第十三話 最 優 先
「あっ、うぅううう、いぃ逝くぅ、駄目、だめぇぇえぇ、八神先輩、わたし、わたしもう・・・、でも、でも先輩といっしょにぃ、はうぅ、くぅ・・・」
「クッ、俺も、もう行きそうだぁ」
俺は合コンのあと、同じ大学の後輩とこうして、その娘の一人暮らしの家で欲情に身を任せていた。
後輩の絶頂と自分のそれを合わせる様に腰の振りを速くさせていた。
俺の限界に達するか、そうでないかのタイミングに、携帯電話の音がなり始める。その音を聴いて、その着信音で俺の携帯からだと直ぐに分かった。だから、抱いていた彼女の体から、腕を放し、突っ込んでいた物を何の躇も無く抜き、電話に対応していた。
何故なら、その着信を鳴らす事の出来る相手は片手の指に納まる人数にしか居ない。大事な連中からの電話だ。出ない訳にはいかないな。
逝きそうな所で、突然のお預けを喰らった後輩は可愛らしい不満顔で俺の背中を見ていた。だが、背を向けていた俺がそんな彼女の気付くことも無いし、電話の相手に今まで何をしていたなんて相手に気付かれる事も無いように普通に喋っていた。
「今から?何時だと思ってんだよ、まったく・・・。ああ、それで・・・。ふぅ~~~ん。わかったよ、今からそこに向かう。三十分程度待っていてくれな」
電話の向こうの人物と会話を交わしながら、放っていた衣服を着なおしていた。
向こう側の相手の電話が切れたときには着替えも終わり、この部屋から出られる格好になっていた。
携帯を畳み、ベルトに付けているフォルダーにそれを入れると後輩の方を向く。
さっきまで、裸だった後輩はなぜか恥ずかしそうに、ブランケットで体を隠すような感じの状態で俺を見ていた。
「悪いけど、用事が出来ちまったから帰るな」
「私とのセックスを止めてまで、逢わないといけない女の人なんですか?」
「なんで、そうおもう?違うかもしれないだろう。憶測だけで決め付けるのは好きじゃないな」
「だって・・・、だって・・・」
後輩は口を尖らせ上目遣いでこっちの方を見ていたが、でも、俺は気にはしなかった。
「だってぇ、その着メロが鳴るのは私の知っている藤宮先輩と藤原先輩、それと隼瀬香澄って女の人と柏木宏之って男の人しか設定されて居なかったもん。藤宮先輩は藤原先輩とラヴラヴなんだから、こんな時間なんかに掛けてこないもん。だったら・・・」
「何で、そんな事を知っているんだ?おかしいな。見たのか俺のこの中身を?掛けてきた相手が野郎の方かも知れないだろう?」
俺にとってはセフレでしかない後輩。だけど、彼女にとっての俺は恋人だと思っているようだった。そんな相手の隠し事が気になるのは人として当然。だが、それを覗くのは道徳的に反することだな。でも、俺は怒る気になる事はないな。
何故なら、落ち度は俺にもある。見られないように管理していればよかっただけの話しだから。
「八神先輩、私の事・・・、その・・・、・・・、・・・、怒らないんですか?」
「中途半端なところで、由羅ちゃんを置き去りにして行こうって男が、そんな事でいちいち由羅ちゃんに罵声を飛ばせるわけないだろう・・・。それじゃ、マジで帰るな。ごめん・・・」
その言葉と一緒に玄関に向かい、靴を履いて外に出た。
マンションの中くらいの階、12階の廊下をエレベーターの方角へ向かって歩き出す。
彼女が追ってくる気配は無かった。まあ、追って来ても、留まること無くここを去るだろうな、確実に。そんな事を思いながら、エレベーターが上がってくるのを待つ。
それが来ると直ぐに乗り込んで地下駐車場行きのボタンを押していた。
エレベーターの階を表示する所を眺めなていた・・・。もう直ぐ、あと一月後であれから・・・・・・、三年になるのか?涼崎が目覚めないまま、それだけの日々が過ぎちまったな。
これからも、彼女は目覚めないのだろうか?貴斗の記憶が目覚めない様に・・・。
隼瀬の奴は俺が言ったことちゃんと覚えていんのかな・・・。
まあ、覚えていた所で、彼女の性格からすると多分・・・、だろうけどな。
下を向き、目を瞑って小さな溜息を吐くと、それと呼応する様に地下駐車場に到着したと言うアナウンスが耳に届くのと一緒に目の前の扉が開いた。
開いた扉の向こうには両手に荷物を抱えていた夫婦が立っていた。
扉が自動的に閉まらない様にして、その二人が入ってから、『有難うございます』って言われたから、軽く挨拶をして、自分の車に向かう。
徐々に、徐々に愛車マークⅡワゴンの助手席側が見えてきた。
後数歩で手の届く範囲にあるその車。
その距離ではハッキリと見える事はないが、正面まで近づくと、今でも小さな凹みが残っている。
それは以前、冬の時期に藤宮が付けてくれた傷跡だった。
それほど目立つものでも無いし、何より色々な面でしっかり物で簡単にはミスをしない彼女が付けてくれた傷だ。
価値はあるだろうとおもってそのままにしてあるんだ。
その凹みを軽く指でなぞってから、運転席側に周り、扉を開け、それに乗り込んだ。
エンジンを掛けて、暖気もせずに、電話の相手が待つところへと車を走らせた。
三戸のオフィス街近くにある飲み屋。そこが今向かっている場所。
大通りの車の数は飲み帰りなのか、それとも今から向かうのか分からないけど、結構走っていた。
飲酒運転を取り締まる鳩もチラホラと見受けられる。
その鳩につかまっている連中も少なくは無い。
つかまっている連中を走っている車の窓越しに軽く眺めると、心の中で馬鹿な奴ら、だと呟き、鼻で笑っていた。
「そろそろだな、デモなんで、アイツこんな時間に?宏之の所へは行ってないのか?」
そう呟き、信号が青に変わるのとほぼ同時に車を発進させる。
それから、約三分程度で目的地に到着。その店の専用駐車場は既に埋まっていて、俺の車が止められる場所は無かった。
近場の無人パーキングを探すためにのらりくらりと車を走らせた。
それから約十分。やっとの事で車を止められる場所を発見。
直ぐ様そこに止めると、即行で俺を呼び出した奴が居る店へと走り出した。
店に着き、中に入るとその人物は空になっている中ジョッキを詰まらなそうに眺めていた。
取り敢えず、俺が来た事が気付くまで、眺めて様かな・・・。
俺がそんな事を思い出してそれ程しない内に、その人物は徐に誰かを探すように店内をゆっくりと眺めていた。
目と目が合う。するとその人はにっこりと微笑み、俺に来いって手招きし始めた。
「にゃはぁはぁはあっ、本当にぃ来てくれたんだね、慎治ぃ」
「呼び出しておいて、よくゆうよな隼瀬」
俺のその言葉と共に彼女は鼻元に拳を置いて、何かを嗅いでいる様だった。
「なにやってんだよ、隼瀬?」
「フフッ、ねぇ、もしかしてさっきまで慎治取り込み中だったわけ?悪い事しちゃったかにゃぁ」
「何を根拠にそんな事言うんだよ、心外だなぁ~」
「だって、慎治の方から、女の子の香りが漂ってくるんだもんねぇ」
「さっ、っさっきまで、合コンやってたんだよ。その中で一人やけに香水の臭いがきついのが居てねぇ、その臭いが染み付いちまったんだよ」
「クククッ、そういうことにしておてあげるにゃぁ」
「まったく、なんだよその悪戯な笑いは?女と抱き合っていたら、来られる訳無いだろう、隼瀬の所になんか。そんくらい分かってもらいたいな」
「はい、はいそうよねぇ・・・。慎治、何か好きなの頼みなヨ。おごって上げるからさ」
「いいよ別に、自分で払うさ」
「呼び出したんだから、そんくらいはさせてよぉ。あたしはあんたと違ってちゃんと働いている社会人よ」
「俺だって社会人じゃないけど働いてんだけどな・・・。直に聞くけど所で、何でこんな所に居るんだ?宏之の所に行かなくていいのか?」
「うんとねぇ、おとといから・・・」
宏之の奴は今、あのバイト先の研修旅行って奴で、箱根の方へ行って居るみたいで、明後日まで帰ってこないそうなんだ。
それに今日、彼女は一時間前くらいまで、瀬能と一緒に遅くまで何かの編集に追われて居たみたいだった。
まあ、隼瀬が奢ってくれる、って言うから、程ほどに彼女のその行為を酌む事にする。
「ふぅ~~~、そうか・・・。ってっきり、俺は宏之の事で呼び出しを喰らったのかと思ったんだけどな。違うみたいだな。ただの飲み付き合いか?俺の直感は違う、って言っているみたいだけど、隼瀬」
「やっぱり、そう言うところ、あんた鋭いんだね」
「聞いてやるよ、話してみな」
コロナと言うビールにライムの切り身が入った、それを口にしてからそんな事を彼女にそう告げていた。
彼女はまたも、空っぽのままのジョッキを眺めながら、口にしようか、しないかを悩んで居たようだった。しょうがない、暫く待とう。
彼女から話さないのなら、うまく俺が聞きだすだけどこと。
はぁ、さっきまで、体動かして多から、なんだか小腹が空いてきたな。
何か注文しよう。食っている間に話し掛けてくれるといいんだけどな。
「隼瀬、少し腹が減っているから、何か注文していい・・・?」
言い掛けた言葉を飲んでしまった。
口を動かしながら彼女の方を向いたら・・・寝てやがる。
考え込んでいたんじゃないのか?
おいっ、呼び出しておいてこれかよ。
隼瀬はなんか、だらしなく可愛らしい顔で眠りに入っていた。
そんな彼女の顔を見ながら、隼瀬の事を好きじゃなかったらこんな事やってランねえよな、何て思っていた。
酒飲むと眠っちまうのは変わらないようだな、暫くこのまま寝せて置いてやろう。
隼瀬が寝ている間、俺は焼き御握りと鮭の照り焼きを頼んで、それをゆっくりと食べていた。
帰りの事もあるから、二杯目のアルコールでそれを止め、携帯メールでダチとそれのやり取りをする。
今日、この時間、バイトのはずの貴斗に悪戯メールを送ると〝慎治、また同じ事をして仕事の邪魔をしたら、泣かすぞこらっ#〟って律儀に返信してきやがった。
本当にもう一回、同じ事をしたら俺の明日が無くなりそうだから、それっきりにして、同科の連中たちにメールを送っていた。
どいつも、こいつもあと一週間もすれば、前期の学期試験が始まるって言うのに、遊んでやがるよ。
俺も人の事言えないがな。
メールでのやり取りの内容と言えば、今付き合って居る彼女がどうとか、出会い系サイトの殆どはさぎだぁ~~~、って話し。
偏ったタッキーな話題、最近起きるさまざまな事件。だけど、最終的にはやっぱりテスト対策についての情報交換。
そんなメールを野郎と無数に続け、気付けば日付は次の日に変わっていた。
時計を見る、午前三時、少し前。店の閉店まで一時間ちょいだな。
支払いは俺が代わりにして、彼女を起こさない様に抱きかかえて、車を停めてある所へと歩き出した。
ふぅ、結構、隼瀬って重いな・・・。
そんな事、口に出して言ったら絶対ぶん殴られそうだ。
助手席のドアを無理な体勢で開けて、椅子に彼女を座らせ、椅子のリクライニングを寝るのにちょうどいいくらいに傾けた。・・・。
ちょっと欲情に駆られる様な彼女の寝顔・・・、でも、欲情をむき出しにする事はない。
本当に隼瀬の事が・・・だからな。こいつの前では紳士でいたいんだ・・・。
雑念を追いやり反対側に周り、俺もそれに乗るとエンジンを掛けて、彼女の家に向かって走り始めた。
エンジン音は静かな方、カーステだって鳴らしていないし、悪路でもそんなに車の中に振動が伝わってくること無いんだけど、走り始めてから数分で、大きな欠伸をしながら、隼瀬が目覚めた。
「しんじ・・・、その・・・、ごめん。あんたを呼んでおきながら、ねちゃったんだね、あたし」
「きにしてないよ、隼瀬が酒を飲めば眠っちまうのはわかっていたことだからな。お前の家につくまで寝てろよ」
「うん、ありがとね。でも、そういうわけにはいかないの。聞いてもらいたい話があったから。今からでも聞いてくれるかなぁ?」
俺は言葉を返さずに頷くと、彼女は話を始めた。
内容はと言うと、貴斗の記憶の事、その事に悩む藤宮の事、そして、今も眠ったままの涼崎、それと、その妹、翠ちゃんの事だった。
宏之の事かと思ったらやっぱり全然違っていた。
貴斗の記憶が戻らないのは誰よりもよく知っている。その大よその理由も。
何が切っ掛けで記憶を取り戻すか分からないから、ちゃんとした答えを返す事が出来なかった。
やっぱ、隼瀬の奴、いくら今のアイツが記憶喪失だからって宏之の所為で無視され続けられることに凄く精神的な痛みを感じているようだった。
アイツは非常に頑固だから、今のまま、昔の記憶を取り戻さなければ、隼瀬に対して、今の態度が変る事は無いだろう。しかし、そんな事をハッキリと彼女に伝えるのは辛かったから適当にごまかして返していた。
藤宮の事、貴斗の記憶が戻らないで欲しいと願っているって話は隼瀬から改めて聞かなくても知っている。だが、藤宮の奴はアイツの記憶が戻らない限り、隼瀬の事を嫌いなままになっているのがたまらなく辛く悲しいって事を言っていた。
その事を隼瀬に伝えてやると大きな溜息を吐いて、前髪に手を置きそれを掴んで何かを思い込んでいる、そんな風な表情を見せていたな。
涼崎の事は当然、どうして目を覚ましてくれないかって事と、何時になったら、目を覚ましてくれるんだろうって事だった。
妹さんの方は、それ程逢う機会がないから、なんとも言えないけど、解決するとしたら、やっぱり、涼崎姉が目覚めないとどうにもなんないんじゃないか?
「今は、どれも、ただ時の流れを待つ事しか出来ない問題ばかりだな。ちゃんとした答えを返してやるのは難しいよ」
「うぅうん、いいの。聞いてくれただけでも。こんな話し、宏之には出来ないことだし、しおりンなんかに話せるわけないもん・・・、だから、聞いてくれるだけでも嬉しかったわ、アリガトね、慎治・・・」
「なあ、隼瀬・・・、・・・、・・・、俺がずっと前、宏之が駄目まっしぐらの時にお前に言った言葉、覚えてるか?」
直ぐに答えを返してくれないだろうと思ったけど、彼女は即答してきたんだな、その事を。
「覚えてる・・・、でも、わかっているけど・・・・・・、やっぱり、それが現実にならないとあたし、どうしていいのか、どんな行動をするかなんて分からないわ。だから・・・」
「それ以上は何も言うな。覚えているなら、それでいい・・・。ふぅ、もう到着か・・・。ついたぜ、隼瀬んちにな」
彼女の家の前で停めると、彼女が出るよりも早く、車の外に出て、助手席のドアを開けてやった。
「本当に、今日はどうもね、慎治。そんじゃ、おやすみ・・・チュッ」
「おいっ、おまえなぁ、宏之って言う恋人いるんだろう?いいのかよ」
「ただのチークじゃない。そのくらいはいいんじゃないの・・・。んじゃ、ほんとうにばあぁ~~いっ!」
隼瀬の奴は屈託ない笑みを見せると、逃げ込むように目の前の邸宅に入ってしまった。
俺はそんな彼女を見ながらキスされた頬に手を当てる。
エンジンを掛けっぱなしの車に乗り込み、自宅へと走らせた。
走りながら俺は思う。
本当にこれから先の未来はどんな風になるんだろうって・・・。
考えれば考えるほど迷走しそうな未来・・・、だが、その転機は何の音沙汰もなく、突然にやってくるんだろうな・・・。
不穏の鼓動は俺の知らない処で既に鳴り始めているのかもしれない。そう、もう既に・・・。
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