第30話

 再び戻ってきた火口はティンクルイーターが通り抜けた名残か、ふつふつとマグマを沸かせていた。


 その周りを陣取るのはコウジたちのエグゾスレイヴ、そして大気圏内に降りてきたユニの艦隊だ。他にも例の化学兵器であるアクマカブリカを収めた装置がセッティングされている。


「言うまでもないが、これが最後のチャンスだ」


 作戦を目の前にして、ジュエルが皆に通信で語り掛ける。


「先の戦いで友を失い、仲間を失った者も多いと思う。帰るためだとしてもこの戦いを行う価値を見いだせない者も少なくないはずだ。それでも、作戦に参加してくれてありがとう」


 ここまでスケイルの船員で自ら落伍した者はひとりもいない。それはユニへの義理堅さではなくジュエルの人徳がなす業だと、コウジは知っていた。


「この星がなければスケイルを失った私たちは命がなかっただろう。だからといって命を張る価値がないと思うかもしれない。それも仇敵である傭兵海賊とともに行うのは不本意だろう」


 傭兵海賊の数人はエグゾスレイヴに乗り、参戦している。その筆頭であるタマヨはヘビーエグゾのクリムゲンに乗って臨戦態勢だ。


「だが私は無意味だと思わない。スケイルという船を失った以上、私たちにあるのは負債だけだ。このままでは皆路頭に迷う。そこで一発賭けといこうではないか」


 賭け、それはユニにこの星の生存と引き換えに所有権を移譲されるという話だ。


 ユニは星の生存が第一であり、資源や居住権については重要視していない。だからこそこの契約ができたといえる。


 またこの星の希少性は生物が住める居住可能惑星というところが大きい。数ある星でも生きて営みができる星は少なく、希少性は高い。


 もしもこの星を得られれば、生きていくための糧は十分だろう。


「明日を生きていくためには、この星を得る必要がある。この星を得るためにはティンクルイーターから星を救うしか選択はない。それが戦う意味だ!」


 ジュエルは傭兵海賊から譲り受けたヘビーエグゾ『マッコウ』に乗って陣頭に立っている。指揮官が先頭に立っているのは重要だ。自分だけ後方で引っ込んでいれば兵士たちは命を託す気になれないからだ。


「私は作戦の成功を願い、皆を死地に導く! だが死ぬな! 生きて目的を果たそう!」


 ジュエルの鼓舞に、皆は歓喜する。ジュエル船長万歳! と声高に叫ぶ者さえいた。


 けれどもこの戦いで大勢の人間が死ぬのは避けられない。コウジとて生き延びられるかはわからない。それでも歩み続けなければ生きていく価値はないのだ。


「コウジはともかく、皆がこうも命を投げ出してくれるとはのう」


 コウジの回線に、ユニがため息のような悲嘆のような言葉を投げかける。


「別にアナタに命を託したわけじゃありません。アーバン運送の社員のほとんどは生活困窮者です。ジュエル船長に命を救われ、生きる意味をもらった人も少なくありません。だから皆命を懸けるのです」


「そういうものかのう……。あたいには理解できぬよ」


 人は合理よりも情で動く、それが今の皆の心境だろう。そうでなければこんな馬鹿げた作戦に命運を託せない。


 傍目には死への行進にも見えるかもしれない。ただし例え死ぬにしても価値がある死だと皆信じて死んでいく。そういうものだろう。


「準備はいいか」


 通信に別の声が入る。それは化学兵器を生成しているモーダンのものだ。


 モーダンは今、コウジが所有していた『マテバ』に乗り、淡々と作業していた。


「モーダン、始めてくれ」


「了解しました」


 モーダンはジュエルの指示を受けると最終工程に入る。


 すると装置から紫色のガスが噴出し、火口の中へと流れ込んでいった。


「マグマの熱で分解される可能性はありませんか?」


「それはない。アクマカブリカは惑星初期の高温化でも生成されるガスだ。その心配はあるまい」


 モーダンがそう補足してくれると、火口に変化があった。


 マグマが噴水のように湧き上がると、中からティンクルイーターの巨体と幼体が飛び出してきたのだ。


「全員戦闘開始!」


 火山から出現したティンクルイーターに対して、エグゾスレイヴが一斉に攻撃を開始する。


 ただこれは誘導だ。本命は艦隊からのアンカーである。


「全アンカー射出!」


 ユニの号令とともに、無人の艦隊から固定用のアンカーが撃ちだされる。


 狙いは過(あやま)たず、すべてのアンカーの矢がティンクルイーターの胴体を撃ちぬいた。


 ――ギュオオオオオオオ!


 ティンクルイーターは痛みからか身もだえする。その途端地上にいた数機のエグゾスレイヴが巻き込まれ、無残にも散華していった。


「ジャンプまで200秒じゃ!」


 艦隊とティンクルイーターが綱引きしたまま、あと200秒も待たなくてはならない。


 それには地上からの援護は不可欠だった。


 エグゾスレイヴは暴れるティンクルイーターにまとめて押しつぶされぬよう散開し、銃身が焼き付くまで撃ちまくる。


 排出される薬莢が乱れ散る桜のように舞い、地上で爆ぜるように落ちていく。そうしてティンクルイーターの気を弾丸でひきつけ、時間を稼ぐのだった。


「残り60秒じゃ!」


 あと1分、そんな時に限ってティンクルイーターはまたしてもアンカーから逃れようと身体を揺さぶる。


 今度はアンカーの耐久限界を超える動きだったのか、次々と杭が外れてしまった。


「アンカーが!」


 コウジたちが呆気に取られる間にすぐさま対応した者がいた。


 それはモーダンだ。


 モーダンはマテバを操り、ティンクルイーターに乗ったまま外れたアンカーをつかみ、固定する。


 しかし無茶だ。エグゾスレイヴはそこまで丈夫に作られていない。


「アナタだけにはいい恰好をさせませんよ!」


 マテバが振り落とされそうになるのを、コウジのミゾウが支えるようにアンカーを引っ張ったのだ。


「度胸があるじゃないか!」


「私も続こう」


 続いてタマヨのクリムゲンが、ジュエルのマッコウが、他のエグゾスレイヴたちもティンクルイーターとアンカーをつなぎなおそうと乗り移った。


 ――ギュオオオオオオオ!


 ところがティンクルイーターはより一層身体を揺り動かし、次々とマテバやクリムゲン、マッコウなどが振り落とされていく。


 しかもティンクルイーターの口元が白く発光し、自分を拘束しているユニの艦隊へと向けたのだった。


「回避、できぬのじゃ!」


 ティンクルイーターの放射光が空を割り、艦隊を次々と撃破していく。ついには全艦隊が光にのまれ、爆散してしまった。


 艦隊は全滅。万事休すかと思える中、コウジだけは違う考えが浮かんでいたのであった。

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