第27話

 モーダン・サンソンという男は変わった男だった。


 常に人嫌いのように他人を遠ざけ、その一方でジュエルを信奉する。一種の狂信者のように振る舞っていた。


 ジュエルの身が第一、それ以外は二の次、まるで命の恩人であるように振る舞っていたのだ。


 なのにジュエルだけではなく、スケイルの船員たちを裏切った。それもどのように、どんな理由かも分からずにだ。


 コウジは徹底的にこの点をモーダンへ問い詰めるつもりでいたが、本人はあっさり口を開いた。


「私がジュエル船長に荷運びさせたのは密輸品だ。それも特上にやばいな」


 曰く、スケイルの舟が積んでいた特急品は検閲に引っ掛かる品だったようだ。それも、ジュエルの身がただでは済まないような。


「核及び生物化学兵器禁止協定、魔王討伐後に勃発した科学的な紛争の黎明期に使われた非人道兵器を規制する協定、それを破る危険な物質を運ばせていたのだ」


「具体的には?」


「即効性接触型神経毒『アクマカブリカ』、その名の通り常人がガスに触れば数秒で市に至る危険な物質だ」


「……そんなものを!?」


 コウジが驚愕するのをしり目に、モーダンは淡々と語りつづけた。


「ただしアクマカブリカの前駆体、合成し化学反応を起こさせねば発生しない比較敵に安全な品だ。それでも検閲に引っ掛かれば一味の投獄は免れないだろうがな」


 モーダンは自重するように、ふふっと笑った。


「何故わざわざそんなことを?」


「決まっている。長男のケイル様の指示だ。もっとも、その証言は私のものだけで物的証拠である書類は別の者だと決定付けされているがな」


「アーバン家長男のスパイというわけですか、それにしてはあっさり吐きましたね」


「こうなった以上私は無力だからな。スパイというのも育てられた縁故だ。アーバン家には昔から汚い仕事を請け負う都合のいい駒として養われた。感謝もしているが恨んでもいるのだよ」


「スパイのくせに仕事一筋ではないのですね。まるでゴロツキです」


「ゴロツキ、か。言い得て妙だな。昔は仕事に私情は挟まぬようにしていたのだがな」


 私情、それはおそらく別室で話を聞いているジュエル自身の話だろう。


 モーダンはアーバン家の長男からジュエルを協定違反の密輸品運搬の責任者として投獄させるという任務を請け負い、実行した。ただし次男からの殺害という任務を達成しようとはしなかった。


 違う、自分から無視したのだ。


「私が課せられていたのはあくまでジュエル船長を罠に嵌めるという任務のみ、殺害は含まれていなかったのだ」


 おそらくモーダンは任務とジュエルへの私情の板挟みになっていたのだ。裏切るけど殺しきれない。それがモーダンの判断を鈍らせた。


「ならば私たちに話して任務を放棄しようと思わなかったのですか?」


「言ってどうする? そうなればその場で私は裏切り者扱い、だが成功すれば同じ被害者なのだ。どちらも地獄ならいい方に転ぶように動くのが妥当だろう」


 モーダンの言い分はいびつだが正当性はある。対面上の裏切りか、感情的な裏切りか、モーダンは結局前者を選んだのだ。


 結局は自分の保身、モーダンにあったのは自分を守るという考えしかなかったわけだ。


 守るといっても、それはジュエルのモーダンへの感情の話なのだが……。


「さて、どうします」


 コウジが別室のジュエルたちの部屋に入り、尋ねる。


 ジュエルは信頼の置ける相手の裏切りに心底落ち込みながらも、決定を下した。


「荷物は廃棄し、モーダンは会社から追放する。それが妥当な線だ」


「!? 裁判を通さずにですか?」


「モーダンの言う通り、アーバン家は裁判所にも絶大な人脈がある。もしケイル兄様たちを告発しても逆に起訴されるのがオチだ。……なかったことにする。それが一番の落としどころだろう」


「船長が言うなら、その通りでしょうね」


 コウジは完全に納得がいかないものの、事情は察した。


 アーバン家はジュエル、モーダン、それにタマヨが証言したように隠蔽や陰謀を巡らす巨大な組織だ。そんな相手を真っ向に相手にする口実を作らせたくはない。


 悔しいが、ここは我慢のしどころだ。


「ジュエル船長、そこにいるなら頼みがある」


 コウジたちが話していると、モーダンが急にしゃべり出す。


 こちらの部屋は音が遮蔽されて一方的に聞こえないにも関わらずだ。


「罪をあがなうとまでは言いません。私にティンクルイーターを討伐するための腹案があるのであります」


 モーダンは聞こえているかも分からずに、淡々と喋る。


「アクマカブリカは強烈な毒性があるのであります。それを用いてティンクルイーターに浴びせれば殺すとまではいかずとも、あぶり出すことができるはずであります」


 コウジたちが困惑していると、ユニが頷いた。


「おそらく可能じゃ。ティンクルイーターの遺伝子には幼体前のパラコープスの性質故に、人間のDNAが組み込まれているのじゃよ。同じ受容体があるならば、効くとも考えられるのう」


 ユニはモーダンに賛同するも、声を詰まらせた。


「ただしあの物質はあたいにも未解明の物質じゃ。前駆体から合成するにしても解析に時間が」


 ユニが悩んでいると、まるで聞いているかのようにモーダンは言葉を続けた。


「アクマカブリカの精製方法はこの場では私しか知りません。手伝わせてくれれば協力するのであります」


 モーダンはそう言い切ると、また黙り込んでしまった。


「どう見ます? 明らかに危険な賭けですよ」


 コウジたち3人は輪を組ながら相談しはじめた。


 モーダンとユニの話が本当なら、これはティンクルイーターを退治する一縷の望みだ。アークマターと音響装置がない今、最後のチャンスといってもいい。


 しかしそれにはリスクが付き纏う。


「毒物を精製する過程で私たちを裏切る可能性があります。毒物で私たちを脅したり、そもそも殺害に使う可能性もあります」


 コウジはそう躊躇(ためら)いを明かす。


 だがジュエルの場合はそうでなかった。


「私は信じるよ」


「ですが……」


「コウジも私が人質にされたとき、モーダンを信じた。私という人質があれば、モーダンも迂闊なことはできまい。ここは賭けに出る価値がある」


 ジュエルにそこまできっぱり言われると、コウジもユニも拒絶する余地はなかった。


「モーダンには常に監視をつけ、アクマカブリカ精製を行わせる。いいな」


 ジュエルのはっきりとした意見に、コウジとユニは迷いつつも肯定した。


 これでティンクルイーター討伐の可能性が見えてきた。けれどもそれにはまだ戦力が足りない。


「ならばリスクついでにもうひとつあたりましょう」


「何をするつもりだ?」


 ジュエルの問いに、コウジは慎重に述べる。


「タマヨにティンクルイーター討伐を手伝わせます。交渉は任せてください」


 コウジの無謀といえる意見にジュエルは動揺するも、黙って首を縦に振るのであった。

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