第21話
コウジの問いかけに対し、その場はシンと静かになった。
「確認しますが、ジュエル船長もモーダンも先に訊いてはいませんよね」
コウジの問いかけに、ユニは無言で肯定し、タマヨは余裕そうに頷いた。
「何故そう思ったんだい?」
「それはアナタたち傭兵海賊のパターンです。普段は定期便や通信の傍受によって奇襲するのは、あらかじめその準備ができているからです。しかし今回の輸送は緊急の依頼でした。偶然の遭遇、という可能性も考えましたが、団長であるアナタが暇を持て余して回遊していたとは考えられません。何らかの理由で情報が漏れていたのではないですか?」
「ほー、いい推測だね」
タマヨはコウジの推察に対してニタニタと笑いをこぼしていた。
「それでアンタはどこからそれが漏れたのか聞きたいわけだね?」
「そうです。どのみちこのまま政府に引き渡せばアナタはよくて終身刑、悪くて死刑です。ですがもしここで情報を提供してくれればそれまでの期間を延ばすよう船長に掛け合いましょう」
「船長かい? あのアーバン家の小娘か」
タマヨはジュエルの名を出した途端、鼻で笑った。
「……何がおかしいんです?」
「私がどうしてこんな傭兵海賊なんてやってるか知ってるかい? 全てはクソ溜めみたいなアーバン造船のせいなんだよ!」
アーバン造船、それはアーバン家の抱える子会社のひとつの名前だ。
「私はね。魔王討伐後は慎ましく過ごしていたさ。夫もでき、子供もひとりもうけてまさに幸せの絶頂、そんな時に旅行で大事故さ。おかげで私を残して2人とも死んでしまったよ」
タマヨは天を仰ぎ、絶望したような顔になった。
「天災や偶発的な事故ならまだ赦(ゆる)せたさ。しかし後で調べたらアーバン造船は事故を起こした船に深刻な欠陥を抱え、それを隠していたと分かったんだよ。もちろん私を含めた事故の遺族は裁判を起こしたさ。だけど事件はまだ30年前の旧態依然の裁判だ。企業と貴族、それにそそのかされた王家の圧力でアーバン造船に過失なしさ。まったく馬鹿げた話だよ」
コウジもこの異世界の歴史を調べて少しは知っている。魔王討伐後、魔王の隠していた高度な遺物や技術資料によって文明と科学と経済は高度成長を遂げた。しかしその急速な成長は歪な支配体制と適応できない文民を残したまま、強硬に進められたものだった。
その結果、学や適応力もなくまともな仕事に就けない者、経済を主導した王族や貴族からの甘い蜜を啜(すす)って生きる者、技術を独占して好き勝手にする者、様々な人間模様を作り出した。
最終的には王族の形骸化と国政の民主化、貴族の企業化などによって一見の落着はしたものの、今でもその爪痕は大きく、また潜在化している。
企業大手は相変わらず王族と貴族の者だし、公然と汚職や製品事故は隠蔽され、とても清廉潔白な社会とは言い難い。
「だから私はこの手でアーバン家と王族に復讐しているのさ。仲間も同じ境遇の者たちを集め、勢力は膨らんでいった。今じゃ傭兵海賊なんて言われて賞金までかけられたけど、結局はこのありさまさ」
タマヨはそう言い、自嘲した。
「……アナタの境遇は分かりました。ですがそれと今回は別件ではないのですか?」
「別件なものかい!」
コウジの問いかけに、タマヨは否定した。
「そもそもあのアーバン家の娘が重要な物資を運んでいるというタレコミがなければ私も動きはしなかったさ」
「タレコミ? いったいどこから?」
「聞いて驚け、なんと調べたら話の出所はアーバン家の次男だったのさ。裏を取らないほど私は馬鹿じゃないよ」
「!? そんな……」
タマヨの話が本当なら、ジュエルは実の兄弟に売り渡されたという話になる。そんなこと、ジュエルが聞けばどんなに悲しむか分からない。
「嘘じゃありませんよね?」
「本当ならデータ付きで証明したいところだけど、あいにくハッソウは沈められちまったしね。信じるかどうかはアンタ次第だよ」
「ぐっ……」
タマヨの話が本当かどうかは、今の状況では確かめようがない。確認不十分なら、ジュエルに伝えるのも躊躇(ためら)う話だ。
だがいずれにしても確認しなければ、ジュエルは自分の生れであるアーバン家に謀殺される羽目になる。これは重大事項だ。
「アーバン家の次男の独断なのですか? そもそもなんで殺す必要があるのですか? いや、そもそも主犯は誰なんですか?」
コウジは自問自答するも、ここでは答えがわからない。
一旦考えるのを諦めようとした時、コウジは気づきを得た。
「待ってください。確か今回の受注は副船長のモーダンがわざわざ請け負った仕事だったはずですよ」
「ほう、となるとモーダンも一枚噛んでいると?」
「ですがそれならあべこべです。モーダンはジュエル船長をわざわざ助けたんですよ。暗殺が目的なら逆に自分の手で殺害して逃亡だってできたのに……」
コウジは新たな疑問が生じ、混乱する。一体誰の思惑なのか、動いているのは誰なのか、増々分からなくなってしまった。
「なら簡単な話じゃないかい」
タマヨは困惑しているコウジをよそに、面白がりながら提案した。
「当の本人にそれを聞く、それが一番早い話さ」
タマヨに指示されているようで癪だけれども、それは現状の打開に一番な方策に思えた。
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