第29話
もう整備員さえいないエグゾスレイヴ保管庫は巨人の並ぶ墓室のようにひっそりとしていた。
ただ唯一、エクステンドエグゾのミゾウのいる場所では無心にコンソールを叩く音が響く。
その音の出どころはエグゾスレイヴのエミュレーションを行っているコウジだった。
「夜なべもいいのじゃが、疲れを残すのは感心せぬのう」
おもむろに振り返ると、コウジの後ろにはユニが立っていた。いつの間に居たのか、コウジは気づきもしなかった。
コウジが時間を確認するともう深夜だ。普通ならコウジも寝ている時間だ。
「少し集中しすぎましたね」
「相変わらず忙しない。ワーカーホリックという奴かのう。ほどほどにするのじゃぞ」
「ええ、もう少しで完了します」
コウジはそう言うと、再び作業に取り掛かる。ユニはそんな仕事中毒のコウジに呆れながらも、すぐそばでうずくまった。
「のう、コウジ」
「なんです? ユニ」
ユニのか細い声に、コウジが返事をする。
「もしこの星アテームを救った後も、頼めば残ってくれるかえ?」
ユニの提案に、コウジは作業の手が一時的に止まる。しかしすぐに作業を再開し、答えた。
「約束はアテームの危機を救うまでのはずですが?」
「そうじゃが、思い直してみたのじゃ。この星とあたいの行く末というのを」
「行く末ですか?」
ユニ曰く、自分だけではこの星を維持するのは難しい、のだと。
「気づいたのじゃ。この星を運営していくにはあたいだけでは力不足じゃ。優秀な頭脳があっても有能なハードがなければ意味がない。それはお主たちのような人間なのじゃ」
ユニの言い分はそうなのだろう。だがユニの言葉の端々には別の感情が見て取れた。
「単に寂しいだけじゃないですか」
「……そうかもしれぬな。見透かされておったか」
ユニは隠しもせず認めた。
「1000年近く孤独であったのもココロ博士との約束を思えば、機械的な反復の日々も大したことはなかったがのう。今思えばそれは人間的な側面を欠如していただけなのじゃ。共に目的のために動き、たわいのない冗談を言い、信頼しあう。その大切さを思い出したのじゃ」
「もう元の、1000年間の自分には戻れないのですか?」
「おそらくココロ博士が意図的にそうしたのかもしれぬ。過去のココロ博士たちとのやり取りも、やっと鮮明になってきているのじゃ。人工コーヒーのまずさについて討論したり、培養肉の味付けの仕方を毎食何にするか決めたり、インターフェスのアンドロイドをどんな人物にするか話したり、そんなありきたりのやり取りがしっかり思い出せた。だからこそ――」
ユニは楽しそうに話していたが、悲しそうに下を向いた。
「私は怖いのじゃ。今のあたいは500年だってひとりでいられぬ。大量の感情バグと記憶の重量に押しつぶされて自我が意味消失するかもしれぬ。そんな脆弱性があったなどとはあたいも体験するまでは知らなかったのじゃ」
おそらく今のユニとここまで1000年間のユニは違う。その弱さももしかしたら開発者であるココロ博士の意思だったのかもしれない。理由は定かではないが……。
「そうですか……」
コウジはユニに悩みを打ち明けられて迷う。
自分は元々アーバン運送の一員、ユニとは約束を果たせばそのまま別れるつもりでいた。
しかしユニからこうも真剣に頼まれてはきっぱりとさよならをいうわけにはいかない。
コウジは「うーん」と迷い、結局はこう締めくくった。
「その話はティンクルイーターを討伐した後にまた考えましょう。急いで考えることでもないでしょう」
「……それもそうじゃな。結論を急かすようで悪かったのう」
ユニは残念そうに言うと、とぼとぼと来た道を戻っていった。
「さて、どうしたものですかね……」
コウジは最終チェックを終えて、再び考えるのだった。
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