第十話 ラヴァーズ・オブ・マイ・ベスト・フレンズ
~ 2003年12月6日、土曜日 ~
今日も、自分の為にセッセとバイトに勤しんでいた。
毎日、大学の授業、サークル活動、アルバイトと休まる暇は無い・・・。
かわゆぅ~~~いっ女の子にお近付きして甘い時間を過ごす事などありえない・・・、ヤツに嵌められたかもしれない。
それに、ここ、貴斗の言っていた通り千客万来で、出入りが激しく仕事が忙しい。
搬入の量も半端じゃない男、二人でもかなり厳しいくらいなんだな、これが。
貴斗の場合、力仕事は一手に引き受けているんだろうな。〝女性には絶対力仕事や汚い仕事はさせない〟って言っていたからな。
汚いは〝清潔〟、〝不清潔〟とその意ではなく、〝安全な〟と〝危険な〟若しくは〝表の〟とか〝裏の〟後者の方と言う意味だそうだ。
危険な仕事とか裏の仕事って何だ!何て聞いてくるなよ!一般的に通っている意味だ!それ以上は教えられない・・・・・・・・、って言うか、俺もしらねぇよっ。
大変だけど頑張んないと、慣れるにはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「慎治くぅ~~~ん、ソロソロ休憩、取りましょう。休憩までは明君が頑張ってくれるって!」
遠くから恥じらいもなく大きな声で俺を呼ぶ声は魅由さんだった。
年上の鹿島店長を君付けで呼べるのはこの人だけだろう。
「ヘイ、ヘイ、行きますよ。ちょうど今片付け終わったところですから」
それに返事をしながら裏の搬入口から店内に入って行った。
「ハイッ、お疲れ様!大変だったでしょう」
彼女はそう言ってから俺に温かい缶コーヒーを渡してくれた。
「慎治君は確かコーヒー派だったよね」
「正解、魅由さんサンキュっす!」
「どういたしまして、それよりお仕事はなれましたか?」
「まだ、まだっすぅねぇ~~~」
本当だったので正直そう言った。
「やっぱり、そうよね、貴斗君が特殊だったのよね」
魅由さんの話によるとここの仕事をたった一週間でマスターしてしまったらしい。
〈アイツ・・・、貴斗、オマエは一体何者だ?そしてお前は人か?〉
「貴斗君、私がポカした時いつも助けてくれたのよ。でも今はもう私も大丈夫!十分なれたから」
外面からはそう判断できないが彼女はそう口にした。
どちらかと言うと外から見たら何でもテキパキとこなしてしまう様な感じがするが・・・、人を外面から判断してはいけないと言う良い例だね、この魅由さんって人は。
「確かにアイツは色々な意味で特殊なヤツだよ」
「そろそろクリスマスだね、貴斗君に彼女が居なかったら私、誘っちゃうのに」
この人は俺の話を聞いているのか?何の脈絡もなくそんな事を言ってきた。
「魅由さん、アイツのどこを気にいったんですか?」
「慎治君、貴斗君のお友達なんでしょ?彼の良さとかわかんないのかなぁ」
良い処も悪い処も十二分過ぎるくらい知っているぞ。
「それに、彼ッテ可愛いし」
「ハァ?・・・、かっ、かわいいですか?」
魅由さんにそんな風に言葉を返すと彼女は不思議そうな顔をした。世の中いろんな見方を出来る人が居るもんだ。〝逞しい〟とか〝頼りになる〟とかなら十分、当てはまるが、あの貴斗を〝可愛い〟だって思わず苦笑してしまう。
「クックックック、ハハッ」
「何がおかしいのよ、ワタシ変な事、言った?」
「イッ、いや別に」と腹を押さえながらそう彼女に答えていた。
「ハァ~~~、ネェ、慎治君、アナタも叶わない恋してるんでしょ?魅由と一緒ね。だったら似たもの同士、私達付き合ってみようか?」
魅由さんは告白?とんでもなく嬉しい事をいってくれるんだけど・・・、こんないい年上のお姉さんとだったらお付き合いしたいけど・・・・・・、やっぱり俺は。
「魅由さん・・・、ごめん。駄目だ、そんなことできないな」
「えぇーーーーーーっ、どうして、私じゃ不服?」
彼女は本当に不服そうな表情を作って見せてきた。
「そんな顔しないでください。俺、悪者みたいじゃないですか?ちゃんと理由いいますよ。確かに、俺も魅由さんも叶わぬ恋をしてるけど・・・、そのなんかな?中途半端な気持ちで魅由さんに接していたら悪いじゃん。それに俺・・・ハァ、別に叶わぬ思いのままでもいいしな」
「へぇ~~~、そうなんだ。ちゃんと考えて、出してくれた答えなんだね?でも慎治君、ってかなり未練がましかったりするわけ?」
「別、別にいいじゃないか。まあ、そんなわけだからマジごめんなさい」
「ハァ、この人なら上手くやっていけそうかな、って思った人・・・、なんか私って男ウン、悪いのかなぁ?貴斗君もそうだけど、慎治君にまで断られちゃった」
「ハッハッハッハ、それは災難なことで。でもそうやって相手にちゃんと気持ちを伝える勇気があるんだったら、いつかは報われるんじゃないですか」
「慎治君、笑いながら答えないでよっ!何となぁ~~~く惨めな気分だわぁ」
それから休憩時間終わりまで魅由さんに色々な愚痴、不満を聞かされてしまう。
何処の場所に居てもなんだか聞き手役に回る方が多いのは俺の性?
しっかしなぁ~~~、ここでバイトするんだけど鹿島店長の人為的雇用のためか?それとも店長の男としての魅力が惹きつけるのか?色々な意味で女性店員の質がいい。
貴斗のヤツが以前、ここでアルバイトをしたいって藤宮さんが言ったのを断った理由がなんとなく分かるような気がする。
非常に焼き餅焼きの彼女がこんな所にいたらヤツにあらぬ疑いをかけるであろう事が予測できてしまう。
そうヤツは男としての自分を護るために本心を隠した言葉を口にしたのに違いない。
フフッ、これでまた一つヤツの弱みを握ったぞ、俺は・・・。言葉が悪いな。
これでまた一つ藤宮さんが知らない、貴斗の一面を知る事が出来たとしておこうかな。
〈そろそろ、上がりの時間だな〉
目に入って来た店内の時計を見てそう判断した。今、陳列物の整理をしている所だ。
「や・が・み・クンっ!」
俺を呼ぶ、その声、魅由さんではない。しかも俺を苗字で呼ぶその声は?
「八神君、本当にこちらでアルバイトをしていたのですね!」
振り返らないでその声の主に答える。
心の内のことだけど、噂をすれば影とはこのことかと実体験してしまった。
「藤宮さんか?オレをからかいに来たのか?」
「そのような事、御座いませんわ、今まで貴斗の所にいたので、そのお帰りデス。ですから、帰りがけにお顔を見せに出向かせて頂きました」
「ソッカ、俺も、あとちょい、バイト上がり、家まで送っていこうか?」
そう言ってから彼女の方へ振り返った。
「その様なこと、悪いからいいのですよ」
「着替えてくるから、ここで待ってろ」
そう言い残し、藤宮さんの返事を聞かないで更衣室へと向かった。
「アッ、八神君!」
* * *
更衣室でエプロンを外し、ジャケットを肩に掛け、鹿島店長と魅由さんに挨拶をしてから裏の出入り口から出て、正面来客用出入り口を使い再び店内へと入って行った。
「藤宮さん、お待たせ」
「別によろしいのに」
「貴斗が送って行くって言ったのを断ったんだろ」
「どうして、それを!」
彼女は驚きながらそんな風に口走っていた。
簡単な推測だ!貴斗ならこんな危険なご時世、自分の彼女を一人返すわけがない。
藤宮さんはそれを何らかの手を使って丁重にお断りしたのであろう。
〈貴斗!お前の意思は俺が受け継いでやる〉とそう心の中で誓った。
「どうせ、帰る方向同じだろ?遠慮するな、藤宮さん!」
「それでは、よろしく御願いいたします。そう言えば八神君も車を運転するそうですね」
「最近、やっと自分の車、手に入れたからな、ここへのバイトもそれに乗って来てるぜ」
「運転、大丈夫なのですか?」
「信用してないのか?悲しいよ、藤宮さん」
「アッ、そのようなつもりでお言いしたのではなくて」
大袈裟に手を振り彼女は慌てて自分の言った事を訂正しようとそんな言葉を返してきた。
「分かっているよ、行こうか!」
「ハイッ、それでは宜しく御願いしますね、八神君」
この場所に長居しては藤宮さんと魅由さんが鉢合わせしてしまいそうだ。それは避けたいな。だから、俺はせかす様に藤宮さんと共に自分の車が止めてある駐車場へと向かった。
どうしてそうしたかって、貴斗のためさ。理由はご想像に任せるよ。
早々、話し変わるけどな、俺が乗っている車は親に借金をして・・・、借金をさせられて買った車である。
車の免許を持っている父さんは仕事の関係上、家に留まっている事が少ない。
母さんは持っているが・・・、恐ろしいほど運転が下手くそである。
今まで幾度となく事故を起こしている。しかし、人身事故を起こした事はない。
自爆と言うヤツか?しかも母さん自身怪我一つ負った事がない、奇蹟だ。
そう、あれは丁度、3ヶ月前の事だな。
「ネェ、シンちゃん?免許を取ってもう一年になるわよネェ。自分の車、欲しくなってきたんじゃないノォ」
リヴィングで寛いで何気に車の雑誌を読んでいる俺に母親である彼女は唐突にそんな事を聴いてきた。
「別に今はいい、金無いしな」
「ミコがお金を貸して上げてもいいわよ」
「だから、いらねぇって!」
「聖ちゃんには後からお許しをもらいますから」
「母さん、息子の話し聞いてんのか?」
「要らないんですかぁ~~~?」
「い・ら・な・いっ!」
「欲しいですよネェ~~~、シンちゃん」
母さんが何を考えているか手に取るように分った。だから率直に答えてやる。
「ハァハァ~~~ン、分かったぞ、息子のオレを運転の下手な母さんに代わって足代わりにするつもりなんだな!」
「ミコはそんなこと、思ってませんよぉ~~~。運転が下手なミコに代わって運転してもらってぇ一緒にお買い物に行って重い荷物持たせたりぃ、遠くに用事がある時は一緒について行ってもらったりなんて。ミコはぜぇ~~~んぜんっ、思っていませんからねぇ」
母さん本音丸出し!それでもサイコセラピストか?
「・・・ヤッパリ本音はそれか」
「ウゥ~~~、シクシク」
「いい歳して、嘘泣きスンな!」
本当にこの人は俺の母親なのだろうか?俺はこの人と血を分けているのだろうか?しかし、事実は既に肯定されている。俺は紛れも無くこの人の血を半分受け継いでいる。血液鑑定がそれを証明している。
「皇女母様はオマエの母親だ。シン、母様の手足となれ!」
今一番割って入ってきて欲しく無い佐京姉貴が登場!
この人も俺と血が繋がっているか疑わしい。だが、悲しい事に俺を支配するDNAが叫ぶ、姉弟だと。
人は誰でも両親、兄弟、姉妹そして取り巻く環境総てを生まれる前に決定する事は絶対出来ない・・・・・・。悲しい事である。だが、俺は今日も生きて行く・・・・・・・・・
〈クククククッ〉
今、哲学してしまった。
「シン、何だ、その目は?」
「チッ、ワカッタヨ」
この人には逆らえネェ、選択肢無し、言う事を聞くしか方法は無い。
逆らってしまえば俺に未来はない。
宏之、貴斗、藤宮さん、それと隼瀬。
みんなとこれからも生きていたいなら、ここは受け入れるしかない。
「ウムッ、それで良い。私もシン、お前を利用させてもらう。しかと私の足となれよ」
姉貴の本音もそれか?その言葉に沈黙するしかすべを知らなかった。
そう言えば姉貴は運転免許を持ってなかったんだっけ?たぶん母さんから受け継いだDNAが訴えているんだな、運転するなとな。と、こんな感じで今、自分の車を持っている。
そのお陰で事あるごとに二人の足代わりにさせられている・・・。本当に休まる暇は無いくらいにな。そんな風な過去の回想から我に返ると丁度エンジンの回転数が一定になっていた。水温計も一定の位置にある。暖気が終わったようだな。
「それじゃ出発するけど。シート・ベルト、締めたかな?」
そう彼女に確認を取って見た。
「既に準備は整っています。貴斗に車にお乗りしたら忘れずしなさいといわれていますので」
「ハハッ、アイツらしい」
藤宮さんの言ってきた言葉は人の安全を考えているアイツらしい答えだ。
彼女の言葉に相槌しながら答え、アクセルを踏んで車を発進させた。
* * *
暫くして走行してから藤宮さんの方から話を掛けてきた。
「八神君、お聞きして欲しい事があるのですけど」
彼女があらたまって何かを尋ねてこ様とした。
「何をだい?」
彼女の話は貴斗の事だった。
藤宮さんは今の貴斗に不安と不満を感じている様だった。
貴斗の涼崎に対する行動、ヤツの記憶喪失の事、ヤツが隼瀬に向ける行動。
この三つ、彼女が今、抱いている不安と不満の原因。
マズ、ヤツと涼崎の関係だ。
「貴斗にいくらお問いかけしても『涼崎さんが目覚めたら答えてやる、それまで待て』の一点張りなのですよ。『それはいつなのですか』と彼にお尋ねしても、私から目をお逸らしになって、黙ってしまうのです」
「ソッカ!藤宮さんも案外、独占よく強いんだな。嫉妬深いとも言う」
そう口にしては見るが藤宮さんの場合、彼女の行動や考え方が案外どころじゃないのを知っている。
場合によっては度が過ぎる程、悋気の時もあるのを藤宮さんは気付いては居ないんだろうな。
よく言う言葉で『自分の背中は自分じゃ見えない』ってやつかな?
姿鏡を使えば見られるってぼけた突っ込みするなよな。これは格言みたいなものさ。
彼女は少なからず・・・、いや、かなり嫉妬しているのだろうな。
なにせ、自分以外の女性に毎日、そう毎日、ヤツは必ずその時間だけは作って涼崎さんに見舞いに行っている。
藤宮さんがヤツに聞いても答えてくれない。
その時のヤツの翳る表情を見て、何か不安を感じるのだろう。
その理由を俺は知っている。
あいつは贖罪を探しているんだ、ずっと。涼崎さんが目覚めヤツを赦すまでは。
この事は藤宮さんには言えない、貴斗にも絶対言うなって言われているしな。
多分、言ってしまえば、今の貴斗と藤宮の関係は崩れてしまうような気がした。
教えてしまえば、俺が予想も出来ない事態が起こりそうだから、だから、俺はそれを口にはしない。
「ムッ、八神君がその様な女性を傷つけるお言葉をお口にする何って見損ないました」
オット、藤宮さんは俺の言った事でお怒りしてしまったようだな。ご機嫌をとるために言い直した方が良さそうだな。
「別に、悪い意味で言った積もり無いぜ」
「エッ、それではどのような意味なのですか?」
彼女は予想通りの反応をする。観察者、俺にはあっているのかも知れないな。
「むしろ良い意味だ。人なんだからそんな感情を持って当然。独占、嫉妬、多いに結構!ただし、周りに迷惑を掛けてはいけないけどね」
最後、人としての注意を付け加えて、自分の考えを彼女に教えてやった。
「それに藤宮さん程、可愛い子にそう思われて嫌と思う男の方がおかしい」
ついでの男としての直情的な感情も付け加えて見た。
「ポッ、・・・、それで本当に良いのかしら」
藤宮さん、俺が言った事どう受け止めたのか?顔を紅潮させながら確認を取ってきた。
「大丈夫、ストレートに藤宮さんの感情、ぶつけてやれ。今のアイツなら受け止めてくれるさ」
今、口にした言葉には自信がなかった。
それは何故か?貴斗の涼崎さんに対する気持ちがいまだ、理解出来ないからだ。
それが贖罪だけの物なのかそううでないのか不鮮明。
それに・・・記憶喪失のヤツの記憶の中に存在する、ある事が大きな影響を及ぼしていると予想できるんだが。
これだけはどんな事があっても俺の口から藤宮さんへ伝える事は無いだろう。
多分、ヤツが記憶を取り戻したとしてもヤツ自身が彼女にその事を告げるかも疑問だ。
次に貴斗の記憶喪失について。
藤宮さん、彼女は今、貴斗の記憶喪失が戻って欲しいと願いつつも、そうなって欲しくないとも願っているようだな。ジレンマ、アンチノミー若しくはアンビヴァレンツって言葉、矛盾と言う言葉とは違う。
彼女の口から聞かされた過去の貴斗。ヤツが彼女と隼瀬に向けていた気持ち。
複雑、極まりない。彼女の話しによるとだ。
昔の貴斗は藤宮さんと隼瀬、彼女等を物凄く愛しく大切に思っていたらしい。
その感情は異性同士が交わす感情ではなく、親子、若しくは血の繋がった兄妹が大切に愛しく思う感情に似ている。俗に言う、ブラコンやシスコンの類。
昔の貴斗にとっては藤宮さんと隼瀬は護るべき妹達みたいな存在だったのだろう。
藤宮さんはヤツが渡米する前、彼女からヤツに告白した事があるって、のを恥ずかしがりながら教えてくれた。
貴斗は答えを返す前にヤツの意思とは無関係に渡米させられてしまったらしい。しかし、藤宮さんはヤツが彼女自身の望む答えを返してはくれないだろう事に気付いていたとも言っていた。
貴斗の記憶が戻った時、彼女と貴斗の関係が変わってしまうのではないかと言う不安。
それらを考慮し整理した上で藤宮さんに俺の考えを聞かせてやった。
「ハッキリ言う。俺は奴の記憶、戻らなくてもいい」
「どうして八神君はそのような結論をお出しになられるのですか?」
「藤宮さん、君のためだ。貴斗との今の関係崩したくないんだろ?ヤツが記憶を取り戻しても自分に振り向いてくれるって自信があるなら別にそうで無くてもいいがな。翔子先生達の事もあるし」
「・・・、それは」と俺の言った事に対して彼女は言葉を詰めていた。
「ダロッ?藤宮さん、自信が無いなら止めておけ。それに答えを急ぐ必要も無いはずだ」
「八神君の真意は本当にそれだけなのですか?」
〈ギクッ〉と心中で擬音を立てる。
彼女はかなり鋭い所を突いて来る。
俺は貴斗と藤宮さん、二人の事を案じている。
それにヤツには記憶を失う前の過去は辛すぎる。
それはヤツに再び、自閉が出てもおかしくないほどにだ。だから出来れば貴斗の記憶が戻らないで欲しいと思っている。
今のヤツは俺達でその存在を認めてやればいいだけの事。だから記憶は戻らなくていい。
心底、優しいって奴は誰かが自分の所為で傷付けば傷付くほど、それ以上のダメージを自分自身に負ってしまう。
殻に閉じこもろうとしちまうんだ。
その結果は宏之を見れば十分過ぎるくらいわかるはず。
己ではそんな性格を理解していなくともそういった人間は人との関係を避けてしまうか、腹を割って人付きやいしない傾向が多いって母さんが言っていたような気がした。
でも、そういう人間の周りには、その人の意思と関係なく多くの人を惹きつけてしまう言う面白い傾向もあったりする・・・。なんか精神的薀蓄、多い様な気がしてきた。話を戻すか?藤宮さんの言葉に答えを返そう。
「ハハッ、何を言ってるんだ?それ以外ないよ、仲のいい藤宮さんと貴斗、その中にいる俺、それだけで俺は楽しいんだ」
「八神君、有難う。何だか安心いたしました・・・、その様に思って頂けますならお願いしていいですか・・・、お名前を呼び捨て去れますのは抵抗があるのですが、せめて苗字で私をお呼びするときくらい敬称をお付けしなくともよいのですよ」
「そうかわかったよ。藤宮これでいいのか?」
「ハイ、それでよろしくお願い致します」
〈貴斗目、こんなにいい女の子を泣かすなよ〉とそんな風にヤツに伝心してみた。
俺の答えに納得したのか彼女はそう言って安堵を知らせて来た。
この際ついでに涼崎さんも呼び捨てさせてもらおうかな?もう彼女と知り合ってから随分経つし、と勝手な事を決めてしまう俺。
最後に貴斗と隼瀬の関係。
藤宮は同じ幼馴染みの彼女を嫌っているヤツの気持ちが分からないと言っていた。
それは藤宮自信が隼瀬サイドからしか物を見ていないからであろうな。
これに関して俺の言ってやれる事は無い。
それに貴斗のヤツが何かを隠しているから分からない事の方が多い。
「もう直ぐで、藤宮の家に着くぞ、降りる準備をしておけ」
「ハイ、お分りしました」
藤宮の声のトーンが明るくなっているのを感じ取れた。
彼女の家に到着!彼女の家の前に車を止め、オートロックをオフにし、ドアの鍵を開ける。俺は彼女より先に降りて助手席のドアを開けてやろうと思った。
足場が滑る、結露しているようだ。
助手席のドアを開けながら藤宮に忠告してやる。
「地面が凍っているみたいだ。降りるとき、気を付けろよ!」
そう言葉にしてから運転席の方へ戻った。
「有難う御座います、八神君」
藤宮はそう言ってから車の外へ踏み出した。そして、そのとき。
『ツルッ、ドテッ、カツッ!?』とテンポの良い三拍子と共に彼女は俺の忠告も虚しく滑りこけてしまった。
「痛ッ!」
「だっ、大丈夫か、藤宮っ!」
そうって今一度、反対側へ体を移動させた。彼女は左手で後頭部を押さえている。頭をどこかに打ち付けてしまったようだ。
「私も、お間抜けですね、せっかく八神君がご忠告して下さったのに」
「そうじゃネェ~だろ、俺は大丈夫かと聞いたんだ?」
「大丈夫ですよ、軽くドアに頭をぶつけてしまっただけですから?」
「ホントかよ?」
そう確かめるように口にしてから彼女に手を差し伸べ起こしてやろうとした。
「有難う御座います!」
藤宮は立ち上がったあとそう礼を言ってきた。
その言葉を聞きながら俺は助手席のドアをしめ・・・、小さな擦る傷とヘッコミに気付く、そして彼女とドアを交互に見た。
「八神君、どうなさったんですか?私、何か悪い事をしてしまったのでしょうか?涙が流れていますよ」
なにっ?俺は泣いているのか?マイカーが傷つけられた事に・・・、ある意味情けない。
「ただ目に埃が入っただけだ」べたな嘘でごまかした。
「そうは見えません。私、本当に何か悪い事をしてしまったようですね、ゴメンなさい」
流石は藤宮、この程度の嘘は通じないようだ。
そんな彼女に指で車のドアを指した。
彼女はそれに促されるようにその場所を確認する。
「・・・、八神君、本当にゴメンなさ、御免なさい!申し訳御座いません」
彼女は何度も謝ってきた。
その健気さが余計オレを惨めにさせる。
ドアに擦り傷一つ着いた程度で泣いた俺、情けなすぎ。
「もういいって、悪いのは藤宮の所為じゃない、地面の所為だから」
皮肉っぽさをなくし、そう彼女に聞かせてから結露した地面に悪態をついて見た。
そんな馬鹿らしい姿を見られたくなかったから早急に藤宮を家の中に追いやるために言葉を続ける。
「外は冷える、早く家に入りな」
「今日は有難う御座いました、それと本当に申し訳、御座いませんでした」
彼女は手を振ってから頭を下げてくる何ともおかしな行動だった。
藤宮が去った後、そして、今一度助手席のドアを確認した。
暗くてよく確認出来ないが、たいした凹みじゃなさそうだ。
新車だから傷つけたくなかったけど、なってしまってから後悔しても遅い。
藤宮が大怪我しなかっただけ良しとするか。
「ハァ、俺もさっさと帰るか」と自分に言って聞かせ車に乗って住処へと向かったのだ。
~ 2003年12月7日、日曜日 ~
今日も昨日に続いてバイトで魅由さんとは違うかわいい女の子と一緒に働かせてもらっていた。そろそろ上がりの時間かな?レジに背を向けカウンターの中を片付けていると客の気配を感じた。
もう一人の店員は食品の陳列物整理をしていたゆえに直ぐに対応できる俺が振り向きざま客に挨拶しようとした。
「いらっしゃ・・・」
「いらっしゃ・・・、の次は慎治?」
昨日に続き珍しい客が眼前にいる。
「何よその目?アタシ、客としてきてんのよ」
「イラッシャイマセ、何をお求めでしょうか?隼瀬様」
「店員が何で客の名前、知ってんのよ?おかしいわっ!」
「うっせぇ、何しに来た?からかいに来たのか?」
「そうよ、慎治がバイトしてるって聞いたから、からかいに来て上げたわ」
彼女は嫌味な事を口にしてくれる。
たぶん情報の出元は宏之か藤宮だろう。若しくはその両方。
「隼瀬、頼むから営業妨害はしないでくれ」
「売り上げに貢献してあげよう、ってのにそんな事、言うわけ?」
「何をお買い求めでしょうか?」
「今から探すとこよ」
〈ヤッパリ嫌がらせか?ムカ付きたいんだけど、ムカつけネェ〉
「ぅん?なに、黙ってんの?」
「俺もう上がりなんだぜ、さっさと買い物するなら、済ましてくれないか?」
「なんだぁ、もう上がりなの?だったら待ってて上げるわよ、さっさと着替えてらっしゃい」
「ヘイ、少々お待ちを」
ここまで引っ張っておいて俺が店員してやってる時なんも買わないのか最悪だ。
そんな事をぼやきながら更衣室に行ってサクット着替えをし、タイムカードをスロットインしてから通用口から店内へ戻った。
隼瀬は俺がいたとき持っていなかった買い物籠に商品をたらふく入れそれを持ってレジの前へ移動しているところだった。
俺もレジの方へ移動する。
「八神君、今日もご苦労様でした」
「どういたしまして、鹿島店長、これから夜勤一人で大丈夫なんですか?」
もう一人の女の子店員も俺と同じ時間に上がってしまう。
だから、もし手がいる様なら続けて残って仕事をして良い、ってな風な言葉でそう店長に尋ねた。どうせ明日の講義は午後からだしな。
「ええぇ、大丈夫デス」
「若し、人手が必要なときは俺か貴斗に言って下さい!」
「期待していますよ!」
「ちょっと、慎治!アタシを無視して話し勝手に進めないでくれる?」
「何だ、いたのか?」
「嫌がらせの積もり?」
「先ほどの仕返し!さっさと会計済ませろよ、他の客が閊えてるぞ」
隼瀬の後に後に数人並んでいた。それを知ると彼女は振り返り、
「すいませんでした」と謝った。
他の客は〝気にしていませんから〟と言う素振りをしていた。
隼瀬が買い物を済ませ俺と一緒に店の外に出ていた。
彼女の口から白い息が広がって行くのが見えた。
見えて当然、冬だからね。しかし、俺の口からは黒い霧が・・・、もとい同じ物が出ていた。
「そんなに買い込んで、今から宏之の家か?」
「もち!」
「そっか!ここからヤツの家までずいぶんあるのに」
「アタシのオフィスはここの近くよ!」
「そうだったか?知らなかったなぁ~~~」
中々、会う機会がなかったので隼瀬が何処で働いているなんて気にもとめていなかった。ッてのは嘘でちゃんと知っていた。
「荷物、重そうだな、俺の車で送ってってやる!」
「慎治、学生の分際で車なんて持ってんの?いい御身分だ事」
隼瀬がそう言って来たので事実を教えてやった。
「ハハッ、それはとんだご災難」
「どうすんだ?乗って行くのか、行かないのか?」
「遠慮なく乗せてもらうわ」
隼瀬がそう返事をしてきたので車を持ってくると彼女に伝え、その場を離れた。
車を暖気し終えてから店の前までそれを移動させる。
「おまたせ!乗れよ」
「・・・・・・・・・」
「隼瀬、なに沈黙してんだ?」
「ネぇェ、慎治これ新車よね?」
「そうだけど?そんなこたぁどうでもいいからさっさと乗れよ。寒いだろ?」
「アッ、あんがと・・・でもこれすでに傷物になってるわよ、助手席のドア」
隼瀬は俺の言葉にこたえるようにそう口にしながら中に入ってきた。
隼瀬が言った場所は昨日、彼女の幼馴染みに付けられた物だ。
俺は隼瀬の言いに、
「昨日、オマエの幼馴染み〝しおりン〟に付けられたんだよ!」
〝しおりン〟とは隼瀬だけが呼ぶ事を許されている藤宮の愛称を強調して答えてやったのさ。
「エッ、しおりンが?」
俺が藤宮の愛称を口にした事?それとも答えの真相が隼瀬の幼馴染みだった事に?目を丸くして驚いていた。車を走らせながらドウシテそんな風にドアがなってしまったのかを教えてやった。
「へぇ、しおりんがね。良かったじゃない、しおりンの間抜けなところ見れて。貴斗の前以外で滅多に見れるものじゃないわよ」
オイ、オイ、隼瀬、自分の幼馴染みにそんな事を言っていいのか?って、しかし、ヤツ、藤宮、そして俺は一緒にいることが多いから、そんな彼女の間抜けなところ?ヤツに対する彼女の過激な愛情表現を結構拝ませてもらっているんだな。
それが、かなり笑えるんだけど。とそんな失礼な事を思いつつ、車を自分の手足のように操作した。
暫くして、今まで知らなかった貴斗、ヤツの新しい事実を隼瀬から聞かされた。
「この前偶然、街中で貴斗を見かけたの・・・・・・いつも彼に無視されていたから、その日は癪になって彼をフン捕まえて見たわ」
「それで?それからどうしたんだ?」
「黙って聞いていなさい!」
「ヘイ、ヘイッ、続きをどうぞ」
隼瀬は睨んでそう俺に沈黙を要求して来た。だから黙って聞く事にした。
「それでね、貴斗を捕まえて、彼に聞いて見たの、ドウシテ、あたしを無視するのかって。あたし、本当は知っていたくせに彼にそう言っちゃった」
隼瀬の〝知っている〟とは・・・、〝貴斗から見たら彼女は元宏之の恋人、涼崎から宏之を奪った嫌な女〟と言う事だな。
「アタシはそのまま近くの公園に彼を連行して、彼が沈黙破るまで睨み続けたわ」
そんな事よく出来るよな。
普通のやつ等だったら貴斗のヤツにそんな恐ろしい事しない。
そこら辺はやっぱ元幼馴染みだから出来るって言う事なのだろうか?
「そしたら貴斗、やっと口を開いて話してくれたわ。彼がアタシに話してくれた事はアタシが思っていた事と全然違っていた」
それから隼瀬の話を最後まであれこれ考えながら聞いていた・・・。
益々アイツが分からなくなって来たぞ。
彼女の話しによるとだな、ヤツは隼瀬を無視しているけど嫌っているわけじゃないらしいと言う事か?
隼瀬のやった事が宏之を助ける事であると理解していても、心がそれを分ってくれないらしい。後で機会があればヤツ本人に直接聞いて見るしか手はないな。
「なァ、隼瀬一つ聞いていいか?」
「なに?」
「貴斗の両親って、どんな人たちだったんだ?」
「記憶違いじゃなかったら貴斗のお父さんの名前は龍貴さんって言って、とても自分に厳しく他人には厳しさと優しさどちらも与える人だったわ、それと確か分別のある人だったと思う。お母さんの名前は美鈴さん、とても聡明で慈悲深く落ち着いていた方だった。それと困っている人をけして見捨てたりしないそんな方だったわ」
「それじゃ、あの貴斗の性格は両親を足して2で割った感じか?」
「どうだろうネェ、アメリカに行く前の貴斗はどちらかと言うと母親似だったと思うわ。それにあの頃の貴斗に厳しさの欠片なんてあったかしら?」
「あまちゃんだったのか?」
「それは違うわ、人に甘えたりもしなければ厳しくもなかった。でも、これだけはハッキリ言えるわ、感情にストレートだったのは確かよ。何事にも自分の信じたことに真っ直ぐ・・・」
「なんだよ、それ?今のアイツと大分違うなぁ~」
「優しいところは全然変わってないと思うわよ、あの頃と」
「ふぅう~~~んっ、そっか」
ヤツの話が終わると、他は色々と社会人の愚痴をこぼされた。
俺にはマダよく理解出来ない世界の愚痴なので何て答えていいのか分らなかったので適当に相槌だけを打っていた。
やがて宏之のマンションが見えてくる。悲しい事だが隼瀬ともお別れの時間だな。
「それじゃ、宏之によろしく!」
「慎治、上がっていったら?」
「そんな野暮、俺はしない!」
「別にそんなこと気にしないわよ。アタシも宏之もアンタにとって割った仲でしょ?」
「俺も、俺で忙しいから遠慮しておく」
「なんだぁ、付き合い悪いわねぇ」
「アッ、そんなこというのかよ。なら貸していたカードキー早く返せよ!もう必要ないダロッ?」
「ハハッ、あれなくしちゃった!それじゃ、バイビィー」
隼瀬は笑いながら逃げて行った。ずっと前、貴斗から渡された宏之のマンションの偽造マスターカードキー。
彼女がそれを必要とした時に渡してやった物。彼女は紛失したって言っていたけど。
誰かに拾われて悪用されたら大変だ。
そうなっていない事を祈り、車をかっ飛ばしながら、また明日へと続くこの世界をその中から眺めていた。ふっ・・・、きまったな。カッコイイな俺って・・・、なんか虚しくなってきた。心の中で独りぼけと突っ込み。
今日は数ヶ月ぶりに隼瀬と顔をあわせた。
彼女、元気そうで・・・、そして、嬉しそうだった。彼女のそんな幸せそうな姿を見て・・・俺自身嬉しい気持ちになってくる。だけそそれとは反対の感情もこみ上げてきてもしまう。
この前、魅由さんにも言われたんだけど、隼瀬を想い続ける事は未練がましいのか?やっぱ。
彼女を綺麗さっぱり諦め、仲の良いお友達として接する事だけに徹し、新しい恋に目覚た方が良いんだろうか?・・・、無理っぽいな。だから・・・、今しばらく、涼崎が覚醒するまでは。
それまでは変わらず今のままでいよう・・・。
でもよ、涼崎の目覚めは俺達にとって・・・、ものではないの・・・・・・、かもしれ・・・・・・・・・、ない。
そんな矛盾だけが車を運転している俺の心を支配していた。
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