第九話 もう一人の親友
~ 2003年8月16日、土曜日の昼 ~
宏之の働いている喫茶店トマトにいた。今月であれから二年目を終えようとしていた。
今でも涼崎さんは目を覚ます事なく眠り続けている。永遠の眠りであって欲しい。
今と言う現実を崩さないで欲しい。どうしてか、って?
宏之もやっと完全に立ち直りヤツの精神を癒し護ってくれた人と一緒に今を過ごしているからな。
「オイッ、慎治、注文は決まったのか!」と宏之、奴の声で現実の中に舞い戻る。
「オッ、わりい、注文は」
宏之に俺のオーダーを教えてやった。
「ハハッ、別に俺の奢りだからって遠慮、要らないぜ!」
笑う様になった、昔の様に。屈託のない無邪気な笑い。
此奴のこんな笑いを見ているとこっちも思わず嬉しくなる。
喩えるなら太陽のように・・・、詩人ぽかったか?今の俺。でも嘘じゃない。
見ている者を勇気付けてくれるそんな笑顔だ。
貴斗はその場に居るだけで居る者総てに安心感、安息を与える様な存在、鉄壁の守護神。
宏之はその表情で周りの者全てに喜怒哀楽と言う感情を与える様な存在、純然たるクラウン。
光はつねに全ての者に温かさを与えへ、そして支配、束縛する。
闇は総てを呑み込み安息を与えると同時に恐怖と言う感覚を与える事もある。
宏之を光と例えるなら貴斗は闇。けして交わる事のない対照的な存在。しかし、片方が欠けてしまえばどちらも消滅してしまうそんな存在。
宏之と貴斗、奴等は現在に於いて、それほどの接触はない。でも、何処となく二人はお互いを必要としているとも感じられる。
では俺と言う存在は?・・・二人の調停者、カッコいい事を言ッちまった。
「慎治、なに一人で間抜け面してんだ、俺もここ座るぜ!」
奴は持ってきたトレイから俺の注文した物と此奴自身の物をテーブルに置いた。そして、宏之も席に着く。
店に休憩をもらったのか一緒に食事をしてくれるみたいだ。
「それじゃ、遠慮なく頂くな」
「ああ、食えよ。慎治、大学、楽しいか?」
宏之は自分とは違う環境について興味ありげに聞いて来た。
「よくも、悪くも、楽しい場所だ」
此奴に学部、サークル、藤宮さんと貴斗の事、俺もバイトを始めた事、それとクライフの事を話してやった。
「ハハハッ、飛んだ災難だな、そのクライフってのは」
今の宏之本当に笑う様になった。これが偽りじゃなく本心からくる笑い顔だと信じたい。
「確かに災難かも?でも面白い奴である。それは確かだぞ。それに俺らとは違った外から来たやつだ、学ぶべき事も多いぜ」
「俺の親友を脅かす、俺の友達としてのライバル出現ってか!」
こんな恥ずかしい言葉を臆面なく言える。
俺が此奴と初めて話した時と一緒、此奴は本当に立ち直ったみたいだ。
嬉しい限りだ・・・。
隼瀬にはやっぱ感謝しなきゃいけない。
宏之の心を救ってくれた彼女に・・・。
「ハハッ、宏之、変な事、言うなぁ~~~。クライフは俺にとって色々な意味でライバルなの、分かってくれたか?」
「分った、判った。俺も一度あって見たいぜ」
「止めておけ、クライフのあの異色な考え方をお前に植え付けたくない」
「ハハッ、尚更あって見たいぜ!あっ、貴斗のヤツと藤宮さんの関係、上手く行っているのか?」
「あぁ、上々だ、二人をからかうと案外、面白い事この上ないんだな、これが。最近、貴斗の表情が豊かになって来た」
「俺もそう思ってる」
「何だ、ヤツとあっていたのか?」
「かなり少ないが、それでも月一でくらいは顔を合わしているぜ。貴斗から聞いてなかったのか?」
自分の頭を横に大袈裟に振って俺の意を奴に示した。
「アイツがお前に言ってないって事は他言するなって言う意味か?」
「そうかもな」
「そりゃ、まずった、今、言った事、貴斗に言うなよ」
「ミナまで言うな、分かっているって」
「しかし、何だ?貴斗に香澄の事を話すと、ムッとするんだよな、アイツ」
宏之に言った言葉に此奴と隼瀬の関係を思い出す。宏之は知らない隼瀬の真意を・・・、今を壊したくない。だから黙認する。
「お前も知ってるだろ、貴斗は記憶喪失であれだけど隼瀬の幼馴染みだぜ。無意識のどっかで宏之、お前みたいなアホウに大事な幼馴染みが取られたんだ。お前に嫉妬しているんだよ、きっと」
・・・とは言うが貴斗がシット?ありえない。失礼だろけど、そんな感情はヤツには多分、無いだろう。
「誰がアホウだよ・・・。貴斗、マダ記憶、戻らないんだったな」
宏之はそう言って返してきてから一瞬、表情を暗くしてしまった。宏之にとて貴斗の記憶喪失って言葉は禁句。なぜかって?宏之はいまだに貴斗の記憶が速く戻ってほしいと思っているからな。俺はそう思わなくなったけど。
「そんな、顔スンなよ、別にお前が悪いわけじゃないだろ。それに、最近、俺はヤツの記憶、戻らない方がいいって思ってんだ」
「何でそう思うんだよ」
「教えられない」と即判断を下した。
「そっか、じゃぁ、きかねぇよ」
ここら辺は貴斗と同じ。こう言う類の事にはけして割って入って聞いてこない。
良いことであり悪いこと。一長一短ってやつだな。
「俺は貴斗の近くに居ないからヤツを手助けできない。その分、慎治に任すからな、頼んだぜ、アイツの事!」
「オウよ、任せて置けって、だからお前は何の心配もスンなよ、宏之!」
「慎治は香澄とあったりしているのか?」
「学生と社会人では何かと時間帯が違う中々あえないよ。たまに電話で話す事あるけどね。顔なんて会わすのは極々稀だ!」
「だったら、今度、5人、皆集まってパァ~~~ッとやらないか?」
その五人とは隼瀬、藤宮、貴斗、此奴、そして俺の事だろう。
宏之には正確に言って置いた方がいいだろうな。
「貴斗抜きなら、okしてもいい」
「どうして?」
此奴にとって当然の疑問だろう。しかし、言えるはずがない五人集まって貴斗と隼瀬が顔を会わせれば一触即発状態に成るのは目に見えている。だから、了承出来ない。
「それが駄目なら、駄目だな!」
「分ったよ、皆とあって貴斗だけ除け者にするのは嫌だけど、慎治がそう言うのならし方がない。だから、慎治がそう言うのなら俺はそれでいいぜ」
「4人だけでいいって事か?」
「あぁ」
此奴の顔を色が曇り始めてしまった。でもしょうがない、お前と隼瀬の事を思って言っているのだから許してくれな。
「宏之、時化た顔スンなよ!時機に貴斗のヤツから誘ってくるよ!」
「ほんとか?」
そんなに嬉しい事なのか俺のそんな言葉に此奴の顔に明るみが戻ってきた。
「確証はないがね」
「チッ、何だよ、そんな期待させやがって!」
「それより日取り何時にするんだ。俺や藤宮さんは学生だから結構融通、利くゼェ!隼瀬とお前に合わせてやるよ」
俺は貴斗の事から話を逸らしたくて先に進むように話を切り替えた。
「そうだなぁ・・・・・・」
そんな会話をしながらやがて宏之の休憩時間が収束して行く。
「じゃ、また来るぜ。飯、奢ってくれてアンがとな」
「いいって、そんな事。それより、貴斗と藤宮さん、二人の事を頼んだぞ!」
「あいよっ!そんじゃなぁ~~~」
そう言って宏之と別れた。
宏之は言っていた。たまに貴斗のヤツとあっていると。
宏之も宏之で貴斗の事を心配しているようだ。
何回かこうして宏之と顔をあわせて身近な世間話をしている。
同じ時間に別の場所に居るけど彼奴も俺も高校時代バカ、やっていた頃となんら変わらない。
そんな風に思えるくらい宏之は立ち直っていた・・・・・・・・・、隼瀬香澄のお陰によって。
いいんだよな?・・・、これでよかったんだよな、俺?と自分自身を納得させ、いまだ持ち続ける想いを・・・。しかし、疑問が色々と浮かんでくる事もあった。
だが、今はそれらを考えないようにしよう。時が経てば孰れ、分るかもしれないからな。
~ 2003年8月26日、火曜日 ~
只今〝楓〟って居酒屋で隼瀬の誕生日を兼ねた飲み会を遣っていた。
「かんぱぁ~~~~いっ」
『ガチャ、カチャ、カチャァ~~~~ンっ!!!』
音頭を取るとみな一斉にグラスを打ち合わせた。
なんかこういった場では決まって俺が音頭を取る事になってしまっている。
グラスに告がれているビールを一気に飲み干し、
「ブハァーーーッ、この喉越しがたまんねぇ~~~」と口にした。
出てくる料理を摘みながら宏之と世間的な会話をして楽しんでいた。
藤宮さんと隼瀬は楽しそうに女性同士の会話をしているようだった。・・・、多分。
「オイッ、宏之、お前バイクの免許、取ったんだって?どんなバイク、乗ってんだ?」
「・・・エッ、アッ、うん・・・、カワサキのバイク」
そ言えば普段は騒がしいくせにコイツって酒、飲むと大人しくなるんだったっけ。
それと何かを考えている様な面をするんだよな。
こいつの事だ、実際何も考えてなんか居ないだろうけどな。
「なんか考えていたのか?」
「まぁ~~~な、色々と考え事」
「せっかくの場なんだからよ。何も考えねぇで、まぁ~~~飲めや」
そう言って奴の空になったグラスにビールを注いでやった。
酒を酌み交わし、目の前にある物を食べ会話をする。
それの繰り返し。
それから、どれくらい経った頃だか?隼瀬の奴は良い気分で寝てしまっていた。
話し相手がいなくなった藤宮さん、今度は俺に話しかけてくる。しかも俺以上に飲んでいるのにまだいけそうな感じ。
「ねぇ~~~、八神くぅ~~~ん、聞いてくださいよぉ。貴斗ッたら全然、私の夜の相手してくれないんですもの」
「アはっ、アハハハッ・・・・・・・・・」
藤宮さんの言葉に苦笑し、こめかみ辺りに脂汗を掻いた。とんでもない事を言う。しかも口調もいつものお淑やかで敬語じゃない。なんか絡みつくような甘え方だ。
嬉しいけどちょっと怖いかも。
「ヤツの方からそうしてくれないなら藤宮さん、ヤツを押し倒して見たら、アイツのことだ、力任せに藤宮さんの事を押しのけることないだろう?うろたえるだろうな、アイツ、ククッ」
冗談の積りで彼女に言って見たが嬉しそうな表情で彼女は返してくる。
「頑張ってみまぁ~~~~~~す」
彼女の言葉に宏之は声を出さず苦笑の色を浮かべ俺、はさっき以上に脂汗を額に掻いていた。言ってはいけない答えを返してしまったのかも、許せ貴斗。
「藤宮さん、大変そうだな」
苦笑をし終えた宏之はそんな風にしみじみと言葉にしていた。
「そうなんですよぉ~~~、貴斗ッたら、グッスンッ、シクシク」
それから、俺と宏之は彼女からヤツの愚痴を延々と聞かされる破目となる。
そういえば貴斗に言われいてたっけ〝詩織は飲むと絡んでくるから余り飲ませるな・・・、しかもかなり酒に強い〟って。
それを思いだした時、戦慄を覚えた。これ以上愚痴何って聞かされたらたまったもんじゃない。狸寝入りするぞ。
〈それではもう直ぐ酔い潰れそうな宏之後は任せた、オヤスミィ〉
「八神くぅ~~~ん、起きておぉ、お嘘ねぇわぁだめですうっ。わたくしのぉ~~~お話をきいてくださいましぃ~~~」
藤宮さんは俺の体をとんでもない力で揺すってくる。
さすが運動万能令嬢、その品やかなで華奢に見れらる体でもその筋力は尋常じゃなかった。起き無いと体がばらばらになるかも?
「ハイ、ハイ、ゴメンなさい、起きます、起きますとも」
起きてからまた酒を飲み始め、彼女に愚痴をこぼされていた頃、ここへは来ないと思ったヤツがその姿を現した。って言うか若しかしたら来たらいいなと思って貴斗が住むマンションの近くの店で飲もうって決めたんだけどな。
「おぉ、たかとぉ~~~じゃないかなんで今頃、来たんだぁ~~~~ふみみやはんをなんとかひてくれぇ~~~~」
「らかとぉ、ふるなら、へんはくひろほ」
宏之と俺はここに現れたそいつに文句を言う様に言ってやったけど宏之の方は呂律が変だった。俺もいいとはいいがたい。
「バイトの帰りによっただけだ。それと詩織、飲みすぎだ」
彼女の脇に置いてあった空の酒ビンを見たヤツはそう言って藤宮さんを小突いていた。
ちょっと馬鹿騒ぎになっているこの場にも気付かないで隼瀬はぐっすりと眠っている様子だった。
そんなこの場を解散要求するように貴斗が宏之に話を掛けていた。
「宏之、隼瀬を抱えられるか?」
「あぁっ、ああ」
「・・・・・・無理そうだな、俺が隼瀬を負ぶってやる。お前の家まで俺の車で送って行ってやる準備しろ」
なんだぁ?お前、隼瀬の事を嫌っているんじゃなかったのか?そんなお前が彼女を背負うってかぁ?ヤッパリ、コイツの考えは良く分からん。
「それと詩織、嫌じゃなかったら俺の家で待っていろ」
「はぁ~~~いっ、おっ布団の準備をして中でぇ待ってまぁ~~~すっ!」
「ハァ~~~・・・慎治、もし帰るのが辛かったら俺の家に泊まっていけ」
〈遠慮しておきます、今晩は藤宮さんと夜を楽しんでください〉と心の中でそう辞退していた。
貴斗は多分それが嫌だったから俺に泊まって行けと言ったんだろう。
何でだ・・・、そんなにそう言うの苦手なのかコイツは?それとも何か理由があって彼女を抱けないのだろうか?
若しかしたらそれは貴斗の記憶喪失に関係したり、しちゃたりなんかして・・・、酒の所為で頭の中が混乱しているようだ。
車の中で一休みしてから帰ろう。
* * *
気が付けば貴斗のマンションの一室で寝かされていた。
そう言えば会計したっけ?・・・、ハハッ、多分貴斗のヤツが支払ってくれたのか?ちゃんと返さねば。と思いヤツに顔見せしようとしたんだが藤宮さんも貴斗も居なかった。そして書置きがリヴィングのテーブルにおいてあった。
『詩織と出かける。鍵はオートロックだ、心配するな』
『詩織が慎治の分も朝食を用意した食べろ』と二行に亘って書いてあった。
心の中にその二人に感謝し、有った物を、勝手に電子レンジを使って温めて食べさせてもらう事にした。
貴斗や宏之を羨んで彼女が欲しいなと思いつつも本気では思っていない俺がそこにいた。
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