第四話 姉と言う名の理解者
最近、俺の周りでは余りにも嫌な事がありすぎる。
嫌な事も何かに集中していれば忘れられると思った。
受験する必要ないって翔子先生に言われ、それを分かったけど今は勉強以外集中できるものが無かった。だから毎日、必死になってゼミに通っていた。
~ 2001年12月24日、月曜日 ~
クリスマスイヴを返上しゼミで勉強していた。
まぁ、彼女持ちじゃないから別に関係ないけどね。
貴斗のヤツはちゃんと藤宮さんに何かしてやっているだろうか?心配したところでどうにかなる問題じゃないけどな。
一体、誰が企てた陰謀だか知らないけどここ日本ではクリスマスイヴは恋人同士がイチャツク、っていうのが定説みたいになってしまった。
あっ、そう言えば今、思い出したぞ。
今日、貴斗のヤツちゃんと藤宮さんとデートとか言ってたっけ?あいつが何処までやれるかある意味、面白いかもな?俺的予想は十中八九、A止まりだろうけでね・・・。実はそれも危ういかもしれない。
「今日はここまで、ちゃんと予習復習するように。それではまた明日」
本来の脳内活動とは別の事を脳にさせていたらいつの間にか授業が終わっていたようだった。
「オウ、オウ、みんなさっさと帰っちまって残ってんのは俺だけ?シャァ~~~ない、俺もさっさと退散」
独り言をしながら一階の玄関口へと向かって行った。
その玄関口へ到着すると何人かのここの生徒の声が聞こえてきた。
「うわぁ、マジで美人じゃねぇ?それに何かカッコエぇーーーッ」
「誰だよ、一体あんな美人をここで待たせている奴って?ここの講師であの人と釣りあうやついるのか?」
「なぁ、なァ、俺達で声掛けて見ないか?」
その話し声をまとめ、俺の推測からゼミの建物の前に美人の女性が誰かを待っているって事だな。
普通に考えなくても誰でもわかるかこんな事。
関係ないさっさと玄関出て帰えろ。
「ウゥ~、寒い寒いっ」
外に出て初めて発した言葉はそれだった。冬だ、当然寒いに決まっている。
南国は冬でも暖かいって突っ込みするなよな。
そんな突っ込みをするようでは突っ込みレヴェル1以下だな。
「シン、寒そうだな?」
その言葉に振り向かない・・・、無視しよう。
「き・こ・え・な・か・ったのか?シン!」
頭の中に幾つかの選択肢が浮かび上がってきた。
Ⅰ:逃げると殺されるので声に従う。
Ⅱ:無視すると後で何が起こるか分からないのでその声の方へ振り向く。
Ⅲ:取り敢えず応答して見る。
Ⅳ:人違いだと他人の振りをすればその場で地獄を見そうなのでその声に答える。
Ⅴ:他人の振りして口説いて見る・・・・・。
Ⅲ番以外選択したくない。迷わずⅢ番決定。
「ハハッ、最近耳が遠くなってしまったもので、姉上、何故ここへ?」
そんな言い訳がましく口に出してから姉貴、佐京の方へ振り返った。
「シン、これを着ろ」
姉貴は男物のロングコートを俺に投げ渡してきた。
「何でここにいるんだ?」
「母様に聞いた」
「俺の言っている事、分かってる、姉貴?」
「私がシンを迎えに来る事が、そんなに不服なのか?それほどまでに嫌なのか」
「めっ、滅相も御座いませんです」
「素直でよろしい」
ガキの頃から知っている。
この姉貴には逆らわない方がいいとな。
「俺なんかに付き合っている暇があったら、さっさと彼氏でも作って父さんと母さんを安心させてやれよ!」
姉貴に本意でそう言ったやった。
「世の莫迦な男共の相手をするよりか、シンを相手にしていた方が断然ましだ」
姉貴はそうキッパリと言って返してきやがった。
〈そんな事を言っていると男を敵に回す事になるぞ〉
そんな風に心中で思って見たけど姉貴なら普通の男程度なら逆に薙ぎ倒してしまうだろうとも思った。
「そんな事、言ってるから彼氏、出来ないんだぜ!」
皮肉交じりに姉貴に言って見たがそれも直ぐに返されちまうんだな、これが。
「構わんっ!」
「馬鹿っ、言ってんじゃねぇよ、弟として心配だ」
「ホォ、シンよ、私を心配してくれているのか?姉思いの可愛い弟だ」
姉貴はそういながらシルクの手袋で覆われた手で俺の頭をなでてきた。
「わっ、何考えてんだ、馬鹿やめろよ。恥ずかしいだろ!」
「何を恥ずかしがっておる?」
姉貴は俺の事など無視し笑顔でそう口にしてくる。
姉貴の手を払いたかった。しかし、そうすれば血を見るのは明らかだ。
周囲の目、恥を忍んで姉貴の行動が止まるまで我慢しする。
姉貴に彼氏作れ、何って言ってみたけど母さんの話しによると実際、既にベタ惚れの彼氏が居るらしい。
多分、今日はその人と一緒に居る事が出来なかったから俺の相手をしてくれるんだろうと思った。やがて彼女の手が止まり俺の頭の上にそれを乗せたまま言葉をくれた。
「時に、シンよ、腹は空いていないのか?」
「減っている、早く帰って飯にしたいところだ」
「そうか、では参ろう」
「待てよ、姉貴」
姉貴はそう言うと勝手に歩き始めた。それを追って姉貴の後ろを歩こうとした。
「シン、何故私と並んで歩かぬ?」
「そうさせて頂きます」
本能が訴える、逆らうなと。
姉貴の言葉に従い彼女と並んで歩いた。
その後、家に向かうと思っていたのだが貸衣装屋に連れて行かれ、余り着慣れていないスーツを着せられ。
最終的につれてこられた場所は・・・?!
「・・・、姉貴ここは?」
「見てわからんか?レストランと言う場所だ」
「そうじゃなくて」
「シンよ、オマエも一々あれだな、少しは言葉を交わさず察してみせよ」
ソンナの無理だな。
俺は普通の人間だ。
アンタの考えを100%理解する人間がいたらその顔を拝みたい。
今、姉貴といる場所は今年オープンされたばかりの〝インペリアルハイム〟と言う名の一流レストラン。
俺にとって一生お世話になりそうもなかった場所だ。
「シン、予約は取ってある心配などするな」
聞こうとしていた事を姉貴の方から言ってきた。
姉貴がせっかく誘ってくれたんだ、何も聞かず従う。
本当は彼氏と来る所だったんだろうけど、下手な事を言って荒立てなくないからね。
「姉貴、サンキュウっ!」
そんな風に言葉にしてから姉貴に手を差し伸べて誘ってやる。
「ホォ、妾を導いてくれるのか、シンよ。有無、従おう」
まるで高貴な御方に使える従者の気分だ。
それから、姉貴と中に入り、フロントで予約を確認すると、窓際のテーブルへ案内された。
窓から見る景色は男の俺が言うのも変だがマジで幻想的。
相手が姉貴じゃなかったらと思うと・・・、誘ってくれた姉貴に申し訳ないよな、そんな事考えたら。
「ゴメンな、姉貴」とつい口に出していた。
「何だ、急に謝ってきたりして?」
「何でもない、何でもないから気にするな、姉貴」
「今日は、大目に見てやろう」
「さいですかぁ」
「シン、お前、悩んでいるだろ」
「なっ何だ、いきなりそんな事を聞いてきて?」
姉貴のその唐突な言葉に一瞬〝ドキッ〟としたが平静を何とか保ちながらそう聞いた。
「隠すデナイ、何年、私はシンの姉を努めておると思っているのだ?お前のオシメを換えた事もあるのだぞ」
「姉貴、恥じらいなくソンナ言葉をこんなところで口にするなよ」
「何を照れている、事実だろ?」
〈ハァ~~~〉
姉貴に気付かれないように溜息を付く。
〈頼むから姉貴、恥じらいと言う言葉を覚えるのではなく感じてくれ〉
シナプスに様々な信号が流れそういう言葉が脳裏に浮かんできた。
「話が反れてしまったな、もう一度言う、シン、友達の事で悩んでいるだろ?総て隠さず姉である私に答えよ」
姉貴が何故そんな事を聴くのか、判らなかった。
でも、どうするかはっきり伝えないと先に進まないから、真実を語る事にしてやったよ・・・。
本当の事を話さなかったら、後が怖い。だから、もう正直に話すことにしたよ、まったく。
「何でそれを?」
姉貴は今、一番悩んでいる事を隠さず話せと言ってきた。
何故、姉貴がその事を知っているのだろうか?この御仁は先週帰ってきたばかりだぞ。
何で俺の近状が判るんだ?不思議そうに悩んでいると姉貴は睨みながら返答を求めてくる。
「シンっ、是か非か答えよ!」
「ぜっ、是で御座います」
「ウム、それでは話せ」
出て来る料理を食べながら、貴斗の記憶喪失の事、涼崎さんの事故により贖罪を求めているヤツとそれを心配している藤宮さんの事。
その事故により急変してしまった親友、宏之の事。
次にその事故で自己犠牲的になっている隼瀬の事。
最後に俺達の関係が今、危うくなっていると言う事を姉貴に掻い摘んで話していた。
総てを話し終えるとちょうど出された料理も総て平らげていたようだ。
姉貴はナプキンで口の周りを綺麗にしていた。
「苦労しているのだな、シン」
「ああ、板ばさみ状態だ。アッ、ご馳走様でした、姉上」
「ウム、くるしゅうないぞ。一つ聞いておく事がある、シンよ、隼瀬さんと言う方をお前は如何思っておるのだ?」
姉貴の『隼瀬』と言う言葉に動揺した。
表面上に出さないようにした積もりだが実際、俺自身には判らなかった。
「ベッ、別になんともない、フランクな友達だな・・・・・・、くらいに、しか」
「そうか、私の勘違いか。ウムッ、それなら結論を言い渡そう。中立を保て絶えずその4人に平等に接しろ、冷静な判断でな。傍観を決め込んだりするな、シン、お前が彼等、彼女等を導いて見せよ」
姉貴は無茶な注文をしてくる。
出来るだろうか?
それに俺だって・・・。
「それとシン、みなの前でお前の感情を晒してはならんぞ、判ったな。お前は私の弟だ、それくらいできよう?」
姉貴の言葉に押し黙ってどうするか判断している。
「シンっ!返事は?」
〈きょっ、強制ですか姉貴?〉
判断する事などないと突き付けてくるように答えを求めてきた。
「ハイ、何とかやって見ますです」
「よく言った。それでこそ妾が弟。妾は至極気分が良いぞ!」
「然様でございますか、ハハッ」
苦笑しながら相槌を打つしかなかった。
「種明かしをしよう」
「へっ、何の?」
「なにゆえ、私がこんな事をシンに聞いたのかをだ」
「ハァ?」
気の無い返事を返した。
「私が帰って来た時、シン、お前が物凄く深刻な面をしておったから私なりに心配して、母様にお前の事を尋ねたのだ。それから、学友関係の事であろうと母様は言っていたからな、友達思いなお前だ、そう思い後は私の勝手な推測からだ」
チッと心で舌打ち。
出所は母さんか、でもそこからあれだけを推測できる姉貴もやっぱ凄い。
でもそんな姉貴を俺は嫌いじゃない。
姉貴とある程度胃の中が治まるまでその場から外の景色を眺めていた。
その間、何度かヒヤヒヤさせられる事を姉貴から聞かれたが、何とか、躱して見せた。
「そろそろ帰るとするぞ、シン」
「仰せのままに」
姉貴は俺より先に席を立ち、それに付きしたが追うように行動した。
レストランから出ると遠くに見覚えのある人影が二つ見えた。
今、近づいて行けるはずもの無い。
〈俺はそんな野暮な事はしないから安心して置け二人とも〉
その二人に念を送ってやった。
「どうしたシン、何をぼんやりしておる?」
「何でもないよ、姉貴。それより、今後の参考までに聞きたい、ここのディナーってどの位する?」
「シンよ、何故そのような事を聞く?」
「だから今後の参考の為」
「ホォ、彼女が出来た時の為か」
姉貴は勝手に解釈している。
俺の言い方はあくまでも方便だ。
それに彼女が出来てもここでお世話になるほど金なさそうだし。
少し間があいてから姉貴は俺の質問に答えてくれた。
「分かった、教えてやろう。今日のクリスマスイブディナーはお一人様9万9千800円だ」
「・・・マジか?」
「何だぁ、その顔は?驚いたのか」
「さっ、佐京姉上有難き幸せで御座います」
「悦んでくれたか、ヨシ、ヨシ」
姉貴に気付かれないよう目を動かし二人を探したらすでにそこにはいなかった。
俺の勝手な予想だがさっきの二人のディナーは割り勘ではなくヤツが払ったのだと思った。
一体、何処にそんな金が?と思い知らされてしまう。
ヤツに後で探りを入れてやろうと頭の片隅に記録して置いた。
「シン、突っ立ってないで帰るぞ」
そのレストランを出てから俺は姉貴と夜だと言うに昼間と変わらないくらい明るく感じる繁華街へと向かって行った。
佐京姉貴と一緒に歩いていると途中、様々な視線を受けていた。
神経が磨り減る思いだよ。姉貴は全然気にする風もなく毅然と事を構えていた。
姉貴の思考は凡人である俺には分からねぇよ。
姉貴から俺を見たらやっぱ、ガキなのかな?
そんな事を考えながら佐京姉上様と家へと到着したのであった。
チャン、チャンッと
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