第24話

 ティンクルイーターの住処である火口はずっと荒れ地が続く場所にあった。


 この場所も他と例外なく雪で一面真っ白で、活動期でない火山は単なるはげ山にも見え、穏やかだった。


 コウジたちは火山の麓で着々と準備をし始める。作戦の要である音波兵器を設置し、全軍がそれを守るように陣取り、空の上では艦隊も集結していた。


「全軍戦闘準備完了しました」


「よし、では音波兵器を起動するぞ」


 ジュエルの命令によって、音波兵器の周りの作業員たちが起動のための手順を踏む。エネルギーを充てんし、稼働させたエンジンによって音波が反響しあった。


 人間には耳で感じられないものの、肌の震えで皆が戦いの始まりを感じていた。


「火口付近で反応アリ!」


 観測員がそう報せを届けるように、火山全体が振動している。


 局所的な地震とも思えるそれは、あの化け物の出現の前触れだった。


「ティンクルイーター出現!」


 鮮血のようなマグマの噴出と共に火口から伸びる長い胴体、それは紛れもなくティンクルイーターのものだった。


 ティンクルイーターは胴体周りだけでもエクステンドエグゾを上回り、全長はいまだ火山に埋もれて全容が見えない。一説には星を一周できるほどの長さと言われ、間近で見ているコウジたちも納得せざる得ない巨大さだった。


 そして特徴的なのは頭部、まるで花のように開いた口に茨のような牙が生え、時折舌をちらちらと覗かせる。星ほどの寄生虫、それがティンクルイーターから受けるイメージだった。


 しかも隕石のようにゴツゴツした肌には幾つもの窪みや穴があり、デキモノのようなそれらにも別の動きがあった。


「ティンクルイーターの皮膚部分から何か排出されます!」


「おそらくティンクルイーターの幼体じゃ! 奴は自分の皮膚に卵を産み付けるからのう! 気を付けるのじゃよ!」


 もだえ苦しむように空を仰いでいるティンクルイーターの代わりに、その幼体たちが一斉にコウジたちへ向かってくる。


 幼体の見た目はティンクルイーターよりもやや複雑で、何かの生物のような面影がある。それは最初期の寄生体であるパラコープスの名残なのだと、コウジは判断した。


「全軍掃射!」


 ジュエルの発令により、全てのエグゾスレイヴの火砲が火を噴き、向かってくる幼体たちを肉片へと変える。


 しかしそれは一部分だけで、残りの幼体たちはコウジたちに肉薄しようとしてきた。


「白兵戦に備えろ!」


 幼体の大きさはまばらだ。人間より少し大きい程度のものもいれば、エクステンドエグゾを凌ぐ大きさまでいる。エグゾスレイヴに対して攻撃的でないけれども、目標は同じだ。


「どうやらこいつらも音響装置を嫌がっているようですね」


 コウジはエクステンドエグゾ『ミゾウ』のその大きな巨体で幼体たちを圧倒する。100ミリオーバーの戦車砲クラスの武装を複数動かしながら、その大きな手の平で蚊を潰すように幼体をすり潰す。


 他のエグゾスレイヴたちも各々、幼体の大きさに応じて攻撃していった。


 一方ティンクルイーターも野放しになっているわけではない。


 こちらは惑星外の艦隊からの爆撃を受け、身動きが取れていない状況だった。


 また幼体をあらかた排除したエグゾスレイヴたちも、援護するようにティンクルイーター本体への射撃を開始していた。


 しかし、その効果は芳(かんば)しくない。


「なんて固い外殻じゃ! ヒビひとつ入らぬぞ!」


「3艦隊は必要、という話は伊達じゃないようですね。ユニ、もっと一点を集中して攻撃を……!?」


 ……グオオオオオオオ!


 ティンクルイーターの突然の咆哮、かと思えば広がった口先から光が噴出される。


 光は一筋に収束し、空を貫くように飛んでいったのだ。


「熱エネルギーによる放射光じゃ! 回避!」


 ユニの命令通り、無人の艦隊はサッと散開する。だが、それでも光の方がはやい。


 逃げ遅れた艦の一部が光に包まれ、断絶されたように艦隊が切り取られた。


 コウジたちがティンクルイーターのそんな攻撃に驚く間もなく、光の筋は地上にも向けられた。


「退避! 退避!」


 光はエグゾスレイヴも幼体も区別なくなぎ払い、神の威光のように命を奪い去る。更に攻撃は音響装置まで至った。


 ……バシュッ!


 音響装置と光の筋が接触したかと思えた時、両者の間は透明な膜のような存在に阻まれた。


「ビームに対してバリアですか!?」


「そらそうじゃ。向こうの出方は把握済み、この程度の攻撃では破壊されぬよう設計しているのじゃ」


 ユニの自信満々な通信を聞く。ティンクルイーターの最大の攻撃を防ぎ、一挙に勝機が見えてきた。


「それ、攻撃を続けるのじゃ! 一見効いていないように見えるが向こうも消耗しておる。我慢比べじゃぞ!」


 ユニが焚きつけるように、これは削りあいだ。


 どちらが先に倒れるか、折れるか、それが勝敗を決する。


 そして、その突破点は待つのではなく作る必要があるのだ。


「ミゾウ!」


 コウジは自分の乗っているエクステンドエグゾの出力をあげ、その巨体を空へと浮かび上がらせる。


 ブースターを100パーセントの限界値まで近づけ、ティンクルイーターの口元へと機体を近づけた。


「全砲門斉射!」


 空飛ぶミゾウの6門の100ミリオーバーの火砲により、ティンクルイーターが爆炎に包まれる。


 その砲撃はティンクルイーターの粘膜を焼き、悶える姿から効果はあったようだ。


「更に!」


 コウジはミゾウを操り、飛来した勢いそのままにティンクルイーターの口部へと肉薄する。


 そのまま脚部で歯肉部分を蹴り上げ、無理矢理ダメージを与えた。


 ――ギュオオオオオオオ!


 打撃効果は牙の1本が根本から折れただけだが、ティンクルイーターには非常に痛かっただろう。全身をたわませるようにくねくねと踊り、ミゾウを突き飛ばした。


「ダメージはありますがあまり効果がありませんね」


 コウジは舌打ちするが、エクステンドエグゾでできるのもここまでだ。


 後は艦隊射撃によってじわじわと体力を削ればいい、そう考えていた時だった。


「――何っ!?」


 コウジたちが驚いたそのワケは、ティンクルイーターの尾が見えた時だった。


 尾の先は魚か蛇のような形をしているかと思えば、違ったのだ。


「頭が2つ!?」


 ティンクルイーターは尾にも頭部があった。いや、もしくはこちらが本物の頭かもしれない。


 どちらにせよ長い胴体が空一面を多い、2つの頭が地上を見下ろすという神話か悪夢のような光景がその場には広がっていた。


 しかも、それだけではない。


「第2の頭部、熱放射を始めています!」


「い、いかん。全艦退避じゃ!」


 ユニがそう叫ぶ間もなく、2本の光が空を割った。


 その光の十字砲火は絶え間無く轟き、うごめき、艦隊の逃げ場はなかった。


「くっ! 艦隊の8割がやられてしまったのじゃ」


 ユニが悔しがる最中も、今度は光が地上に降り注ぐ。


 その2重の光が目指すのは、音響装置だ。


「ティンクルイーター用のバリアは十分ですよね!?」


「通常のティンクルイーターは双頭ではないのじゃ! じゃが耐えてくれ!」


 光の束が音響装置のバリアと重なり合い、まぶたを開けられぬ程の閃光が周囲を真っ白にする。


 そうして数秒後、大きな爆発音と共に光が消えた。


「音響装置、消失!」


「くっ!」


 音響装置が消え去ると共に、ティンクルイーターはおとなしくなった。


 ついでに第2の頭部から順次胴体を火山へと収め、戻りはじめている。


「させません!」


 コウジがミゾウを使い、ティンクルイーターに縋り付くも儚(はかな)い抵抗だった。


 まるでコバエを追い散らすようにミゾウが吹き飛ばされると、あっという間にティンクルイーターは火口の中へと消えてしまった。

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