第十八話 舞い降りた不死鳥
~ 2004年8月31日、火曜日 ~
今日、藤宮から連絡があって貴斗が目を覚ました事を伝えられた。
ヤツは一度人としての機能を完全停止させその場にいた人達すべてを混沌へと導いたらしい。だが、ヤツはまるでフェニックス、不死鳥が如くこの世界へとリザレクションを果した様だ。それだけではなく、時を同じくして涼崎が完全覚醒したとも藤宮は言葉にしていた。奇跡、ミラクル。これをそう呼ばずしてなんて言うのだろうか。
* * *
藤宮の報せを受け、歓喜の余り、飛ぶが如くヤツが再び降り立った場所、今、病院の前へ立っていた。
彼女から通常面会できる事を聞かされたからだ。
『病室が移動しているのでお気をつけて下さい』と彼女にそう付け加え言葉にしていた。
藤宮が教えてくれたその転移されたと言う病室へ向かう。
その場所に付くと俺はナンバープレートと名前を確認。
該当!ヤツのいる病室である事は間違いないな。
涼崎の病室から3つはなれた場所。
ノックしてその病室へと入った。
痛々しい包帯に包まれながらも貴斗は恋人である藤宮と楽しく喋っているようだ。
「ヨッ、貴斗!具合は如何だ?」
ヤツに見舞いの言葉を掛けた。しかし、
「君は?」
俺の事を知らないような口ぶりでそう言って返してきた。
チぃッ、コイツ、俺が見捨てしまったからって嫌味の積りで言ってんのか?だから、
「馬鹿、何を言ってんだ。気でも違ったのか?」
苦笑交じりでヤツにそう口にしてやったが、
「気は確かな積もりだが・・・」
ヤツの言葉はそこで詰まる。
俺とヤツのやり取りを見かねた藤宮が申し訳なさそうな表情で口を挟んでくる。
「八神くん、・・・。貴斗ですね、三年間の記憶をおなくしに・・・」
〝記憶をなくした〟?〝三年間の〟?
何を言っているんだ、藤宮?記憶をなくしたって?じゃ、何故そんなに楽しく談話なんてしていられるんだ?そう思っているとヤツは彼女に言葉をかけた。
「俺は彼と二人だけで話しがしたい、詩織、席を外してくれ」
今までの俺の知っている貴斗の喋り方とは微妙に違う。淡々とか感情の篭もっていないとかそう言うのではなく。ヤツの言葉は冷静だが感情を感じる。なんとなく大人びいている、そんな口調。
「どうして?」
藤宮の表情が不安に満ちているそんな感じがした。
「詩織」
ヤツは藤宮に優しく諭す風に彼女の名を呼ぶ。
彼女はそれに応じたのか不安な表情を変えないまま退室して行った。
「スミマセン、見苦しいところをお見せしてしまって・・・」
「どう言う事だ、説明しろ!」
「そう言葉を荒立てないでクダサイ、マズはお互い自己紹介から」
何を言っているんだ、マジでコイツ俺の事を忘れちまったって言うのか?
「高校三年以来、ずっとお前のダチ、やってる八神慎治っ!」
〝ダチ〟と言う言葉を強くしてコイツに自己紹介してやった。
「そうですか、俺の事を知っている方なのですね。君の事を忘れてしまって申し訳ない限りです」
コイツは言うと包帯の下に隠れた表情を変化させた。悲しみの色に。
「貴斗、お前に聞きたい事がある」
「俺も君、イヤ・・・、八神クンに聞きたい事がある」
「他人行儀な呼び方スンな!シンジ、慎治だ!」
「フッ、分かった、慎治」
コイツと楽しく喋っていた藤宮の事について聞いた。
『三年間の記憶』がなくなっているはずなのに。
その前の記憶だってあるはずないのに、コイツは彼女を〝詩織〟と呼んでいたのは何故か?しかし、疑問は直ぐに晴れた。コイツはその〝三年間の記憶〟を失う事でその〝前の記憶〟を取り戻したのだと口にした。
「それじゃ貴斗、お前の両親は?」
「慎治、君は俺の事を色々知っているようだ・・・。思い出したくもない、あんな悲劇、俺がそこに行かなかったら・・・・・・、父さんも母さんも龍一兄さんも死なずに済んだ・・・・・・・・・、今はもう変えられない過去。・・・悔やんでも悔やみきれない」
「オイ、貴斗、それ以上自分を責めるな」
「判っている、俺がどんなに望んでも還ってくるはずないから。だから、龍一兄さんの言いつけ通り、祖父ちゃんと姉さんを守っていかなければならない。それに詩織や香澄を護らなければ。だから俺は悔やんでいられない」
コイツ、両親と兄の死に対して前向きに考えているようだ。
昔思っていたのとは随分違う結果だ。そんな言葉を聞いてかなんとなく安心した。若しかすると奇跡の復活を遂げて何かがコイツの中で良い方向へ変わったのかもしれない。
だったら、藤宮に対するコイツの気持ちも、コイツの中で最も心を痛めているであろうあの事も前向きになっているかもしれないと思ってしまった。だが、しかし、全てうまく事は運ばない。
世の中そんなに甘くない事をこれから知らされる。
* * *
貴斗に三年間の出来事を伝えてやっていた。こいつを苦しめてしまうと思った出来事意外な。
「そうか、道理で詩織の俺を見る目がなんとなく違っていたのかを理解できた」
「藤宮のヤツはお前に言っていなかったのか?その事を」
「聞いていたらこんな聞き方しませんよ」
コイツの言う事はもっともだな。
「貴斗、それが何かお前に不味い事でもあるのか?」
「詩織には申し訳ないが彼女の気持ちには応えてやれない」
「何を言ってるんだ!?」
ヤツの冷静な口調でそう答えてくるからつい自分の感情を露にしてしまった。
俺が知っている寛恕なコイツの言う言葉ではない。
「・・・何を言っているって?俺は何か不味い事でも言ったのか?」
貴斗と、藤宮の関係。俺に出来ることは・・・、
ここではっきりと俺の気持ちを伝えておくことだろうな、だから、
「考え直せよ、貴斗!」
矢張り、あの事だけは貴斗にとって大きい事なのだろう。だが、もっと前向きになって欲しいから、あえてコイツの考えを改めてもらうようそう言葉にしてやった。
「無理だ、俺の詩織に対する気持ちは昔から変更の余地はないので」
「お前、藤宮の事、どうでもいいとおもっているのか?」
「そんな事あるはずがないだろ・・・・・・。歳は幾分、正確に言えば3週間、俺の方が下だが、俺にとっては妹のような存在だからな、無論、香澄もだ。二人は私の命と等価、それ以上に大切に思っている・・・・・・、これ以上、慎治、君にこの事について論議する気はない・・・。早々にお引き取られよ!付け加えて言っておきます、他言無用」
帰ってくれと言う感じでヤツはその言葉と同時に鋭い視線を向けてきた。
包帯の下から覗く、その眼光は酷く冷たい物を感じた。
「今はこれ以上俺も言わない。早く、残りの記憶も取り戻せ!その時その答えが変わっている事を俺は望んでるぜ。んじゃまた見舞いに来させてもらう、良いだろ?」
「退屈だろうが・・・、また宜しく頼む。喋り疲れた・・・・・・、爆睡、それではまた後ほど」
貴斗はそう言うと即行で睡眠へと入って行った。
しょうがない貴斗も復活した事だし、また完全にヤツの記憶が戻るまで観察者になろう。
今度こそ中立の立場でヤツも奴もカノジョも彼女もそして、かのじょとも接して行こう、出来るだけな。しかし、貴斗はその場を離れる俺に重大な事を隠していた。
それはヤツが涼崎の事だけは覚えていると言う事をな。
それを知る事が出来ずにこの場を後にしてしまった。
それが、これから再び巻き起こる男と女の関係の悲劇の幕開けである事を今は知る由も無かった。
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