第26話
音響装置を作るためのアークマターがあるというジュエルの意外な言葉に、周囲は若干ざわついていた。
「それは本当ですか?」
「もちろん、品物の備忘録は読んでいる。それによれば今回の荷物は精製済みアークマター60トン、音響装置を作るには十分ではないか?」
ジュエルのこの発言に、ユニは頷く。
「ふむ、確かにそれだけあれば音響装置の再建は可能やもしれぬな」
「じゃあ、作戦は続行できるんですね」
希望が見えてきた事実に、周囲はにわかに明るくなる。しかしこれに待ったをかけたのはモーダンだった。
「待ってくれ。その品は会社を立て直すために重要な物資、手を付けるわけにはいかないのでは」
「だがモーダンよ。荷運びの期日はとっくに過ぎている。ここで使わねばいつ使うと言うのだ」
「考えてください、船長。この荷物は戻れば必ず返却の義務が付き纏うのであります。違約金だけではなく荷物の代金までを払うことになります。しかも成功するか分からない作戦でありますよ」
「確かにモーダンの心配はもっともだ。けれども私はこの星を救う手段に投資したいのだ」
「投資でありますか」
「そう、ユニはこの星の維持に熱心だが資源の提供には惜しまぬようだ。うまくいけば相応の報酬を期待できるのではないか?」
ジュエルの問いにユニは大きく縦に首を振った。
「だ、そうだ。決まりだな」
「ま、待ってください」
それでも食い下がるモーダンに、ジュエルは「くどい!」とばかりに押しのけた。
コウジたちがドロップシップに載せたままの物資を見に行くと、確かにそれはあった。
近くで見てみると物資は小分けにして鉄製の箱に詰められ、開封を待っているようであった。
「これだ。これさえあれば作戦の継続は可能だ」
ジュエルは喜び勇んで荷物の荷ほどきを開始する。それに続いて周りのコウジたちも中身の確認に参加した。
ところが、である。
「……ほんとうにこれがアークマターですか?」
中に入っていたのは赤子ほどの大きさの円筒であった。触ってみるとそれは冷蔵されており、ずっと持っていられないほど冷たい。
コウジの知識によればアークマターは常温の鉱物。保存は酸化などの変化の心配もなく、精製されたものでも炭石のようにごろごろと入っているはずだ。
コウジが試しに容器を振ってみると、中身は液体のようであった。
「どういうことです?」
「分からない。少なくともこれはアークマターではない。別の物質だ」
コウジもジュエルもその他の人間も困惑していると、唯一ひとりだけ動きがあった。
「ここまでか!」
「モーダン! 何を!?」
モーダンは突如拳銃を抜くと、ジュエルを組み伏せて銃口を頭に突きつけた。
「全員その場を動くな!」
モーダンの突然の反応に、全員が静止するしかなかった。
「どうしたモーダン! 気でも狂ったか!」
「まだ分からないのでありますか! アナタはアーバン家から見限られたのでありますよ!」
モーダンの指摘に、ジュエルは当惑する。けれどもコウジは事情を知っていた。
ジュエルはアーバン家の次男に情報を売り渡すという形で命を狙われていた。もしそれが次男だけではなく、アーバン家全体、いや個々による別々の思惑であったのなら。
「……モーダン。アナタは荷物の中身を知っていたのですね。しかもそれはアーバン家長男の指示なのでは」
「頭の回転が速い男だ。いずればれるであろうから先に教えておく。アーバン家の長男、ケイル様はジュエル船長の今の地位をよろしく思っていないのだよ」
ジュエルは上手く話が飲み込めず、混乱している様子であった。
「どういうことだ? ケイル兄様が私を? それが今の状況とどう関係がある!?」
「すこしは考えてください、船長。アナタの今の働きを良く思っていない方がまともな仕事を押し付けるとお思いでありますか?」
モーダンの指摘に、皆が気づく。ならばこの荷物は、ただの物資ではない。
「もしや、密輸をさせたのですか?」
「そうだ。しかも宇宙運搬法に違反する超危険物なのだよ。扱いは慎重にな」
モーダンはそう言うと、コウジたちが持っていた円筒の容器を元の場所に戻させた。
「それでどうします? まさか考え無しの行動ではないですよね」
「もちろんだ。このドロップシップと艦隊の一部をもらう。それに追いかけられないように他は自沈させてな」
どうやらモーダンはユニの艦隊で逃げる腹積もりだ。自沈させるのはその後を追わせないためだろう。
「素直に応じるとでも?」
「いや、そうせざるを得ないはずだ」
モーダンは組み付いたジュエルの頭に拳銃を押し付け、周りを牽制した。
「すこしでも動いて見ろ。船長の命は保障しない!」
モーダンはジュエルを引きずり、ドロップシップに乗り込もうとする。このままでは安々とドロップシップを奪われてしまう。
艦隊の方の指揮系統はユニが把握しているものの、ジュエルを盾に取られていてはどうなるか分からない状況だ。
「いえ、アナタは撃てません」
ただしコウジだけは違った。何と無防備にモーダンへと近づき始めたのだ。
「ならば何故命を張ってまで船長を助けたのですか。それは矛盾してる。だからアナタは撃てません」
「……っ! 止まれ! 本当に撃つからな!」
コウジはモーダンの都合に遠慮なく、ずんずんと近づく。非武装とはいえ、こうなればモーダンも対応を迫られた。
「止まれと言っている!」
モーダンが拳銃をコウジに向けると、同時にコウジも動く。
コウジは銀色の左義手をモーダンに向けて構えると、それを射出したのだ。
「なっ!?」
モーダンは驚きながらも発砲する。撃った弾はコウジに向けられるものの、義手が弾き、別の場所へと跳弾した。
コウジの義手はそのまま飛翔すると、殴るようにモーダンの拳銃を拳ごと握り潰したのだった。
「ぐあっ!?」
「遠隔操作可能な特製義手です。観念してください!」
しかもモーダンが痛がる間に、ジュエルは肘鉄をモーダンのみぞおちに食らわせる。
これにはモーダンも堪らず、ジュエルを手放してしまった。
「確保!」
そうなれば当然、モーダンに向かって他のものたちが殺到する。モーダンも多少の抵抗を見せるが、多勢に無勢、すぐさま身柄は拘束された。
「よく判断したな。大馬鹿者」
ジュエルは締め付けられた首を撫でつつ、恨みがましい視線をコウジに突き刺す。
「すみません。あの状況ではそうせざる得なかったのです。それに……」
「それに?」
「私は信じていたのです」
「私が撃たれないという盲信をか?」
「いいえ、私が信じたのはモーダン自身です」
コウジの言葉に、ジュエルは疑問符を浮かべる。敵を信じるという話に合点がいかなかったのだろう。
「私が信じたのはモーダンの船長への忠誠心です。モーダンはジュエル船長を傷つけられない。そう信じて動いたまでです」
「……そうか」
ジュエルはモーダンと長い付き合いだ。それが偽りの絆ではないと、モーダン自身が証明した。
ただしその信頼はジュエルを裏切るという形の矛盾も孕んでいたのであった。
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