第 三 章 過ぎる時の中で

第十一話 相反する、コロコロ・・・、ココロ

 また新しい年を向かえ、近しい仲間たちはみんな留年する事無く大学三年へと進級する事が出来た。

 今はすでに桜が舞い終わった4月下旬。

 彼女でもいれば一緒に祭日を楽しく過ごしている所だが、故あって俺には彼女がいないし、今のところ作ろうとも思わない。

 一日のスケジュールに完全に組み込まれつつあるバイトを今日もこなしていた。


~ 2004年4月29日、木曜日、緑の日 5時27分AM ~

 通常ならこの店の方針で同性同士が同じ時間帯に組み込まれる事がほとんどない。しかし、分け合って今日は野郎と一緒。

「貴斗、俺達、もう三年だな」

「そうだな、何とか進級できたな俺達」

 ヤツは淡々と他人事のように俺の言った事に対して相槌を打ってきた。

「今日これから仕事、終わったらどうすんだ?」

「帰ったら寝る。起きるまで、爆睡」

「祭日なんだから、藤宮とドッカ出かけ様と思わないのか?」

「爆睡、まっしぐら」

「・・・、ハァ」

「何だ、急に意味ありげに溜息して」

「オマエみたいな、アホんだら鈍感朴念仁と付き合っている藤宮が可哀想だと思ったんだよ」

「慎治にそんな事を言われる筋合いない」

「いう、いう!お前なぁ、もっと彼女に積極的になれっ!藤宮だってそう思ってるぞ」

 今の言葉は本心であり彼女もそれを願っている。彼女の不安を打ち消してやって欲しい。

「・・・、努力して見る」

「ハッ?今なんて言ったんだ?聞こえなかったぞ!」

 聞えてはいたがもう一度確認のためそんな風に聞き返してやった。

「努力する!」

 何時になく少しヤツの感情が乗った言葉が返ってきた。

「・・・貴斗、オマエそれ以外になんか他のいい方ないのか?」

「ない」

「そんな事、偉そうに答えるな、ドアホ!」

「ハハッ」とヤツは苦笑した顔を見せてきた。

 そんなヤツの苦笑に呆れた顔作って見せ返してやり、今やらねばならぬ仕事のため体を動かし始めた。

 返却雑誌の集計のため専用紙を取り出しそれに書き込んでゆく。

 貴斗のヤツはカウンターから出て、陳列物整理をし始めていた。

 いつも時間通りにやってくる弁当、食料品やら何やら配達物の整理を二人で超人的速さ、瞬間的にこなしながら・・・、来店する客の対応をした。って、そんなこと出来る訳ねぇ。人の範疇内で可能な限りはやるがね。

 最後にバイト時間上がり前、数人の客を相手して、今日の仕事を終えたのであった。

 最近やっとヤツと同等なレベルに仕事をこなせるようになった。

 ほとんど、野郎同士でシフトが決まる事はないって言ったけど、今まで多く貴斗と一緒に仕事をしていた。っていうか、コイツと明店長以外の男子店員と働いた事がなかったりもする。

 男手も増えたっていうのになぜか、他のやろう連中とシフトを組んだことがない。

 店長の何らかの意図を感じる。

 まあ、そんなことはどうでもいいけどな。

 そうそう貴斗の働きぶり、ヤツは動きに無駄がない。

 それは見習うべき事だった。

 ゆえに今までそれをミミックして、それを自分のスキルとした。

 フッ、しかしヤツよりペーパーワークに分がある俺はちょっちだけヤツより優位・・・。

 なんだか最近、己のイメージをダウンさせるような事を思っていないか俺?・・・、まあいいや。

 今、貴斗のマンションの玄関口にいる。

 バイトのあと直接自分の家に帰らず、ヤツをチェイスしたのであった。

 そんなことした理由はこれから話すよ。

「・・・?慎治なんでお前がここにいる」

「そりゃァ~~~、決まってるだろ、お前を追ってきたんだ」

「か・え・れ!俺は爆睡するんだ」

「オマエが俺に隠している事洗いざらい吐いたら帰ってやる」

 親友として、精神科医の息子として、俺の頭の中のコイツに関する色々な靄を取り払いたかった。

「なんのことだ?」

「何の事だって、冷静な口調で言うな!?隼瀬の事とか色々だ!」

「・・・、入れッ」

 貴斗はそう覇気のない語りで口にしてから部屋に招き入れてくれた。

 それに従いヤツの家に足を踏み入れる。

 ヤツは俺を部屋に迎えた後、インスタントコーヒーを勧めてくれた。

「慎治、オマエはコーヒーだったな?」

 持ってきたコーヒーカップをテーブルに置きそれを確認してくる。さすが、深友・・・。

 自分の渡されたものとついでにヤツのカップの中身を覗く・・・、

 色がかなり薄い?そうだったコイツはコーヒーより緑茶や紅茶が好きだったんだっけ。

「サンキュ!おまえカフェインとか摂取したら眠れないんとちゃうか?」

「そんなことは人によって違うだろ?俺はカフェイン大量に摂っても爆睡出来る自信があるぞ」

「たいした自信だ。〈その自信他の所にももっと回せ〉」

 口ではそう言って、心の中ではそう思っていた。

「それより、話って何だ?」

「まず・・・、そうだなぁ~?」

頭ん中を整理しながらどれについて聞こうか考えて見た。

「そうだな、藤宮の事だ!お前、彼女と何処まで進展してるんだ?」

「進展?どういう意味だ」

「A、B、Cの事だ?」

「アルファベット?何だ、それは」

 コイツのそっち系の知識のレベルとはどれほど低いのだろうか?ヤツの言葉からでは判断するのは難しい。

「お前、本当に大学三年か?」

 沈黙し、ヤツは表情を変えないまま何かを考えている。暫くしてヤツの顔に急変が訪れ、俺の意に察したようだ。

「ナッ、何でお前にそんな事を言わなくてはならんのだ?」

「いいから答えろ!答えなかったら、ある事ない事、藤宮に言うぞ!」

「わっ、分った、答える」

 コイツかなり動揺している。今の言葉はそれ程効果的だったのだろう。

「でっ!」

「アルファベットの三番目」

「ハハッ、Cね」

 コイツはそんな事くらいストレートにCって言えないのか?

 恥ずかしがりやさんねぇ~~~、コイツのそこら辺の性格はある意味レアなのかもしれないな。

「でっ、その数は?野郎同士だ、恥ずかしがる事ないだろ答えろよ」

 貴斗のヤツは沈黙しながら指でその数を示してきた。

「じゃぁ、Aは?」

 同じく手指でその数を俺に表示した。

「・・・マジか?」

〝確かだ〟と首を縦に振りながら俺にそう答えてきた。

 片方は両手の指で収まる数。

 コイツと藤宮が付き合い始めてからもう直ぐで三年目が終わる。

 A、27回。C、9回・・・、余りにも少なすぎる。

 藤宮が不満に思うのも無理はないかもしれない。だって、彼女のいない俺よりあれした数が少ない何って・・・、驚く以上に藤宮に哀れみをかんじちまったよ。

 記憶喪失の状態の貴斗、コイツにこれ程まで過去のある事件はコイツのその手の行動を制御してしまうくらいに影響を及ぼしてしまうのかと思った。

 これはかなり重要な事だな、母さんに報告。

「貴斗、おまえホントォーに藤宮を愛おしい思ってんのか?」

「当然だ!」

〈チッ、言葉ではそんな事を言いやがって・・・〉

「何が当然だよ、馬鹿やろうが!少なすぎ、少なすぎんだよ!」

「お前にそんな事を言われる筋合いない」

 確かにコイツの言う通りである他人の俺が首を突っ込む問題じゃない。しかし、藤宮の事を思ってこれだけはあえて言わしてもらう。

「彼女が不満に思うのは当然だ!彼女をもっと抱いてやれよ!」

「黙れ、俺と詩織はプラトニック・ラヴだ!」

 表情を崩す事なく平然とそんな事を言ってきた。

 今の貴斗の状態、深層心理から考えて、コイツの言う事も分からなくはないけど・・・。

「んなぁにぐぁ、プラトニック・ラヴだ!一度以上もやっているくせにそんな事言うなっ、この唐変木っ!」

 その言葉で返してやると同時にヤツに蹴りを入れてやったが難無くガードされてしまった。だから、苦笑するしか他に方法が見つからなかったのでヤツに俺のその顔を拝ませてやった。

 それから暫く貴斗が本当に藤宮の事をどう思っているのか聞き出してやった。

 口ではプラトニックだと抜かしたくせにベタ惚れのようだ。

 今の貴斗にとっても彼女の存在は大きいようだな。

 それと嬉しいことも言ってくれた。

 今のコイツにとって宏之、藤宮、涼崎とその妹、そして、俺はなくてはならない存在と言い切ってくれたこと・・・。

 ただ、その仲に隼瀬が交ざってなかったのが心残りだったが・・・。

 その理由も直ぐに分かる。

 次に隼瀬の事だ!それを聞き出し始めると貴斗の表情は陰りを見せ始める。だが、ここも心を鬼にしてあえて聞かせてもらう。

「そっ・・・、それはだなぁ・・・」

「全部、吐いてスッキリしちまえ」

「・・・笑わないか?」

「俺がそう言う話でお前を笑った事があったか?あるなら言ってみろ!」

「・・・・・・・・・・・、ない」

「だったら話せよ!」

「わかった」

 やっと貴斗のヤツがその重い口を開いた。

 それはヤツのウィークな精神的な一面を見せるものだった。

 コイツは聞かせてくれた。

 何故彼女を無視するのか?それは〝嫌いになりたくないから〟と。

 それだけでこいつの心理が判ったら精神科医なんて医者は要らないよな。

 コイツは続けて言う。

「俺は宏之の親友だと思っていた、無論今でも・・・、だが如何だ?蓋を開けて見ればヤツの精神を救ったのは誰だ?オレか、お前か、詩織か、翠ちゃんか?・・・、他の誰でもない隼瀬だった。それに今でもヤツの支えになっているのは彼女。隼瀬のした行動は横恋慕だ。しかし、彼女にそう言う行動に走る原因を作ったのは誰だ?あの事故に春香さんを遭わせ彼女から宏之を奪ったのは?本当は誰だ!紛れなく、俺だ、オレ、藤原貴斗と言う人物だ」

「・・・お前本当にそう思ってんのか?」

 何でそう思う、何故そこまで自分を責められるんだ?しかし、それは貴斗の消えちまっている記憶とコイツの根本的な精神と関係があることは言うまでもないんだけどな。

 貴斗は隼瀬がその事故の一端を担っている事を知らない。

 言ったとしても聞き入れてはくれないだろうと彼女は言っていた。

「黙って聞いてくれ!」

「続けろよ」

「親友の精神を救い、支えた奴を俺がどうやって断罪することが出来るんだ。俺だって、分かっている、そんな事くらい判っている。だが、それを許してしまうと、自分の事まで赦してしまうのではと思って。隼瀬の笑顔を見てしまうと自分を赦してしまいそうで。俺だって彼女を嫌いな訳ない・・・・・・。隼瀬は、オッ・・・」

「オッ、何だ、その言葉の先は?早く聞かせろ!」

 ありえるはずないんだけど、若しかして隠し事の多い貴斗だから、実はコイツが自分の記憶を取り戻していて〝幼馴染み〟と言うのではないかと思い先を急かした。

「オッ、俺に・・・、その・・・」

「・・・、俺に?」

 眉をしかめてコイツに問いただした。なぜ〝俺の〟ではなく〝俺に〟だったのか?

〝幼馴染み〟の前に〝の〟ではなく〝に〟が付いたのが変だと思ったからだ。

「俺に詩織を紹介してくれたのが隼瀬だから・・・」

「・・・、ハアァ~~~~~~~」

 心底溜息が出てしまった。やっぱりありえるはずなかったようだ。期待はずれの答え。

「なぜ、そんな落胆した表情と溜息を吐く」

「いいっ、いい、先続けろ!」

 頭を抱えながらヤツに続きを促す。

「だから嫌いなはずがない。だが俺の心がそれを認めてくれない、それを否定する。俺は自分のした事をけして赦しはしない」

 突然、何の脈絡もなくヤツの話が急変した。

「春香さん、彼女が目を覚まし全てが現実となるまでは、俺は絶対オレを赦したりしない!隼瀬の親友の春香さんが欠けたこの非現実が現実となるまでは」

 貴斗はマダ隼瀬と涼崎の仲まで信じている、と言うのか?これだけの月日が過ぎ去った、って言うのにヤツは俺にいつも見せる事のない感情を剥き出しにして総てを語ってくれた。

 コイツは自ら〝犯した〟と思っている罪と言う堅牢な牢獄から何時になったら出る事が出来るのか?それは涼崎が目覚めなくては駄目なのだろうか?

 隼瀬も藤宮も言っていた貴斗は自分が悪いと思った事は絶対に謝罪すると。

 相手がそれを赦さない限りコイツは永劫に罪の意識にとらわれると。

 それがどんな些細な事でもだ。だが、俺は涼崎の目覚めを快く思っていない。

 今と言う現実を壊してしまうかもしれない。

 そんな風に思うから彼女には・・・、覚醒して欲しくない。

 コイツとは逆の考えに行き着いている。そして、お前の記憶も戻って欲しくないとも思っている。

 貴斗、何時もクールで毅然と事を構えている。誰にでも優しいくせに自分自身を厳しくさせすぎだっ!

 何でもっと自分を大切にしないんだ?

 何で自分が傷つく事を選ぶんだ?

 何故、人の優しさを真に受け入れない?

 俺や藤宮じゃお前を救ってやれないのか?

「答えろぉ~~~~、貴斗っ!!」とつい叫んでしまった。

「何だ、急に!」

 どうしようか、隼瀬のあのことを遠まわしに話してみようか・・・、

「あぁっ、悪い何でもない、気にしないでくれたまえ、ココロの叫びだ・・・。一つだけ、お前の感想を聞かせて欲しい」

 そんな風に切り出して、隼瀬のあのことを遠まわしに確認してみよう・・・。

「なんのだ?」

「もしも、若しもだ、宏之以外のお前の知っている人物があの事故の加害者だったら?お前はどう思う?」

「それは隼瀬の事か?」

〈・・・・・・・・・、鋭い〉

「誰も、隼瀬なんて一言もくちにだしてねぇだろう。ナンデそう思うんだよ」

「なんとなくだ」

 コイツ、確証有る言い方だが・・・、そのまま流すように聴いてみよう。

「んで、その答えは?」

「そんなの関係ない、どんな事があっても悪いのは俺だ」

「そっか、わかった」

 ヤッパリ隼瀬の言っていた事は確かのようだ。

 コイツはけして自分の罪を誰か押し付けようとはしないみたいだ。

 頑固者である。そこら辺の性格は宏之も一緒なんだけどな。

「そうか、言いたい事、言ったし何だか眠くなってきた。爆睡する・・・。お休みっ!」

 少しばかり変な呂律でそう口にするとソファーベッドに腰掛けていたコイツはそのまま倒れ込み本当に眠ってしまった。

「アッ、貴斗マダ話しは終わってない、起きろッ!」

 コイツを足で揺すって見るが反応なしだ。

 マジで爆睡している。本当に即座に爆睡出来るとは凄い芸当だ。でも、こうして安心顔で熟睡している貴斗を見ると本当に精神的に安定してきているのだろう。

 いつの頃からかコイツは記憶喪失、ってのが怖かったらしくて眠れない夜もあったと俺の母さんに相談した事があったってぇ~~~のを聞いていたからな。だから、そんなコイツを見ているとなおさら昔の記憶何っていらないと思っちまうよ。

 貴斗の家を出て行く前に藤宮に電話をかけていた。

 それから、貴斗の家を立ち去る前にコイツが絶対口にするなと言われている事以外、掻い摘んで藤宮にヤツが彼女をどう思っているのかを教えてやった。

 その時の藤宮は電話越しに心底、喜んでいたようだ。


~ 2004年4月30日、金曜日

 俺は久しぶりに独りでの昼食後、ちょっとしたごたごたに巻き込まれちまっていた。大学内が広すぎて、人気の少ない死角が出来ちまうのは考え物なのかもな。全く得意じゃない凄んだ顔で、複数の相手を見ていた。俺の後ろには同学年の女の子がおびえた表情で体を竦めていた。

 俺の正面に居る中の一人が、キザったらしい顔で、

「八神君、一体どういうつもりかね?僕の彼女にまで手を出すだなんて節操がなさすぎやしないかい?まあ、君が学内一のプレイボーイなのは知っていたけど」

「はぁん?どこの誰が言ったか知らんけどな、誰がプレイボーイだよ。それに子延がお前の彼女?妄想も体外にしとけな」

 目の前に居る奴の名前なんちゃ、どうでもいいけど、好い面持っていて成績もかなりできる方な奴なのに性格がいけ好かない相手に思ったままの事を口にした。

 子延を助けようと行動したのはいいけど、相手の取り巻きは荒くれ者じゃないが世界がひっくり返っても俺の勝てる相手じゃなかった・・・。子延だけ逃がして、俺だけぼこられる結果でもいいが、後の事を考えるとそれは得策じゃない。それに彼女、怯えていて動けないようだしな。

「僕も争いごとをしたい訳じゃないんだ。八神君、もう一度言う。穹ちゃんを僕に返してくれないか?」

「知れた事を聞くなよ。答えはNOだ」

「少し痛い目を見ないと、八神君も判ってくれないようですね。仕方がない・・・」

 相手はそういった後、嘲笑するように鼻で笑い、指を鳴らす。それが合図で従う様にそいつの両脇に居た他学科の俺の知らない連中が襲いかかって来た。格好よく飛び出してきたのはいいけど喧嘩慣れしていない俺はただ体を硬直させるばかりで動けずにいた。しかも、目を瞑っちまう始末さ。まあ、俺はイケ面じゃないから殴られたってこまりゃしないが、痛いのはやっぱりいやかな・・・。

 俺が目を閉じた瞬間ものすごい音がした。ぐっ、俺やられたのか・・・、おかしいな痛くない?俺は恐る恐る、瞼で閉ざしていた世界へ目を向けた。

「痛い目を見ると云うのはこういう事か?」

「くっそぉっー、藤原っ、貴様か!!!」

 相手の言葉がぞんざいに俺の親友を罵る様な言い方で声を上げていた。貴斗?

「八神君は僕の彼女を取ったんだぞ、それなのにそんな彼をたすけるなんておかしいじゃないかっ!」

「そうかい?俺は慎治を信じている。確かにこいつは八方美男かもしれないが、他人の女に手を出すほど愚かでもあるまい。大方、貴様が穹にストーキングしているが正しい見方だろう?言っておくがな、俺の大事な親友に手を上げる奴は仮令弱者でも容赦するつもりはない。十秒だけ時間をやる。数え終えるうちに失せろ」

 親友は俺を貶しているのか、褒めているのか判らなかったけど、助けてくれているって事実は変わらない。凄んでいるつもりもなくただ淡々に語り俺の前で仁王立ちする貴斗。

「くぅ、なんで、こんな男にあの藤宮の君が・・・」

「数えるぞ、一、十」

 はぁ?数が飛んでるぞ。二進数かよっ!二つ、数え終わっただけ貴斗は俺達の両脇に居た片方の胸倉を掴むと力任せに投げ飛ばし、もう片方に投げつける。人一人を片腕で投げ飛ばすなんてどんな腕力だよ。おれは尻もちをついている間、貴斗の行動を呆けながら見ているしかなかった。貴斗が強い事は知っていたけど、確実に人の常識を超えている。まるで改造人間の様だ・・・。でも、俺はどんな事があっても貴斗を特別視して、遠ざけたりはしない・・・、こいつのいい面をいっぱい知っているし大事な友達だからな。

「お前の男前な顔、駄目にするのは惜しいからな、これで勘弁してやる。これで悔い改めなかったら、次は死を覚悟しろ」

 本気で言っている筈はないのだが、貴斗の言葉に俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかったし、憐れみすら覚えてしまう。貴斗の言った後、骨が折れたんじゃないかという音が聞こえる一発を相手の懐に入れていた。殴られた相手の表情は顔を殴られなかった以上におかしく歪んでいた。二枚目形無しなくらい酷く。

「さて、お前だけ生かしておいた理由わかるだろう?サッサとこいつら連れていってくれないか?それとも同じくなりたいか?」

 二人残された相手の取り巻きは真っ青になりながら、顔を横に振った。逃走する時の人間の速さと、その時に味方を背負ってゆく力のすごさに驚きながら、一部始終を見終えた俺へ振り返って寄って来る貴斗は手を差しのべながら、

「お前、弱いんだから、状況を考えて行動しろ。ま、俺は慎治のそういう処、嫌いじゃないが」

「ああ、すまねぇ。子延、もう大丈夫だ。でも、どうして、お前がここに?」

「慎治を探していたら、こっちの方へ行ったってのを見た奴がいたからだ」

「なんか、俺に用事でもあったのか?」

「そのことだが、もう次の講義時間だ。またあとでな・・・、子延。詩織をよろしくな」

 貴斗は藤宮の前ではめったに見せない凄くさわやかで優しい顔を造りながら、そんな言葉を子延へ向けて、走り去って行った。

「たっ君・・・、どうして、あんな表情をしぃ~~~ちゃんにしてあげ何だろう・・・」

「たっ君?しぃ~~~ちゃん?」

「たっ君はもちろん、藤原君、詩織ちゃんの事よ」

「なんだよ、子延、お前あいつ等と知り合いなのか?」

「あれれぇ?やっ君に話した事なかったっけ、高校は家庭の事情で聖稜には行けなかったけど、それまではずっと、たっ君ともシィ~~~ちゃんともそれにカスミん、香澄ちゃんの事とも小学校入る前から一緒だったんだよ。なんたって、私んちはかなり古くから、たっ君の家で使用人の統括をしていたんだから」

「へぇ~、そうだったんだ・・・、なあ、なら、昔の貴斗の事よく知っているのか?」

「まあねぇ~~~」

「話しの流れからすると隼瀬の事も知ってんだよな?藤宮も、隼瀬も、昔の貴斗がどんな奴だったか、ってあんまし教えてくれないんだよ。俺は高校三年からの達だから、彼奴の昔を知らないし、彼奴が記憶喪失である以上、貴斗本人からも聞けないしな」

「やっ君も鈍いんだぁ~~~、所謂、乙女心かな?二人とも比較して見たくないんだよ、今のたっ君と昔のたっ君を、たぶんねぇ。昔のたっ君は二人にとってとっても特別な存在だったから」

「そうだな、藤宮も隼瀬も貴斗に・・・、なら、子延なんかどうだったんだ?ずっと一緒に居たんだろう?」

「藤原、藤宮、隼瀬の三家でも厳しい掟があったのに使用人の小倅風情がそんな感情を持っていい訳ないじゃない。友達風に一緒に居ることだって駄目なのに。それでもたっ君は普通に穹接してくれて一緒に遊んでくれたりした。私達には眩しすぎない心地よくて温かい春の太陽、そんな存在だったのたっ君は。でもやっぱり、私もやっ君にはたっ君の昔を教えてあげない。だって、今のたっ君には関係ないもん」

 昔を懐かしむ様な顔でそんな事を語る子延。さっきまでの怯えはもうどこにもなかった。彼女も大分落ち着いたのを感じた。記憶喪失にもかかわる事かも知れないって思ったけど、子延も教えてくれそうにない。無理に聞き出すのは俺の意に反するから、諦めるしかないかな・・・。

「でも、今のたっ君は昔のそれとは大違いよね。今のたっ君はたっ君でいい感じだけど、もっとしぃ~~~ちゃんにいい顔して欲しいと思うのは私だけじゃないと思うのに」

「同感だな」

「ああ、でもやっぱしょうがないのかも、たっ君が今みたいになっちゃうのは」

「どうして?」

「たっ君にはお兄ちゃん、龍一さんってお兄ちゃんがいたんだけど、今のたっ君を見ていると」

「ふぅ~~~、まあ、それについてはまた後ほど聞かせた貰うとしようかな。でそろそろ、俺達も午後の講義の準備しようぜ」

 そういって、俺達は校舎の方へ向かおうとした時に、俺はつい思い出し笑いをしてしまった。

「どうかしたのやっ君?」

「いやな、ただ、今の貴斗にそのあだ名は余りにも不釣り合いかなって思っただけ」

「穹も、たっ君の前で、たっ君て云わない様にしているの。だって、凄まれちゃうから、はぁ、記憶喪失って誰でもあんな風に性格変わっちゃうのかな?」

「事例では結構あるみたいだけどな。記憶が戻ると前の性格に戻っちまう奴もいるし、そうでない奴も居るみたいだ。さて、貴斗の奴はどんなふうになるんだろうか」

「今のたっ君もいいけど、やっぱり、私は昔に戻ってほしい・・・。はぁ、でも、それはしぃ~~~ちゃんとたっ君を遠ざけちゃう事になるのかな?それだったらいやかも」

「大丈夫だって、皆が言う昔の貴斗がそんなに明るい奴だったら、今の二人がいる記憶を否定してまで離れる事はないちゃうかな」

 子延は口で答えなかったが、そうなるといいなと云う風に笑顔を作っていた。でも、それは俺の希望的観測でしかない・・。

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