱き止めていた彼女から離れ距離を置いた。

 藤宮は胸元に片手を添えていた。目じりには幾分まだ涙が残っている。

 月光がそれに反射して、幻想的な美しさを感じる・・・、って今はそんな事を思っている時ではないな。多分、貴斗の事で彼女は悩んでいるのだろう。

「貴斗、ヤツの事だろ、話してみ」

 そう言って藤宮が何か話してくれるのを待った。彼女は何か思い詰めた表情で言葉をつづり始める。

「たかとが・・・、貴斗がぁ・・・」

 言ってまた目に大粒の涙を浮かべ始めた。切がない、何とかせねば。俺よ、何とかして見せよっ!

「泣くな、藤宮。泣くんだったら俺に話を聞かせてからにシロっ!そしたら、幾らでも俺の胸で泣かせてやるぜ。〈良くもまぁこんな臭いセリフが言えたもんだ〉」

「ンッ」

 頷き彼女はハンカチを取り出しそれで自分自身の涙を拭った。そして、話し始める。

「あのぉ~~~、ですねぇ、春香がぁ・・・・・・・・・」

 何とか功を奏した様だ。

 藤宮は俺にある出来事を話してくれた。

 とんでもない事実を聞かされた。

 貴斗のヤツは藤宮と言う恋人がいながら、涼崎と言う新たな恋人、愛人?を作ったらしい。話しの推測によるとヤツにとって藤宮、彼女は恋人ではなく幼馴染みのまま。

「藤宮、それはマジなのか?」

 動揺を隠す事なく彼女にそう聞き返していた。藤宮は言葉でなく体の動きでそれを認めたのだ。

「ぶっちころすっ!!!」

 俺が発した言葉に驚いたのか?

「ヤッ、八神君!彼にそんな事絶対しないで」

 藤宮は必死な表情で訴えてくるが、俺が口にした言葉は単なる冗談で、そのくらい激しい怒りに満ちただけの事。

 一体全体どういう事何だ?

 なんで貴斗と涼崎がくっつくんだ?一体どんな脈略で?何処にそんな風になる接点があるって言うんだ?不思議に思ってしまう。

 流石の俺も話しに聞いただけでは状況が掴みきれん。

 直接ヤツに会って確かめて見なくては。

 思考を巡らしていると藤宮は声を出さないよう口を手で覆い隠しながらまたも嗚咽していた。そんな彼女を見ていると他人の恋人ながら心が痛む。

「藤宮、泣くなよ!ヤツの事、大事なんだろ?好きなんだろ?愛してるんだろ?だったらヤツを信じてやれよ、ヤツなりに何か理由あるんだろう。いや、あいつの性格だ、絶対何か理由があるはず。アイツは多くを語らないから心配するのも判る。だが、藤宮がそう想ってんなら貴斗を信じてやれよなっ!これだけはハッキリ言える。今、アイツにとって一番大切な女の子は、藤宮、君だって事をな」

 恥ずかしげもなく彼女にそんな言葉で諭してやった。

「有難う・・・ございます。そして、ごめんなさい、八神君。司法試験が間近になって不安と焦りが膨らんでしまった見たいですね、何のために、誰のために私は試験を受けるのかなって」

 そう言えば藤宮は今年になって急に司法試験とやらに熱を注れていた様だった。まぁ、理由は貴斗関係の事だと大体予想出来るな。

「藤宮、ヤツの為ににも頑張れよ」

 最後にそう言ってやってから彼女と少し会話を交わし家に帰る。


~ 2004年10月11日、月曜日 ~

 今日も違う女性の涙を目の当たりにする。それは藤宮以上に悲しい物を感じる。

「もう、泣くなよ、泣いたって何の解決にもならないだろ」

 その女性の方を強く抱きとめながら彼女にそう聞かせた。

「どうして、どうして、宏之は毎日、毎日、春香の所に会いに行くよ!何でアタシのところへ来てくれないのよ。三年も、あいつと一緒に居たのに、三年も・・・、どうしてなのよっ」

「落ち着けよ、隼瀬!」

「シンジ」と弱い声で俺の名を呼んだ。

 涼崎の完全な覚醒で宏之の心に燻ぶっていた彼女への想いが再び灯火となったのか、それと三年間と言う刻を彼女から奪った、それの懺悔なのか?ほぼ毎日の様に涼崎に会っているらしい。まるで昔の貴斗の様だな。

〝らしい〟推定なのは俺自身それが事実だとは知らなかったからだ。

 宏之に連絡を取ろうとしても中々時間が合わず、取れず、掛けて見れば、見れで繋がらない。そんな日々が募り今日と言う日に至った訳だ。

「今になってあの事が仇になったな、隼瀬」

「えっ!?」

 隼瀬は俺の顔を見上げてくる。驚きの色が隠せていない。

「そっ、それは・・・・、だって、ウック、フンッ、ヒクッ、ワァ~~~」

 また俺の胸に顔を埋めて泣き始めた。

 しばらくまた泣き止むまで黙って隼瀬を抱き締めてやる。

 彼女が平静を取り戻した頃に言葉をかけてやる。

「落ち着いたか?隼瀬」

 出来るだけ優しくそして甘いスマイルで彼女を見下ろしながらそう口を動かした。

 果たして、俺の顔は自分の意図した物と同じだったのか分からない。だが、彼女は落ち着きを取り戻したようだ。

「慎治、アリガト、もう大丈夫だから」

 彼女はそう口に出してから俺との距離を置いた。

「俺は隼瀬に何て言って良いのか分からない。だけど、宏之の事、今も変らず想ってんだろ?だったら信じろよ、奴を」

 言葉にしたかった〝宏之を諦めろ〟と〝俺はお前をずっと見てきた、お前が好きだ〟と。だが、それを声にしてしまうと何だか卑怯な事だと感じて口には出せなかった。

 まだ、宏之に隼瀬を想う気持ちがある裡にそれを言ってしまえば・・・、それはまるで横恋慕と変わらないからな。

 それだけを言い残すと秋風が吹く中、自分の背に哀愁を漂わせ、隼瀬の前から消え去って行った。

 風邪と友に去りぬ。Gone with the Windッテやつな。

 フッ、決まったな、俺!えっ字が違うって?まぁ、そこら辺は俺のキャラって事で・・・。

 そういえば、藤宮と隼瀬二人とも左右対称同じ場所、鏡合わせの様に可愛らしく泣きボクロあるんだよな。

 それを持っている女性って良く泣かされる立場にあるって言うの迷信じゃなくて事実だと思う。

 そんな風に思わされる昨日と今日だったな、まったく。


~ 2004年10月16日、土曜日 ~

 この日、何とかスケジュールを調整し貴斗と宏之に会う事が出来た。

 午前11時55分、喫茶店トマト店裏

「どう言う事だ?宏之、答えろっ!」

「どういう事も、こうもないっ!彼女の目を見ると、春香の瞳を見るとどうしても迷っちまうんだっ!」

「隼瀬を愛しているだって?涼崎に見詰められると彼女に心を奪われるって?甘ったれた事、言ってんじゃネェよっ!手前の所為でどれだけ隼瀬が泣きみテッと思ってんだ?手前がやってる事はな、世間一般になんて言うか知ってっか?」

「・・・・・・さあな?」

「二股って言うんだ!男として最低の事だぞっ今は様子見だ、これ以上何も言わない。だがな、これ以上隼瀬、彼女を泣かしたら俺も容赦しないから覚悟して置けっ!!」

 吐き捨てるように言いたい事を宏之に告げるとそのまま奴をそこに放って次の場所へと移動する事にした。

 午後1時33分、国立済世総合病院、貴斗の病室。病室には貴斗以外、翔子先生がいた。

「どうもぉ、翔子先生お久しぶりっす!」と彼女に挨拶をした。

「八神君、お久しゅうに御座います。それとプライベートの時、私はどうして欲しいと貴方にお教えして差し上げたのでしょうか」

 翔子先生は据わった目で俺を見てきたから苦笑しながらそれに答える。

「ハハッ、そんな恐い目しないでクダサイよ、翔子さん」

「それでよろしくてよ、ところでキョウちゃんはお元気にしているかしら」

「殺したって、そう死にゃしないヨあの人は」

 言い切ると翔子先生は笑顔を作りながら何故か俺の頬を思いっきり抓る様に引っ張っていた。

「アイタタタタタタタタタッ!痛いっ、すよぉ~~~翔子さん」

「姉さん、いい加減にしろ。俺の大事なダチにそんな事をしないでくれ」・・・?なんだ、コイツの口調が昔みたいに変わっているぞ?どう言う事だ?

「でっ、でも私の心友のキョウちゃんの弟、彼が悪く言うのですもの」

 先生は何故か弟と言う言葉に力を入れヤツに返していた。

「翔子姉さんっ」

 貴斗は姉を諌める様に言葉を強めてそう先生を呼んでいた。

「ハイ、分かりましたわ。今日は貴斗ちゃんに免じてお許しして差し上げます。八神君だってお嫌でしょう?親友の悪口などを耳にしたら」

 翔子先生の目が何だか逝っている。だが、先生の言う事はご尤もである。

 俺だって貴斗や宏之の事を知らない連中に罵られていたら良い気分はしないしな。

「翔子さん、チョイトばかり、コイツと二人きりで話させてもらいます」

「宜しいですけど、貴斗ちゃんに変な事をしないようにしてくださいね」

〝変な事〟とは一体何の事であろうか?

 それはさておき簡単に貴斗を貸してくれた先生に感謝。さてコイツと話すか。

 それから、暫くして、コイツとの会話も終局に近づきつつあった。

「慎治、以前も言った様に俺の気持ちは変わらない。それは、仮令、オマエが言う完全に三年間の記憶を取り戻してもだ」

 貴斗は冷静な口調でキッパリとそう言い切った。

「完全にとはどう言う事だ?」

「さっきも言っただろう最近少しずつだがお前や宏之達の事を思い出し始めたと」

「そうだったな・・・。だけど、どうして」

「俺と付き合い、長いんだろ?冗談でこんな事、言えるかよ」

「確かにそうだけどよ・・・、藤宮の事、お前はマジでそれ本気でそう思っているのか!?」

「同じ事は言わせないでくれ」

「それでもオマエは藤宮を傷物にしたんだぞ」

「それ以上に・・・、春香を傷つけた。三年間と言う時間を奪い、こんな風に思いたくないが、彼女の恋人だった宏之を俺の幼馴染みが奪った。宏之の心を支えてくれた香澄を責めはしないが・・・・・・。香澄がいなければ、今の宏之は居なかっただろうから、言葉では表しきれないほどに感謝している。だから、宏之と香澄がお互いに一緒で居る事を望むのならば・・・、春香が俺の事を望むならそれに答えなければならない」

 ヤツはそんな事を言うが・・・、多分、それだけの理由で藤宮の事を受け入れないんじゃないだろうと分かってはいたが叫ばずにはいられなかった。だから・・・。

「狂ってる、何もかも狂ってる、どうして、こうなっちまったんだ?貴斗、早く全部の記憶を取りもどせぇーーーッ!」

 思わずそう叫んじまった。

 どこかで狂ってしまった現実が辛くて、そう叫んでしまっていた。

 その言葉を叫び、貴斗に一瞥してからその場に居る理由がなくなってしまった。だから、自分の意思どおり表に出る事にした。

 藤宮の事をちょっと脇に置いて考えてみる。

 記憶を取り戻しつつある貴斗は今でも涼崎の事故の原因がヤツであると懺悔をしている。

 どうして、貴斗はその事故の事だけを強く覚えているのだろうか?何故、涼崎の事だけは忘れていなかったのだろうか?

 一体、貴斗は何所まで俺達の記憶を取り戻してくれたのだろうか?謎が謎を呼んでいた。だが、全ての元凶が涼崎にある事を俺は理解した。しかし、俺は彼女を責める事が出来るのだろうか?〝NO!〟出来はしない。

 貴斗の言う通り彼女は三年間と言う時間を何者かによって奪われてしまったからな。

 それは貴斗でも、宏之でも、隼瀬でもない。

 付け加えるけど無論、俺でもないぞ!

 それに隼瀬や藤宮の為に行動しない訳にはいかない・・・。

 立場がまた徐々に中立を保てなくなっている事に気付かないで再び、動き出してしまう。

 自分の持てる全ての能力を行使し、退院した普段の涼崎の居場所を突き止めた・・・。

 本当はただ単に翠ちゃんから聞いただけ。


~ 2004年10月24日、日曜日 ~

 涼崎の居るその場所へと向かっていた。

 その場所とは国立中央図書館。彼女はそこで今年大学を受験するために勉強していると翠ちゃんは教えてくれた。

 図書館内に入り不振人物と思われないようお目当ての人を探した。

 探す事・・・、広い、デカイ。

 何だ、この図書館は?流石、元特別区議事堂を図書館に改修しただけの事は在るぞ。

 国会図書館顔負けか?

「ハァ~~、歩き疲れた。ヨッ!」

 そう言って近くに有ったソファーに腰を降ろした。

 結局、涼崎は見つからなかった。

〈どこかに隠し部屋でもあるのか?〉

 そう思いながら周りを見渡す。

 見渡したからって彼女が見つかるわけではない・・・・・・?見つけた、発見っ!

 涼崎の居る所へ急行。そして、彼女に声を掛けた。

「ヨぉッ、大学に入るために勉強、頑張ってんのか?」

「あれ、あれ、八神くん、どうしてここにぃ?」

 彼女は不思議そうな顔で俺を見上げている。

 当然だろう、予期もしない人物に会うんだからな。

「アァ、ちょっとばかし涼崎に聞きたい事があって探してたんだ」

「何の事かなぁ?」

「宏之と貴斗の事」

 図書館の中なので声を荒立てない様そう彼女に告げてやった。

「宏之君と貴斗君がどうしたの?」

 俺の知っていた高校時代の涼崎は恥ずかしがり屋で男を名前で平気で呼ぶような事はしなかった。だが、宏之は別として、今、平気な顔して俺のもう一人の親友の名を呼ぶ。釈然としない。

「ハッキリと言わせてもらう。俺の親友を惑わすなっ!」

「どうして、八神君にそんな事を言われなくちゃならないの?八神君には関係ないじゃない」

〈本当は人の恋路に口を挟むのは失礼なのだろうけどあえて言わせろ〉

「大有りだっ!涼崎、お前の所為で今二人の女性が泣いてんだぞっ」

 心を鬼にした俺の言葉を涼崎は恐ろしいほど冷静に、そして、悪魔的な笑みで・・・、言葉を返してくれる。そんな表情に見えてしまうのは気のせいか?

「だからぁ?」

「だから?ッテ涼崎っ!」

「その二人が泣かなかったら、私は泣いたって、八神君には関係ないって言うの?そんなの可笑しいよね?香澄ちゃんは私から宏之君を奪ったのよっ!だから、今度は私が奪って上げたの詩織ちゃんから貴斗君を。香澄ちゃんの幼馴染みの彼女から・・・。それに貴斗君は私をとても優しく受け入れてくれた。彼、言っていたのよ。私が事故にあった原因は自分に有るって。だから、私の望む事は何でもしてくれるって」

 話しているときの涼崎、彼女は妖しく微笑みかけているように見えた。

『妖美』まさしくその言葉が当てはまる彼女の顔。

 耐えられなぇ・・・、俺の知っていた涼崎とはまるで別人だ。

 何もかも本当に狂っちまっている。だが・・・、言葉を返さないわけにはいかない。

「だからって!『ドンッ!!』」

 つい言葉を荒立て、机を叩いてしまった。

 その所為か館内警備の男達に強制連行されてしまった。

 勘違いかもしれないが、その時の彼女が俺を見る目は・・・、余りにも妖しく、そして、艶然に嘲笑しているように俺の目には映ってしまっていた。

〈一体、彼女は何を思っているんだ?答えてくれっ、涼崎!本当にお前は口にした事を心の中で思っているのか?答えてくれぇーーーーっ〉

 涼崎にその心の叫びは届くはずもなく・・・・・・、警備員に解放されてから彼女をもう一度探した。だが、場所を移動したのか帰ったのか?相当の時間を掛けて、広すぎる館内の隈なく、何処を探しても見付からなかった。そして、何も出来ないまま今日の一日が終わりを告げてしまう。

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