第28話

 尋問室はピリリと緊張した空気をしていた。


 なにせタマヨの前には仇敵アーバン家の娘がいる。それにジュエルもスケイルの船員の仇相手となれば落ち着いた気持ちではいられないだろう。


 コウジとユニも居合わせているとは言え、とても和解するという雰囲気ではない。しかしこの場にはジュエルが欠かせない人物だった。


「取引をしませんか? タマヨ」


「何を取引するって? そこのお嬢ちゃんが腹踊りでも見せてくれるなら私は喜んでこの首を差し出すよ」


「……そんなくだらない話ではありません。アナタの敵、アーバン家に仕返しをするチャンスをあげます」


「……ほう?」


 コウジの言い分に多少興味を持ったのか、タマヨは聞く姿勢になる。


「アナタはアーバン家に恨みがあります。そしてこの方、ジュエル船長はアーバン家の長男と次男に裏切られた人物なんです」


「それで?」


「ですからジュエル船長もアーバン家と反目する存在なのです。だから……」


「そんな理由で私に協力をさせるつもりかい?」


 コウジは反論に対して、ぐっと声を堪える。


 確かにいくら目的が同じになろうと、ジュエルはアーバン家、タマヨと敵対の関係だ。こちらから交渉をしかければ何か譲歩を引き出せると踏んだコウジの浅い読みはすぐに看破されていた。


「あいにく私も慈善家ではなくてね。その程度の理由で恩讐の敵と肩を組む気にはならないよ」


「……ですが」


「ですがもクソもないよ。失せな。そんな了見の狭い細事で私に話し掛けるんじゃないよ」


 コウジはすこしは取り付く島があると踏んだが、ダメだ。


 これ以上の交渉は無意味と早々に諦めていると、なんとジュエルのほうから口を開いた。


「お前の恨みとやらはその程度なのか?」


「何?」


 ジュエルの挑発的な物言いに、タマヨは睨む。掴みとしては最高で最悪だが、何か考えがあるのだろうか。


「これはチャンスとは考えないのか?」


「チャンスだと?」


「そうだ。今アーバン家は末の娘との揉めあいの最中だ。内部からアーバン家を崩壊させる絶好の機会とは考えないのか?」


「……ほう」


 コウジはジュエルの考えを意外に思った。なにせジュエルはアーバン家を尊敬、陶酔(とうすい)しているといってもいい。それがこうも反旗を翻すとは思っても見なかったからだ。


「いいのですか? 相手は仮にも肉親と兄弟ですよ」


「いいんだ。今回の件で腹が決まった。前々からお父様や兄様からは嫌がらせを受けていた。しかしこうまであからさまに謀略を組まれるとは……。今のアーバン家は腐っている。しかもそれが私の部下たちを巻き込んだとあっては、もう許せない」


 ジュエルの言い分はもっともだ。腐った果実が内面を蝕んでいるなら、全て取り除くのが一番の処置方法だ。


 だからこそジュエルは提案するのだろう。


「私を利用しろ、タマヨ。お前の恨みはその程度じゃないはずだ。たとえ泥水を啜ろうと、怨敵の一部と杯(さかずき)を交わそうと、それくらいの障害では7英雄のひとりは止められない。もっと狡猾はずだ。その蛇の毒を私に植付けて見せろ」


 ジュエルの捨て身とも言える話術はタマヨに届いたのだろうか。


 タマヨは真剣なジュエルとは打って変わって、面白い見世物を見るように笑っていた。


「なんだい。娘っ子にしてはいい啖呵を切るじゃないか。まあ60点、ギリギリ赤点回避だね」


「なら……」


「いいだろう。だけどそうまでいう以上は私はアンタに付き纏うよ。いざとなればアーバン家の末娘だけとでも差し違えてやるからね。今言った言葉、忘れるんじゃないよ」


 こうして、ジュエルはタマヨを説得に成功した。


 しかし、殺し殺された間柄でタマヨとその部下のスケイル船員たちへの心証は最悪だ。それでも、獅子身中の虫を飼ってでも望まなければ、ティンクルイーター討伐という偉業は成し遂げられないのだ。


「作戦を話そう」


 ブリーフィングには裏切り者、元敵、それらの被害者が集合していた。


「アクマカブリカはこの惑星の大気よりも重い物質とわかっている。そこで火口に前駆体を設置し、一気に合成して内部へ放出する。そうすればティンクルイーターはしばらく巣に戻れず、猛毒の中から出てきます。そこを叩く」


「それはもっとも敵に接近するやり方だな。誰が行く」


「もちろん、私が」


 モーダンは自分から名乗りをあげる。


 正直いえば、モーダンはまだ信頼が置けるとは言いがたい。しかしこの作戦の要であるアクマカブリカの合成方法を知るのはモーダンただひとり。ここは信じるしかない。


「それで、勝算は?」


「私にいい考えがあるよ」


「タマヨ?」


 意外にもそこで名乗りをあげたのはタマヨだった。


「実は傭兵家業をしていたときにティンクルイーターとやりあってね。その時の作戦を応用するよ」


「どんな作戦ですか?」


「名付けて『こっちに来るな玉無しやろう』作戦だ」


 ネーミングセンスは脇に置くとして、タマヨの作戦は興味深いものだった。


「まずおびき寄せたティンクルイーターに惑星表面へ降下した艦隊を使う。そして艦隊から鹵獲用のアンカーを打ち込むんだ」


「海賊らしい強引なやり方ですね。しかしその程度では仕留められないのでは?」


「誰が息の根を止めるといった。ティンクルイーターにはちょっと別の惑星にお暇を上げてやるのさ」


 タマヨの話を聞き、皆がハッとする。全員がティンクルイーターの駆除ばかりを気にしていて、本質を忘れていたのだ。


「必要なのはこの惑星の熱を吸わないようにすることだろ? ならばワープ装置を暴走させて遥か銀河へ追放してやればいい。それこそ私たちが孫を作って老衰するまでね。まあ、私には関係ない時間だけどね」


 タマヨは自嘲しつつも飛び抜けた発想をコウジたちに渡してくれた。


「残りの艦隊数は具体的にいくらですか?」


「巡洋艦1、軽巡洋艦3、駆逐艦が5隻じゃ。あのデカブツを運ぶだけならギリギリ行けそうじゃぞ」


 ユニの言葉に同調するように、モーダンも頷く。


「化学ガスでティンクルイーターを追い出せる時間はせいぜい20分、しかしアンカーを打ち付けてワープするだけの時間がある」


「ならば艦隊は火口近くに布陣し、頭が出来きったところで作戦を始める。それなら可能そうじゃ」


 こうして作戦は決まった。


「よろしい。本日を持ってこの作戦は『キックボール』作戦と名付ける。皆は近日中に作戦開始ができるよう準備をするように」


「はいっ!」


 やっと希望が見えはじめた。細い、本当に細い蜘蛛の糸だがまだ勝てる見込はある。


 その事実が全員を奮起させ、作戦開始へと備えるのであった。

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