第五話 インナー・マインド
新しい年を何とか無事に向へ、三学期も始まり受験まで後少し。
結局、センター試験を受けて聖陵大学に進む事にした・・・、させられたと言った方がいいのかな?姉貴のヤツが『男なら試験で進学して見せよ』などと半ば強制的に言ってきたためだ。
姉貴にそう言われたけど自分の努力の結果を試験で見るのもいいかなと思ったから素直にそうする事にした。・・・、でも単願だし堕ちたらどうしよう。
~ 2002年1月31日、木曜日、学校の放課後 ~
鞄を背に教室を出ようとした。
今日もこれからゼミに行くところだった。
クラスには掃除当番とマダ何人か生徒がいる。
貴斗のヤツはホームルームが終わると即行に何処へと消えてしまった。多分、藤宮さんの所だろうな。
隼瀬のやつは・・・、とクラスにまだ彼女がいないか探して見た。・・・、いた。
彼女は何かを考えているようだった。そっとして置いてやろう。
彼女にも今色々あるし。そう思って教室から半分くらい体が出たところで
「ねぇ、慎治」
隼瀬が覇気のない小さな声で呼んできた。
教室の出入り口から80%体が出かけた頃に彼女の方に振り返った。
「どうした、何か用か?」
隼瀬が何を言ってくるかあらかた検討がついたからそう聞くと彼女は何も答えてこない。
少しの沈黙が訪れる。さらに俺の方から話しかけてやろうと思って言葉を掛けてやる。
「宏之の奴、今日も来なかったな」
隼瀬はダンマリしたまま。彼女が何か言ってくれるまで勝手に話を進める。
「もう、一月も終わりだ。そろそろ出席日数の方、ヤバくないか?」
「うん・・・、そうよね」
やっと彼女は口を開いた。
然し、言葉の覇気のなさは変わらない。
「隼瀬、もっとオマエから奴にガツンと言ってやってくれよ」
宏之は貴斗との言い争いの結果、また学校に来なくなった。
貴斗はあれ以来学校で宏之の話をする事はケシテなかった。
たまに宏之の顔を見に奴のマンションへ行く事があるが・・・、隼瀬は殆ど毎日。
「アイツ、卒業出来んのか?それヨカ、以前より奴の精神状態もヤバくなってるし」
「・・・うん」
彼女はただ小さく頷くだけで何も喋ってこない。
貴斗に頼んで作ってもらったもう一枚のカードキーを使って・・・、
エッ、前のキーはどうしたって?あぁ、それなら隼瀬に渡してある。
それを貴斗のヤツには教えて無いけどね。・・・、話を戻すぞ。
たまに宏之の家に行って顔を会わせても笑う事も泣く事もなく、喜怒哀楽と言う表現を忘れちまったかのようただそこに存在するだけの哀れな人形みたいだったな。
変わっちまった。
俺の知っている宏之はそこには居なかった。・・・、でも変わっちまったのは別に奴だけじゃない。貴斗、藤宮さん、隼瀬だって・・・。
変わらないのは寝たきりで目覚めない涼崎さんくらい。
思考の整理をしていると彼女は不意に俺の言葉を掛けてきた。
「・・・、慎治、今忙しい?」
「ハァ?なに、言ってんだ。これからゼミに行くところだよ」
「一緒に行ってくれない・・・?」
「俺の言った事、聞こえたのか?隼瀬、俺はこれからゼミだ」
〝一緒に行ってくれない〟・・・、
何処に?
解り切っている答えだ。
宏之の所だ。
宏之の所に通うのが今の隼瀬の日課、見たいな物になっちまった。
「慎治の顔久しぶりに見たら、アイツも少しは元気、出るかな、って思ったの」
隼瀬は俺がたまに奴に顔をあわしている事を知らないんだろう。
彼女の言っている事は無駄に終わる事を知っていた。
「毎日毎日、オマエ大丈夫なのか?就職活動、厳しいんだろ?」
現在無能な政府の所為で若い有能な連中までも職にありつけない。
隼瀬は水泳一辺倒で今までやってきたから尚更だ。
この国の水泳を遣っている連中は大抵、中高で錦を飾るか、大学やスイミングスクール所属で名声を得る。
他のスポーツと違って実業団の方はそれほど知名度が高くない。
数少ない企業の中の強豪と謳われたミキハウス、OKSSやkonamiからの推薦の申し出を隼瀬、彼女は断ったんだ。
彼女は実業団行きを取りやめてしまった。その理由を知っているのも俺だけ。
若しかすると彼女の幼馴染み、藤宮さんも知っているかもしれない。
涼崎さんの事故、それは彼女のこれから先、未来の総てを意図も簡単に奪ってしまう出来事。俺はその実情を詳しく知らない。知っているのは現場を見た宏之と貴斗だけだろう。
貴斗の話でその光景は無残と惨劇と言う単語が嫌でもあってしまうという風に言っていた。それにも拘らず新聞にはその事故の記事は小さくしか載っていなかった。
小さくしか書かれていなかったのは何らかの理由があったのだろうけど俺にはどうでも良かった。
事故があったと言う事実さえ分かればそれだけでよかった。
涼崎の事故により俺は人の人生なんって人の意思に関係なく簡単に崩壊してしまうって事を思い知らされた。
知りたくない現実を嫌と言うほど突き付けられた。
俺達の生きる日常に久遠永久と言う言葉がどれだけ無意味か、をだ。
俺達の意思とは関係なく日常は時間と共に勝手に変わって行く事をだ。だから、変わらない日常、変凡な生活こそがどれだけ大切な事だって事か知り始めた。
隼瀬の今の結論はそれらを考慮した上で行き付いた結果なのだろう。
今の彼女に競泳を続ける意味の無い事を。それは、初め好きなヒトの為に始めたと言っていた。
いつしかそのヒトを忘れる為に続ける様になっていた。
ライヴァルの藤宮さんが居たにしろ最終的には周りの期待に応えるためだけの記録の更新。
いつ蹴落とされるかも分からない記録の世界、何の心の支えもなしに続けて行くのは〝至難〟と言う言葉がピッタリと当てはまる。
一歩でも踏み外せばそれで終わってしまう無情な世界。
藤宮さんと違って水泳を続けていくための確固たる支えがあるわけじゃない。だから彼女はその世界から身を引いたのである。
残酷な言い方をすれば〝精神的挫折〟または〝逃げ〟だな。
それでも彼女が選んだ事なら何も言う事はない、言う事など出来るはずがない。
あの事故がなかったら隼瀬も上を目指していただろう。然し、それはもうありえない。
それに、多分だけど彼女が続けないのであれば藤宮さんも大学に入った後はやらないんじゃないかと思う。
隼瀬が就職を選んだのがそう言った理由からだと宏之には彼女自身から説明してある。
奴はそれを信じているのだろうか?若し、奴がそれを信じたとしても・・・。
それは彼女の嘘なんだ、大嘘なんだ。
真実は・・・。隼瀬は何かを言っているようだった。
それがやっと耳に入るくらいに冷静になって来た。
「ねぇ、慎治、聞いてる?行くの、行かないの?」
いつの間にか俺たちは教室を出て校門の所まで歩いて来ていた。
冬の冷たい風が俺の心をより一層冷やす。
「そうだ、今日も途中で買い物しなくちゃいけないわね」
〈居るかどうか判らない奴のためにか?〉と心の中で答えを返す。
「私が昨日、作ったの、食べてくれたかな?」
〈食うか食わないか分からないのに、また作るのか?〉とまたも俺の心がそう聞き返した。
「モット強くガツンと説教したら彼、立ち直るかな?」
「限界・・・、臨界点突破、間近」
「そうよねぇ、やっぱ卒業、危ないよね、アイツ」
「違う・・・オマエが、だっ、隼瀬」
「エッ、何の事?」
自覚症状がないような驚いた顔をする事なく彼女はそんな聞き返し方をしてきた。
「隼瀬っ、オマエ、宏之が本当の事、知ったらどうなるか考えた事あるか?」
「それは・・・、言わないって約束してくれたでしょ?」
「聞き入れただけで約束した積もりはない」
隼瀬は俺の言葉に下を向いて黙ってしまった。
「今一度、聞く。隼瀬、宏之を立ち直らせる為にやってるんだよな。If、奴が立ち直って涼崎さんの事を冷静に考えられる様になった時に奴はお前の言葉を完全に信じきれると思ってんのか?」
答えは〝NO〟だと確信している。
隼瀬が水泳をやめた本当の理由を知れば宏之、奴は自分を責めるだろう。
今の貴斗と同じ様に・・・。
奴等、二人とも大事な連中が自分の為に自己犠牲になる事を認めはしない。
自分達はそうするくせに。まったく厄介だ。
さっきまで下を向いていた隼瀬が何か言葉にしてくる。
「・・・それは慎治、アナタしだい・・・」
それを言いきると彼女は俺から視線をそらした。
彼女の表情は一層翳りをみせる。
俺の心が俺に言ってくる『彼女のために言え!』と、
「やっぱ俺、本当のことを奴に話す・・・、本当の事を奴に言う。今、言っておけば時間が経ってから言うよりも、奴の心に受ける傷を最小限に抑えられるかもしれない」
今俺が口にしたことで隼瀬の顔が一瞬、凍りついた。
「真治、話が違うじゃないのっ」
「違う、何が?それは俺のセリフだ、隼瀬っ!宏之とオマエ、二人とも奈落の底まで付き進む気か?」
激情を押さえ、冷静な口調で彼女にそう言い渡した。
「ナッ」
俺の言葉で彼女は意気消沈してしまった。
隼瀬の宏之に対する気持ちを知っている。
彼女はそれ(嘘の理由)を続け通す事で、ヤツの傍にいられる。
支えてやる事も出来るだろう。
宏之の奴は彼女を信じてさえいれば、なんの変わりもなく俺達とまた馬鹿やりながら付き合って行けるだろう。いつかは貴斗が隼瀬に対する気持ちを改めてくれるだろう。だから、俺は約束しなかったが容認はした。
宏之に隼瀬の表向きの考え、理由を信じさせたんだ。それが、今は如何だ?幼馴染みだった貴斗に無視され、宏之はいまだあんな状態。
藤宮さんがオマエをどうサポートしているか知らないけど、お前の負担は増える一方じゃないか?
黙っている隼瀬に言葉を続ける。
「いつになったら、宏之は元通りになる?貴斗は何時になったらお前に対する心のわだかまりを解いてくれる?やつ等は何時になったらお前の気持ちに答えてやれるようになるんだ?俺は、ツライ・・・そんな隼瀬、お前を見ているのが辛い・・・」
隼瀬、言っていたよな、『こんな不景気だから私みたいな運動意外何のとりえもない女じゃ、就職、難しい』って。
それにも拘らずお前は忙しい中、時間を割いて奴の世話してやって。
俺はただ指を銜えてお前を見ている事しか出来ないのか?
藤宮さんと比較したらどうだか判別出来ないが、お前の苦労を知っているのは誰よりも俺なのに・・・。
俺だけがオマエの競泳をやめた理由を知っているのに。
それは幼馴染みの藤宮さんでさえ知らない事だと思う。
本当に俺は何もしてやれないのかよ!
実際、どうすべきか心の中で判断を仰ぐ、そして、決断を下す。
迷うことはない、正直に伝えるべきだ。
「やっぱり、言うべきだ、奴に言うぞ、俺」
「やめてッ、絶対言わないで!」
彼女はいつの間にか泣いていた。そして俺にそう強く懇願してくる。
「みんな苦しんでんだ、テメエだけが苦しんでるって勘違いするなって」
「ダメッ、言わないで御願いよ」
「アイツはお前の気持ちを理解しようとしていない。だから言ってやる、本当の理由を!」
「慎治・・・、言ったら殺すわよ。アナタを殺すかもしれない」
『ガスッ!!』と隼瀬が最後の言葉を言い終えると同時に俺の胸倉を殴って来た・・・。
然し、余りにも脆弱な力。彼女は力なく地面に座りこんでしまう。
「ウッ、ウッ、うぁぁぁあぁぁあ」
彼女は両手で口元お覆い声の張り上げるのを我慢して小さく嗚咽していた。
くっ・・・、耐えられない。でも・・・、
「隼瀬、そんなに今のお前にとって宏之は大事なのか?貴斗の代わりとしてではなく、本心でそう思っているのか?」
去年の夏に隼瀬から聞かされたやつ等に対する彼女の気持ち。
俺の言葉に対して、彼女は小さく頭を縦に振って俺の言葉を肯定した。
「言わなかった事、何時かきっとオマエを仇なすぞ。後悔するかもしれないんだぞ」
「・・・」
「それでも、いいんだな、承知の上なんだな?覚悟の上何だな?」
「・・・・・・ウン」
「だったら、突き通せ、お前が言う嘘を」
「・・・・・・・・・うん」
はぁ、結局、俺の出来ることはもう一つ心に浮かんだ選択肢と殆ど変わらないじゃねぇか・・・。
「そうか・・・分かった俺はもう何も言わない、今までの事を総て聞かなかった事にする。黙認してやる。・・・ただし一つだけ約束して欲しい。これから先、隼瀬、お前が正式に宏之の彼女になって・・・・・・、いつ目覚めるか分からない涼崎さんが目覚めた時に、若しも、若しもだ。」
「悪までも、若しかしてだからな。宏之と隼瀬の中を認めつつも彼女が・・・その、あぁあぁっ、なんて言ったら良いんかなぁっ?涼崎さんが宏之を好きなままで奴が彼女の処に戻っても後悔しないか?」
泣いている隼瀬から視線をそらし、少しだけ間を開けて何も返してこない彼女に対して最後の言葉をつげてやる。
「それが出来るんだったら黙認してやる。統べて、総てをだ」
そう簡単に未来なんか予測できるはず無い。
でも最悪の事態を考え、それの対応出来るように心がけていれば、精神的負担は被害を最小限に抑えられるかもしれないと思ったからそう言葉にした。
「隼瀬、今の俺の言ったこと、守れるか?」
その問いかけに隼瀬は何かを躊躇っている様だった。
まだ答えを返してくれない彼女に背を向け日が落ちた夜空を眺めた。
どうせ、隼瀬が言ってくる答えは分かっている。だから、その答えを聞かないで背を向けたまま歩み出しこの場を去る事にした。
涙を流し嗚咽する彼女の震える体を抱き締めてやる事も出来ないまま。
隼瀬にしてやった事は結局、静観し彼女の願いの妨げにならないようにするだけだった。それと彼女が選んだ道を踏み外さないように見てやる・・・、見守ってやる事だけだった。
本当にそれで良かったのか?自分の気持ちを押さえてまで宏之の肩を持たなきゃならないのか?しんどいぜ、〝中立を保て〟姉貴の言った言葉は今、俺に重くのしかかってくる。
俺達の中で誰かが中立的な立場で接しない限り俺達の関係はバラバラになっちまう。
それが俺だったってわけか。
損な役回り。しかし、隼瀬を見守り続ける事。
これも一つの〝あ〟の情の形かもしれないし、宏之に対しては間接的にでも奴の心を救う手助けをしているんだから〝ゆ〟の情になるかもしれない。
じゃぁ~、貴斗や藤宮さんに対しては?〝む〟の情・・・、なわけネェよ。
貴斗の記憶喪失の事もあるし、あんな可愛くて気立ての良い女友達を俺がないがしろにするはずが無い。
だからそのペアは身近で俺がきっちりと良きお友達付き合いしてやるさ。
ハァぁ~しかし、重い気分になる話しに戻すけど貴斗は誰から聞いたかしらないけど、本心を知らなくても今の隼瀬の行動を知っていた。
隼瀬が宏之に向ける想いも。
ヤツの鋭い洞察力、からそう見抜いたのか、それとも情報源があったのか定かではない。
藤宮さんが貴斗に言っていないのは確かである。
貴斗の言葉を借りれば今の隼瀬の行動は、〝それは〈救いの手〉ではなく〈奪いの手〉親友に対する裏切り行為、認められるはずがない!〟となるようだ。
ヤツから見たら涼崎さんの事故で彼女が眠りに付いた事により、その隙に宏之を奪おうとしている。そう貴斗の目には映って見えるようだ。
若し、宏之が隼瀬を受け入れ、うまい関係になったらヤツはどう宏之の事を見るのだろう?だが、今の俺には想像出来ない、違う想像したくないんだ。
早くこの非現実が終わって欲しいと願い今日を終える事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます